第311話:さあ此処からだ

 カノッサ・クリュニーによるジエィ・ジンネマン対策の講座には多くの騎士が押し寄せていた。当時を知る騎士はほとんど引退しており、そうでなくとも魔法騎士というジャンルの敵自体がもはや希少な時代である。

 クルスらのような新卒から隊長格まで、幅広い世代の騎士がとにかく時間を捻出し、カノッサらの話を聞くために集まるのも当然のことであろう。

「斬撃を飛ばしている、と言うのはそう見えるだけでな。いやさ、そう見えるだけでも優秀なんじゃが。そもそも、普通は斬られたことすら知覚できず、真っ二つと言うのがあの男のやり口であった。速過ぎての。ちなみに斬撃が飛んで見えるのも、速過ぎることが起因しておる。あやつが自らに彫り込んだエンチャントは魔力を増幅するもので、用途を抜剣時に限定して出力を絞っており、其処で増幅した魔力は魔法の刃として、疑似的に刃を延長、つまりは超長い剣を振り回しておるだけじゃ」

 直接対峙し、実際に彼の剣を見たクルスとしては何とも受け入れがたい答えである。しかし、そんな雰囲気を込めてエクラを見るとにんまり、と笑っていたので、おそらくそう見える錯覚に騙されていたのだろう。

「長い剣、と言っても質量はほぼない。そして本来は、刃として練り上げたとて魔力そのもの、ぼやぁとしか見えぬものじゃが、剣身を伸ばしながら加速する刃が最大加速、つまり目標を断ち切る時に先端部の魔力が大気の魔力との摩擦のような干渉を起こし、発光する。これが斬撃が飛んでくるように見える仕掛けじゃな」

 しっかりと魔導を学んだものであればあるほど、この話には大きな疑問を浮かべてしまうだろう。実際、リュネは幾度も首をひねり、ヘレナもそんな馬鹿な話が、みたいな表情である。普通、人力でそのような現象は起きない。

 速さが足りぬはずなのだ。

 圧倒的に。

「質問、よろしいですか?」

 そんな中、第十二騎士隊隊長、レオポルドが挙手していた。

「うむ、構わぬとも」

「感謝を。おっしゃられる通りであれば、ジンネマン殿は理論上、最速の抜刀術と見えざる抜刀術、この二つを使える、と言う認識で宜しいでのしょうか?」

「速度を落とせば発光は起きぬ、か」

「違いますか?」

「違わん。が、あれは絶対にせん。自らの武を落とすぐらいなら、抜かずに死ぬことを選ぶ。勘違いしてはならぬのは、あれはより多くを、より広く、より早く、断ち切るために生み出した結果の産物。ただ勝利にのみ固執したわけではない。無論、勝ちを捨てとるわけではなく、武として緩急は交える。が、副産物にすがってまで勝とうとする輩ではない、ということじゃ。ま、矛盾だらけであるが」

「なるほど……やはり先の時代の猛者は恐ろしい」

「先の時代、のぉ」

「これは失礼を」

「ふはは、ま、間違っておらぬよ」

 申し訳なさそうに着席するレオポルドであったが、その貌には薄っすら先の時代の猛者、とやらへの興味が滲んでいた。

 少なくともここで気づいたのは、

「……」

「……」

 蛇とどっちつかずの騎士、ただそれだけであった。

「あと、皆も知っておろうが現在はエンチャントを肉体に施すのはどの国も基本的に禁じておる。効果はあるのだ、それなりに。ゆえに大戦中、そして戦後の混迷とした黎明期にも、そうして魔力を引き上げた者はおった。ジエィもその一人よ。しかし、その大半はすでに亡くなっておる。戦場で死ねた者はよい。死ねなかった者はの、その多くが自死を選んだ。理由は日常的に身を苛む痛み、じゃ――」

 講義は続く。


     ○


「おーい、捕まえてきたぞー」

「……何の真似だ、ディン」

 名人の講座後、早速仕事へ戻ろうとしたクルスを同期のディンががっちり確保し、そのままユニオンにほど近いメガラニカ出身、テラが伝手で営業時間外の酒場を貸し切りに、新卒軍団がずらりと集まっていた。

 昼飯時とは言え、全員欠けることなく集まっているのは珍しい。

 一番欠けやすい男もこの通りディンの友情(腕力)で連れてきた。

「よく来たな、クルス・リンザール」

 それを迎えるは――

「……ディン。何の真似だ?」

「俺に聞けよ!」

「……そんなふざけた格好のやつと何を話せと?」

 つけ髭をして杖をくるくると回すノア・エウエノルであった。なお、かつて横並びの三強と呼ばれていた方々は少し離れた席に座っていた。

 俺はあれとは違う、と言う固い意思が見える。

「これはジエィ・ジンネマンとやらのコスプレだ」

「……今日、講座で写真見ただろ? 髪色以外ほぼあのままだぞ」

 そもそもコスプレをする意味がわからないが、百歩譲ったとしてもクオリティが低過ぎる。似ている似ていないとかいう次元ではない。

「今日の今日で変更が効くかよ。これは俺が実年齢から想像した姿だ。俺が想像するよりだいぶ渋い爺さんだったが……まあこれはこれで味があるだろ?」

「もちろんです!」

 あ、よいしょ! とばかりに持ち上げるノア女のヘレナさん。

 ブレない。

「……で?」

「ったく、せっかちなやつだなぁ。ま、いいや。此処にいる連中もお前さん同様暇じゃねえ。でも、直接見たのはお前だけなんでな」

 ノアが杖を放り投げ、腰の剣に手を添える。

 それを見て、

「……なるほど。それなら尚更、先に確認すべきだったな。お前じゃ物差しにならねえよ。ジンネマンの方がずっと速い。それが答えだ」

 クルスはこの状況を理解し、その上で無意味な試しだと言い切った。

 しかし、

「それは対抗戦の俺、だろ?」

「……」

「ま、物差しになるかどうかは見てからで頼むぜ。ってか、俺もワクワクしてんだよ。うちのボスたちと並んでいた騎士なんだろ? やってみてーじゃん」

 ノアは以前の自分で判断するな、と逆に言い切った。

 クルスは剣を抜き、いつもの構えを取る。

 ノアは、

「見とけ、ソロン。ついでにイールファス」

「「……」」

 二人にも宣戦布告する。が、二人は何とも微妙な表情。才能に見合わぬノアに対する彼らの期待値が成せる貌である。

「山河で鍛えたこの身体、食堂で鍛えた繊細な仕事、今こそ解き放つ!」

 天才ノア、

「ちびるなよォ!」

 発進。

「……っ」

 言うだけはある。対抗戦よりも明らかに増した速さ。その上動きにも安定感が、山河が鍛えたインナーマッスルが天才の動きを支えていた。

 だが、

(及ばんよ、ノア)

 すでに速さの天井は上がった。これしきで驚く気はない。

 その速さは想定内。

「おや、ノアを下に見ているのか」

「クルスはそーいうとこある」

 同格の二人は苦笑し、

「ノア式多段加速――」

 天才は超スピードの中、腕だけに魔力を集中し、さらに加速させた。

「居合斬り!」

 天才の、天才による、天才のための剣。

 その神速は確かに、

「……」

「どーよ? つか、よく反応したな。止める気だったのに」

「……ほぼ、同速だよ。ほんの少し、あっちの方が速い気もするが」

 あのジエィ・ジンネマンに比肩し得るものであった。

「マジ? かー、やっぱすげーな、元隊長! この天才の編み出した加速アンド加速という奥の手すら及ばず、か。いいねえ、ゾクゾクすんね」

「……」

 誰もが絶句する。クルスの見立ては甘い、と見ていたソロンとイールファスですら目を丸くするほどの速さ。完全にノアがただ一人、全員の想定を超えた。

 及ばぬことに喜んでいる彼の根は変わらない。

 変わらないが、その分嫌でも透ける器の違い。

「ノア様最強! ノア様最強! ノア様最強!」

 狂信者のみ狂喜する。

「ただ、速さだけの相手じゃない。むしろ、抜いた後の方が俺は怖く感じた」

「それそれ。そういうの頂戴よ。じーちゃん連中もさ、まあこうして周知はしたがの、結局隊長格以外は基本戦闘をせぬことが肝要じゃ。こうして周知しておるのも戦闘の巻き添えを食わぬため、と言う側面が大きいからのぉ、とか言ってなぁ、もっと細かいところも教えてくれよって思ってたんだよ」

 さわりは理解した。

 魔法の理屈、魔法刀のタネ、居合術を使うこと。

 が、それだけではよくわからない。本当に戦う気があるのなら、もっと細かいところまで知りたいと思うのが当然だろう。

 そう、端からやる気満々のノアは考えていた。

「わたくしたちも是非、知りたいと思っていましたの」

 フレイヤもやる気満々、と言うか彼女の場合は相手がどうこうとか関係なく常にやる気には満ち溢れている気もするが――

「……わかったよ」

「お、カワイ子ちゃんには素直じゃん。さてはおめー、フレイヤ狙いか」

「……」

「ノア、みんな暇じゃない。必要事項だけを話そう」

「俺もそうすべきだと思う」

 窮したクルスへの援護として立ち上がるはソロンとイールファス。我欲にのみ忠実は二人組が期せず、徒党を組む。

「えー、恋バナしよーぜ」

「「しない」」

 ソロンとイールファスの圧を受け、ノアは「ちぇ」と舌を出す。

 それを尻目に、

「つまりあの速さを何とかしのいでからが本番、か」

「難儀だね」

「だなぁ。初見でよく生き残ったよ、クルスのやつ」

「未知と既知じゃ天と地ほども違うから……この場合は生死、か」

「ははは」

 ディンとテラは冷静に話し合っていた。

「……既知ならあれ、しのげると思うのですか?」

 マリ・メルが二人へ問う。

「ん、まあ準備してりゃあな」

「別にクルス君も手前で受ける分には特別速いわけじゃないし、見るべきところを見て、捌くべき時に捌けたなら、同じ結果には持っていけるよ」

「……そう、ですか」

 四強とその他、でくくられているが、マリからすればその他にも上位と下位があるように思える。ディン・クレンツェは明らかに上位のトップ、そもそも五強なのでは、と思ってしまうほどに違うが、テラも地味にそちら側。あとはフレイヤが枠外で一人爆走している感じか。マリ、ヘレナは一つ落ちる。

(……ミラがこちらを選ばなかった意味、最近ようやく理解できるようになりました。少し、今更ですが)

 元々拳闘が好きで、槍が嫌いで、何より堅苦しいのが嫌いなのでマグ・メルから飛び出していった双子の妹。何があろうと最終的には今の道へ行っていたと思うが、あそこまで未練が薄かったのは彼らの存在があったからなのだろう。

 ディン、そしてそれと張ると言われたデリング。

 三強は別、そんな夢すら彼らは打ち砕く。

 もう一つの見えざる壁。

(まあ、わかっていたことです)

 日頃、アセナを近くに見ていれば嫌でもわかること。強さで道を切り拓くには足りないものが多過ぎる。

 だから選んだのだ。

 それとは別の道を征くエイルから学ぶ、と。

 ヘレナがリュネと共に魔導の道を征くように――自分は群れで戦う。

「そういや、イールファスは第十二と兼務するんだっけ?」

「ん、現場仕事はそっちの応援って体でやる」

「面倒くさいなぁ、派閥ってのも。ソロンはやっぱ第一でコツコツか?」

「そのつもりだよ。それに今日、少し妙案も思いついた」

「マジ? やっる~。俺にも一口噛ませてくれよ」

「駄目。これは俺一人でやるから」

「抜きん出るため?」

「そのつもりだ」

「へえ、何かソロンって感じだな」

 そして出遅れ気味だったイールファスやソロンも自分の進むべき道を見出しつつあった。良きにしろ悪しきにしろ、彼らは立ち止まることなど出来ないのだ。

 それが出来ぬから彼らは遊び相手を欲しても、三強という高みへ迷わず進んだのだから。そうして生きてきた。これまでも、これからも――


     ○


「よォ、邪魔するぞ」

 ファウダーの拠点、其処に『斬罪』、元第七騎士隊隊長のジエィ・ジンネマンが現れた。突然の来訪に拠点にいた三人が驚く。

「う⁉」

 一人は地中に消える。

「……何故?」

 『亡霊』は戸惑い。もう一人は、

「どういう風の吹き回しですか? 呼ばれてもいないのに山を下りてこられるとは」

 『鴉』、ファウダーの金庫番である。

「少し謝らねばならんことがあってな、それで来た」

「……嫌な予感がしますね」

「ちと昔馴染みに会ってな。つい、血が滾って喧嘩を吹っ掛けてしまったのだ」

「その事後処理を、と言うことですか?」

「いや、その際にファウダーでの仕事を引き合いに出した」

「……ん?」

「あちらに大義を持たせてやる必要があってな。許せ」

「……お相手は?」

「ユニオン騎士団」

「……ふぅー」

 想像通りである。心底外れてほしかった想像であるが――そもそもこれまでただの一度もこちらが頼まねば山から出てこなかった男である。

 それが下りてきたのだから尋常の事態ではない、それは想像できた。

「その代わりと言っては何だがこれをやろう」

「何ですか、この貧相な紙切れは?」

「俺の郷里には童が世話になった者にそいつをくれてやる習慣があってな。その場合は肩叩きなのだが、俺の歳で肩叩きと言うのもな。ゆえに――」

「……これは」

 『鴉』は陳腐な紙切れに書かれた言葉に眼を剥く。

「騎士叩き券、だ。使用限度は俺が存命の限り、出来れば強者であるとありがたい」

「……ジエィ・ジンネマンを、こちらの都合で振り回していいと?」

「おう。存分になァ」

 これまでも多少は仕事を振っていたが、内容に関しては事を荒立てぬようかなり精査していた。味方であって味方ではない。古巣への情も、魔族化を選んだことによる負い目も、彼を縛っていたはず。

 だが、ここに来て突然、全てを預けると言い切った。

 わざわざこんな紙切れまで用意して。

「相手がマスター・ウーゼルでも?」

「その舞台を用意できたなら、むしろ喜んで赴こう」

「……承知しました」

 ユニオン騎士団にファウダーを討つ大義名分を与えるのはしばらく先延ばしするつもりであったが、予定の乱れを差し引いても充分おつりがくる。

 最強の駒を忖度なしで使えるのだから。

「……『斬罪』殿、ご自宅はどうされるのですか?」

 『亡霊』は男の変調に戸惑いながら問いかけた。

「斬った。もうない」

「……大事な場所だったのでは?」

「ただの家、特に未練はない」

「……そう、ですか」

 あの家でしばらく世話になった『亡霊』にはそう見えなかった。何よりも、あの開かずの部屋、そしてかすかに残るもう一人がいた気配。

 それを大事に、とても大事に、寄り添いながら生きてきた。

 そう感じていたから――

「これで俺も卿と同じく、宿なしと言うわけだ」

「……なるほど」

「卿らの若さに、青さに触発された阿呆な老人よ。ま、死ぬまで存分にやろう。自由に、気ままに、それが此処(ファウダー)なのだろう?」

「ふふ、ですね」

 『亡霊』が相好を崩した気配を察し、様子を窺おうとしたところを、

「ほれ、捕まえたぞ墓坊主」

「うううう!」

「はっはっは、活きやよし」

 捕まえられた『墓守』は『斬罪』に振り回され、

「あーうーあー」

 敵意がないと確信するとすぐ、

「何と言っておる?」

「もっと早く、と」

「よし来た!」

 懐いた。


     ○


「ほお、ええ貌やな」

「仕事、ください。クソ危険な案件を」

 場数が足りぬと言われた。

 天才によって気づかされた。

 自分が積み上げてきたものなど、天才ならばひょいと越えて征けるのだと。

 なら、もっと積み上げる。

「ほな、僕と行こか」

「……イエス・マスター」

「お望み通り、クソ納期のクソ仕事や。超特急で済ますで」

 今はこの男に付き従う。それが最もクルス・リンザールが場数を踏む、積み上げる最大効率の道であったから。

 ゆえに迷わない。

 負けたくない、それもまたクルス・リンザールの原動力である。

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