第314話:何の成果も得られませんでした

「で、あと何回死ねるの?」

「理想を、実現、するまで」

 レリーの問いかけに対し、血まみれの『亡霊』が笑みを浮かべて答えた。ユニオンも含めた様々な騎士団で多くの被害を撒き散らした騎士キラー、最悪の敵であるファウダーの『亡霊』も、その犠牲の分対策が進みこうして多くの傷を負い続けている。悲壮感すら浮かぶ表情、されどその眼に迷いはない。

 強固な意志、それをフレイヤらは厄介に思う。

 対策が進んだとはいえ、そもそものスペックが高いのだ。検知器などで毒ガスの対策などは出来ている。特に秩序の騎士は小型のそれが標準装備となった。レーザーに関しても騎士剣でしっかり受けるか、それこそフレイヤのような盾持ちも天才イールファナの百徳スコップ登場後、劇的に増加しつつある。

 その上で『亡霊』相手に削れる騎士はそれほど多くない。

 特に今回のような、

「……私のせいです。狙われました」

 共に戦う相方がいる場合、レリーのような隊長格や、それに比肩し得る黄金世代のフレイヤのような新進気鋭の騎士が必要となる。

 むしろ対策が進み、自分でもやれると判断を誤り戦死する者も少なくないのだ。

「いえ。私も声掛けすべきでした。ふふ、こういう時弱いですね。専門的に戦闘を学んだ者か、そうでない者かの差は」

「……」

 『ヘメロス』は悔しげに唇を噛む。決して単独の戦闘力で及ばないわけではない。あの新兵器である銃剣込みでもレリー相手に負ける気はしない。

 だが、違うのだ。

 騎士の強さとは、そういうものではない。

 だから後れを取った。身分を偽り学校通いをしてそれなりに学んだつもりであったが、所詮はまだ学生レベル。

 少なくとも今、トップクラスの騎士を相手にしてそう思う。

「退きましょう」

「……了解」

 『亡霊』の冷静な判断、それに『ヘメロス』も乗っかる。

「あら、逃がすと思う?」

「ええ。逃げます」

 ぴぴ、検知器が反応する。

「……っ」

 二人の騎士は即座に口元を抑えた。飛び散った肉片、それが断末魔のように、腐臭を放ち始めていたのだ。

 毒ガスと共に。

「お先に」

「私も後から追いかけます。ゆるりと」

 『ヘメロス』は王を逃がす予定だった隠し通路、現在瓦礫で埋まった部分を切り裂いて奥へ逃げ込む。

(あっ)

 レリーは「しまった」と心の中で叫んだ。勝手に相手が王の逃げ先を潰すため、隠し通路はすでに毒ガスで充満していると考えていた。が、よく考えたら最も撤退しやすい退路であるし、見た目は崩しても保全してあるのは当たり前。

 埋めて、潰した惨状で勝手に思考から外していたのが裏目となる。

「追いかけるのはおすすめしませんよ。検知器はともかく、フィルターはまだ私のガスに全対応していないはず……使用限界もありますし、閉所ではまだ私に分がある」

 口を押さえながら呼吸を止める二人であったが、さすがに深追いする気はなかった。これ以上はお互い、やるべきことの範疇から外れ過ぎてしまうから。

(退くわ)

(イエス・マスター)

 目配せし、レリーは撤退を指示。何処かにほっつき歩いているであろう護衛対象の探索、警護へと切り替える。

 王を生かせば目的は達成する。

 此処での退きはむしろ勝利への一手。

 『亡霊』たちを撃退して。

「そちらも大変ですね。心中、お察ししますよ」

「……」

 大成功である。

 それでも『亡霊』は哀れな者を見る眼で彼女らを見て、彼女らもまた何も答えずに身を翻す。まあ、ガスが充満しているため口を開くわけにはいかないのだが。

 開けたとしてもきっと、沈黙しか返せなかったけれど。


     ○


 上下同時攻撃、それに対し、

「ふゥー」

 『斬罪』ジエィ・ジンネマンはクロイツェルの下段を自らの刀で受け、クルスの上段をお得意の白刃取りで掴み取っていた。

 衝撃の絶技、しかし、今更二人の騎士は驚きも見せない。

 ジエィが掴んだ騎士剣、其処から投げ技に繋げようとする。以前はこれで投げられた。ゆえに、学習済み、対策も捻り出している。

「むっ」

 クルスは躊躇なく、空中で唯一の接点である騎士剣を手放した。そのまま身を捻りながら蹴りへと移行する。

 とは言え、空中でのひねりだけが加速源ならば、威力はたかが知れている。それは悪手だろ、と譲り受けたクルスの騎士剣を持ち替え――

「悪手や」

 ている最中、クロイツェルは騎士剣でジエィの刀を抑え込みながら、片手を放して上へ向ける。その手はクルスの髪を掴み、

「そう来たかァ!」

「ボケェ!」

 下へ引っ張る。身体の捻り+クロイツェルの引き落とし。そのまま上から下へ、蹴りをねじ込むように放つ。

 さすがにたまらん、と手繰る途中でクルスの騎士剣を手放し、そちらの手で受けるも凄まじい衝撃が片腕に炸裂し、ジエィは顔を歪ませる。

 後退、まさかもうこの二人にその択を取らされるとは、とジエィは内心驚いていた。何度もやり合った。何度もあしらった。明らかに片方、足を引っ張っていたから。最初の内など、釣り合っていないからクロイツェル単騎の方がよほど厄介だと感じていた。だが、最近になってわかった。

(俺で場数を踏ませたかァ)

 足りぬ場数、それをあろうことかジエィ・ジンネマンで積ませた。足を引っ張り、その度に死にかけ、何度もクソミソに言われて、それでも立ち会い続けた。

 その積み重ねが、

「がっ!?」

「ちっ、蹴りが軽いねん。雑魚カスがァ」

 今。

 頭を引っ張られ、全力で蹴り込み。そのままクルスは地面に顔面から落ちた。当然のようにクロイツェルのフォローはない。むしろ罵倒付き。

 自分も大概な上司だったと思うが、

(にしても……酷いなァ)

 あの男からすると優しい方だったのかもしれない。

 からの平然と立ち上がるクルス。土がつき、鼻血も出ているが、拭いながらも表情は平然と敵であるジエィを見つめている。

「……」

 小動もしない。

(元々技術はあった。体躯を補って余りあるほどに……其処に経験が乗り、少しずつ騎士としての成熟を迎えつつある)

 エクラご自慢のレフ・クロイツェルが強いのは当然、すでに副隊長であり将来的には隊長になることが確定している騎士である。だが、其処に並んで見劣りしない、見劣りしなくなりつつある三年目、クルス・リンザールが此処までモノになるとは。

 クルスからは時代の勢いを感じる。

 幸か不幸か生死を彷徨うほどの無茶ぶりを何度も受け、無理やり三年目にして十年選手に近い風格を得た。ある意味、上司に恵まれている。

 その上、

(……俺たちのせい、もある)

 ファウダーと言う天敵が矢面に立つ彼を鍛えた。通常のダンジョンや魔族に加え、単純に戦う機会が増えたのだ。

 自分たちによって。

 ゆえに何処か、自分たちの時代の騎士のような匂いも感じる。

 それは嬉しいが同時に――

「此処までだなァ」

「なんや、逃げるんか?」

「ああ、逃げる」

 油断ならぬ敵を作ることにも繋がる。強者が増えるのは歓迎するところであるはずなのだが、この成長ぶりを見ると何故かこれ以上、鍛えたくないと思う自分もいた。不思議な感覚である。成長の底が、騎士の完成系が見えない。

 それは、

(怖れ、やもしれん)

 畏怖なのかもしれない。

 今まで誰にも感じたことのなかったものを、あの若者から感じ始めていた。エクラやクロイツェル、フェデルにカノッサ、果てはウーゼルやウル、それらには同類であると感じても、こういう気分を持ち合わせたことはなかった。

 違い過ぎるからか、それとも――

「これ以上育成に手を貸すつもりはない」

「このカスにビビっとるんか? 天下のジエィ・ジンネマンも落ちたもんやのぉ」

「卿なら、俺の気持ちもわかると思うがなァ」

「あ?」

「ではなァ」

 全速力のバック走、からの引き打ち。滅多に見せないジエィ・ジンネマンによる最強の撤退戦である。なお、見た目はあまりよろしくない。

 その分、

「ちっ」

「……」

 追う側を寄せ付けぬ強さがあるのだが――

「相変わらずの引き出しですね。でも、また一つ、見た」

 無双の撤退、それを見ながら少し微笑むクルス。つい先ほどまで最強格相手に殺し合いをしていたと言うのに、その貌は何処か場慣れした余裕があった。

「次は仕留めます」

「次あると思うなボケ。温いねん」

「あー、温くて申し訳ございません」

「言葉多い」

「わん」

 クロイツェルの死角で中指を立てながらクルスは従順な返事をした。ジエィの目的はゴミ掃除(この場に転がる貴族の抹殺)、クロイツェルらの目的は第三のサポート、つまりはジエィと戦い、牽制をしておくこと。

 一応、どちらも目的は果たしている。

「戻るで」

「わん」

 中指ぴーん。

「さっきから見えとらんと思っとるんか?」

「いえ、見せてます」

 からのダブル中指。

「しばくぞ」

「どうぞ。代わりに第九にでも移籍希望出しておきますので」

「さっさと去ね。せいせいするわ」

 第七の最凶コンビもまた撤退していく。すでにユニオン内でも指折りの戦力、特筆すべきはダンジョンの踏破速度。ブラック騎士団も真っ青の人数、納期で次々とダンジョンを攻略していく様は、狂気でしかないと騎士界隈をざわつかせている。


     ○


「失礼いたします」

 秩序の塔、そこで今回の件の報告を終えた『責任者』の第三騎士隊副隊長サラナは退出後、ため息をついた。

 何処かで早急にストレスを発散する必要がある。

 だと言うのに――

「なんや、ジブンか」

「……この度は、うちの騎士隊がお世話になりましたぁ」

 よりにもよってこの男と鉢合わせすることになろうとは――大変遺憾である、とサラナはさらにため息を重ねた。

「まあええよ。結果として1リアにもならず、しかもクレームまでもらった最高の案件やったな。奉仕の精神が染みついとるわ」

「……レリーの持っている部分が裏目に出ました」

「くく、あれが生きとったせいでクレームやしなぁ」

「……ええ」

 第三仕切りの先の案件、王の護衛の任務はレリーらがものの見事に達成、してしまった。あの状況から逃げ惑った王は奇跡的に生存し、護衛に戻った二人のおかげで亡命も成功した。ただ、その際持ち逃げするはずだった財は失われ、当然後払い分は回収できず、むしろ護衛対象である自分を危険にさらしたとして王からユニオン騎士団へ厳重注意、と言う名のクレームが寄越された。

 成功した結果、方々に飛び火してしまったのだ。

「一応、協力していただいた分は出しますよ」

「小金なんぞ要らんわ。ジブンのボスに貸しや、て伝えとけ」

「それが一番胃に来るんですよ」

「知らん」

 正直、最初からこの仕事は第三が割を食うことは決まっていた。他の国との絡みもあり、断れなかった時点で詰みである。

 金にも成らず、クレームは貰い、時間と労力だけが消えた。

 しかもファウダーは全部取り逃がしている。

「第三の仕切り、情報が漏れとったで」

「……また、ですか」

「何処やろナァ、リーク元は」

「……心当たりが多過ぎますね、今のユニオンじゃ」

「せやな」

 ジエィの漏らした情報、今回の件が第三の仕切りであることは当然極秘である。敵方であるファウダーが知るはずもない。もっと言うと、どの騎士が行くのか、どの隊が行くのか、お客である王すら事前には知り得なかったはず。

 その情報が漏れていた。

 内部リーク以外考えられない。

「ジエィ・ジンネマンなどの大物ばかり狙う理由も聞いていいですか? その結果、隊としての数字は落ちているでしょう?」

「小物狙ってもしゃーないやろ。今は数字がついて来とらんだけや」

「……そういうことにしておきましょうか」

 別に長話をする仲ではないので、そのままサラナとクロイツェルは分かれた。難しい局面である。誰が味方で、誰が敵なのか。

 秩序もかなり、ガタつきつつある。

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