第304話:開幕戦、その結果
「大丈夫か? 休憩中くらいは――」
「大丈夫です」
「……」
騎士の仕事は当然だが内仕事ばかりではない。と言うかメインであり花形は現場でのダンジョン攻略にある。
これは通常業務であり、先輩に帯同してクルスもまた大型ダンジョンの攻略に参加していた。毎年この時期、発生するある種風物詩的なものであるが、現場にとっては毎年戦士級の魔族が現れ、しかも特性もダンジョンの構造も変化していくため、面倒な案件として忌避されがちであった。
それをクロイツェルがうちでやる、と手を挙げたのだ。
その国の騎士団へ指示を出しながら、自分たちも率先して攻略に参加する。特に今は先輩騎士が指揮を執っているので、必然的に同行したクルスが先陣を切る必要がある。今年はまた一段と風変わりでマッピングすら困難。
未だヌシと邂逅すら出来ていない。
「三十分後、再アタックしてみます」
「……わかった。無理はするなよ」
「イエス・マスター」
その焦りもある中で、クルスは隙間時間を使って書類仕事を現場へ持ち込み、それをこなしていた。隊舎にいる時間だけでは到底追いつかないのだ。
とにかく時間を見つけて少しでも進めておく。
すでに入団してふた月ほど経ったが、休日は一度も取っていない。自主的に仕事に参加し、自己判断で仕事をやっているだけ。
時間外などはクロイツェルが認めたみなし分だけ。彼曰く、猿でももっと早くできるんやからクソ虫に手当なんか要らんやろ、とのこと。
何だかんだとみなし分だけでかなり貰っているが、休日返上、残業上等、寝る間も惜しんでの仕事時間から見ると大したことではない。
目の下に隈をこさえ、目つきはさらに悪くなった。
それでも――
「行きましょう」
「イエス・マスター」
現場でミスをするわけにはいかない。さすがユニオン騎士団、ぺーぺーだろうがお構いなしにそれなりの歴であろう騎士を率い、彼らの命を預からねばならない。
「また上下が引っ繰り返って⁉」
「落ち着いてください。視覚に惑わされぬよう、反転の瞬間は眼を閉じるかして意識をリセットしてください。それでかなり変わります」
「な、なるほど」
上下が頻繁に入れ替わる謎の空間。床と思えば天井、逆さまと思えば正位置、進めば進むほどに頭の中がぐるぐると入れ替わり、混乱してしまう。
しかも内部の魔族は皆翼を持ち、
「ただし、敵との交戦時はその方法は使えません。出来るだけ足回りに意識を割きつつ、適宜対応してください」
反転の瞬間も容赦なく襲ってくる。
クルスはもう感覚を捨て、理屈に沿って動いているため反転しようと敵の位置がズレようと、問題なく対応できる。
重力方向が変わるわけではない。
あくまで視覚上、天地が入れ替わるだけ。
「ぎ⁉」
「……」
何も言わず、造作もなく斬り捨てる。
これがユニオンの、秩序の騎士だと言わんばかりに――
(……これで一年目かよ)
追従する者は肌で感じる。モノが違う、と。
「進みます」
「い、イエス・マスター」
見せつけているわけではない。本人は自覚もしていない。ただ出来ることをやる、その出来ることが彼らを気圧すのだ。
秩序の騎士と普通の騎士、その出来ることの大きな格差に。
「群れが来ます。各員、戦闘隊形に移行」
「はっ!」
その力の差が年齢を、経歴を超え、彼らに敬意を植え付ける。そしてその敬意が疑問を抱かせず、スムーズな連携を可能にするのだ。
(……ちっ、此処まで使えねえのかよ。足引っ張りやがって)
精神がすり減り、心身ともに限界へと近づくと取り繕う余裕が消える。その眼は冷たく、どんどん澱む。隊舎へ戻ればさらに積み上がった仕事が待っている。戻りの列車でもある程度こなしておかねば休みどころか期限に間に合わない。
何よりもこのダンジョン攻略を納期通りに済ませねば、全てが破綻してしまう。さっさと片づけたい。終わらせたい。
自分の仕事の邪魔をするな。
それはまごうことなき、今のクルス・リンザールの本音であった。
○
「……詰め込み過ぎじゃないですか?」
「誰の話や、マンハイム」
クロイツェルとアントンを残し珍しく全員が出払っていた。
「クルスのことに決まっているでしょうが」
「あー、あの要領悪いのか。なんや難儀しとるみたいやね」
「……潰れますよ」
「ほんなら其処までのカスやった、言うこっちゃ。別にええねん、この業界変わりはナンボでもおる。世の中で成りたい職業ランキングでもあったら不動の一位やろ、騎士言うんは。なら、働かな。どの職業よりも」
明らかにクロイツェルはクルス・リンザールへ負荷をかけすぎている。残業、休日返上当たり前、頂点の騎士ゆえにそういう業界であることは否定しないが、それでも限度というものがある。
クルスへの負荷はユニオン視点でもやり過ぎ、であった。
「せっかく獲った駒なら、もっと大事に育てたらどうだ?」
アントンは強い口調で諫める。手間をかけて獲得した。手塩をかけ、他からの反感を買ってなお、育成に投資し、獲得をゴリ押した。
そんな人材を無理して使い潰し、何の意味がある、と。
それは正論である。
しかし、
「眠たいこと抜かすなボケ。此処で決まんねん、仕事人としてのキャパが。ド頭、負荷かけて広げな、一生クソ虫のままや。カスでも出来る仕事後生大事に抱えて、守って、自分はやっとります……粗大ごみの完成。引退まで治らんぞ」
「……」
「第十二どもがゴミカス集めて、守って、随分団の待遇も変わったわな。空気も変わった。優しく、的確に指示を出し、個人にあった指導を……これ、天辺でやることけ? 此処、ユニオン騎士団やぞ? 要らんねん、まがいもんは」
レフ・クロイツェルはそれを否定する。
「組織としては、間違いなく今の方が健全だ」
「騎士に健全が必要やと思ったことないんやけど、まあ何でもええわ。ジブンと口論してもしゃーない。今は僕が副隊長で、ジブンは主任。我ァ通したいんやったら、せめて副隊長にならな話にならんよ」
「……それは」
「ま、ジブンが警戒すべきは下やろ。要らんこと考えんと、せっせと働いた方がええで。僕が隊長に上がった時、呑気こいとったら抜かれとるかもしれんよ」
「……順調に成長してくれるなら、それでいい。野心はない」
「なんやつまらん。せっかくなら部下の足引っ張ってくれたら、くく、ええ負荷になったんやけどなぁ……また僕が悪役にならなあかんやーん」
楽しげに笑うクロイツェルを見て、
「あの子をどうするつもりなんだ?」
アントンが問いかける。何度も問いかけた、その度に煙に巻かれたり、そもそも以前とは何処か目算も異なっている気もする。
「最低デッドコピー、最高で僕のコピーやな」
「なら、リスペクトされるような対応を――」
「アホか。レフ・クロイツェルが上司に憧れて、上司を見習う思うとるんか?」
「……っ」
「僕なら当然噛みつく。全力で潰し、成り代わろうとするやろ? それでこそレフ・クロイツェル、僕のコピーやろがい!」
自分への敵愾心すらも糧に、この男は仕上げようとしているのだ。
自分へと。
「僕が僕を乗り越える。僕一人やと出来へん。僕がもう一人いる。この程度で潰れるゴミカスは端から要らん。僕なら当然全部喰う。経験全部栄養にして、のし上がる。ほんで、成った僕を、僕が踏み台にしてテッペンまで駆け上がる」
全ては己がために。
「お前が踏み台になる可能性もあるだろ。敵が、クロイツェルなら」
「だからおもろい。ちゃうけ?」
「……私にはわからんよ」
クロイツェルは哂う。その時を、むしろ楽しみにしているかのように――
○
それからさらにひと月が経ち、
「んー、仕事の後の一杯は最高だぜ」
ユニオン都市内のとある酒場に若き騎士三人が集まっていた。一人はノア、ひと月前にようやく下積み? を終え、原隊復帰を許された。
その後は何でも素早く、ちゃっちゃと済ませる性分により、ガンガン仕事をこなし、作った隙間時間に先輩や上司の仕事に随伴。
それでガンガン経験値を積み上げていた。
誰もが恐れる『厳格なる』騎士に対し、
『手すきになったんでそれ連れてってください!』
『……生意気な』
手すきになったと言える度胸、その上仕事に同行したいと手を挙げるクソ度胸、近くにいるだけで緊張しかしない圧倒的目上にもひるまず、懐に飛び込んでいく圧倒的鬼メンタル、すでに第二の枠を飛び越え話題になっている。
あいつはヤバい、と。ぶっ飛んでいる、と。
色々な意味で。
「すっかり経理が板についてきたイールファス君にはわからんかなー? この気持ち。現場で汗水たらす、労働の喜びが」
「仕事差別よくない」
「わかってるって。君らのおかげで俺様は存分に外の世界へ羽ばたけるんだ。感謝しているさ。ありがとう、イールファス」
「うざ」
第二の暴走韋駄天王子とは対照的に、第四に入ったイールファスはこれまで目立った仕事をしていない。各隊の事務から送られてくる書類を精査し、整合性を調べ、合い数でない場合は戻したり、事務員、もしくは事務役の騎士と話し合う必要もある。慣れてきた今でもなかなか現場に出る機会自体がない。
そんな暇もない。
彼が働く分、先輩たちは動けているが――
「つか、ソロンも随分大人しいじゃねえか。どうしたどうした?」
「……手探りなだけだよ」
「ふーん、あんまりがむしゃらにやっているようには見えないけどなぁ」
「ノアと俺は違うさ」
「……同じだろ? 新人の仕事なんざとにかくぶん回して、早くこなして、他の仕事にいっちょかみしないと、話にならねえだろ」
「かもしれないね」
「……ちっ」
対抗戦に敗れてなお、積み重ねた評価が不動のトップであった第一のソロンもまた、この三か月あまり目立った活躍はしていない。
与えられた業務をこなし、先輩に同行し経験自体は順調に積んでいる。ただ、ノアのような後発から全部をぶち抜く異次元のスピード感はなかった。
ましてや現在の評価不動のトップには到底及ばない。
「かつての三強が情けねえのは無しだぜ。確かに俺は出遅れた。結果として今は三番手か四番手の評価だろう。トップはぶっちぎり、二番手も少し抜けてるわな。でも、俺はそいつらと全然戦えるつもりだ。負ける気はねー」
ノアの言うトップとは第七のクルス、である。新規案件を取ってきたと思えば、並行してどれだけの仕事をしているというのか。どの隊からもやり過ぎだ、潰れるぞ、と言われるほど、突出した仕事量である。
今日も誘ったが丁重に断られた。
仕事がある、と。
「イカれたクルスはともかく、ディンやフレイヤにも及ばんソロン・グローリーなんぞ見たくねえ。そろそろしゃっきりしろ!」
そして同期二番手の評価は開幕一億で目立ち、それからも使える奴は使う、才能は磨く、が信条のフォルテがガンガン使い倒し、クルスに次ぐ仕事量で抜けた評価を得ていた。あらゆる面で優れ、バランスの良さが仕事でも発揮されている。
三番手、もしくは四番手評価はフレイヤ。上記二人には少し落ちるが、とにかく現場現場、ほとんど隊舎に戻らずに副隊長レリーと共に各地のダンジョン攻略に駆り出されている。騎士は現場に出てナンボ、とは昔からの格言。
結局、自分で仕事を取ってきたクルス以外は上長が目をかけるかどうか、となるのかもしれない。上の裁量次第で輝きもすれば、鈍りもする。
前述の三名は明らかに上が良くも悪くも特別扱いをしている。
逆に言えば――
「俺は日課のナンパがあるから此処までだ! なんちゃって三強のお二人はここで反省会でもしろ! 俺様の沽券にもかかわるんだよ!」
「了解」
「あーい」
「……ほんとわかってんのかね。じゃあな」
日課のナンパ、と言いつつ日課の修練をこなすために帰って行ったノアの背を見つめ、二人は苦笑する。
バレバレの言い訳、ではなく――
「ノアはやっぱり面白い。馬鹿と天才を反復横跳びしている」
「あれで自覚的だと、少しは可愛げもあるのだがね」
ノア・エウエノル、二人を、特に不甲斐ないソロンに発破をかけるため集め、用件が済んだのでスピード帰宅をした。
そんな彼が、
「天然物には勝てない。ノアの馬鹿っぽい積極性は評価もそうだけど、好感度が高い。伝統と格式の第一派閥で、多分一番可愛がられているのがノア」
「マスター・グラーヴェにあの接し方が出来るのなら無敵だ。哀しいかな、第一派閥で上に気に入られ、のし上がるのはノア、だ」
ソロンの征く道を無意識に蓋しているのだから笑い話であろう。
「二番煎じは弱い」
「その通り、現実は厳しい」
いや、もしかしたらノアも多少は理解しているのかもしれない。自分の行動がソロンの征く道を遮っているのでは、と。ただ、彼の場合は自分如きの行動であのソロンが足踏みするわけがない、という信頼がある。
それが今日の怒りに繋がっているのだろう。
「この前、エイル・ストゥルルソンの勉強会に参加していた?」
「おや、見られていたか」
「乗っ取り画策、性根の腐ったやつの考えそうなこと」
「……」
第五が誇る新進気鋭の騎士、エイル。その彼女が主催する若手に向けた勉強会。当然同じ騎士隊であるマリ・メルは参加していたが、其処にソロンやテラ、ヘレナなども参加していたのだ。
二人はともかく、ソロンは少し意外に映った。
ゆえにイールファスはそう見たのだが、
「……彼女が構築しているのは騎士隊の垣根を越えた互助組織、つまり新たなる派閥だ。騎士としてさほど評価の高くなかった彼女も、営業マンとしては敏腕そのもの。しっかり自分が取ってきた仕事を振り分け、『助けて』もらっている」
「で?」
「その新派閥を割って、一部をもらい受けようと考えたのは事実だよ」
その通りであった。
「でも、やめた」
「何故?」
「エイル・ストゥルルソンの強みは何だと思う?」
「わからない。強そうと思ったことがない」
妹の恩人をバッサリ評する。まあ、彼視点だと凡人である自分が率いる組織、ヴァルハラを特別なものとするため、利用されたとも映っていた。
あれもまた互助組織であり、一種の派閥であった。クルス加入前までは上手く機能していたとは言い難いが――
「弱さだ。今もってユニオンの基準には達していない、その弱さが凡庸なる者たちにとって安心感を生む。それこそが彼女の武器……俺にそれはない」
「あー……もしかして、結構凄いことになる?」
「いや、なっている。若手筆頭、その特別感を弱さで誤魔化し、上手くバランスを取っている。互助組織なのも組織としてまとまりを生んでいるね。あれはもう、新派閥だよ。若手を中心とした……それを既存の派閥がどう捌くかは興味深い」
弱さを武器にのし上がるエイル。昨年度の新人賞受賞者であり、今年も当然最有力候補である。イカれたクルスがどう駆け上がるかは注目ではあるが、さすがに立ち位置があまりにも違う。ソロン視点でも今年は彼女が取るだろう。
もはや新人扱いが詐欺である。
真似の出来ぬ強み、何よりも今からソロンが方向性を違えた派閥を構築しようとしても、やはりそれは二番煎じであるのだ。
「結局、立ち往生?」
「……そうでもない。が、君次第だ」
「……あっ、だから残ったの?」
「そう。一応、聞いておこうと思って」
「なら、残念賞。想像通り」
「……」
「今度、マスター・ゴエティアに挨拶しに行く。其処で第十二の仕事を手伝う、って流れになると俺は予想している。隊長にそれとなく聞かれて、俺もそうしたいと伝えたし。端からそのつもりだったんだと思う」
「……そうか」
「俺は出世争いに興味ないけど、書類仕事は水に合わない。何より、クルス・リンザールが成長しているのに、俺が停滞するのはあり得ない」
俺の方がそう思っている、とソロンは口に出しそうになった。
だが口に出さない。
出したところで負け惜しみ、恥の上塗りとなるだけだから。
「元々第一の人間が第十二にすり寄るのは禁じ手。まあ、今は我慢するべき。テラみたいにコツコツやるしかない。ソロンはもう、八方塞がりだから」
「……」
人に気に入られる天才ノアに自分の立ち位置からしても王道な道を塞がれた。新派閥に入り込み、派閥を割り手足を手に入れる道もない。さらに禁じ手である第十二を利用する道も、派閥の優位を使ったイールファスに閉ざされた。
あらゆる道が二番煎じ。
「じゃ、俺は帰る。俺と飲んでもつまらないだろ?」
「……そうでもないさ」
「顔にそう書いてある」
ソロン・グローリーは天才である。誰よりも遠くを見通し、深きところを見据え、最高の、最善の道を征く。今までずっとそうしてきた。それを通す力があった。周りにもそれを通してしまう隙があった。
だが、ユニオンは魔境である。上は傑物ぞろい、そして横並びの同期も才人ぞろいである。同条件でも簡単じゃない。
だと言うのに――
「……クソが」
輝ける男が吐き捨てる。一緒に切磋琢磨したい、競争したい、遊びたい相手がすぐ近くにいるのに、自分は停滞を余儀なくされている。焦らず励め、最初にウーゼルからかけられた言葉が身に突き立つ。
焦るな、しっかりと王道を征き積み上げたなら機会はある。
その機会をものにするために実力をつけておき、横取りされぬよう、上長に任せてもらえるよう実績を、信頼を積み上げておく。
それも理解している。
それでも不愉快なものは不愉快なのだ。
今、彼の眼に自分が微塵も映っていない、ただそれだけのことが――
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