第308話:魔法騎士

 互いに必殺の間合い、刀を鞘に納めているジエィより、すでに剣を抜き放ち構えを取っているクルスの方が圧倒的に有利である。

 それが合理と言うもの。

 しかし、

(なんだ、この感覚は)

 普段直感のようなものは当てにしないクルスであったが、眼前にゆったりと柄に手を添える男より、自分の方が有利な気がしないのだ。

 合理的ではない。

(いや、魔族化がある。理外の力を発揮されたら、此処からでも捲られるか。それに対する危機感、であれば納得できる)

 構えながら思考を張り巡らせるクルス。

 息を呑む極限の緊張感、されど剣を握れば普段通り。

 澱みはない。

 対し、

(握るとこう化けるか。なるほど……あれは冗談の類ではなかったか)

 ジエィは構えたクルスを見て評価を上方修正していた。思考を張り巡らせている、と同時にいつでも動ける脱力も出来ている。

(ゼー・シルトの変形、また古風な型を。カノッサ辺りが興味を示していそうだが……まあ、隊が違えば関わりも薄いか)

 使っている型も古風で硬派、ジエィの好みからは外れるが、最近の対人に傾倒した型よりは好感が持てる。

 と、無駄なことを考えられるぐらい男には余裕があった。

 何故なら、

「先に言っておくぞ」

「……」

「さっきの倍は速い」

 この間合いであれば、相手が先手でも後手でも自分が有利であると確信があったから。例え相手がウーゼルでも、この構図なら自分有利。

 ゆえの宣言、

「抜くぞ」

 自分から動きます、今から刀を抜きます、と。

 若輩者に教えてやる。

 そうでもしなければ――

「ッ⁉」

 一撃で真っ二つであったから。

「おお、よくかわしたなァ。宣言しても大半、反応すら出来んものだが……きちんとかわした。かわし方も、俺は嫌いじゃァない」

 舐めるな、その意地は抜くぞと言われた瞬間に消えた。

 恥も外聞も捨て、クルスは勢いよく背中から倒れ込み、尻もちをついてかわしていた。自分の受け方ではない。いや、受けてはいけない。

 邸宅が、ズレる。

 宣言通り、真っ二つになったのだろう。

「それでいい。騎士はまずどんなに無様をさらしても相手を知らねば始まらん。相手を推し量る、それを違えた時、騎士は死ぬ」

「……くそ」

 異次元の速さ。クルスの知る限り、この抜刀速度が最速である。対抗戦の時のノア、それよりも鋭く洗練されていた騎士級とユーグの戦い。

 そしてかつて秩序の塔で見せてもらった、グランドマスター・ウーゼルの剣。今までの経験が色あせるほど、天井が跳ね上がる。

 抜刀速度、剣速に関しては誰も寄せ付けぬものがある。

「次は上手く捌けるといいなァ」

「次、など」

 窮地である。自分は今、剣を振り回せる体勢ですらないのだから。されど、追撃はない。と言うよりもすでに、ジエィはクルスから意識を放していた。

 眼前にいるのに――

「リンザール、ステイ(そのまま)!」

「来るか!」

 その奥を見つめていたのだ。

 倒れた状態のクルス、その上を何かが通過した。

「……なんだ?」

 髪が僅かに逆立つ。

 それに対しジエィは回避行動を取っていた。彼の居た場所、その先の壁が何かに貫かれ、大穴が出来る。

「この段取り、話を聞く前から交戦準備を取っていたなァ。相変わらず、ふはは、抜け目のない男だ!」

 大穴が連続で、しかもその何かはかすかに指向性を持つのか、ジエィを追う形で邸宅を破壊しながら進む。

 幾重にも、幾たびも、破壊が連なる。

(……雷? よくわからんが、こうしている場合じゃない!)

 クルスはジエィの回避方向と逆に動く。このまま座したままでは建物の崩壊に巻き込まれてしまう。

 それほどの攻撃、それほどの連撃。

 とても人の技とは思えない。

 それを、

「……マスター・ヘクセレイ」

 あのエクラ・ヘクセレイがやったとはとても思えなかった。しかし、現実として彼以外にいないのだ。このウル・ユーダリルのような無法を、人間の理を超えた現象を引き起こしている者がいるとすれば彼しかいない。

 どういうことだ、とクルスは混乱する。

 それは邸宅から脱出し、彼の状態を見ても、

「……?」

 疑問符は消えるどころか、むしろ増える。

「よく無事だったねえ。手荒ですまなかった」

「い、いえ」

 エクラは今、指で弓のような形を作り、それを邸宅の方へ向けていた。引く方の手は剣を逆手に持ちながら虚空を引き絞る。

 すると、バチバチと音が鳴り、其処に雷の矢が生まれていた。

 魔道としか思えない。

 だが、エクラが魔族化しているとはとても思えないし、そもそも格好も先ほど同様普通の人間である。

 家が崩れるも、

「あらよっとォ」

 自らの生存空間を斬撃で形成し、神速の抜刀術を持つ怪物は無傷で現れた。

「簡易陣形、あの短い時間でよく構築したものだ」

「……むしろ久しぶりで手間取りましたがね」

「はっは、言うじゃァないか」

 二人の会話を聞き、クルスはようやくエクラの足元に目が行った。足で地面に描いた正円、その中心に彼は立っていた。

 そして彼から伸びるは細い、雷の矢と同じ性質の糸。

 それは木々とエクラを繋ぐ。

 その木には小さな、クルスも知る蓄魔器が突き立っている。

 それ全てが、

「あっ」

 陣地として成立していた。

 エクラ・ヘクセレイが中心で、楔として機能することにより――

「蓄魔器……新ネタか」

「魔導の時勢に乗っただけです。大した発想ではありませんよ」

 魔導と魔法の融合。

 さすが、とジエィは笑う。

「そうかァ? まあ、卿ありきではあるか」

 クルスの知らない戦い方。そう、よくよく見ればあの怪物の体に刻まれたタトゥー、あれも陣地に近い。クルスとて知ってはいる。それなりの期間、彼はそれが刻まれた騎士剣を使っていたのだから。

 エンチャント、つまりは――魔法。

「じゃ、続きと往くか」

「ええ」

 エクラの形成した陣地が、ジエィの半身が鈍く輝く。

 そして、

「「士(矢)ッ!」」

 斬撃と雷光が衝突した。

 これが、

「魔法騎士の、戦い」

 クルスたち魔導時代からすれば廃れた技術体系である魔法。しかし当然、魔導の時代の前は騎士の武器はエンチャント技術が施されたものであり、陣地形成、後方支援などを司る魔法使いも存在した。

 そして騎士は一人で完成されていなければならない、と言う風潮が今の時代よりも強い古い時代において、その両面を備えた騎士が出るのも当然のこと。

 ゆえに騎士の才能とは魔力量とされていたのだ。

 ただぶっ放すだけで強い勇者リュディア、英雄ウル、彼らがその代表者。

 無論、それはごく一握りの選ばれし者だけ。

 それ以外は、彼ら二人のように工夫して、魔法を実戦レベルにまで、要は退魔に適う領域まで引き上げていた。

 まあその域に達した者もまた別種の怪物であっただけなのだが。

 それゆえ魔導全盛の時代、絶滅危惧種どころか絶滅したはず。

 学校でも当然習わない。

「懐かしいなァ!」

「そうですね」

 魔法を用いた戦いなど、今の若い騎士は誰も知らないのだ。それこそクロイツェルらの代でも知らぬ者が大半であろう。リーグ先生の世代でギリギリ生で見たことがある程度、過半数を超えていたのはさらに前の世代である。

「よく稽古で泣かせてやったな」

「若い頃の話でしょう? 副隊長時代、対戦を避けていたのはそちらだったはず」

「減らず口を!」

 遠間の打ち合いを征したのはジエィの斬撃。蓄魔器の刺さった木を斬り捨て、陣形が途切れたところをエクラの立つ場所を深く切り裂いた。

 これで陣が消える。

 しかし、躊躇せず今の陣を捨て、回避しながら足で円を描き、同時に懐から蓄魔器を取り出し、それを別の場所に突き立てすぐさま陣を形成し直す。

 先ほどとはまた別の形に。

「拡散(ディフューズ)」

「おっ」

 放たれた雷光が広がり、拡散してジエィへ押し寄せる。

「ちぃ、さすがに手数が足りんかァ」

 ジエィは斬撃での対処を諦め、業腹だが回避を選択した。近づけば勝てるが、容易く近づけさせてくれぬのが元部下、自分が唯一横並びを許した後輩である。

 其処で、

「リンザール!」

 エクラはつんざくような声でその名を放つ。

「フロント(前を張れ)!」

 強い命令。未知の戦闘に気圧されていたクルスの体が自然と動く。

「おいおい、また部下を壊す気かァ?」

「……」

 すでに格付けは済んだぞ、とジエィは哂う。おそらく使えぬ部下を盾にでもして、自分の雷を通すつもりなのだろう。

 根は変わらぬまま、それに彼は哂ったのだ。

 自分と同じ孤高のエゴイスト、それゆえにこの域にまで至った。

 だから、

「やめとけ、次は本気で抜くぞ。宣言もせん」

 部下を捨てることにも躊躇しない。あの頃は自分よりもひどかったのを覚えている。己の研鑽のためならば、何を犠牲にするのも躊躇わない。

 大人しくなったと聞いていたが、所詮三つ子の魂百まで、と言うことか。

「後悔しろ。最初に舐めたことを」

「良い、眼だったんだがなァ」

 二度目はない。ジエィは全力で抜いた。

 目にも止まらぬ速さ。

 神速の抜刀術。

 が、

「……ぬぅ⁉」

 手応え、なし。

「俺に観察、させ過ぎたな」

 斬撃の軌道を変えられたのだ。上手く当てることで、空かされた。

「……カウンターまで持っていけないのは腹立たしいが」

 ジエィにとって衝撃の結果であったが、クルスとて満点の解答ではない。初見で侮られた。それ以降観察も出来た。

 それでも速過ぎて、強過ぎて、力を貰うフェーズに持っていけなかったのだ。理論上は行けるはずだが、その刹那を征す力をクルスは持っていない。

 それでも、

「取ったぞ」

 クルスは受け、手に痺れを残しながらも流した時にはすでに、身体を前進させていた。その理由は、抜刀術の隙を突くため。

 神速の居合は戻しも神速。

 それでも抜き打ちと同時なれば、さすがにクルスの方が勝る。

 これで、

「なるほど、傲慢ゆえと思ったが……覚悟あっての間合いか!」

 零。

 怪物は何も出来ない。

 其処を、すでに陣形を組み替えていたエクラが――


「貫通(スティング)」


 雷の螺旋を打ち放つ。

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