第300話:新たなる再会
「失礼、隊長殿はおられるか?」
(ゲェ⁉ 第九の隊長、シラー・キスレヴだ)
第七の隊舎に怒りを隠すことなく飛び込んできたのは第九の隊長、『貴公子』シラー・キスレヴであった。
「ここにおりますとも」
エクラがいやいや手を挙げる。本当に嫌そうな顔である。
「先ほど我が隊『が』お世話になっている国から連絡がありました。突発型ダンジョンの発生に際し、ご助力を頂けたことに感謝している、と」
「それはよかったねえ」
「よかった? 我が隊が何も知らぬのに、ですか? 何もよくない。越権行為も甚だしい。クルス・リンザールとやら、ユニオンの道理を弁えぬ新人に道理を叩き込まないのは、明らかに貴隊の落ち度……違いますかな?」
「いやぁ、それはそうなんだけどねえ」
「誤魔化しても無駄ですよ。ユニオン騎士団の各騎士隊は仕事を円滑に進めるため、ブッキングせぬように一国につき一隊が担当する、と決まっています。無論、マスター・ヘクセレイほどの騎士ならばご存じかと思いますが」
「もちろんご存じではあるんだけど」
「ならば、落とし前を――」
ぽりぽりと頭をかきながら、だんだん表情が少しずつ面倒くさそうに変化していく様を見て、隊員たちは「あ、これもう謝るぞ」と直感した。
エクラの謝罪回数がずば抜けているのは、クロイツェルが色んな意味で問題児であったこともあるが、それ以上に彼自身の気質によるところが大きい。
面倒くさくなるとすぐ謝罪で済ませようとするのだ。
だから必然多くなる。まあ、自業自得である。
これについては――
「そら国に直接売り込みかけた場合やろーが」
副隊長である、
「隊長も要らんとこで謝られたら困りますわ」
「いやはや、謝る気はなかったよ。もちろんね」
「はん」
レフ・クロイツェルも困っている部分である。
「……クロイツェル」
「僕がおらんところで爺さん詰めて、そないに僕が怖いんか?」
丁度クロイツェルが別室で作業をしているところに来ただけ、決して不在を狙ったわけではない。
だが、
「……私が、貴様如きに? それと先ほどから口の利き方が成っていないな。第七の副隊長は敬語も使えないと見える」
シラーの表情は大きく歪んだ。
「失礼しました……シラー『特別』隊長殿」
「……ガキが」
エクラが、そしてほかの隊員たちが、同時にため息をつく。其処を突いたらもう戦争なのだ。シラー・キスレヴは隊長であって隊長ではない。第九の隊長、副隊長がとあるダンジョン攻略の際、副隊長が死亡、隊長が引退せざるを得ない傷を負い、当時そろそろ副隊長かと目されていた主任のシラーが暫定的に隊長となった。
ただ、副隊長未経験者に隊長は如何なものかと特別扱い、という名の差を内部的に設けることとなった。対外的には同じ隊長だが、内部的にはそうではない。結構繊細な、触れづらい話題である。
まあ、放っておいても副隊長の席はほぼ確約されていた男であるし、働きぶりも決して先代に見劣りしない。むしろ第十二と共に成績は伸ばし続けている。
その第十二と共に、というのがミソではあるが――
「……まあいい。貴様は国と領主は別と考えるのか?」
「国と企業の構図と何がちゃうんです? そちらの十八番やったと思うんですけど」
「……戯言を」
「ほんでもその戯言で売り上げ貰っとるんやないんです? 第九も」
「……クロイツェル」
成績を落とすわけにはいかないシラー。第十二にどっぷりなのは何も、レオポルドの思想に賛同しているだけではない。
其処を突く蛇の言葉。
シラーは自然と腰に手を添える。応じ、クロイツェルもまたそうした。
隊員たちは息を呑む。
まさに一触即発。
其処に――
「ごめんねごめんねー!」
ずざーっとエクラが会心のスライディング土下座を披露した。
二人の間に割って入る形で。
「っ」
「ちっ」
出鼻をくじかれ、両者の空気が緩む。
其処ですかさず、
「報告を怠った私たちも悪かった。君たちを巻き込み、上手く仕事を回すべきだった。ただ、ルールを犯して商圏を奪う気もなかったことはわかってもらいたい」
エクラ、全力の玉虫色のトーク。
「え、ええ」
その勢いに気圧されるシラー。
(ボケが。こっから独占できんくなるやろうが)
エクラが作ろうとしている流れが温い、緩い、つまらん、と機嫌を悪くするクロイツェル。この男もこの男で危ない橋を渡りたがる癖がある。
「実を言うと、シラー君だから言うがね。ここだけの話、今回の突発型ダンジョンに居合わせたのは偶然ではないのだ」
「え?」
(クソジジイッ! ほんま冥土送ったろかボケェ!)
「クルス君と言うのがまた優秀かつ、さすが名門学校出身だけあって様々な分野の才人と繋がりがあってねえ。その伝手で知ったんだけど、もしかしたら今後、突発型ダンジョンを予測できるようになるかもしれないんだって」
「そ、そんなことが」
「でもまだまだ精度が甘いのと、それをどう売り込むか、とかの道筋が立っていなくて、今後の課題は多いんだよ。だけど良さそうな話でしょ? 其処で、だ……派閥は違うんだけど、道筋が立ったらシラー君の第九にも協力願えないかなーって」
「……ほう」
第七と第九、ある種水と油。派閥的にも異なる二つの、
「今丁度、クルス君とアントン君が先方へ行ってね、とりあえずの話をしてきて、多少は整理してくるだろうから、その後にでもクルス君の紹介がてら、私が話に行くよ。此処だけの話、最終的には結構大きな山になると思うんだよね、私」
協力と言う奇手。
「それで手落ちってわけじゃないけれど、どうかね?」
「……まあ、話を聞く価値はありそうですね」
「だろう? あはは、それではまたよろしく! 近い内にうちの有望株引き連れてそっちへ伺うから……お茶の準備だけしといてね」
「はは、茶に合う菓子も用意しておきますよ」
「おお、そりゃあ楽しみだなぁ。今から行ってもいい?」
「……それはご遠慮ください」
其処からはもうエクラワールド、謝罪芸からの玉虫色のトークで相手を軟化させたが最後、上手く丸め込む、角が全部消えちゃう。
これが『謝罪の鬼』エクラ・ヘクセレイの本領である。伊達や酔狂でクロイツェルと言う狂蛇を飼っているわけではないのだ。
ダンシングシラー、全ては謝罪の鬼の掌の上に。
これぞ名人芸。匠の技。
見事シラーを追い返すことに成功し、隊員たちの拍手が舞う。
「どもども」
「どもども、やないんやけど」
拍手、すぐ収まる。
「勝手に面倒なこと結んで……第九は第十二のひも付きやぞ」
「まあ、稼げるようになったらどうせ絡むことになるし、それなら最初から一緒にやった方が丸いよ。そっちの方が出来ることも多いしねえ」
にへらぁ、と笑うエクラを見て、
「……派閥はええんですか?」
一応、クロイツェルは確認しておく。
「別にどこの派閥でも同じユニオンだよ。それに、私個人はマスター・ウーゼルへの憧れはあっても、舵取り役がレオポルド君でもいいと思っているし。彼、優秀だろう? そのまま優秀な仲間であり続けてくれたら、それならいいよ」
「……隊長がそう言うなら、それで進めますわ」
「よろしく」
クロイツェルの言った理屈でも通せた。実際に第十二と第十一、第九、第八、第四辺りは同じ理屈で国同士の案件を企業や領主個人とのやり取りと区切りシェアしている。そも、個人と国は違う、という道理で先に領土侵犯したのは他ならぬ第十二、レオポルドである。その派閥である彼らに、今回の件を咎める資格はない。
まあ、国と領主は少し難しい境界線であるが、過去の実績と照らし合わせればいける。それを過去案件から読み取り、クルスは実行に移したのだ。
ただ、それは正論の話。
其処に感情はない。
「ふいー、ひと仕事して疲れたねえ」
「仕事したんちゃいますわ。仕事売り渡したんや」
「身を削り、他所を助ける。騎士らしいじゃないか」
「慈善事業やないねん。しばくぞ」
「ひぃ」
正直、
(悪くない手ではある。何でもかんでも丸く収めようとするんは困りものやけど、今回に関しては……せやな、主導権そのままやし、ベターではある)
悪態をつきつつも落としどころとしては悪くないとクロイツェルも思っていた。精度が上がり、売り込み先も増えたなら手が足りなくなることも出てくるだろう。第七だけで回らなくなれば、結局何処かを頼らねばならない。
クロイツェルとしては其処で第五辺りを想定していたが、その場合は第十二派閥の反発は必至であるし、その政争で無駄な手間をかけるぐらいなら最初からそっちと結んでおく。比較的御しやすい第九、と言うのもいい。
一つ難点があるとすれば――
(シラーは僕を恐れとる。僕が出張れん以上、マンハイムかあのクソ虫を間に挟まなあかん。それだけが手間やし……癪やな)
自分が動きづらい、と言うところか。
クソ虫ことクルス、知らぬ間にやることが増える。
○
「くしゅん」
「どうした、風邪か?」
「いえ、そういうわけでは」
クルスとアントンは現在、とある国の研究所に足を踏み入れていた。クルスの知る研究所と言えば、国家の威信を懸けたテウクロイやアスガルドの学園に併設されているものになるのだが、国が全力を出したテウクロイはともかく、アスガルドも何だかんだと御三家のひも付き(附属)であったのだな、と思わされる。
設備はもちろん建物も年季が入っており、とても最新研究をしているようには見えなかった。あとでアントンにその旨を話すと、御三家は基準にしちゃいけない、とのこと。確かに大きくはないが、まだマシな方らしい。
今度第十を見学に行くといい、と。
そんな話をしていると――
「お待たせしました」
部屋で待たされていたクルスたちの下へ、ここの所長(なお研究者は一人、あとは臨時のお手伝い)が戻ってきた。
一緒に、
「こちら、コア商会の方です」
身なりのきちんとした男が入ってくる。クルスとアントンは瞬時に、顔を上げずとも、足運びだけで相手の力量を察知し、相手が騎士である、と判断した。
相手は商会の人間と聞いた。
だが、騎士。しかもかなりの技量である。
当然、二人は警戒する。いつでも抜けるように、小さく腰に手を添えて――
「どうも。フレン・スタディオンです」
「……えっ⁉」
「スタディオン?」
クルスは声のした方へがばっと顔を向ける。其処にはクルスらの警戒を知ってか知らずか、苦笑するフレンの姿があった。
「確か、その、ログレスの」
「ええ。御覧の通り、今は騎士ではなく商人の端くれです」
フレンは自身の欠けた腕を、垂れ下がった袖を動かし示す。
「……そう、でしたか。あ、自分はユニオン騎士団第七騎士隊、アントン・マンハイムです。どうぞ、お見知りおきを」
「当然存じておりますよ。有名ですから」
「恐縮です」
有名なのか、確かに腕は立つ人だと前から思っていたが、と騎士事情に疎いクルスは少し驚く。まあ、幼き頃からテーブルでの会話も、周囲の友人との会話も、大体騎士絡みな名門でとは情報格差があるのも仕方がない。
なかなか埋まらぬものである。
それはさておき――
「久しぶり、ってほどでもないか」
「いや、久しぶりだ」
「はは、そうだね」
クルスとフレンは苦笑し合う。
「お知り合いなんですか?」
研究所の所長の問いに、
「「友達です」」
二人は同時に答えた。
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