第309話:秩序の敵
間合いを潰し、半身で密着し相手の動作を封じる。
体勢有利、エクラが打ち込むスペースまで完備した技ありの状況をクルスは作り出した。力で押し返してくるのなら極力抵抗して大きく飛びのき、相手の動作を空振りさせることで回避に割く時間を削る。
どちらに転んでもこちら有利。
それゆえの必勝。
しかし、
「軽んじていたことを詫びるぞ、若いの」
ジエィはクルスの当て身に対し、当て身で返してきたのだ。それも、吸い付くような当て勘で、相手の力ごと制御するような――
(この、ジジイ⁉)
自分の専売特許、それを返される。
力ではなく技で返す。押し引きの駆け引きで上手く主導権を奪われ、クルスはどちらの択も取れない。まるで掴まれているような、そんな感覚に陥る。
取った、と思ったら取られた。
迫撃における引き出しの数。自分が勝っていると、有利だと言う考え方自体が間違っていた。巧者はいる、知らぬ相手にはその前提で動くべきだった。
「さあ、どうするエクラァ?」
怪物を封じる壁となったはずのクルスは今、ジエィの盾と成った。諸共貫くか、それともかわすか、どちらを取るかは――
(隊長、次第)
クルスの肝が冷えた。明確に、今この瞬間クルスはエクラによって生殺与奪を完全に握られた状態であったのだ。
死ぬかもしれない。
その感覚は――覚悟はあっても気分の良いものではない。
結果は、
「なんだ、つまらん。昔の卿なら諸共、であったがなァ」
エクラが雷の矢を逸らし、ジエィ、クルス双方が生還する。
その代わり、
「くっ⁉」
当て身から、変形の投げ。柔らかい所作であるが暴力的な勢いでクルスは地面に叩きつけられてしまう。
「……さすがの私も味方ごと討伐を選んだことはありませんよ」
「ん? そうだったか。まあ、記憶違いならすまん。とは言え、少しばかり覚悟した。若いの……名はなんと言う?」
息をするのも困難なダメージであったが、クルスは無理やり身体を転がしながら何とか距離を作り、
「が、は……クルス・リンザールッ」
絞り出すように己の名を吐き出した。
それを見て、
「覚えた」
ジエィは嬉しそうに笑い、
「続きだ」
エクラだけではなくクルスにも意識を割きつつ、いつもの構えを取る。クルス・リンザールを敵と認め、その上でどちらも相手取る自信に満ちている。
まだ舐められている。
「……ひゅー! ハァァァアアア!」
恥も外聞もかなぐり捨てた深呼吸と共にクルスはジエィへ飛び掛かる。遠間に長けた相手と思っていたが、遠間も対応できる近接戦の化け物。
意識は修正した。
もう間違えない。
吐き切り、再度吸いながら突っ込む。
「拡散」
前衛そのまま、一連の流れを見てなおエクラもまたクルスの指示を解く気はなかった。現状における最善がこの形。
その最善をして、
「意気や良しッ!」
ジエィ・ジンネマンを追い詰めるには至らぬと言うだけ。
巧い、速い、強い。
ソロンの広さとはまた別の、懐の深さを感じる。厚みの差が、対峙しているからこそ見えてくる。
「ほォれェ!」
抜刀してからも強い。抜き放ち、納めずに振り回すも、それがまた見たこともないほどに軽妙な手つきであったのだ。
手の内でどうやりくりしているのか、踊るように、滑るように、手の内でジエィは刀を玩ぶ。時に握らず転がし、時に先端を抓み、時に短く握りて強く振る。
長短自在、緩急自在。
それを片手でやるのだから、達人と呼ぶほかない。
「器用な、ジジイだ!」
「はっは、年の功だ若いのォ!」
これほどに受けが難しい相手はいない。カウンターを狙う隙もないし、此処だと言う確信もまるで見えない。ゼロで受ける自信がない。
いや、ゼロで受けたら確実に死ぬ。
自分の剣の弱点、相手を自分が見切れること前提の剣が、揺らぐ。
十年早い、相手の刀がそう言っている。
果たして、十年で詰め寄れるかどうか――
「よく捌く。よく食らいつく。いいぞ若いの、上出来だァ!」
「……つゥ!」
しのぎ、耐えるので精一杯。
背中に汗が滲む。今まで鍛えてきた経験が、感覚が、この相手にはまだ早い。勝てない、と断言してしまう。
「が、そろそろこの構図も飽いたわ!」
「なッ⁉」
ジエィはエクラの矢、その間隙を縫って潜り込むような姿勢を取った。歪な、地面を這うような体勢。
何をする気だ、クルスは冷汗が滲む。
「くっ」
エクラは唇を噛み、咄嗟に次の手に備えた。
ジエィの狙いは、人体の構造上精密な動きが難しい足元。膝ほどの位置を薙ぎ断つ。神速の抜刀術により放たれた刃。
回避するには、
「あっ」
跳ぶしかない。
咄嗟の跳躍、しかしてクルスは唇を噛む。これで選択肢は消えた。次へ繋げる動きを想定した跳躍ではないのだ。
いや、どちらにせよ人間にとって空中は択のない世界。
跳んだ時点で選んでいるのだ。
「あらよっとォ!」
からの、ジエィは跳んだ二人よりもより高く跳ぶ。
足元への攻撃も急所であるが、それと同じくらい人間は頭上からの攻撃にも成す術がない。高所を取り、射角も充分。
二人がよく見通せる。
つまりは、
「終わりだァ」
絨毯爆撃、ならぬ絨毯斬撃。
ジエィ・ジンネマンの魔法と抜刀術、居合術の真骨頂である圧倒的リーチと手数、それを遮蔽を許さぬ角度からぶっ放す。
鬼の一手である。
着地に合わせた、着斬。
土埃が舞う。その端から土埃が切り刻まれていく。
存分にぶっぱしたジエィもまた着地し、そのまま一気に後衛を務めていた元部下めがけて突っ走る。今ので倒せると思う相手なら、此処まで執着などしていない。自分と同類、かつ自分と違う道を選んだ男。
その男を信じ、
「此処だァ」
ジエィは居合を放つ。十字に断ち、土埃ごと――
「おっ」
先手、エクラ。ジエィが土埃を断つと同時に、彼が詰めてくるであろう場所へ置きエイム、飛び交うは小剣。
正面から迫り来るそれを抜き放った刀で捌くも、
「……」
肝心のエクラ本人が見当たらない。
こちらへ飛翔する小剣ばかり。
ジエィは一つ、それを掴み取り刹那の間に観察する。
(柄頭に魔力の残滓が……お得意の接続、操作……ならァ!)
側面、あえて鋭さを訛らせた、土埃を払うための抜刀を放つ。視界が晴れ、そして元部下の所在が明らかになった。
伏せながらじわじわと距離を詰めてきたのだろう。
互いに必殺の間合い。
「糸(スレッド)」
エクラは外套の内側に仕込んだ小剣を投げ放つ。ただの投擲であれば打ち払うだけでいい。が、その小剣はエクラの指から連なる雷の糸によって繋がり、彼の指がそれを自在に操る。人間には不可能な、複数個所の同時攻撃。
「遠隔起動(エンチャント)」
そしてその小剣全て、魔導を内蔵した魔導剣、騎士剣である。
凄まじい速さでの繰り。
が、
「全盛期なら、相打ちだったなァ」
先手を取ったはずのエクラより早く、後手のジエィが居合を完了していた。
首に添えられた刃。
「……」
刹那の決着。素人目にはどちらが早かったかなどわからない。互角の打ち合いで、互いに寸止めをした。
そう映る。
しかし達人同士、どちらが手心を加え、情けなくも寸止めによる引き分けにしてもらった、それがわからぬ間柄ではなかった。
殺されていたのに、殺されなかった。
ならば、
「秩序の騎士なら、それでも殺すべきだったぞ、エクラ」
「……っ」
こちらも殺せるわけがない。
「まあ、久しぶりに楽しかった。それに――」
ジエィはようやく晴れた土埃、その先にあの高所からの連撃をしのいだ若き騎士を見出し、嬉しそうに微笑む。
「収穫もあった。線が細いと思っていたが、なるほど、新しい時代の騎士も悪くない。上澄みではあるのだろうが……それはまあ俺たちも同じこと」
クルスは決着を見届けていない。
だが、両者の貌を見ればわかる。
自分たちは負けたのだ。
二対一、秩序の騎士が雁首揃え、このザマ。
何よりも――
「半熟者が一丁前に、くく、おい若いの」
「……」
「若い割に修羅場は潜っているんだろう。よく鍛えられている。が、足りん。あと百、とりあえずそれなりのダンジョンを潰してから、だなァ。騎士は場数だ。その剣ならなおのこと。間違えられんのなら、死線を超えて学んで来ォい」
自分はクソの役にも立たなかった。
認められたが、それは若い割に、若者にしてはやる、それだけ。ジエィの眼には脅威に映らなかった、全然及ばなかったのだ。
単純な実力不足。
「そしてエクラ」
「……」
「俺も迷っていた。一応な。ファウダーとして依頼を受けた時点で何を言う、と思うかもしれんが、それでも率先して動くのは、な。躊躇いはあった、あったのだ」
「……」
「健康な体が手に入った。これで俺の剣を磨くことが出来る。これ以上を求めるのは強欲。俺も一応は秩序を、正義を掲げていた身分だしなァ」
「……言い訳は無用です」
「そうだな、その通りだ。ま、あれだ。卿らと戦い、やはり自分に嘘はつけぬと理解した。磨いた力、行使してナンボよ。と言うわけで、だ」
第七騎士隊元隊長、ジエィ・ジンネマンは二人へ視線を向け、
「俺は秩序の敵となる。存分にやろう、ユニオン騎士団。弱い者苛めは好かんが、強者の腰が重ければそれだけ弱者が死ぬと思え。そう伝えよ」
そう宣言した。
「……誰に?」
「フェデル、カノッサ……そして、マスター・ウーゼルに、だァ」
最強の敵が生まれた。
秩序が鍛え、秩序を支えた男が今、秩序の敵となることを決めた。
鍛えた力、それを振るう相手を求めて――かつての戦友、元部下、そして憧れの英雄、その一角を落とす。
これほど胸躍る挑戦はない。
騎士の矜持が妨げていただけで、ずっとあったのだ。心のどこかには――
「また会おう。エクラ、そしてクルスとやら」
そう言ってジエィは堂々と二人に背を向け歩き去る。追うことなど出来ない。今、格付けは済んだのだ。
見逃してもらった、それが結果。
「……くそっ!」
情けなくも吐き捨てることしかできない。
対抗戦で成った。あそこからずっと個人としては順風満帆であっただろう。及ばぬこともあったが、それは武力がどうこうと言う話ではない。
しかし今日、今回の件は単純な力不足。
悔しさが滲む。
自分への怒りに腸が煮え滾る。
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