第312話:八方ふさがりの国にて

「……愚民どもが」

 この国の最高権力者である男は眼下の景色を見て吐き捨てる。かつて、この国は素晴らしい国であった。養蚕が盛んで、ミルクのような白、ゴージャスな金など、我が国の蚕は二百色出せるんやで、とは誰の言葉であったか。

 しかし、昨今は化学繊維などが台頭し始め、需要は減っていくばかり。養蚕で稼げている内は従順であった愚民どもは生活苦を理由にどんどん反抗的になる。

 そんなもの目減りする税収を見れば一目瞭然。

 わかっているし、何とかしようともしている。

 だけど仕方がないじゃないか。この国には養蚕以外とくにめぼしい産業は何一つなかったし、それ以外で外貨を獲得する手段も当然ない。

 ずっと考えることもしなかった。

 今もまあ、考えているふりをしているだけ。正直、とっくの昔に為政者側が捨てたかった。この何もない国を。

 その機会が来たと思えばむしろ清々する。

「それでは頼みますぞ、お二方」

「「はっ」」

 今日、この国の王は亡命する。

 眼下、もはや張りぼてと化した王宮を守ろうと奮闘する騎士や兵士たちを捨てて、王国にとって残った唯一の宝である己を逃がし、守るために。

「まったく、ファウダーとやらにも困ったものですな」

「その通りですね」

「……」

 ユニオン騎士団第三騎士隊副隊長、レリー・イーリス。彼女に付き従うのは三年目、フレイヤ・ヴァナディースである。

「愚かな民に力を配り、無用な混乱を引き起こす。まさに騒乱の、混沌の根。可及的速やかに切除していただきたい」

「無論、心得ております」

「その割には対策が進んでいるようには思えませぬが。まあ、今回の件はユニオンが後手に回った結果として、申し訳ないが後日抗議させていただくゆえ」

「力不足でございます」

「頼みますぞ」

 レリーは笑顔でぺこぺこと頭を下げているが、新卒時代からくっつけられていたフレイヤにはわかる。たぶん、任務後酒場で暴れ散らかすやつだ、と。

 ファウダーへの対応が後手に回っていることは認めるしかない。

 これまでユニオン騎士団は幾度となく刃を交え、少なくない犠牲を出しながらも徐々に彼らの力を、構成員の実力を測ってきた。第七が小賢しく切り売りなどしなければ犠牲は抑えられた、とは第三の隊長の叫び。

 元々不仲であったが、最近は特に一触即発の状況と化していた。

 おかげで彼を食事に誘うことも出来ない。

 まあ、誘えたとしても、今の彼が誘いを受けるかは別の話であるが――

 話は大いに脱線したが、確かにファウダーに関してはこちらにも落ち度はある。肝心要の『創者』レイル・イスティナーイーの所在も未だ掴めていない。ただ、そもそも論としてこの国はとっくに破綻している。

 存在する価値のない国の、存在する価値のない王家の依頼、しかも残るは後継者を作れなかった種無し王、ただ一人。他の王族は隙を見て逃げ出し、亡命できた者もいれば途中で民に見つかり、因果応報無残なオブジェになった者もいる。

 適当にこなせ。守る価値もない。と彼女たちの隊長は吐き捨てたし、当初は彼女たちも一定まで逃がした後、こちらの騎士団に任せる予定だった。

 が、この国は、この国の王は想像を遥かに下回った。

 彼らを囮に、自分は安全に逃げ出す。

 自国の騎士を切り捨てたのだ。あっさりと。

 前例となった哀れな一族の様子を知り、保身にだけ長けた王は外部からの助っ人であるユニオン騎士団に、全てを預けて悠々逃げるつもりなのだ。

 そりゃあレリーも腸が煮えくり返ると言うもの。

 そんな彼女に王の対応を任せ、ずっと一言も発することすらしない未熟な自分を反省しながら、次のまともな案件から、それから心を入れ替える。

 そう心に誓う。

 まあ、そんな国の案件に携われるか、それは現状かなり怪しいのだが。

「陛下、お待ちしておりました!」

「おお、よくぞ集った」

 玉座の間にはこれまた俗っぽい連中が逃げ支度を整え待ち構えていた。

「陛下、これだけの大所帯は話が違いますが」

「堅いことを言われるな。王がその居を移すのだ。それなりの支度も、人手もいるだろう。彼らはほれ、余にとっての友人ばかり。余は忠臣を裏切れぬ」

「……左様でございますか」

「うむ」

 こんな奴らのために、今この瞬間もどれだけ多くの命が失われているのか。王に近しい太鼓持ち、愛妾、近侍の美少年なども――想像したくもない。

 レリーは笑顔を崩さず、フレイヤは高貴なる者の風上にも置けぬこの王を切り捨てる方法ばかりを考えていた。

 そんな時、

「では、こちらの隠し通路から――」

 玉座の間より繋がる隠し通路、其処より逃げ出す予定であった。もっと少人数で、秘密裏に、誰にも知られることなく。

 そう、重要なのは、

「……検知器」

「イエス・マスター」

 レリーの指示でフレイヤは腰に付けた小型の検知器を投擲した。小さな信号音は弧を描きそちらへ、隠し通路のある方へ近づく度に音を大きくする。

 レリーは顔を歪めながら、

「盾!」

「……ッ!」

 フレイヤは言われる前に体を動かしていた。盾を掴み取り、それを前に構えて突っ込む。間に合え、と祈りながら。

 それとほぼ同時に、

「はえ?」

 玉座の間が爆発した。

 破片が、肉片が、其処ら中に飛び散る。

「ひ、ひぃ、な、何が、起こって」

「今後はお友達を厳選することを強くお勧めいたします」

 王に関してはレリーが直接、自らの隊長も愛用するマントで爆風や破片から守ってやったが、あとはフレイヤの盾が守れた範囲のみ。

 生存者は半数ほど。

 さすがフレイヤ、よくぞあそこから半分も守った、とレリーは思う。正直、目算はほぼ全滅であった。

 そして情報漏洩は愚かな王に責があるため、それでいいとも考えていた。

 だが、

「……」

 フレイヤ・ヴァナディースはそう考えなかったようである。

 盾を『展開』しながら、強く唇を噛む。

 レリーはため息をつきながら、

「で、敵さんどちら?」

 そう問うた。

「パンパン、と手を鳴らしましょうか?」

「あら親切だこと」

 声は、ご親切に自分の背後。背中合わせで立っていた。お友達に紛れていたのだろうが、それにしても秩序の騎士、しかも隊長格の背後を取るとは不敬である。

 さらに不敬なのは、

「「エンチャント」」

 背後から奇襲するではなく、背中合わせに正々堂々尋常の勝負を臨んできた、と言うこと。振り向きざま、互いの騎士剣が交差した。

「仮面の騎士、あなたが『ヘメロス』?」

「イエスです。お初に、マスター・イーリス」

 仮面の騎士、ファウダーが誇る秩序の騎士に比肩し得る中核メンバーの一人。その素性は第七より伝えられたが、隊長にのみ周知されるに留まった。

 あまり公にしていい情報ではないのだ。

 先々代のグランドマスターの複製体であるから、ではない。単純に人の命を国家主導で造った、その事実を広げたくなかったのだ。

 それがファウダーに賛同するラーであっても、かの国もまた秩序の騎士が守るべき連盟に連なる王国であるから。

「そう。おひとり?」

「まさか。国崩しです。基本、私たちはサポートですよ。理想に囚われし『亡霊』の、哀しくも美しき道のね」

「気取ったセリフ」

「お気に障りましたか?」

「大いに」

「それは残念」

 二人の騎士は一旦距離を取る。手に残る重み、それにレリーは情報通り厄介な相手と理解する。単純なスペック差を肌で感じた。

 が、それで手を引くようなら隊長格など務めていない。

「フレイヤ、奥から来るわよ」

「わかっていますわ」

「ならよろしい。私はこいつとやるから……死なないように!」

「イエス・マスター!」

 隠し通路、其処に先回りして全部まとめて吹き飛ばした。その瓦礫の山を吹き飛ばし、異形の、形無き怪物が現れた。

 悲鳴が巻き起こり、生存者も逃げ惑う。

 その流れとは反し、

「第三騎士隊、フレイヤ・ヴァナディース」

 フレイヤは騎士として、その怪物と向き合った。

「ファウダー、『亡霊』です。以後お見知りおきを、第三の盾」

「……以後、を設けるつもりはありませんわ、『亡霊』!」

「それは残念。では、今日でお別れです」

 怪物もまた体を幾重にも膨張させる。この怪物に、何人の騎士が倒されたか。その無念も己が剣に、盾に込め――

「いざ!」

 フレイヤ、突貫。


     ○


「ガァァァアアア!」

「ひ、嫌だ、死にたくない! なんで、せめて、ダンジョンで!」

 乱戦の中で魔獣に食いつかれ、悲痛な叫びを放つ若き騎士。そりゃあこんな国の騎士になったのだから、それほど真面目に学校生活を送ってきたわけではない。それでも六年学んだ、六年かけてようやく騎士に成った。

 だと言うのに、今自分はダンジョンでもない場所で命を失いかけている。

 しかも相手は、

「王家を、滅ぼすゥ!」

「なんでぇぇぇえええ!」

 自分が守るはずだった民。ファウダーの技術提供により、反政府勢力に配られた魔獣化の手術。無辜の民は今、牙と爪を得た。

 騎士を、引き裂くほどの。

「は、ははははは! ザマーミロ! 勝てる、勝てるんだ! 騎士にも勝てるぞ! この力があれば勝てるんだ! 一気に押せ! 勝利は目前だ!」

 王と騎士、圧政の象徴を倒すため人を捨てた者たち。

 狂気と共に、犠牲を厭わず彼らは進む。

 騎士はそれをただ受け止め、戦うしかない。本来ならもう、もぬけの殻となっていた王宮を守るために。

 王宮の前は今、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。


     ○


 賢者とは常に裏の裏をかくもの。

「……」

 愚かな種無しの王が色々と画策していたようだが、即位の時からずっと裏で馬鹿にしながら担いでいた者たちがいる。

 彼らはとっくに国を見限りながら、ギリギリの際まで国家から富を吸い上げ、からっからになった今、ようやく馬鹿な御輿がと捨てようとした。

 いや、実際に捨てた。

 ただし、

「馬鹿は移る。ふっはっは、知らんかったか」

 自分を賢いと思っていた者たちは今、全て漏れなく真っ二つとなっていた。

 ただ一人の戦士の手によって――

 其処に、

「ほな、ジブンも移っとるわ。クソカスジジイ」

「……」

 二人の騎士が遅ればせながら現れた。

 否、丁度荷物が消えたタイミングを見計らった、と言うべきか。

「第三の仕切りと聞いていたが……また卿らか」

「今日こそあの世送ったる。特別や、タダでええぞ」

「まあ、また遊んでやろう。若造二人、造作もない」

「抜かせ」

 国境線、全てが曖昧となる狭間にて――

「来い」

 ファウダー最強、『斬罪』と、

「仕事や」

 ユニオン最凶、第七騎士隊副隊長レフ・クロイツェル。

「……そのつもりですよ」

「返事多いわ死ねカス」

「……わん」

 同じく第七騎士隊、昨年度新人賞獲得者クルス・リンザール。

 彼らが衝突する。

「いつもの」

「わん」

 蛇の如き執念で、何度でも――仕掛ける。

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