第317話:紐づき、絡まりて――

「ログレスねえ……まだ懲りていないのか」

「ほとぼりが冷めた、と言う認識なのでしょう。まあ、アスガルドの動きに呼応し、復活させたと言う方が正確な見方な気もしますが」

「一等国のメンツ、だねえ。『トゥイーニー』はなんて?」

「一人でもやる、と」

 『鴉』の言葉に『創者』シャハルは苦笑する。

「指示は待て、だ。さすがに相手が相手、生半可な準備じゃ返り討ちに会うだけ。一度こちらが勝っている以上、次は本気で迎え撃ってくる。それこそ大国の威信にかけて、ね。仕込みは必要、二年あれば充分かい?」

「お任せください」

「じゃ、それで」

 このように各地から寄せられた陳情、案件をなかなか集まる機会もない中核メンバーがガンガン判断していく。

 それがこの場の意義である。

「他に何かある?」

「雑事ですが、ブロセリアンドの反政府組織に援助として魔族化を施しましたが、ユニオンの第三騎士隊と連携され見事壊滅。その後捕縛を逃れたメンバーの一部が他国の地で山賊まがいの行動を開始しました。しかも――」

「ファウダーの名を騙り、ね。んー、美しいほどにテンプレート」

「更なる援助も申し込まれました」

「図々しさの極致。ボクは好きだなぁ……あ、睨まないでよ『亡霊』くん」

「大義折れ、正義を失った集団は害悪でしかありません。私が処断して参ります」

 正義の皮を被ったクズ、ある意味腐敗した秩序よりも『亡霊』にとって許せぬ存在である。その眼は怒りに満ちていた。

 彼らの代表として――

「いやいや、一応お客さんだからね。ボクらが直接は美味しくない」

「……」

「と言うわけでよろしく頼むよ。我らが隣人、『掃除屋』ソロン君」

「承知いたしました。第三騎士隊を絡め、こちらで処理しておきます」

「さすがぁ、ソツがないねえ」

 混沌の権化として、世界中にそれらをばら撒く中で、どうしても紛い物が混じることが発生する。シャハルとしてはそれも一興、ではあるのだが組織としてファウダーを盛り立てたい『鴉』や良くも悪くも純粋な『亡霊』ら、あとはシャハルのことを勘違いしている聖騎士隊など、どうにも正しさを求めがち。

 其処はまあ、立場の違いもあるのだろう。

 なのでシャハルはあえてそれを正そうとは思わなかった。そうしたいのなら、そうすればいい。それもまた自由である。

「あと、私からのささやかなお願いなのですが」

「んん? 何かな?」

 声を上げた『鴉』はちらりと『亡霊』の方を見て、

「少し、その、仮の住処である第十騎士隊の活動に手心を、と」

 彼らの消耗、その要因についての手心を求めた。

「えー、前も言ったけどボクはただ、誰でも出来ることを少しだけ早く生み出しているだけで、無茶な発明はしていないよ。便利な秀才の範疇、まあ本気を出しても専門外なんだけどさ。何処にも与しない第三とかの手に入り辛い情報を流せているし、其処は認めてほしいなぁ。ねえ、『亡霊』くん」

「私は何も言っていませんよ。好きにやればいい。私がそうしているように」

「ほらね」

 精度の高い情報が入ってくれるのはありがたい。第四、そして新たに加わった第一など、それにより最大の難敵であるユニオン騎士団を翻弄できているのは事実なのだ。其処にさらに中立ゆえ手に入る新たな視点も大きい。ただ、それはそれとしてやり過ぎなのでは、と言う苦言であった。

 いつもこうして煙に巻かれるのだが――

「ふふ、便利な秀才の範疇、でこんなにも有名になりますかね」

「おや、何か言いたげだね、ソロン君」

 いつも通りに話はこれで終わり、とはならなかった。

「一応、此処には我が主の代理で来ていますのでね。あまり私心によって目立たれては困る、と言うことだけ伝えておきます」

 ソロンがそう伝えると、

「若造が」

 シャハルの信奉者であるアグニらが戦意にて威嚇してきた。ソロンはファウダーの正式メンバーではない。新顔の中でも少々特殊な立場である。

 それゆえ反感を抱く者は少なくない。

「こらこら、喧嘩はいけないな。確かにソロン君のマスターを怒らせるのは得策じゃない。『鴉』くんとしても嬉しくはないだろう?」

「それはもう。我々は一蓮托生ですから」

「くく、一番君に似つかわしくない言葉だが……まあその通り。世の中色々と紐づいている。我らもまた例外じゃない。ボク自身もそうさ」

 ファウダーとて様々な支援を受けて成立している。その根幹は、此処のメンバーの大半が知らぬこと。

 そう、正義だ何だ、其処に意味はない。

 大義も関係ない。

 もっと単純な理由で、この烏合の衆は存続しているのだ。

「ボクもそろそろ結果を出さないと首がお寒いんだよねえ」

「その際は、我々が露払い致しまする」

 アグニらの忠誠、それを見てソロンは鼻で笑う。角が立つので看破されぬよう、小さくではあるが。

 彼ら如きに何ができる、と言う笑み。

 確かに聖騎士隊、特に大隊長であるアグニは強い。その戦力は隊長格と比して、何一つ劣らぬものだろう。

 だが、所詮は其処止まり。

 真の怪物相手に、あの武を前に何が出来ると言うのか。

「ま、少しは抑えることにするよ。少しね。でも、『亡霊』くんもあまり無理しないように。君、いつ存在を保てなくなってもおかしくないよ」

「元より覚悟しております」

「……ログレスは大きな山だ。君の力が要る。『トゥイーニー』のためにも、それまではまあ、上手くやってよ。ほら、隣の『墓守』も心配している」

「……」

 友である『墓守』グレイブスの表情を見て、『亡霊』は少し目を瞑る。立ち止まるつもりはない。されど、この様々な思惑が入り乱れる魔窟に、彼のような純粋な存在を一人にするのは、少しばかり申し訳ない気もした。

 それは『トゥイーニー』も同じ。

 彼らは秩序の被害者、此処にしか寄る辺なき者たちだから――自分たちとは違う。そして、彼らを守ろうとする奇特な者は、それほど多くない。

「考えておきます」

「ふふ、頼むよ」

「そちらもお願いしますね」

「うん、了解。あ、でもそう言えば今日、新型のガスマスクの提案しちゃった」

 ごめんね、とシャハルが舌を出す。

「うー!」

 怒らぬ『亡霊』の代わりに激怒する『墓守』、その頭を撫でながら、

「あとで資料だけでも共有願います」

 まあどうせ大して自重することもなかろう、リーダーとは程遠い自分たちの長に頼み込む。対策が進むのはシャハルのせいもあるが、それ以上に『亡霊』が目立ち過ぎている、あらゆる戦場に顔を出し、被害を撒き散らしているからである。

 シャハルの言う通り、誰かがそうしていた。

 そしていずれ、誰かが滅ぼすのだろう。

 何も成さず、何も生まず、ただ揺蕩うだけの『亡霊』を――

「はいはーい」

 シャハルが軽く返事をしてお開きムードとなる。

「シャハル様、聖域への帰還はまだ先になりますでしょうか?」

 それを察し、アグニは彼らにとって最も重要な問いを投げかけた。ファウダーの活動自体、彼らはさして興味がないのだ。

 重要なのはシャハルの存在であり、出来ればほとぼりが冷めた今、聖域へ戻って頂きたいと言うのが彼らの本音である。

「まだ怖いねえ」

「……そうですか」

 そして逆に、シャハルは戻る気がなかった。今の『三重』生活はなかなか刺激的で、シャハルとしては理想的な生活である。

 何故退屈な聖域に戻らねばならぬのか、と口に出さぬが思っている。

「さあ、お開きだ。『墓守』はみんなの移送を頼むよ。重要な任務だ」

「う!」

「元気で宜しい。そうしたらボクの護衛は……ソロン君にお願いしようかな」

「御意」

 パキ、ゴキ、また体の形が変貌していくシャハル。今度は明らかに骨格が大きく、太く、背丈も伸びる。完全な男の姿。

 何処か冴えない風貌の、研究者となる。

 最後に喉の辺りをぐりぐりし、喉仏を出す。

「向け先は魔道研究所で」

「俺が一緒に赴くのなら、其処しかないでしょうに」

「くく、だねえ」

 低い男の声で笑うシャハルであった者。これが三つ目の貌、である。そしてこの貌と、『掃除屋』ソロンは密接に絡んでいるのだ。

 ある存在を起点として――


     ○


 第十二騎士隊直轄、魔道研究所。

 今の隊長であるレオポルド・ゴエティアがユニオン騎士団に所属してから成立した研究施設であり、かつては禁忌とされていた魔族の研究、その最前線である。

 魔族の研究は騎士にとっても重要。それが現在のグランドマスターであるウーゼルの考えであり、禁忌の研究として封殺していた側の秩序の騎士が、その最前線を支援し続けているのだから、なかなか趣深い関係性である。

 何処よりも進んだ、踏み込んだ魔族研究。

 其処に、

「おや、マスター・グローリー。いらっしゃい」

「また来ました。何か面白いトピックスはありますか?」

「ありますよぉ。おっと、ドクター・デルデゥと一緒でしたか。なら、後日にしますよ。ドクターほどではないですけど、私も話が長い方なので」

「ははは、ではまた」

 すでに馴染みとなったソロン・グローリーとシャハル扮するデルデゥという研究者が訪れる。ソロンは魔道研究に興味を持つ若き騎士として、そしてその縁で繋がったデルデゥの友人として、よくこの研究所に訪れていた。

 丁度、そう、一年ほど前から。

「上手くやっているねえ」

「あなたほどじゃありませんよ」

 別に彼自身、魔道に興味があるわけではない。

 ここに来たいわけでもない。

 むしろ、

「……」

「おお、怖い怖い。そんな顔しちゃ駄目だよぉ」

「黙れ」

 腸が煮えくり返る想いであった。

 だが、悪いのは己なのだ。

 だからこそ、制御し切れぬ感情が湧き上がってしまうのだが――

 そんな彼らは研究所内に造られたエレベーターに乗り込んだ。重量物を二階より上へ運ぶための設備であり、今となっては少しずつ普及し始めているが公の施設で導入したのはこの研究所が最初であろう。

 通常は上層にのみ動くのだが、特殊な操作を入れ込むと、

「……」

 地下へと移動することが出来る。

 エレベーター導入前までは隠し扉からの階段で移動していたが、そういうところも少しずつ発展しているのだ。

 辿り着いたのは、この研究所の裏側。

 禁忌のギリギリを攻める表側とは違い、こちらは全力で踏み込んでいく。魔族の、そして魔族化した人間の悲鳴が響く、地獄のような世界。

 職員の雰囲気も違う。

 上よりももっと、張り詰めた空気が漂っていた。

 其処を守る騎士も、仮面を付けて身バレを防いでいる。第十二騎士隊か、第十一騎士隊か、そのどちらかであろうが。

 そんな住人たちも二人を見て、検分するそぶりも見せない。

 何故ならこの二人とも、此処の住人であるから。

 そして、彼らはある扉の前までやってきた。

 この地獄の長がいる場所。ノックし穏やかな声で「どうぞ」と返ってきてから、扉のノブを捻ろうとするソロンの手がかすかに震えていた。

 それはソロン自身、許せぬことであった。

 だが、それでも身に刻まれた畏怖はぬぐえない。それもすべて自分が弱いから。

 全て――


「戻ったか」


 ソロンらを視認するや否や、穏やかな声が冷たく、鋭き声色となる。表側で見せる、第十二騎士隊隊長レオポルド・ゴエティアの貌ではない。

 それは、

「報告、いたします」

 『天剣』のサブラグであった。

 そして、ソロンはその怪物に膝を屈する。唇を噛みながら。身震いしながら。

 この部屋には今、サブラグとシャハル扮したデルデゥ、そして第十一騎士隊隊長、バレット・カズン、第一騎士隊のソロンがいた。

 全ての局面を支配するは――災厄の騎士である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る