第306話:仕事の流儀(隊長ver)

「いやぁ、ご無沙汰じゃないですか。マスター・ヘクセレイ」

「あいやー、そうでしたかね」

「おやおや、とうとうボケましたか?」

「困りますよー。引退してからやりたいことが沢山あるんですから」

「同じですな、はっはっは」

「はっはっは」

 ゆるーい老人同士の井戸端会議、それを眺めながら付き添いのクルスは考え込んでいた。こういう形もあるのか、と。

「ところでそちらの若い騎士殿の紹介はまだですかな?」

「おっと、これは失礼を」

「ユニオン騎士団第七騎士隊、クルス・リンザールと申します」

「うちの有望株でして……新卒ながらここだけの話、ぶいぶいですわ」

「ぶいぶいですか! そりゃあいい」

「……隊長」

「あちゃー、怒られてしまいましたな」

「一回りは違うのですがなぁ」

「そりゃあ盛り過ぎでしょう。三回りは違いますぞ」

「「はっはっはっは!」」

「……」

 大笑いする老人たち、話のダシにされたクルスは心の中でため息をつく。ただ、そう言う役回りであることは理解している。

 それが意味のあることであることも――


     ○


「今後ともよろしくお願いいたします」

「こちらこそ」

 打合せ、と言うかもはや完全に昼飯時の立食パーティであった。昨日もまあ、こんな感じで緩く世間話に興じ、仕事のことはほとんど触れなかった。

 その場から離れながら、

「いやぁ、老人の話は長くてすまないねえ」

「いえ、勉強になります」

「ええ? 本当にただの世間話なんだけどねえ」

 エクラの謝罪をクルスは聞き流す。確かに話の内容自体は彼の言う通り世間話である。とりとめもない。

 聞いていてまずまずに苦痛でもある。

 しかし、

「副隊長が勉強して来い、と言った意味がわかりました」

「……ううむ、まあ、んー」

 第七の副隊長、レフ・クロイツェルが自身の隊長に「そろそろ動かなクビやぞクビ!」と重いお尻を蹴っ飛ばし、しぶしぶ出かけることにした主従逆転のエクラ隊長、ホワイトボードにはでかでかと挨拶回り、とだけ記載。

 こりゃあその辺で飯食って帰るだけになるな、と誰もが思った時に「ジブンもついて回れや。副隊長命令や」「は?」、過労でいつか死ぬのでは、と噂されている新卒半年を経過したクルスが御付きに任命されてしまう。

 最初はふざけるなクソゴミカス野郎、と思っていたが――

「次はどの国ですか?」

「忙しいと迷惑だろうし……暇そうなところだと、ドゥムノニア辺りにしようか。おっきい国だし、おじいちゃんは結構暇してるだろうから」

「イエス・マスター」

「そんなに肩ひじ張らなくてもいいよ」

「……そういうわけにも」

「リラックスリラックス」

 一緒について回ることで理解した。

「暇そうで、太っ腹な人がいいよね。おごってもらおう」

「……またあっち持ちですか?」

「うち、クロイツェル君がうるさいからねえ」

「……はぁ」

 存外、これは深い話なのだと。


     ○


「久しぶり過ぎてこの前、若いのが第十二の小僧に仕事を回してしまいましたよ。まったく、しっかりしてください」

「あちゃー……あ、でもレオポルド君、あれで結構年ですよ」

「え!?」

 今度はディナーをたかりに遥々ドゥムノニアまで。其処の、財務大臣を歴任する老人との井戸端会議。昼の相手もその国の有力者であり、バリッバリの超名門貴族であった。そう、ただの井戸端会議、世間話であっても、その相手がとんでもない人物である場合、その一言一言にも価値が生まれてくる。

 事前に相手のことを教わっているクルスからすれば、こうして立ち会っているだけでも緊張してしまう。

 要はアマルティアと言う伝手のないディクテオンと同じ。

 不興一つでぺーぺーの自分の手には収まらぬことが起きる。億どころの話ではない。ドゥムノニアほどの大国ともなれば、もちろん自前の騎士団も精強でかなり網羅しているとは言え、そのおこぼれだけでも数十億、上手くすれば百億を超える案件になることもある。その場合、まあヤバいヤマになるのだが――

「おお、君か。対抗戦、拝見したよ。熱かったねえ。アスガルドの栄光再び、第七騎士隊は素晴らしい騎士を得たわけだ」

「きょ、恐縮です」

「はは、そんなに緊張せずとも……マスター・ヘクセレイ。あとで私からも強く言っておくから、せっかく入った有望な新人をうちにも回してくださいね」

「合点です。あ、このお肉美味いですね」

 せっかく仕事の話になったのに、とクルスは心の中で「何してんだこのジジイ」と叫ぶも、男は真面目な顔のまま肉を抓み、

「……あ、ほんとだ。サシがないのに柔らかいねえ」

「年寄りにはサシがきついですからなぁ」

「そっちもだろ~。このこの~」

「このこの~」

「……」

 老人二人のいちゃつきを見ながら、クルスは心を無にしていた。これも重要な仕事、実際仕事回してくれそうだったし、と考えながら――


     ○


 夜、そのまま解散した後、エクラはドゥムノニアのお歴々と共に夜の街へと消えて行った。朝方、頭がガンガンすると言っていたところから見るに、相当飲んだのだろう。付き合おうとしたが、此処から先は危険だと突き放された理由がわかった。

 列車の座席でぐったりしているエクラを見て――

「水がうまいねえ」

「……どういうご関係なのですか?」

「昔、一緒に仕事をしていたんだよ。あんなのでも一応、元団長だからね。当時はもう、現場では私が顎でバリバリ使っていたものさ」

「ほ、本当ですか?」

「ほんとほんと」

 確かにディナーの後の延長戦は騎士団関係者が合流していた。その中にはクルスの一つ上で地元の騎士団に入っていた世代有数の騎士、ゲールもおり挨拶を交わし、軽く話もした。ちなみに人相が悪くなった、と笑われた。

「老人になるとまあ、みんな出世しちゃってねえ。なかなかフランクには話せないんだけど、まあ久しぶりに会えてよかったよ」

(充分フランクだっただろ)

 クルスは心の中でため息をつきながらも、改めてエクラの人脈、その凄まじさと会話のしょーもなさのギャップに目眩がする思いであった。

 しかし、

(これで数年、準御三家の名門騎士団を、附属の学校を擁するドゥムノニアの仕事が優先して回ってくる。一晩でいくら稼いだことになるんだか)

 この井戸端会議がもたらす多くの仕事、巨額のリアが嫌でも動くことになる明日を想像し、クルスは内心自分の甘さに呆れていた。

 案件一つ一つしか見ていなかったが、その多くがこうして上流を押さえていることで、自然と流れ込むように出来ているのだ。

「クルス君も現場で若い子とは仲良くね」

「若い子、ですか?」

「そ、君が隊長になった時、きっとその子たちも出世しているから。そうすると仕事もね、結構楽になるよ」

「……なるほど。勉強になります」

「ただの一般論一般論」

 その流れを作り出しているのは、過去のエクラ・ヘクセレイ。彼が若い頃に培った人脈が今、年と共にとんでもなく肥大し、それが彼の力と成っているのだ。

 その流れの大きさを思えば、自分の努力など大河に対する小川でしかない。

「その、本来は今回の件、副隊長が同行するべきなのでは?」

「へ? なんで?」

「顔合わせをしておいた方が、よい気がしまして」

「あー、ダメダメ。君もクロイツェル君と負けず劣らず人相が悪くなりつつあるけどね、そういうことじゃないから」

(……しれっと悪口じゃねーか)

「老人はね、基本若い子は好きなの。話したいの。武勇伝も語りたい……昨日の、あの子、ゲール君も頑張って聞いていたよ。多分心の中じゃつまらないなぁ、って思っていただろうけど、それは老人、関係ないから」

「は、はぁ」

「だけど、それは遠いから。自分が格上で、それが揺るぎないから、好意を持つことが出来る。自分の立ち位置に近づく生意気な若者、老人は大嫌いなんだよ」

「……有望だと、問題と言うことですか?」

「んー、実際の有能無能はあまり関係がない。だって騎士の優劣が、彼らにわかるわけがないもの。あ、昨日のあの人は別ね。騎士出身だし」

 あくまで立ち位置、と言うことなのだろう。

 しかしそれは――

「では、副隊長は、副隊長であるから煙たがられる、と言うことに」

「その通り。若くして副隊長になった生意気な若造、これ、老人が一番嫌いな奴。これがまた難しいんだよ。どんなに優秀な子もね、その壁にぶち当たる。実力は伴っている。私のような老いた騎士よりずっと優秀。合理的に考えたら、そっちに任せたいと思うでしょ? 頼るべきでしょ? でも、多くがそうしない」

「……」

 どうしようもない、感情論。

「もちろん、そんな人ばかりじゃない。そういう人にはきちんと引継ぎしているよ。私の時よりもきちんとした商流にしている。其処はさすがクロイツェル君、優秀だよねえ。あれで意外と、客先の評判はいいんだよ」

「そうなんですか?」

「うん。だって自分や仲間を蹴飛ばしてでも彼、全力で働くし、働かせるでしょ? ある意味、究極のカスタマーファーストだからねえ」

 カスタマーファースト、あの人相で一番似合わぬ言葉である。

 まあ、人相に関しては人の子と言えなくなってきたが。

「とりあえず私が引退する頃に、彼らも引退するだろうから。その時に今日顔合わせしたクルス君を売り込む。それで繋ぎ止め作戦さ」

「……励みます」

「君は現場優先で良いよ。そういうのは私たちが考えることだから。大丈夫、焦らずともね、一つ一つ仕事を積み重ねて行ったら、最後は大きくなっているものさ」

「イエス・マスター」

 一つの案件に留まらない、大きな視点。それは現場にいるとなかなか見えてこないものである。逆もまたしかり、どちらにもどちらの理があるのだ。

 しかして、仕事の大小で言えば上流ほどに大きなものになるのは必然。どれだけ下流を抑えても、昨日のように上流の意思一つで捻じ曲がる。

 かと言って下流を蔑ろにしていいわけでもない。そこで培った関係性が、のちに上流でのやり取りになることもあるから。

「ところでクルス君」

「何ですか?」

「もしかして昨日の夜中、仕事してた? 持ってきてる?」

「ええ、一応」

「……もしかしてもしかして、今やりたかったりする?」

「そうですね。出来たら」

「……手伝おうか?」

「いえ、自分が任されたことですので」

「そっかぁ……その、じゃあ次の駅で解散でもいいよ。最後のは正直、ついでの私用みたいなものだから、たぶん今の騎士には役に立つ話も出来ないし」

「副隊長命令がありますので」

「……律儀だねえ。なら、私のことは気にせず持ち込んだ仕事、してもいいよ」

「助かります」

 エクラの許しが出た途端、荷物の中から書類の束をごっそり取り出し、ペンをさらさらと走らせて仕事を開始する。

 頑張るなぁ、とエクラは思いながら、

(……眠い)

 寝た。

「ぐぉぉおおおおお」

(イビキうるせーな、このジジイ)

 対面のイビキを受け流し、クルスは持ち込み仕事に励む。

 隙間時間、大事。


     ○


 ついでと言うには随分と山奥である。

「どういう方なんですか?」

「……いやね、さっきも言ったけど、かなーり私用なんだよねえ。でもほら、クロイツェル君が長いお休み許可してくれないから、仕方なく外回りを利用してきただけで……まあここまで来ちゃったからいいんだけど」

(いや、あのクソ蛇野郎がついて行けと言ったんだ。なら、必ず意味があるはず。むしろここが本丸と見た。吸収させてもらいますよ、隊長)

 やさぐれクルス。エクラの言葉を全く信じず、むしろこれは守りたい案件なのでは、この山奥にとんでもない人物がいて、とてつもない仕事に繋がっているのでは、と邪推する。そろそろ、彼は仕事を休んだ方がいいのかもしれない。

「んー、一応、ユニオン騎士団の元隊長で」

(ほら見ろ。デカい人物じゃねえか)

「私が隊長になった時に勇退されて」

(で、どの勢力に天下りしたんだ? ん?)

「ずっと隠居されてて」

(そうそう、隠居して……は?)

「前会った時には、病気で体調を崩されていてねえ。便りもないしで、心配していたんだよ。奥さんには先立たれているし、息子さんとはね、色々あって」

「あ、あの」

「ん、なんだい?」

「お仕事、ですよね?」

「私用だよ。ほぼ」

「……」

 クルス、

(いや、ほぼ、ってか、完全に私用だろ、それ。なんで逆に少し仕事成分入っているような言い方したんだよ!? 完全に勘違いしたじゃねえか!)

 勝手に深読みし、勝手に期待し、見事轟沈。

「いやぁ、久しぶりだな……死んでないといいなぁ」

「し、死にそうなんですか?」

「うん、まあ死んでいてもおかしくないねえ。あ、もしかしたら移るかもしれないから、ソーシャルディスタンスは守ってね」

「その、病気とは?」

「結核」

(移るって話ねえ! がっつり空気感染らしいねえ!)

「ま、大丈夫でしょ。たぶん」

(帰りたいんだが?)

 何が哀しくてとんでもなく多忙なのに、いくら先代隊長とは言え死にかけの老人に会わねばならないのか。

 しかも感染する恐れのある病気持ちである。

 急に予定を思い出してバックレたいが、如何せんここはあまりにも山奥、此処まで来たらどんな言い訳も空虚に捉えられるだろう。

 行くしかない。出来るだけ呼吸を止める練習にしよう、とクルスは前向きに考えることとした。

 それに、

「その方は、どういう騎士だったんですか?」

 随分前とは言え隊長であった騎士、興味がないと言えば嘘になる。

「強い」

「……そんなに、ですか?」

「うん、強かった。あれほど武に直向きな人を、私は知らないよ」

 あの常にのほほんとしていたエクラが強いと言い切った時の貌、それを見てクルスも俄然興味が湧いてきた。

 旧き騎士、それを知るいい機会と考える。

「だから、少し怖いのだけれど」

 その小さな言葉はクルスの耳には届かなかった。

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