第299話:一千万の内訳

「ダンジョンの発生予測、どう算出しているのかご存じでしょうか?」

 報告を促し、いきなり問いかけられたことでクロイツェルの表情が歪む。要らん事言わんでいいから用件だけ話せ、と言う表情である。ちなみに、かつては統計、現在は龍脈のデータから揺らぎや澱みを読み取り、算出しているのが現在のダンジョン発生予測である。それゆえ、区分は魔導学となっているのだ。

 学校に通ったことのある者ならば大体は知っている世界の常識。

 今更そんなものに何の意味があるのか。

「龍脈から読んどる。で、それがなんや?」

「その通りです。では、突発型ダンジョンを予測するには?」

「……出来ん」

「そうです。出来ません。今までは」

 クルスは小切手や手形とは別の、今回の案件に対する報告書を提出する。クロイツェルは無言で受け取り、それを眺めた。

 見るべきは最初の方。

 結果は逆算で予測できるから――

「論文掲載はまだやな」

「はい。研究者の界隈で、少し噂になっているぐらいかと。あとはそちらにもご説明させていただいている通り……アルテアンの傘下、ですね」

「新式ボーリング、掘削距離増伸によるより深い位置での観測データ採取……それにより生まれた新説、か」

「はい。龍脈は二層あった。いえ、二層以上あった。異なる流れが重なるポイントでの、共振、共鳴、それらが突発型ダンジョンの発生要因なのでは、と」

 巷に出回る前の新説。まだ煮詰めてもいない。論文への掲載すら遠い。龍脈の調査という直接金にならない事業、アルテアンにとっては魔力を汲み取る発魔所を作るための下調べ。それを担当者がついでに新技術を試した。

 珍説を唱えていた学者が聞きつけ、飛び込み――金塊を掘り当てた、かもしれない。第二次卒業旅行で酒盛りが始まる直前、まだ記憶が残っているタイミングでイールファナと交わしたとりとめのない会話。

 まだ噂の段階だけど、と言う前置きから始まったものだが、まったくエビデンスのない話を彼女は嫌う。言の葉に乗せた時点で、彼女の中では多少なりとも実現の可能性がある、そういうものとクルスは汲み取った。

 無論、その時は談笑だけで終わった。研究段階の界隈での噂話。市井に日の目を見るまで遥か遠く、将来常識が変わるかもしれない、突発型が突発ではなくなる、かもしれない。そういう小話をした。

 頭の片隅に、ギリギリ残っていた。

「予測させたんやな」

「はい。伝手がありましたので、紹介と言う形で」

「確率は?」

「五割程度、と」

「はっ、理論値(カタログスペック)でそれなら、精々が三割あればええとこやろ。それに張ったんか、ジブン」

「はい」

「死ねボケ」

 罵倒しながらクロイツェルは笑みを深めた。

「売り込み、上手くいったんか?」

「いいえ。騎士団の看板のおかげで顔は合わせてもらいましたが、話半分で帰ってくれと言われました。なので――」

「近場で待機していると伝え……ダンジョン発生を待った。最高でも五割、与太話の可能性もあるやろ。ほんでもそれに張って、勝った」

「そうなりますね」

 クルスが今回仕事をしてきた国は第九の縄張り。例えその予測を信じたとして、領主判断で首を縦に振れるわけがない。

 それこそ緊急事態でもなければ――

 しかして、緊急事態は起きた。突発型ダンジョン、領内にも駐在の騎士や兵士はいるが、それはあくまで平常時の必要最低限でしかない。

 通常の予報で発生するダンジョンでさえ、その時期になったら国から戦力を借り受け対処する。いわんや、突発型ダンジョンを独力で対応など不可能。

 其処で再度売り込みをかけた。

 国からの増援を待てば領内が魔族に荒らされるのは必至。人的被害も出る。今年の収穫も見込めない。損害は一千万では済まないぞ、と。

 安いもの。

 しかし領内に農業用の新装置などを導入した結果、現在手元に金がない。銀行にも現金が入っていない。

 ならば、今貰うのは今ある分だけ。

 残りは手形払い、120日までに実弾を用意してくれたらいい。

 それで、落とした。

 クルスとしてもギリギリの交渉。目の前ではダンジョンから魔族が出て、交渉している間にも、領民に被害が出ているかもしれない。

 それでもクルスは領主が決断するまで待った。

 動かない、と示した。

 騎士は慈善事業ではない、そう自分にも言い聞かせながら――

「ジブンで対処できん規模の場合はどうするつもりやった?」

「自分が陣頭指揮を執り、最低限の防衛ライン構築と避難誘導を行い、その国の戦力到着と同時にアタックします。その場合は、もっと稼げたでしょうね」

「そらそうやな。拘束時間がちゃう。ほんなら――」

 クロイツェルは最後に、

「ダンジョンが発生せんかった場合は?」

 充分にあり得た可能性を、問う。

「こういう情報(新説)がある、この情報を生かしてこうすれば金を稼ぐことが出来る。と、プレゼンするのが限界だったと思います」

「それで僕が納得すると?」

「しないでしょうね。でも、マスター・クロイツェルならこの情報でもっと稼ぐでしょう? 損(俺を許して)して得を取ってください、としか」

「しばくぞガキ」

 悪態をつきながらくく、と笑い、

「幸運やったな」

「ええ。不幸にもダンジョンが発生してくれてよかったです」

「其処やないわボケ。業界の内部でしか伝わっとらん、ほんまもんの新鮮な、生きた情報を得られたことや。それがジブンの最大の幸運やろうが」

「……そうですね」

「情報は武器や。その伝手、大事にせえよ。研究なら論文掲載、荒事なら新聞の片隅に乗った時点で、その情報は死ぬ。無価値や。生きた情報は、金になる情報は、その道にしか落ちとらん。言うとる意味、わかるな?」

「イエス・マスター」

「ならええ。ま、及第点はくれたる」

 クルスが、そして第七の隊員たちが皆一斉に目を見開く。どんな仕事も重箱の隅を突き、ああじゃないこうじゃないと言う男が出した及第点。

 その重みを彼らは知っているから。

「マンハイム!」

「あ、はい」

「ツラ貸せ。ミジンコはクソ虫に昇格、ジブンも来い。別室で詰めるで」

「い、イエス・マスター」

「残りは手ェ動かせェ! 誰が聞き耳立ててちんとしとれ言うたァ!」

「は、はいぃぃ!」

 クロイツェルの一喝で隊員たちは手を動かし始める。隊長もいそいそと何かやろうとしたが、特にやることがないため新聞を開いてお茶を濁した。

 別室へ移動したクロイツェルらは各々席に座り、

「クソ虫、現実問題三割しか当たらん予測、ジブンは金になると思うんか?」

「はい」

「理由は?」

「0と30%では大きな違いだからです。備えるに値する数字かと」

「マンハイムは?」

「同じく。ただし、その確率であれば大仕掛けはよほどの金持ちか、王都直下などのよほどの場所か、どちらかしか難しい。必然、仕事の単価は下がる」

「せやな。まあ、しばらくはドブさらいや」

 大きなダンジョンには多くの人員が、金が動く。大仕掛けの仕事は一発十億、最大規模になれば百億を優に超えてくる。

 現状の確率ではよほどの場合でなければそうならない。

 そもそも、

「第七のキャパ越えた仕事になってもらっても困るわな。山がデカなればなるほど、図体のデカい連中に持っていかれる可能性が高まってまう」

 今は第七の範疇に収まってもらわねば困るのだ。

 それが可能性の塊であればあるほどに。

「ああ。当面は関係性の構築に努めるべきだろう。第七、研究者、そして何処か知らないがアルテアンの傘下とやら、三者で案件を固めておく」

「その方向性でええよ。ほな、今すぐ出ェ。早ければ早いほどええわ」

「承知した」

「……あの」

「ジブンに発言求めとらんわボケ。さっさと去ね」

「……っ」

 アントンと共に行け、という命令に少し不服な表情を見せるクルス。それに対し一瞥もせずに消え失せろ、とクロイツェルは言った。

 アントンはクルスの肩を叩き、一緒に退出を促す。

 クルスは歯噛みし、それでも従った。勘違いしてはいけない。今の自分が上司に何か言える立場ではないことぐらい、理解しているから。

「う、お、また出張⁉」

「すでに売れっ子騎士の風格出してんな」

「忙しい騎士ほど隊舎にすら戻らなくなる、ユニオンあるあるだぜ」

 再度ホワイトボードにアントンと共に出張と書き、戻ってきて一時間もしない内に出張と言う前人未到の新人記録を叩き出す。

 隊舎から出た辺りで、

「気持ちはわかるけど、まあ焦るな。何も案件を横取りしようと思っているわけじゃない。ただ、相手が一介の研究者じゃなくてアルテアン系列相手だと、それなりの立場じゃないと釣り合わないから同行しているだけだ」

 アントンがクルスに対し口を開く。

「いえ、そんなつもりでは」

「いやいや、気持ちはわかるって言っただろ? 当然の気持ちだから気にしないでいい。ま、交渉事って面倒くさいんだよ。道理や損得だけじゃないから。人間同士、感情が絡む以上、立場や年齢を多少相手に合わせないと、余計な手間を喰う」

「……年齢も、ですか?」

「そう。若輩者を出してきてけしからん、侮られている、舐められている、そう捉えられることもある。組織のメンツもある。ユニオンだとありがたいことに相手が尊重してくれるケースも多いけど、それなりの企業や、国家相手だと隊長格でなければ失礼に当たる。下手すると、若い隊長でもそうなる」

「……」

「実力だけじゃない。それこそ別の界隈にまで轟く大事を成した人物でもなければ、基本的に組織の看板、其処での立ち位置、そして年齢。哀しいかな、特に初対面だと其処を見られる。其処を整えていないと話にならない。それが交渉だ」

「勉強になります」

 アントンの発言はあらゆる分野に通ずるものである。人間は感情の生き物、其処を拗らせては如何なる理屈も通らない。機嫌が良ければとんとん拍子、機嫌を損ねたら重箱の隅を突き、屁理屈をこね、案件が頓挫する。

 そんなことは日常茶飯事である。

 感情と道理、その両面から崩さねば、人は受け入れてくれない。

「ま、これからだ」

「イエス・マスター」

「じゃ、列車に乗る前に弁当でも買っていくか」

「弁当、ですか?」

「ああ。出張の楽しみ方を教えてやるよ。とりあえずはメシだ」

「は、はぁ」

 遮二無二強行した単独出張から、先輩同行の役得もある出張が始まる。


     ○


「驚いたねえ、君以来だよ。一人で稼いできたのは」

 別室で考えこんでいたクロイツェルに、新聞片手に現れたエクラが声をかける。

「一緒にせんでください。僕は賭けやなくて確実に稼いだ。格がちゃいます」

「その代わり角は立てたけどね。今でも胃が痛いよ」

「はっ、上は頭を下げるためにおるんですわ」

「もうすぐ、君がその役割になるんだけどねえ」

「……」

 クロイツェルは鼻を鳴らし、上司から目を逸らす。

「ファウダーの件はとりあえず保留?」

「手出し出来るのならなんぼでもやっとります」

「まあ、少なくとも建前の上では手続き上、彼らは何も悪いことをしていない。そして法律の上で……魔族化も悪にはならない」

「とりあえず、テュールが取ってきた情報小出しにしてやっとる感だけ出しときます。それでええですか?」

「うん、君に任せるよ」

「どうもです」

「早くあの子が成長して、君の負担が軽くなるといいね」

「別にまだ引退しとらんのやし、働いてもろてもええんですよ?」

「……ちょっと用事思い出しちゃった」

 いそいそと退出していくエクラを見送り、

「……」

 クロイツェルは一人、何処か楽しそうな表情で報告書を見つめる。

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