第321話:同期の今

 ユニオン騎士団の騎士、クルス・リンザールとフレイヤ・ヴァナディース。アスガルド王立魔導研究所の研究員、イールファナ・エリュシオン。

 そして、

「ブロセリアンド王立生物研究院、レイッピャー研究室助手のアマルティア・ディクテオン、でっす!」

「いよ、その道のプロ」

「ふっふっふ、皆から遅れること苦節三年、ついに私も社会人ですぅ」

「ふふ、素晴らしいですわね」

 本人の発言通り、学生時代からの一年、そして別の学校に通い三年、世界各地を回りながら研究を進め、学会に発表した論文が評価され晴れて就職を決めたアマルティアであった。うるうると涙を浮かべているのは大変だったのだろう。

 研究の世界は結構残酷で、金になりそうなものには予算が付き、金にならない研究にはなかなか予算が下りない。つまり、研究員を雇う余裕がない。

 その狭き門を突破したのはある意味、花形である騎士や同じく花形の研究に精を出すイールファナたちよりも凄い、のかもしれない。

「どういう研究をしているんだ?」

「……ちょうちょと異世界の可能性、です」

「……?」

 質問をしたクルス、首をひねる。フレイヤもひねる。

 ちなみに、

「とても有意義な研究内容だと思う。指導した甲斐があった」

「ど、どうもですぅ」

 イールファナはドヤ顔をしていた。その理由は単純で、学生時代アマルティアの知識、独自の視点からの調査を見て、こういう観点からの研究にしたらいい、と指導したのが何を隠そうこのイールファナであったのだ。

 なお、本人はあまりピンと来ていないが、とにかくちょうちょと戯れる口実が出来たので毎日が充実しているらしい。

「蝶の生態はとても不思議に満ちている。不死蝶などもそうだけど、あまりにも独特な進化を遂げた種、狭い生息域の種に関しては、こう仮説を打ち立てることが出来る。ミズガルズで進化したわけではなく、ダンジョンを渡りウトガルドからやってきたのではないか、と。しかし、だとするなら――」

「待て、何故ファナが答える?」

「……つい」

「全然いいんですよ師匠ぅ」

 師匠と呼ばれ、満更ではないイールファナ。鼻の穴がちょっぴりぷくりと膨らんでいた。調子に乗っている模様。

「まあ、要は進化したと見るにはあまりにも多様であり、一貫性がないんです。別にちょうちょに限らないんですけど、ミズガルズの生物は進化や適応、分岐とするにはちょっとつじつまが合わないことが多過ぎると思いません?」

「考えたことないな」

「考えたことありませんわ」

 騎士二人、まったく同時に答える。

 イールファナはうんうん頷いていた。

「その中でも一番多種多様、変わった子たちが多いのがちょうちょな気がして、それがなんでだろうと考えたら、ひらひら飛んで迷うこんじゃったせいなのかな、と思ったんですよ。ダンジョンに。何処にでも迷い込んじゃう可愛い子なので!」

「……い、一理あるな」

「ありますわね」

 まさかアマルティアが筋道を通して来るとは思わず、クルスとフレイヤが唖然とする。この二人は研究者を何だと思っていたのだろうか。

「その場合、ウトガルドの生物と言うことは魔族なのか?」

「ンま⁉ 私のかわいい子たちを魔族呼ばわりですか!? いくらマスターでも許せませんよ。戦争です、戦争!」

「いや、その、多彩さも魔族であると考えたら、多少説明もつくかな、と。人への害意は……そもそも魔族化の効用の外の、可能性もあるしな」

 クルスの発言に、イールファナは意味深な視線を向ける。言い切れない歯がゆさと、その発言の真意を知る雰囲気。

 それに、

「……むぅ」

「ぶぅ」

 フレイヤとアマルティアは面白くなさそうな表情となった。

 バレバレなのだ、そういうの。

「そもそも多様なのはウトガルドに限らぬ可能性もあるでしょう?」

「そう、だから異世界と銘打った」

 フレイヤの言葉にイールファナが相槌を打つ。

「なるほど。ダンジョンの大半は人間に敵意を持つウトガルドの魔族の巣だが、一部そうではないのも混じっている、と言う説に乗っかったわけか」

「その通りでっす」

 ダンジョンの大半はウトガルドの巣、拠点のようなものだが、一部には空っぽだったり、自然消滅したり、明らかに魔族と異なる個体と遭遇した、と言う記録がある。それに昨今では発生予測の向上により、実は人が観測していない小さなダンジョンの発生なども確認されている。

 実はウトガルド以外にも接点があるのでは、という研究と絡め、蝶の生態を探ることでその真実を探る。

 そう聞くとかなり将来性のある分野に聞こえる。

 研究はそういう大風呂敷が大事、とはイールファナさんのお言葉。

「こんな話をしていると、俺もそういうダンジョンに遭遇しそうだな」

「ふふ、空なら楽でよろしいでしょうに」

「それじゃ金にならん」

「まぁ、染まり過ぎですわよ」

「この前、そちらに付き合って無駄骨を折ったばかりだからな」

「む」

 クルスとフレイヤ、個人は仲良しであっても騎士隊は犬猿の仲、そして人間はどうしても環境に染まるもの。

 仕事観に関してはまるで噛み合わない二人であった。

「染まり過ぎと言えばマスター、今思い出しました!」

 突然、アマルティアがむむっとした表情でクルスを睨みつけてきた。敵意を向けられる心当たりがないクルスは困惑してしまう。

「アミュちゃんのこと! 私の家を探し出して泣きついてきましたよ!」

「……あー」

 心当たり、ありました。

「わたくしにも手紙が来ましたわ。ボロクソに書いてありましたけど」

「私の部屋にも飛び込んできて、愚痴を言ってた。第七向きじゃない、って言われたって。せっかく入ってあげようとしたのにふざけている、って」

「……あいつ、口の軽い奴だな」

 ユニオン騎士団のオファーを手に入れたアミュは昨夏、意気揚々と第七の隊舎に訪れ、このアミュ・アギスが欲しければ頭を下げろ、とぶちまけた。

 そのままクルスが面談を担当し、後輩想いのクルスは正直に言ったのだ。

 第七向きではない、と。

 それで彼女は激怒した。四方八方にその怒りをぶちまけるほどに。

「実際、うち向きじゃない。今年は中途を取る予定で、すでに面接も済ませてある。まあオファーなら枠は関係ないが……適材適所、だと思ったんだが」

「あのぉ、マスター」

「ん?」

「それを柔らかくして伝えてあげました?」

「いや、時間の無駄だから端的に伝えた。あとはあいつの選択で、俺には関係ないしな。仕事も詰まっていたし」

「「「……」」」

 遠路遥々後輩が訪ねてきてこの仕打ち。最近上司に目つきがどんどん似てきて、巷では『冷徹』などと言われ始めた今日この頃。

 この男に関しては環境に染まり過ぎだ、と三人とも思う。

「ちゃんとケアもした。彼女向きの騎士隊も伝えた。それ以上、俺に何ができる?」

「年々血も涙もなくなってきてますぅ」

「……俺で血も涙もないなら、あのクソは何者だよ」

 クルスの脳裏に浮かぶはクソパワハラ上司、レフ・クロイツェルであった。

「ところで、どの隊を勧めましたの? やはりここは女性に優しい――」

「第五だ」

「……第三は?」

「脳筋を脳筋の巣に突っ込んでどうする? 第五ならマスター・ドローミという成功例もある。あのじゃじゃ馬を上手く乗りこなすさ」

「……わたくしへの侮辱はともかく、隊長への侮辱は許しませんわよ」

「安心しろ、君もまとめて全員だ。あ、副隊長だけは除いても良いが。正式な方」

「抜きなさい。決闘ですわ」

「だから脳筋だと言っている。このご時世、ユニオンの街中で秩序の騎士が剣を抜く意味を考えろ。君も悪い意味で染まり過ぎているぞ」

 バッチバチの二人。クルスの毒舌も悪いし、フレイヤの短気も悪い。でもたぶん、上司譲りの毒舌が一番悪い。

 本人、毒を吐いている自覚が年々薄れているから。

 日常的過ぎて。

「ま、まあまあ! ちなみにマスターは対抗戦見ました?」

「去年の? いや、仕事で忙しくて調べてもない。俺には人事権もないし、新卒を調査する意味もないからな」

 冷たい。

「ゆ、優勝はログレスだったんですけど、アスガルドも惜しかったんですよ。アミュちゃん率いるチームで準決勝まで行きました」

「へえ」

 優勝じゃないのか、だからあの面談の時対抗戦のたの字も出さなかったんだな、とクルスは一人で納得していた。それはそれとして反応が塩過ぎる。

「ログレスの隠し玉には驚きましたわね。わたくしたちと同じルールで、ログレスは他の子も粒ぞろいで準決勝まで戦う姿を見られなかったのも敗因でしょうが、それにしても今のアミュをも凌駕するとは……」

「ああ、一時期噂になったか。それは薄っすら記憶に残っている。でも、結局ログレスの騎士団に入団を決めたんだろう? 早々に」

「ええ。オファーを蹴って、そうしたそうですわ」

「なら、それで終わりだな。あまりログレスと仕事で絡むこともない。あそこは騎士の国の誇りか、あまり他国の騎士を介入させたがらんしな」

「まあ、それはありますわね」

 ログレス行きを決めた、その時点でクルスは噂を頭の片隅に追いやっていた。やるべきこと、考えるべきことが多く、そんな些末なことに頭を回す余裕がなかったから。余裕があってもたぶん、今のこの男は無関係なことに思考は割かないが。

 ふと、

「代表にデイジーは入らなかったのか?」

 クルスは関係のあることに思い至り、口に出した。

 その瞬間、三人の表情が硬直する。

「し、知りませんの?」

「……何が?」

 妙な空気にクルスは眉をひそめる。代表入り出来なかった程度なら、そう言えばいい。年度によるが、上位三名の壁が厚いことはクルスもよく知っている。

 その程度のことで驚きはしないが――

「デイジーちゃん、そっか、マスターには、マスターだけには、伝えられなかったんだ。そっか……」

「……」

 明らかにその程度ではない三人の表情を見て、

「何かあったのか?」

 クルスは再度、問う。

「デイジー、凄く頑張ってた。私は敷地もほぼ一緒だし、みんなも遊びに来てくれたから見てた。でも、あの子は少しだけ、頑張り過ぎたの」

「怪我ですわ。ひざを故障して、治して、努力して、また故障して……」

「……そう、か」

 さしもの『冷徹』も少しばかり、消沈する。よく頑張る子だった。自分もそう促していた。努力は実る。体現し、後に続く者の導となった。

 その結果、フォロワーであった後輩が故障した。

 それは、言ってしまえば、自分の――

「でも、アミュちゃんがね、一度だけこぼしたの。一回だけ、ほんの一回だけど、負けたって。故障して、治して、癖になりながらもね、このアミュ・アギスに土を付けたんだって、そう言ってた。誇らしそうに」

 アマルティアがそう語る。

「……アミュを、ふっ、それは本当に凄いな。それで、進路は?」

 たった一度だけの大金星。怪我に苦しみながら、工夫を重ね、何とか辿り着いた一瞬の煌めきによって、手にした刹那の栄光。

 だからこそ、尚更アミュは対抗戦の話を出したくなかったのだろう。そのただ一つの、親友からの敗北を特別にするため、他の同期に負けたくなかったから。

 どうせ油断でもしていたのだろう、と思っていたが、どうやらそれは絶対になさそうである。そうなると今更、ログレスの学生とやらが気になるのだが――

「団入りはしない。とある名門貴族の執事として働くことが決まったって、この前教えてくれた」

「……騎士に、なれなかったのか」

「ならなかった、ですわ。故障のハンデを背負ってなお、デイジー・プレインには価値があると、お兄様が直々にオファーをしましたもの」

「……そうか」

 名門アスガルド王立騎士団のオファーを蹴り、彼女は騎士とは別の道を選んだ。その気持ちはクルスにもわかる。きっとフレンとも共通しているのだろう。

 見合う実力はあれど、それでも十全に動けぬ身体では自分の思う騎士は務まらない。ならば、騎士とは別の道を征く。

 気持ちはわかる。きっと、同じ立場なら、

(……俺だったら、どうする?)

 彼女と同じ道を選ぶか――クルスは自問自答する。

 でも、答えは――

「少し、話題を変えよっか」

 アマルティアが空気を読み、その入れ替えを提案する。結局、この場でどれだけ心配したとして、彼女の怪我が治るわけでもない。

 彼女の選択が変わるわけでもない。

「クルス」

「……なんだ?」

「イールファスは皆と上手くやれている?」

「……隊が違うしよくわからんが、それなりにやっているんじゃないか?」

「少し心配。弟はコミュ障だから」

「「「……」」」

 自称姉の発言に何とも言えぬ表情となる三人。

「……意外とあいつ、君が思うよりも上手くやっていると思うぞ。あれで存外、伝手を使って仕事をこなしているしな」

「イールファスが、伝手」

 愕然とする自称姉。驚き過ぎて若干震えている。

「今日も確か、ディンとワーテゥルの馬鹿コンビ、そいつらと一緒に結構なダンジョンを攻略していたはずだ。ちなみに元々は第十一に振られた仕事を、イールファスが代わりに受けて、あいつが同期を使って仕事を捌こうとしたところに、ワーテゥルと関係の深い第六が嗅ぎつけディンをねじ込んだ、だからあいつ主導だ」

「お、おお。仕事してる。感動した」

 ちなみにクルスは外注すると割が減るため、死に物狂いで自分の隊でこなそうとする。その結果、さらにクソブラックな労働環境になる、の悪循環であった。

「あら、何だかんだお仲間のことにもきちんと興味ありますのね」

「イールファスは今年、数字を上げてきたからな。敵の情報は集めるんだよ、俺は」

「わたくしは?」

「君が数字を上げていたとは知らなかったよ」

「抜きなさい」

「君はもう少し頭を使った方がいい」

 冴えわたるクルスの毒舌。ぶちぎれるフレイヤ。弟のことに安心するイールファナに、久しぶりの空気に嬉しそうなアマルティア。

 ユニオンの街、カフェの一角で倶楽部の空気が満ちていた。


     ○


「へくち」

「お、風邪か? タンパク質不足だぞ」

「おいおい、タンパク質は万能薬じゃないぞぉ」

「ったく、次が最終のアタックだぞ。もっと緊張感持てよ、お前ら」

「「「あーい」」」

 ユニオン騎士団第四騎士隊、イールファス・エリュシオン。

 同じく第六騎士隊、ディン・クレンツェ。

 ワーテゥルのダンジョン攻略部門所属騎士、アンディ・プレスコット。

 同じく、ヴァル・ハーテゥン。

 緩い感じの雰囲気であるが、現地の騎士団からは他所から派遣されてきた彼らを軽んじる視線はもう、微塵もなくなっていた。

 連日のアタック。この規模のダンジョンをガンガン突き進む尋常ならざる推進力。どの騎士も、たった三年で界隈に名を通した傑物ぞろい。

「次で最後、だってよ」

「あの人らには何が見えてんだよ。凄過ぎて、ちょっと理解が追い付かない」

 畏怖の視線を集まるは黄金世代の騎士たち。

 その頂点に輝きし、アスガルド出身の騎士たちである。

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