第322話:ラブコメは死なんよ、何度でも!
突発型ダンジョンはクルス・リンザールら第七騎士隊とフレン・スタディオンのコア商会が発生予測を売り出し、一定の成果を収めているがまだまだ新式でのボーリング調査が出来ていない地域も多く、さらに発生予測が出来たとて中身は謎のまま。
今回も予測材料のない地域であった。
さらに言うと、
「なんで、騎士剣が、折れて――」
「普通じゃないぞ! 逃げろ逃げろ!」
初動の失敗。突発型とは言え、その全てが高難易度とは限らない。大きさすらあてにならぬ状況下で、たまたまこの国は『当たり』を引き続けていた。
ユニオンや連盟からの再三の忠告も無視し、実績を重視して国の騎士団単独でアタックを仕掛け、多くの人的被害を生んだ。
幸い、ダンジョンから敵が出てくる気配がなく、二次被害はなかったものの、国家はこの失敗を重く受け止め、ユニオン騎士団に支援を要請した。
そして現れたのが即席かつ混成の小隊であるこの四名である。
急な要請に応えるべく、たまたま手すきだったイールファスが真っ先に手を挙げ、外部へ戦力を求めたのだ。
何だかんだとやり取りのある友人、しかも腕前が保証されている。何よりも同じ学校ゆえ、連携も取りやすいといいところばかり。
なので、
「意外とイールファスって他所の騎士使うよな」
「違うぞクレンツェ。こいつは知り合いにしか声をかけん」
「……あっ」
「全入した連中がどいつもこいつもそれなりに頑張っているからなァ。同期に限っても存外手札はあるものだ」
「まあまあ使える」
実は同期(同じ学年、学校に限る)と仕事をしている回数だけなら、意外や意外、イールファスがユニオンでは一番多い。
なお、ワーテゥルなどは元々世界中飛び回る騎士団であり、こうして参戦するのは自然のことであるが、実を言うと国立騎士団所属であっても、それが国家にとって有意義であると判断された場合、代表して派遣されることはままある。
その代表例が現在はアスガルドの教員であるリーグやテュールなどの騎士。騎士の連携分野で半ば偉人と化しているリーグはもちろん、テュールなども伝説の多くはアスガルドではなく派遣先で打ち立てていた。
「とりあえず突っ込むか! 筋肉が待ち切れないと言っているぜ!」
「相手が出てこない以上、そうするしかないか」
「俺も賛成」
「ま、それしかないわなァ」
若過ぎる四人。現地の騎士団の面々は不安であった。今彼らが知る情報は提供したが、正直わからないことの方が多い。中も普通のダンジョンとは異なり、敵も魔族の理がまるで当てはまらなかった。
様子見でアタックを仕掛ける、軽い口調の彼らにあんな化け物どもの相手が務まるとは思えない。されど、苦言を呈せるほど彼らの状態は思わしくなかった。
止める間もなく、四人がダンジョンに入り込む。
もしかしたら戻ってこないかもしれない、と言うよりも戻ってくるわけがない、戻ってきたとしても、何も出来ずに逃げ帰ってくる。
彼らがそうであったから。
しかし――
「新式の盾みたいなもんか。干渉して、導体の能力を機能不全にする、みたいな」
彼らは出発の空気感そのままに、戻ってきた。
「俺の、騎士剣……この前買った、ばかり」
「必要経費だ。とりあえず戦死者の剣を使っておけぇ」
「……おぅ」
ディンとヴァルがしょぼくれるアンディを慰める。ヴァルはしっかり事前に情報を提供してもらい、全員に伝えていた。が、アンディには重ねて言わなかった。折れた後、思い出すように仕向けたのだ。
敵の力を観察したかったから。
さすが三年も経つとアンディ捌きも巧みとなる。
「敵、死んだら石になった。面白い」
イールファスは敵の首を二つほど持ち帰り、調査資料として提出する材料もちゃっかり確保していた。赤子のような無邪気な笑みを浮かべた、まるで人のような首をジャグリングする様は、なかなかに猟奇的である。
ただ、
「た、倒したのか、そいつらを」
「当然。相手の攻撃には力場があるからかわして、足や手以外を斬ればいける」
「斬れば行けるって、あいつら、速かった、だろ?」
「……? まあ、少しだけ」
そんな光景よりも、現地の騎士団にとっては楽々と生還すること、それ自体の方が恐ろしかった。あの赤子の胴体には羽が生えており、高速で空を移動しながら綺麗で、澄み渡る笑い声と共に襲い掛かってくるのだ。
凄まじい速さと騎士剣の受けも許さぬ攻撃。
それが何体もいる。
あの美しき景色の中に浮かぶ、美しき化け物たち。
「石を操る魔族がヌシってことか?」
「さてなァ……案外、元々そういう生き物なのかもしれんぞ」
「死んだら石になる生き物? 聞いたことねーよ」
「ふはは、俺もない」
それを冗談交じりに斬り伏せる、それ以上の怪物たち。
「今から敵の攻略法について共有する。やる気のある騎士はセカンドアタック以降、出来れば協力してほしい。思ったよりも中は広大、敵の数も多い。何がきっかけで反転攻勢されるかもわからん。人員は多ければ多いほどいい」
「ヴァルがいると楽」
「俺も常々そう思っている。一緒に休憩(筋トレ)するか?」
「する」
「俺は協力してくるわ。戦えそうなの選別しとく」
「ディンも便利」
「だな」
休憩を挟み、セカンドアタック。今回は隊を二つに分ける。練度を考慮し、ユニオン組とワーテゥル組、そして勇気ある現地の騎士たちの混成二部隊である。
隊長はディン、ヴァル、発起人のイールファス、筋肉のアンディは前線を張る。
前線の化け物二人も凄まじいが、それ以上に彼らにとって大きかったのは指示の適切さ、細やかさ。言葉で、手で、視線で、立つべき場所を、動くべき位置を知らせてくれる。慌てず、冷静沈着に、怪物の襲撃を作業に変える。
此処まで違うのか、指揮者一人で。
無様に敗走していた彼らが指揮者のタクトに従うだけで怪物たちと渡り合える。その体験が、彼らにとっては一番衝撃が大きかったことだろう。
それが自分たちよりもずっと若い騎士なのだ。
衝撃を受けるな、と言う方が難しい。
「マスター・クレンツェ。この場合はどうすれば?」
「マスター・ハーテゥン。人員の配置完了しました」
すっかりリスペクトされ、現地騎士団と上手くやり取りする傍ら、
「肉食べたい」
「まったく、甘えん坊さんだな。任せろい!」
強さには絶大な信頼を寄せられているが、いまいちリスペクトはされていない二人はアタックの合間、マイペースにやっていた。
「アンディは天才」
「へへ、まあ最近調子いいからな」
「肉焼くの」
「おい!」
けたけた笑うイールファスを遠目に苦笑する指揮者兼保護者のお二人。これでアタック時には全員騎士の貌になるのだからやはり驚くしかない。
そして、とうとうやってきた最終アタック。
まだマッピングは終わっていないが、指揮している二人には終着が見えたのだろう。この時ばかりはマイペース二人組も真剣な表情である。
此処まで敵は一度も攻勢に出てこない。
専守防衛に努めている。
が、ヌシと衝突してなお、それが続くとも限らない。
「防衛部隊の指揮はパウエル団長にお任せいたします」
「イエス・マスター」
「アタック部隊は二つ。俺が率いる本隊とクレンツェが率いる三人小隊。本隊の役割は三人を無傷で、ヌシの下へ運ぶこと。その後、ヌシとの攻防の際に、極力敵雑兵の関与を防ぐこと。よろしいか?」
「イエス・マスター」
「では、各自準備。十分後、アタックを開始する」
「イエス・マスター!」
すっかり総指揮役が板についたヴァル。これに関してはディンも補佐モード、お任せする気満々であった。あまり自分がしゃしゃり出ても船頭が多くなるだけ。加えて自分は今回、第六によってねじ込まれた戦力である。
それでも指揮する者が力不足なら変わる気もあったが、それは杞憂。
「結構強いと見たぞ、ヌシは」
「だな。俺も嫌な感じはあるぜ。最初から」
「俺も」
「え、マジ?」
勝手知ったるメンバー。これほどやりやすい仕事場はなかなかない。
「あ、そう言えばディンも結婚したんだって、おめでとさん!」
「今言うことか、それ」
「も、って何?」
ディンのツッコミよりもイールファスは『も』が気になった模様。
「ん、だってヴァルも婚約したぞ」
「アンディ!」
「「なにィ⁉」」
衝撃の事実。口止めを重ねるのを失念していたアンディ使い、ヴァルの痛恨のミス。珍しく顔には焦りが浮かんでいた。
「フィンがさっさと籍を入れたのは知ってたけど、ヴァルもかぁ」
「相手、誰?」
「フラウだ」
「「!?」」
「おい、何で言う? 前言うなって言っただろ、なァ⁉」
「……?」
なんで、と素朴な顔で疑問符を浮かべるアンディ。口止めされたこともそうだが、そもそも何で黙っている必要があるの、という純粋無垢な表情である。
赤ちゃんみたい。
「か、勘違いするなよ。親同士が勝手に決めたことだ。この界隈は、まあ、存外狭いからなァ。だが、俺たちはそれを認めていない」
「あー、家の仲は良いんだっけ、確か」
「おでれーた」
「よしんば、まあ、家同士のことだ。断れなくても、俺たちには今の仕事がある。家庭を持つ余裕はないし、お互い仕事を捨てる気もない」
「でも、おうちからのプレッシャーはあるでしょー?」
どうなん、とディンは興味津々に聞く。
「だから仕事を頑張っているんだろうが! 必死に!」
「あ、そういうことぉ」
「フラウもマスター・ヴァナディースに便利に使われてミズガルズを飛び回っているって、妹から聞いた。優秀な若手あるある」
「お似合いだな」
「そっちこそどうなんだ、クレンツェ。俺の比じゃないだろう、後継者の話はァ!」
「……いやぁ」
ディンの照れた表情、それを見て三人が苛立つ。
「ほゥ、やることはやっている、と」
「いやまあ、問題はあるよ。今更こっちの家の方が、結婚したなら家に戻れって言いやがるし、もし出来たらどっちの家の子にすべきか、とかさ」
「ぐっ!? 惚気やがってェ!」
「すげーな、元不滅団の癖に」
「俺、今度ロイに手紙出す」
「「やれ!」」
「やめて! あいつら卒業後も繋がってんだから!」
今頃、きっと何処かの空の下、くしゃみをしながらあの子が俺の噂をしてやがるぜ、と鼻をこするロイがいる、のかもしれない。
それは神のみぞ知る。
「ま、続きはこの後だ」
「続けなくていい。つか、続けて傷つくのはそっちもだろ」
「俺はやることやってない」
「……意外と純情派か?」
「そもそも俺たちは仲が悪いんだよ! 時間だ、行くぞ」
「あいよ」
「おー」
「ちょっとプッシュアップして大胸筋起こして来るわ」
「すぐ戻って来いよ」
学生時代の顔つきから――すぐに切り替わる。
騎士の貌に。
○
その頃、
「結婚かぁ……私の周りも少しずつそんな話が……マスターは何かありますぅ?」
「……特にないが」
丁度こちらのお茶会もそんな風な話になっていた。丁度二十代に差し掛かる頃、この時代のミズガルズでは高等教育卒業者でも、そろそろそういう話がガンガン出てくる年齢である。結婚願望がなくとも、家からのプレッシャーもある。
何だかんだ、色々とあるのだ。
かっぺのゲリンゼル出身、ほぼ勘当同然のクルスには関係ない話だが。
「フレイヤちゃんは?」
「今は仕事が恋人ですわね。幸い、家からは最近何も言われませんので」
「えー、厳しそうなのにぃ」
「不思議ですわね。昔はよく言われてましたのに」
「ファナちゃんは?」
「私、最近よくデートに誘われる。モテ女」
ドヤ顔のイールファナ。
「「きゃ!」」
「!?」
あらー、と恋の予感に嬉々とする女性陣二人に対し、クルスは驚きに眼を剥いていた。いや別に、自分は関係ないのだが、まさかそういう話が身近であろうとは――
「研究者は女不足。多分女なら誰でもいいんだと思う。たまに机に花束とか置かれている。ちょっと邪魔」
「あー、そういう話かぁ」
「ちょっと期待してしまいましたわね」
「びっくりした?」
冗談めかして笑うイールファナ。その様子を横目にクルスは腕を組み、平然としていた。穏やかな、凪の如し振舞いである。
それを見てアマルティアは「むふ」と微笑む。
「マスターもあるんじゃないですかー? 浮いた話の一つや二つ」
その平静さに動揺を見た女の勘。隙間を突く。
「ない。そもそも休日がないからな、俺は」
しかし、クルスは鉄壁。年間休日が下手すると両手両足の指で収まってしまうクソブラック騎士の彼に、そんな隙間はないのだ。
だが、
「あら、でも噂になっていますわよ。第十の研究員とねんごろだって」
「ぶっ!?」
思わぬところから急襲が来て、クルスの鉄壁が崩れ去った。
「「は?」」
ちょっと揺さぶるつもり、もしかしたらフレイヤと何かあったかもしれないから、と言ってみたのに、まさかそれで予期せぬ話が引き出せようとは。
「彼女はただの仕事仲間だ。君だって世話になっているだろう?」
「仕事仲間とディナーに行くんですの?」
「互いに忙しい身だ。其処しかまとまった時間が空いてなかっただけ。それに食事なら君とも何度か行っているだろう?」
「二度、ですわね。三年で」
「うわぁ……思ったよりも少な過ぎて引いてる」
「さすがに、もっと行っていると思っていた。こうなると、もしかしてイールファスとも……彼氏彼女の前に、クルスは友人への振舞いを変えた方がいい」
だから、そもそも休日が少ないんだって、とクルスは言い訳したくなる。
しかし、三対一、敗色濃厚の状況。
「そう言えばマスターから手紙、来たことないなぁ」
「私も、仕事絡みしかない」
「……」
筆不精なところも責められる。この男と文通を続けていたフレンと言う男の強固な心が、こんなところからも見受けられる。
基本、幼少期に友人がエッダしかいなかった男。
存外、その辺のコミュ力は低い。
「ふ、フレイヤとは休日だった。両日とも、え、映画も行ったぞ」
「わたくしが、誘ったんですけどね」
「……はい」
クルス、惨敗。『冷徹』の名、その辺に捨ててきた方がいい。
「映画⁉ その話、もっと詳しく!」
「私も映画行きたい」
「……い、今から行こうか。メガラニカなら、列車で近いし」
「「「賛成!」」」
本当は久方ぶりに友人たちとお茶会を終えた後、解散した足で新作の騎士剣でも見て回ろうかな、と思っていた休日のプランが崩れ去る。
「あ、でも話もしてくださいね。フレイヤちゃんとのデートの話」
「ま、デートだなんて、照れますわね」
ちなみに現在、クルスの趣味と言えば仕事道具を漁りに魔導量販店を覗くか、使いもしない騎士剣を見て回り、面白そうなのを買って飾る、と言うものである。
暗い、あまりにも――暗い。
「映画も、趣味だから」
「む⁉」
あと映画鑑賞も趣味、と言うにはあまりに頻度は少ないのだが――それに関しては年間休日とユニオンに映画館がないのが悪い。
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