第313話:これが秩序の騎士

 『斬罪』ジエィ・ジンネマンは普段通り、悠然と構える。肌が粟立つ感覚、ひりつくような空気がこの二人から、と言うよりも物足りなかった片方からも滲み出しつつある。怖い騎士に成って来た。

 少なくともすでに――

「いつもの」

「わん」

(来るか)

 二年前とは別物。

 左右に展開したクルスとクロイツェルは一糸乱れぬ動きでジエィまで寄せる。最初の衝突は、これまたお馴染みクルスの方から。

 の前に、

「こんにちはァ!」

 挨拶代わりの居合切り。景色がズレる。

 ただ、

「……」

(揺らがず、か。小憎らしい)

 最初に鼻を取ったクルスは微塵も揺らがずに、騎士剣を受けることなく上体を倒しながら回避しつつ、滑るようにジエィの前に到達した。

 そのまま流れるように剣を振るう。

 受けは容易、されどジエィは受けずに後退でかわす。

(受けは即詰み……長手数であるがなァ)

 易く受け、安いカウンターを対処し、もう一人が隙間を埋める。其処から連なる攻防の果て、ジエィは自身の詰み、つまり負け筋に連なると読む。

「逃げんなや」

「……ふん」

 間断なく詰めてくるのはレフ・クロイツェル。古巣の若き副隊長、なかなかの難物であるとは聞き及んでいたが、守戦を捨てた攻めに超特化した最凶の下段、クー・ドラコから放たれる連続攻撃は、とにかく激しく品がない。

「カス、クソ、ゴミ」

「剣も悪けりゃ口も悪ィ」

 下段は人体の急所、自分も実戦ではよく狙うが、この男はよく狙う、どころか基本徹底して下段に集中したコンビネーションばかりを使う。

 もう剣だけでも嫌われる要素しかない。

 剣を重ねればわかる。

(相変わらず、無駄がなく流れの途切れん猛攻。まずもって攻め手の引き出しが多く、技術的にも若いくせに相当やる。からの――)

 普通に下半身狙いになど特化せずとも、真っ当な剣を使ってもジエィの基準でも巧者の部類である。そんな男が周囲からの評価や騎士の不文律をぶん投げ、相手の急所や弱点となる場所を徹底的に突くのだから嫌らしい。

 ただ、

(俺ァ、別に嫌いじゃないがなァ)

 汚い剣はジエィも得手とするもの。自分の剣も今でこそ洗練されたが、それでも真っ当とは程遠い。ゆえに噛み合う。

 互いに攻撃が得手なのも相まって――

「おう」

「ちィ」

 攻撃同士がかち合い、互いにとっての受けにもなる。

 自分を押し付け合う、歪な攻防。

 其処に、

「死ね」

 クロイツェルの背後から、クロイツェルごと斬りつけるような横薙ぎの一撃が迸る。完全な死角からの、殺意しかない剣を放ったのは当然、

「おいおい」

 クルス・リンザール。斬りつけた瞬間の貌、あと口調も含めて騎士の風上にも置けない。嬉々として上司を切り裂こうとしていた。

 が、その貌がジエィに見えたということは、その死角からの攻撃を何の合図もなしにクロイツェルが回避したということ。

 これもデザインされたものか、

「死ねカス」

 それとも殺意が噛み合っているだけか。

「わん?」

 これまた歪な関係性。歪な連携。

 クルスは一切の躊躇なくクロイツェルの肩を足蹴に跳んだ。

(死ねカス、は行けと言う意味か? 相変わらずわからん)

 人体のもう一つの急所である天。其処から攻め立てるクルスの狙いはいい。ただ、天は攻め手も手数を増やせず、結果として袋小路となる。

 はずだった。

「むゥ!?」

「こんにちは」

 跳びながら体を回転させ、空中でクルスは自身の上下を入れ替えたのだ。構図としては上段対上段、反上段と言うべきか、とにかくこれまた歪。

 そして、

「ふシュゥ!」

 クロイツェルもまたクルスの上段に合わせ、地面を切り裂きながら下段より攻撃を仕掛けてきた。

 歪な連携、人知及ばぬ天地からの掟破りの二段同時攻撃。

「小僧ども!」

 それが『斬罪』を圧す。


     ○


「なんだ、こんなものですか」

「……まだまだ」

 第三騎士隊副隊長、レリー・イーリスはファウダーの『ヘメロス』と交戦していた。が、ちょっとやり合った段階で理解する。

(……うわーん、こいつ強過ぎる)

 情報通りのクソスペック。フィジカル化け物、魔力量もたぶん高い。反応超早くて、さらに報告よりも明らかに技量の向上が見受けられる。

 日々進化し続けているのだ。

 しかも腹立たしいのは、

(マスター・グレイプニルリスペクトもムカつくぅ!)

 型が最難関、と言うかテュール以外使い手すらいないゼー・イーゲルを使う。騎士剣も大剣を用いていたはずが、近頃は普通サイズを使うようになってきた。

 それでいて上手い。

 捉えどころがなく、刺すべきところは刺す。

 本人に適性があるかはともかく、かなりの再現度であることは間違いない。

 何よりも楽しそうである。

「まあ、隊長格もピンキリと言うことで」

「……舐め腐ってぇ」

 第三の顔採用、よく陰口を叩かれているレリーであるが、正直決して間違いではない、と本人は思っている。

 ユーグやクロイツェルほどに強くはない。

 サラナのように頭が切れるわけでもない。

 では自分の長所は何かと言われると「顔しか思いつかない」と本気で言っている。酒の席ではよく口にする。

 部下はこの女、顔に対しては自信しかねえ、と逆に驚くほど。

 ネガティブなのか、ポジティブなのかわからない女である。

 まあ、

「そろそろ決めます」

「かかってきなさい」

(ひぃ~! そろそろフレイヤ勝ちなさいよー!)

 積極的に戦わないのであれば、少し守勢に回れば粘れるぐらいの技量はある。ひーひー、口は閉ざしても顔には思い切り出ている限界。

 それでも、

(意外と崩れない。それに――)

 崩れかけると、

「あー、限界!」

 腰の手りゅう弾を投擲しお茶を濁してくる。剣だけならば決して強くはない。しかし、とにかく生き汚いのだ。

 死なない、詰まない。

「あ、ラッキー」

「っ⁉」

 フレイヤが適当に弾いたレーザーが、たまたまレリーの方へ伸びてきたのを騎士剣で受け、跳ね返して『ヘメロス』への攻撃とする。

 考えた結果の構図ではなく、たまたま。

 生き汚く、その上持っている。あと顔がいい。

 その三点が彼女の評価ポイントだ、と同僚のサラナが言っていた。

「……こういう騎士もいるのか。はは、面白いなぁ」

「笑ってんじゃない!」

 『ヘメロス』はちらりと仲間である『亡霊』を見る。

(……さて、どうしたものか)

 相性もあるが、戦況はあまり芳しくない。現在、ユニオン騎士団が標準装備する検知器もそうだが、最も戦場を駆け回る『亡霊』の対策はかなり進んできた。それでも普通の騎士相手に後れを取る存在ではないが――

(最近じゃ一戦ごとに一人二人は削られる始末。よくないですね)

 今のところ一進一退、第三の盾と呼ばれる新進気鋭の騎士相手に上手く立ち回っているが、それは相手が急いでいないことも大きい。

 いつの間にかこの場を逃げ出した王様。この際、危険ではあるが二人をこの場に留め、少しでも生存確率を高めようという腹だろう。

 それはつまり、

(私相手ならしのぎ切れるだろう、と思われているわけですが)

 ちらちらとこちらを眺めながら『亡霊』と交戦し続ける第三の盾、武人としては正直あちらに興味があるのだが、どうやらあちらはそれほど興味を持ってくれていない。常人にはより危険度の高い『亡霊』の方が優先、と言うことか。

 それでも自分がレリーを倒せばそれで済む話だが――

(……顔、凄いことになっていますが、それでも私は攻めきれないまま)

「ふーふー」

「……さすがにそろそろ限界では?」

「な、舐めんな! まだ余裕だし!」

「……」

 粘る、粘る、驚異のクソ粘り。

 詰め切れない。少しずつ募る苛立ち。

 其処は大人っぽく見えても子ども、成熟し切っていない。

 それが――

「スイッチ!」

「……?」

「イエス・マスター!」

「しまっ――」

 隙となる。僅かに確認を怠った自分の相手とは別の、フレイヤの位置。そのかすかな綻びをレリーも、フレイヤも見逃していなかった。

 狙われたのは自分。

(やら、れた!)

 フレイヤの剣が『ヘメロス』の剣を遮る。最高峰であるスペックを持つ自身の肉体と遜色ない、否、むしろ押し合いで勝る粘りを感じる。

 強い。触れ合うだけでわかる。

 素材と、鍛え抜き、磨き抜かれた最上級の宝石。

 それが、

「フレイヤ、射角合わせ!」

「いつでも」

 フレイヤ・ヴァナディース。自分を力で抑え込みながら、同時に背後のレリーに合わせて盾の角度を調節していた。

 彼女の代わりに目も務める。

 そして放たれるは、

「Fire!」

 レリーの騎士剣、その独特の形状から放たれる弾丸。これまた第十プレゼンス、リュネの自信作である銃剣、であった。

 フレイヤの背後から放たれた弾丸は彼女の盾を滑り、

「まずい! 『亡霊』さん!」

「……っ」

 『亡霊』の異形に吸い込まれる。

 着弾し、

「Boom」

 レリーのドヤ顔と共に弾丸が『亡霊』の内部で爆発した。

 死角よりの凶弾が刺さる。

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