第310話:専門家にお任せあれ
「ジエィが、か」
「……」
エクラの報告を受け、ジエィ・ジンネマンの同期であるフェデル、カノッサの両隊長は何とも言えぬ表情で項垂れていた。
間違いなく現役の頃、彼は隊長として多少難はあれど多くを救い、多くを守った真の騎士であった。勲章の数は同期三人とも数えられないほど授かっている。
ただ、強さへの飽くなき探求心。
武へのこだわり。
「……奥方や家族がいれば、どうだったのだろうか」
「関係なかろう。最後の最後、奴は己の武を選ぶ。それがジエィ・ジンネマンと言う男の強さであり、弱さであった。わかっておろうが」
「……」
カノッサの言う通り、フェデルにしろカノッサにしろ、元部下であったエクラにしろ、魔族化の情報が出た時、彼のことが僅かに過ぎった。
隣に立った戦友のみがわかる。
「わしらとて職を辞した後、そうならぬともわからぬ。武への執着、長く武に捧げてきた我らも末期、新たな選択肢に揺らがぬと言えるか?」
それに気持ちもわからぬわけではない。騎士とは言え、一人の武人である。その武に、剣に、人生を捧げてきた。
今際の際、それを失い征く感覚を彼らはまだ知らない。
劣化する気持ちはカノッサとて痛いほどわかるのだ。自分はその時々、行き詰まる度に剣の形を変えてきた。若き頃は血気盛んにハイ・ソード、成熟した時にはバランスを求めてソード・スクエア、そして最後はソード・ロゥに活路を見出した。
心身の変化、劣化。
剣を変えると言う苦痛、変えねばならぬという焦り。
それは筆舌に尽くし難く――
「嫌な役割を押し付けたな、ヘクセレイ」
「いえ。私もお世話になった方ですから」
「……そうだな。命を救われたことも一度や二度ではない」
「こちらも何度も救っておるがの」
「ふっ、違いない」
騎士を辞し、野に戻っていなければまだ彼は騎士であったのだろうか。奥方が健在で、家族との関係が良好であればこうはならなかったのか――
もし、はいくらでもある。
だが、そうはならなかった。今はただ現実を飲み込むしかない。
「あの若いの、名は確か……リンザールであったか」
フェデルのクルスについて触れる。
「うちの新人ですね。どうされましたか?」
「いや、魔法を主とする騎士の戦いは初であっただろう? どうであった?」
「立派にこなしておりましたよ。出来ることを……及ばなかったのは私の至らなさ、情けない話です」
「ふっ、これを機に卿も現場に戻ればいい。どうせ、クロイツェルにほぼ丸投げをしているのだろう? カノッサのように」
「……考えておきます」
あわや現場に駆り出されそうになり、冷や汗を流すエクラ。まだやれるはやれるが、やはり衰えはあるので出来れば引っ込んでおきたいのは本音なのだ。
まだ底力を残しても、モチベーションがあるかどうかは別の話。
「悔しがっておったか? その若いの」
「ええ、それはもう。その心根を評価し、あの人が名前を覚えたぐらいですから」
「ほう。それは先が楽しみじゃのお。今は仕事かの?」
「いえ、とりあえず一旦、頭を整理させるために第十の方へ行かせました」
「あー、なるほどのぉ」
「素人が口で説明するよりも専門家にお任せ、です」
「ただ面倒くさかっただけじゃろうが」
「……えへ」
エクラが先輩方にチャーミングなところを見せている頃――
○
「……え、なんだ、これ」
「だから言ったでしょうに。出来ません、と」
クルスは同期でレムリア卒のヘレナの案内で、彼女が所属する第十騎士隊の工房へ足を延ばしていた。
あの敗戦からクルスはすぐ、魔法での戦い方について教えて欲しいとエクラへ直訴した。戦い方、エクラやジエィの魔法については隠すことなく教えてくれたが、それをクルスが自分も体得するにはどうしたらいいか、と問うと、
『それは出来ない』
と強い言葉で拒絶された。
その理由を問うと、ユニオンへ戻り次第、第十の方へ顔を出すといい、と言われ、すぐさま駆け込んだ流れである。
そして今、この工房で製造されているエクラ専用の魔導兵器、例えば小剣などを操ろうとしたが、そもそも何をしたらいいのかが微塵もわからなかった。
コツでもあるのか、と思ったが――
「魔法は魔素の属性が重要なんです。マスター・ヘクセレイの魔素は雷の属性を多く含んでおり、繋げる性質が他の属性よりも強い。貴方は水に偏っているので用いることはほぼ不可能。と言うか魔法使いの道具は、かつての騎士同様ほぼ一点物です。自身に最適化した道具を扱うのが基本、他者が扱うことを想定しません」
「……魔導の剣だろう? これは」
「ええ。ただの魔導の剣ですよ。でも、柄頭には小さく魔法の式が彫られています。自身の魔法、陣形と接続するためのフック、みたいなものでしょうか。どちらにせよ重要なのはその剣ではなく、エクラ隊長が構築する陣形と彼自身です。私も試運転の様子を拝見しましたが、学んでどうにかなる領域ではありませんよ」
「……だが」
何かを掴み取るまで帰らない、その貪欲さに対し別に仲良くもないヘレナは面倒くささが勝った。
なので、
「あとは専門家に聞いてください。隊長がいたら馬鹿みたいに説明してくれたと思いますが、生憎私にとって魔法も魔導も手段でしかないので」
他人に押し付けることにした。
「専門家?」
「ええ。今年度からこちらの工房に就職された奇特な方です」
そう言ってヘレナは席を外し、工房の奥へと行った。
戻ってきたのは、
「は、初めまして! 新人のライラ・イミタシオンと申します!」
眼鏡とそばかす、あとすでに年季の入った白衣を着た女性であった。
「マスター・テロスより魔法についての説明をしてほしい、と頼まれましたので、僭越ながら私が代わりに説明させていただきます」
「ど、どうも」
「一応こう見えて、魔導、魔法どちらもハード面であればそれなりに説明できます。と言うか、魔法に騎士様が興味を抱いてくれて嬉しいです」
「……ちょ、ちょっと仕事で知識が入用になりまして」
「頑張りますね!」
妙にテンションが高いのは見た目通り若干オタク気質なのだろうか。
すでに早口である。
彼女はホワイトボードの前に立ち、
「まず魔法と魔導の根本的な違いについて、ご存じでしょうが触れさせていただきます。魔法と魔導、性能について最大の違いは多層的にエンチャントが彫り込まれた導体の存在です。人の手では敵わぬ細やかな回路を、幾層にも重ねることで前身である魔法よりも圧倒的に効率化し、省エネを実現しました。ほぼ完全な上位互換である、と言えるでしょう。少なくともハード面では、勝負にもなりません」
さらに早口でまくしたて始めた。
さすがに基礎の基礎、クルスも知っている既知の情報である。
「魔導製品の大半は汎用的に作られております。逆に魔法道具の大半は専門性が極めて強い。その最大の理由が魔導は属性を利用せず、魔法は属性を大いに活用する、この点になります」
「……」
これも一応既知ではあるが、よく思えばこの属性を掘り下げたことはあまりない。魔導製品にとってそれらが意味を成さない、それぐらいは知っているが――
「理由は二つ、まず単純なスペック不足です。魔導の性能ならば属性を不純物と切り捨てて余りある数値を出せますが、魔法道具は属性を大いに活用してようやく実用に足る、と言うのがあります。もう一点は、それゆえの独自性、これはマスター・ヘクセレイの戦闘を御覧になったならわかるかと思います。あの御方独自の、誰にも真似の出来ぬ戦闘技術を確立し、多彩な戦闘を可能にする」
「……前者は難点で、後者は難点ですか」
「いいえ、どちらも難点です」
「え?」
「戦闘方法の多彩さ、集団戦で必要ですか? それで上手く足並みが揃えられますか? 画一化は悪ではなく正義なのです。特に退魔においては」
「……なるほど」
対人、特にタイマンを想定した場合、相手が何をしてくるのかわからないというのは大きな利点となる。だが、退魔であればそもそも相手が思考しているのかもわからぬ以上、わからん殺しと言うものはあまり意味を成さない。
騎士それぞれが勝手に動き、まとまりなく戦う。
(歴史上、連携の発展が何故この百年に集中しているのかと思ったが、そもそも魔法という技術自体の弊害だったのか)
効率的ではない。合理的でもない。
それゆえに廃れた。
「そも、マスター・ヘクセレイの戦い方は当時としても異端です。魔導革命以前、百年以上前から騎士の武器は剣と相場が決まっております」
「何故ですか?」
「最初は魔法使いがいたから。最後の方はそうですね……結局剣で切った方が手っ取り早いとなったんじゃないでしょうか? 一部、槍とか弓もありましたが、どちらも閉所では扱い辛い、と言う難点がありますし」
「これまた道理ですね」
「でしょう? 物事には必ず理由があるのです。栄えた理由、廃れた理由、勝ちに不思議はあれど、負けに不思議はなし。これは持論です」
「ふふ、なるほど」
わかりやすく、スッと頭に入ってくる。
早口だが意外とわかりやすい。優秀な研究者なのだろうな、とクルスは思う。
何処かファナに似ているような気もする。
何となくだが――
「あと、そちらの騎士剣ですが、見たところ一点物ですね?」
「え、ええ。アヌ、という店で造ってもらいました」
「やはり!」
すす、と間を詰め、にゅっと腰に手を伸ばし勝手に剣を引き抜く。相手が研究者でなければおい、と突き飛ばしているような図々しさである。
「はあ、やっぱり。工業製品の緻密さ、合理性、それを損なうことなく、きちんと魔法の、エンチャントの技術も付与されているこだわり。実に美しい」
「……それに、魔法が?」
「はい。大半の騎士剣は汎用性のため属性を切り捨てる、機能として運用しません。ですが、未だに魔法の技術が連なる名店では、余分として斬り捨てられる属性分まで有効活用し、僅かですが性能向上に貢献させているのです。こちらであればマスター・リンザールの水属性に合わせ、しなやかで柔らかく、滑りやすい性質を与えております。きっと、守戦を想定したものであるかと」
「……御明察です。私は守戦を得手としておりますので」
「ですよね! さすがの名人芸、機能美と芸術性を追求した造りは惚れ惚れします。大魔導時代、汎用的であることはマストになりつつありますが、それはそれとしてこうした名人の一つまみが、意地が見えるとゾクゾクするのです!」
「……」
やはりあまり似ていないかな、とクルスは思った。
「つまりマスター・リンザールは期せず、実は魔法騎士でもあったということです。少し強引な解釈ですがね」
「……理解しました」
「参考になったなら幸いです」
ぺこり、と頭を下げるライラに、クルスも頭を下げた。
「魔法騎士への対抗手段、あなたならどう考えますか?」
聡明な彼女へ、自分の悩みを問う。あの圧倒的な戦い、この矮小な剣一つで乗り切れるものなのだろうか。
正直、自信が揺らいでいた。
でも、
「必要ありません。貴方が握るそれは合理化を突き詰めた末に辿り着いた、人類の英知の結晶です。魔法の多彩さは好きですし、私も趣味として色々と調べておりますが、調べれば調べるほどに魔導が魔法に劣る道理がありません」
ライラはそう断言した。
「……」
「魔法の攻撃、その大半は魔導剣をきちんと機能させ、斬り捨てた場合、多くは干渉し合い、より強い力、つまり魔導の方が優位に働きます。見た目は派手ですし、多彩で難しく感じるかもしれません。でも、斬ればいい」
「斬れば、いい」
「それで大半の事例は解決します。それほどに魔導剣の攻撃力は高いのです。まあ、それへのカウンターとして、エリュシオンさんが厄介なものを発明しちゃいましたが、それはまた別の話ですね」
「……考えてみます」
「それがよろしいかと。もし、それでも手札が少なく不安に感じるのなら……私たちを頼ってください」
ライラがクルスへ手を差し出す。
「此処はそのための工房ですから……私は新人ですけど」
「……今後ともよろしくお願いいたします」
それをクルスは笑顔で握り返した。
迷いは晴れた。確かに凄まじい現象だった。到底かなわない、そう思った。だが、よくよく思えば自分が敗れたのは単純な技量不足である。
魔法相手に後れを取ったわけではない。
相手が達人で、自分が未熟だった。
相手を知らず、それで立ち会った。
それだけのこと。
「こちらこそ。今後ともごひいきに」
「はい。頼らせていただきます」
魔法に負けた。だから魔法を脳死で学ぶ。それはある意味、楽な逃避でしかない。おそらくその先は袋小路、積み上げてきた剣よりも遥かに早く行き詰まるはず。
迷うな、そして考えろ。
相手を必要以上に恐れず、自分を過信せず、ただ向き合う。
それでいい。それを彼女は気づかせてくれた。
ありがたい、クルスはそう思った。
○
エクラは椅子に座り、くるくると回りながら考えこんでいた。
出来れば彼自身で気づいてほしい。魔法と言う山を登り、極めた姿は確かに壮絶に映るだろう。しかし、彼らが登る山の方が遥かに魅力的であるのだ。
時代は進んでいる。
自分は今更、変えられないからモデルチェンジを繰り返しているだけ。もし今、自分が真っ新な状態で登る山を選ぶことが出来るのなら、エクラは迷わず魔導の、今の主流の山を登る。きっとジエィもそうだろう。
新時代に適応出来なかっただけ。
彼らが剣を一つ振る、もちろん近づく厄介さはあれど、その間にエクラは何手も先読みし、先回りして用意しているだけ。
よーいドン、で動けば今のクルス相手でもたぶん勝てない。
戦場ではそのよーいドン、がありえないだけで――
それに気づいてほしい。
かつて、
『副隊長、見てください! 僕も出来ましたよ!』
自分と同じ性質を持ち、自分を上手く模倣した部下がいた。だが、彼はエクラよりも少しだけ、陣地を敷くのが遅かった。
ゆえに彼は戦死した。
『隊長に憧れて第七を選びました!』
有望な新人だった。でも、学んできた魔導の剣を捨て、自分の模倣を選び才が鈍り、曇り、結果として彼は何者にも成れず、やはり戦死した。
エクラは自分を凡人と定義していた。偉大なる先達に比べ、魔力は高くない。魔法で戦うなら工夫がいる。工夫するしかない。
たまたま自分は陣地作成や戦場を俯瞰し先読みすることに長け、それをすることが出来た。頭の切れ、と言うのはなかなか目に見えるものではない。
最後の魔法使い。
『魔人』、色々と呼ばれた。
自分を凡人と信じ、誰でも自分と同じ努力すればできるようになる、いっぱしになる。その考えが多くの部下を死地へ追いやった。
もっと早く気づき、そうじゃないと言うべきだった。
ジエィのことなど笑えない。
何故なら――自分ほど若き芽を潰した騎士などそういないから。
「ぐるぐるいじっかしいわ!」
「あ、ごめんね」
クロイツェルの叱責が飛ぶまで回り続けていたエクラは、其処でようやく止まった。まあ、また――
「……」
「僕が引退させたろか?」
思い悩みぐるぐる回り始めるのだが。
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