第303話:チュートリアル終了
「運ええなぁ、ジブン。そろそろ死んでもおかしないんやない?」
「……かもしれませんね」
個人的な約束と商談を終えたクルスは報告のため、第七の隊舎に帰還していた。アントンからメインは君だから報告よろしく、と押し付けられた形である。
「偶然魔法科にとんでもない天才がおって、たまたまその天才がええ情報持っとって、ほんでその仕事の担当者が自分のお友達、たぶんギャンブラーの方が向いとるんやない? 今すぐ転職した方がええで」
「転職の予定はありません」
「向き不向き、ある思うけどなぁ。まあええわ。ほんで?」
「コア商会、研究所、そしてユニオンの三者間で結んだ内容がこちらです」
「……」
仕事とはとどのつまり、如何にして金を生むか、それに尽きる。
金を生む仕組みづくり、それがシンプルであるほどに参入障壁が低く、折角先発したとしてすぐさま後発が追い付いてくる。資金力のある後発相手に零細の先発は引き潰され、路傍の石と消える。
仕組みは複雑な方がいい。もっと言えば見えない方がもっといい。
見えない、知ることが出来ない、それは模倣することも出来ないから。
「……データ採取から予測の提示、そしてケツ持ちコミコミのフルパッケージ。新規の営業はコア商会にぶん投げて……僕らは」
「すでに調査済み、予測が出ている国、いえ、個人に対し売り込みをかけます。予測前後の三日ほどの拘束料を事前に徴収する形です」
「保険料として、か。ええやろ、的中率の低さを上手く使うとる。ただ、保険料はもう少し上げぇ。ユニオンの看板やぞ」
「イエス・マスター」
「ほな、この話を引退寸前のジジイと一緒に第九へ行って、献上したれ」
「……第九に? 何故ですか?」
「ジブンが領土侵犯したからやボケ」
「……お言葉ですが、あれは個人間でのやり取りです。確かに国として第九の縄張りであったとは思いますが、それを言ったら――」
「言ったら、あっちもルール違反しとる、言いたいんやろ?」
「……はい」
「お勉強よぉできました、って褒めたりたいんやけど……所詮は付け焼刃、何も見えとらん。ええか、こういうのは漏れなくグレーや。ほんでグレー言うんは、白にも黒にもなる。ジブンは白、あっちの隊長様は黒、ほな、ユニオンとしてはどっちや?」
「……それは」
「第七と第九、もっと言えば派閥の、隊のパワーバランス、ジブンは理解しとるか? しとらんやろ? 温いわボケカス」
「……申し訳ございません」
クルスは自分の浅さを痛感する。そう、過去に同じような実績があっても、それが今に当てはまるとは限らない。ユニオンでの立ち位置、派閥の、隊の状況、様々な外的要因が存在し、絡み合うのが仕事の世界である。
実績が重要だが絶対ではない。
「死ぬほど反省して頭ァ下げて来ィや」
「イエス・マスター」
そしてクルスが反省したところを見計らい、
「ほんでも金を稼いできたのは事実、結果論やけどそれなりの案件にしたんも事実、其処は僕も評価しとるよ。よぉやっとる」
今度は逆に褒めちぎってきた。
それに対しクルスの脳裏に嫌な感じが去来する。ボロクソに貶されるよりも、たぶん褒めちぎられた方が怖い。
今から何が出てくるのか、と身構えてしまう。
その予感は、
「ご褒美や」
すぐさま正解となった。
机の上に積まれた書類の束、それをクルスに差し出す。
「……これは?」
「ジブンの尊敬する先輩方の報告書。普段は僕が精査して、直すべきところは修正して、ほんで本部に提出しとんねん。これ、やろか。……仕事を知るにはこれが一番早い。僕からの期待の表れやと思ってくれてええよ」
「あ、ありがとうございます」
「でも、優秀なジブンには当然物足りんと思うねん。もっと仕事のこと知りたいやろ? ジブン、知らんかったから間違えてもうたな? 知って、その上で踏み込んだわけやないやろ? ほな、知りたい思うわな。その立派な意欲に――」
クロイツェルはさらに書類を積む。
「報いなあかん。当然、どの隊も事務仕事言うんはある。そら、金のやり取りがあるんやし当然やな。隊によっては事務員雇うとるとこもあるんやけど、うちは昔ながらのやり方で騎士がやっとる。最近は我らが隊長殿や、そこにこびりついとる勘違いしたカス数名がやってくれとったけど……そろそろ引退の身にやってもらうのも心苦しいさかい、ジブンが引き継げや」
「事務、仕事を、ですか?」
「なんやジブン」
クロイツェルはクルスの髪を掴み、引き寄せる。
「事務仕事舐めとるんか? 大事やぞ、金の流れがよう見える。ええか、帰るまでが遠足言うやろ? 仕事言うんは現金が懐に入るまでが、や。懐言うんは、組織にとってあるべき場所って話やぞ。刻み込め」
「……はい」
返事を聞き、クロイツェルは髪を放した。
「もちろん、今の案件はジブンがメインで進めェ。きちんと第九の顔立てて、その上で主導権は常にジブンが握るんも忘れたらあかんよ。これは第七の仕事や」
「……は、い」
クルスにとってすべてが初めて、当然調べることから始めねばならないだろう。教えてもらうこともするが、それでも単純に仕事量が多いような気がする。
もちろんやってみるまでわからない部分ではあるが――
「あ、無理やと思ったら僕に言ってくれてええんやよ。僕も鬼やない」
「……」
「人間だれしもキャパシティ言うもんはある。ええ、ええ、構わん」
「……」
「ま、僕やったら振られた仕事、死んでも放さんけどな」
「……っ」
このぐらいこなせ。無理です、耐えられません、口にするのは勝手だが、その場合は二度と舐めた口を叩くな。
永劫、自分の下でちんとしとれ。
クロイツェルの言葉の裏側を嫌でも汲み取り――
「やります」
クルスはそう答えた。やる以外、選択肢などない。
「ええ返事や。期待しとるで」
クロイツェルは嘘くさい笑みを浮かべてクルスの肩を叩く。まるで人の良い上司のような振舞いに、反吐が出そうになる。
いつか絶対に殺す。いや、自分の下で下働きさせてやる。
そう心に誓う。
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