第301話:男二人、個室、何も起きないはずもなく――

「「乾杯」」

 フレン行きつけの、個室のある酒場で二人は乾杯する。フレンはビールを、クルスは炭酸水である。しばらくお酒は控えると決めているのだ。

 現在はフレンのコア商会、研究所、そして第七騎士隊の三者で今後事業とする時にどうマネタイズするか、を長々と話し合った後である。商談を終え、とりあえず食事でも、とここに来たのだ。

 ちなみにアントンは友人水入らずで、と同席を辞退し夜の町へ消えている。

「驚いたよ。まさかフレンが、って」

「それはこっちのセリフだよ。ユニオン騎士団って聞いた時もしかして、とは思ったけど……まさかこんなに早く再会出来るなんてね」

「しかも仕事でな」

「そうそう」

 フレンのコア商会は主にボーリングによる地質調査、龍脈のデータ採取などを企業や国家から依頼を受けて行っている会社であるらしい。少し前までいたウィンザー商会は元々預かり、経験を積んだから次へ、とのこと。

 ただしその次とやらが――

「もう会長とは……さすがフレンだ」

「やめてくれよ。各地を転々としているし、重機も必要だからそれなりに人手はいるけど、言ってしまえばアルテアンが欲している情報を取得する手足でしかない。仕事もほとんどが親からの下請け。何も誇るようなことじゃないさ」

「そうは思わないけどな」

 商会一つの運営。さすが後見人が大物だけあって剛毅な采配であるが、当の本人は謙遜ではなく本気で大したことない、と考えている模様。

 其処はクルスと同じであろうか。

「それよりも今更だけど、ユニオン騎士団のオファーおめでとう。まさか対抗戦の後、さらに獅子奮迅の活躍をするとは思っていなかったよ」

「……幸か不幸か、ハプニングには事欠かない人生だよ」

「騎士にとっては大きな武器だよ。不幸を打ち破ってこそ、だろ?」

「……かもな」

 対抗戦の後、話し合って無理に手紙のやり取りをする習慣を一旦終わらせた。まあ、意地になって話題もなく出すのも、読んでいるのに意地で返さないのも、さすがに不毛だろう、とごくごく当たり前の結論が出たから、である。

 それでも夏休みを跨ぎ大車輪の活躍をすることになった件は、当然フレンの耳に入っていたし、様子を窺う手紙を出そうかとも迷っていた。

 ただ、その頃はフレンも少し立て込んでいたので今更、となる。

「フレンはいつから会長に?」

「春前くらいかな。大旦那に呼び出されて、いくつかの商会と業態、その値段を提示されてさ。好きな道を選べって」

「……買ったのか?」

「大旦那からお金を借りる形でね。ボーリング事業には興味なかったんだけど、それの付随する情報に此処で行われている研究があった」

「……なるほど。全部こみこみ、すでにアルテアンは見越していた、と」

「はは、そうなるね」

 単なるボーリング事業だけなら十年以上前に居住範囲の龍脈調査も終えており、それほど新規性のあるものではないが、新工法による大幅な掘削能力の向上が、新たなる価値を、大きな革新を生む可能性となった。

 最も早くそれに気づいたのは、新工法を生み出した重機メーカーと繋がり、実験的に調査を行ったアルテアンであった。結局、情報とは常に上流にいる者が握る。どれだけ下流の者が足掻いても、雪解けしたばかりの水は流れてこないのだ。

 当然であるが、改めて思う。

 その強さはもう、ユニオンも、国も、及ばぬのではないか、と。

「さしずめ俺たちは君たちのパートナー剪定レースに勝利した、ってところか?」

「人聞きが悪いね」

「違うのか?」

「いや、違わないね」

 フレンは苦笑しながら、

「でも、まだしばらくは研究自体表に出さず、もう少し確証が得られるまで研究所と二人三脚のつもりだった。レース開催前に君が来ただけで」

「売り込むなら早い方がいいと思ってね」

「そりゃそうだ」

 酒を呷る。

「……ある程度、予測の精度は上がってきた。読みを外した時も、おそらくこれは深度不足、さらに下の層での干渉が原因かな、みたいなのはわかるんだ。結果論だけど、これはそうじゃないか、って。でも、アカイアの件はどのデータと見比べても発生理由は不明、メガラニカの時なんて……本来発生するはずがないデータしか示されていない。正直、龍脈とにらめっこしていてもわからない気もする」

「……」

「笑わないで聞いてくれよ」

「ああ」

「俺はね、魔族に意思を持つ個体がいるんじゃないか、と思っているんだ」

「……何故?」

「メガラニカの時、俺は腕を失った」

「ああ、俺のせいでな」

「違う。俺の未熟のせいだ」

 それに対しクルスは心の中で違う、と重ねる。あそこで何の勝算もなく戦う、あの選択を取った自分が間違っていたのだ。

 その間違いの結果、自分ではなくフレンが割を食った。

 それは揺るぎない、クルスの中での真実である。

「でも、考えたら腕だけなんだよ。たかが腕一本しか失わなかった」

「……」

「クルス、君はとても強くなった。ユニオンのオファーを貰うまでに……そんな君が今、あの騎士級と対峙して、戦い、勝てると思うかい?」

「勝てない。あの時のマスター・ガーターほどにも戦えるかどうか。あれでピコ先生が痛手を与えた後だったんだぞ? 騎士級は別格だ」

「しかも、大火傷を負っていたらしいよ。それ以前に」

「本当か?」

「ああ。さすがに我がことも絡むから、色々と調べてみたんだ。ユニオン発の情報だから、調べたら一発でわかると思う」

「……改めて、怪物だな」

 騎士級シャクス。災厄の軍勢を率いる騎士級の一角、何故勝てたのか今でもわからない。それほどに差があった。

 今でもそう思う。

「そう、今の君でも勝てない相手だ。それなのに腕一本、あとはフレイヤさんが腕を折っていたらしいけど、大きな怪我はそれだけだ。たったそれだけだったんだよ、クルス。天地ほどにも力の差があったのに……それを偶然だと思うかい?」

「……いや、思わない」

「彼には明確な意思があった。俺たちを殺さない、という」

「ピコ先生は殺された」

「でも、彼が守ろうとした子どもたちは全員無事だった」

「……子どもは殺さない、か」

「かもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「……」

 クルスの中に答えに近い記憶はある。かすれ果てた記憶の断片、そして不死の王、鏡の女王、彼らの断片を繋ぎ合わせた答えが。

 だが、クルスは親友であるフレンにそれを言えなかった。

 彼がアルテアンに所属しており、その情報がもし外へ流れ出た時の影響が読めない。イールファナの時とは勝手が違う。

「そう言う魔族が他にもいて、彼らの意思で顕現しているのだとしたら、それはもう予測不能だ。つまり――」

「突発型ダンジョンにも二種類ある、か」

「そうじゃないかと思っている。クルスはどう思う?」

「……俺もそう思う」

「そうか、よかった。少し持論に自信が持てたよ」

 フレンはほっとしたように微笑む。

「まあ、その説が正しいとして、龍脈起因のものを読めるようになるだけで充分過ぎる功績だ。お互い、其処を目指していこう」

「そうだね」

 クルスとフレンは握手を交わす。固く、強く。

 その手の感触に相変わらず鍛えているな、とクルスは相好を崩した。腕を失い、騎士の道を諦めてなお、フレン・スタディオンは彼のままだった。

 それが嬉しかった。

「それにしてもいい店だな。静かで」

「うん。先輩から独立の際に助言を受けてね。その土地についたらまず、ゆったりと商談できる場所を探せ、って」

「いい先輩だな」

「ああ。色々教えてもらったよ。ところでさ、クルス」

「ん?」

 嬉しかったのだ。


「ファウダーって知ってる?」


 その瞬間、握手を切ってクルスは即座に騎士剣を引き抜いた。

 フレンもまたそれに応じる。片手でも滑らかに抜き放つ。全然やれただろう、と見当違いの感想が浮かぶ。

 それが逃避の思考であることは、自分が一番よくわかっていた。

 騎士剣が交差する。

 お互い、まだ魔力は通していない。通せばもう、斬り合うしかないから。

「そうか、やはり君は知っているのか」

「其処から手を引け。フレン」

 やめてくれよ、頼むから、君はそっちに行かないでくれ。

 そう願いながら――

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