第298話:俺は勝ちに来た

「ちょ、直行直帰。しかも日跨ぎって出張じゃん。帰ってないし……新卒二日目だってのに……た、隊長」

「あ、あはは、面白い子だねえ」

 ホワイトボードに力強く書かれた直行直帰、そして謎の行き先。クルス・リンザール入隊二日目にして図太く大胆な振る舞いであった。

「はは、クロイツェル以来の大物だな、こりゃ」

 これにはアントン、そしてエクラも苦笑するしかない。他の隊員も唖然としているが、そもそも普通の新卒には不可能な仕事を課したのは隊の方である。

 まあ、これは飲み込むしかないだろう。

「いきなり国を跨ぐとは……この国、今何かありましたっけ?」

「いや、よく知らん。二つ目の国は確か、第九辺りの縄張りだったと思うけど」

 若手の問いにアントンもいぶかしみながら答える。

「げぇ、第九かぁ」

 正直、紛争やら政情不安やら内乱やら、クロイツェルが得意とする鉄火場の情報は彼ら隊員もそれなりに知識として備えている。

 だが、その知識で検索しても何一つ引っかからない。

 何をする気なのかも読めないが――

「隊長、キスレヴにとりあえず頭を下げる準備は必要かもですね」

「あー、構わないよ。得意になったからねえ。クロイツェル君のおかげで随分と」

「……心中、お察しします」

 今でこそスマートに事を進めるようになった(当社比)クロイツェルも、若手の頃は最初から尖り散らしており、あらゆる隊と衝突し続け、その度にエクラが頭を下げ、土下座をし、果てはジャンピング、スライディングなどの応用土下座まで披露した。謝罪量で言えば十二人の隊長でも随一であろう。

 と言うか、普通見栄や意地を重んずる騎士の、しかも頂点であるユニオン騎士団の隊長格ともなれば、多少悪くても頭など下げない。

 俺は悪いかもしれねえが悪くねえ、それで通す者がほとんどである。最近の隊長はかなり若返り、そういう無茶なのは少なくなったが。

 それでも第三のヴィクトリアなど、頭を下げる絵すら浮かばぬもの。

「ま、結果さえ出せば大抵のことは何とかなるよ」

「結果、出るといいですね」

「だねえ。あ、今日ランチ一緒にどう、マンハイム君」

「まだ朝ですよ」

「ほら、モチベーションって大事じゃない? あー、断られたらやる気がぁ」

「……お付き合いします」

「自分も!」

「俺も!」

「私も!」

「……隊長の財布狙いじゃねえか」

「あはは、いいねえ。久しぶりにパーッとやっちゃおうか」

「やったぜ! 残念だったなリンザールよ!」

 エクラのおごりでテンション爆上がりの騎士たち。全員もれなくそれなりの高給取りであるのだが、高級を貰ってもガンガン使う者が騎士には多く、彼らも例に倣い散財癖のある者たちばかりであった。

 まあ、戦死率がかなり下がったとはいえ、何だかんだと死と隣り合わせの職場。蓄え込んでも死んだ先に財布は持っていけない。

 なら、使ってしまおう、の理論である。

「おっひょっひょ! 早く昼になーれ!」

「だから、まだ朝だっつってんだろ」

「おっひょっひょ」

 これが第七(クロイツェル不在)の空気感である。なお、此処にクロイツェルを一つまみするだけであら不思議、みんな押し黙るのだからなかなかであろう。


     ○


「ああ、ありがとう、ファナ」

 通話を切り『確認』を終えるクルスは「ふー」とため息をつく。結局、どう転んでも賭けになる。これだけ手数を懸けても、今回だけに限れば分は悪い。

 一本、一千万と言う壁は分厚い。

 騎士一人の単価を考えたならそれほど大きな額ではないが、それはユニオンの看板に対し仕事を依頼してくれるからそうなっているだけ。

 世の中、ブランドに魅力を感じる者ばかりではない。

(……リンド先生の名前も出していい、と言うのはありがたいな。素人が気恥ずかしいけど、これのあるなしは本当に大きい)

 これからの売り先が、そのブランドに高い価値を見出すかはわからない。

 わからないが――

「通話機、ありがとうございました」

「いえ、当然のことですよ」

「協力感謝します。では」

 最近、ようやく市井にも普及してきた魔導通信ほんちゃらかんちゃら、市民は当然長ったらしい正式名称を覚えることなく、昨日である通話の部分に機械をくっつけた通話機と呼んでいる。さすがに一般家庭への普及はまだまだ先であるが、こうしたそれなりの大きめの駅などには大体、緊急用などで配備されている。

 それをクルスはユニオンの騎士、という看板を如何なく使い、緊急ゆえに貸してほしいと言って、そのままアスガルドの研究所宛に繋いでいた。

 もちろん緊急性は皆無。

 クルス的には緊急だが。

(やってやる。失敗しても……あの男の靴でも舐めりゃいいさ)

 多くの手数を使い、クルス・リンザールを自分の庭へ招き入れた男が、こんな簡単にそれを手放すかと言えば当然否、である。

 クロイツェルの狙いは2パターン。

 まず、自分が他者を頼り、結果を出した場合。

 これは自分一人では何もできないカス、無能は改めて絶対服従しとけ。返事はわん、人間語しゃべんなカスゥ、と言う感じだろう。

 これが本筋、少なくとも最も確率の高いルートである。クルスとしても絶対に成果を出したい局面ならばそうする。

 其処に自分の命が、仲間の命がかかっているのなら――

 しかし、今はそうではない。

 楽観ではなく、客観的に自分を捨てると言う選択肢がない以上、あれは単なる脅しと言うよりも確認。失敗したら首輪をつける、それだけのこと。

 徹底的に人格を否定する言葉を投げつけられるだろうが、まああの男の下に入ると決めた時点でそんなもの挨拶だと割り切っている。

 そしてもう一つは自分が独力での挑戦を敢行し、失敗した場合。

(あのカス野郎はこっちで張っているかもな)

 至極当然、罵詈雑言の嵐が飛び、拳も蹴りも飛んできて、ついでに頭を踏まれて一生しゃべんなミジンコォ、と言われる。

 心身ともにボコボコにされ、騎士団に残りたいなら一生服従、これを誓わされる。

 首輪付きクルスの完成である。

 そう、

(変わらねえんだよ、結局あの男の駒になりますってだけだ。どっちにしろ負けるんなら、俺は勝ちにいって負ける。それだけだ)

 どっちもマウントを取られ、服従を強いられるのは確定している。要は仲間を頼った小さい勝ちも、誰にも頼らずに敗れた大敗も、どっちも似たようなもの。

 それでは意味がない。

 自分はレフ・クロイツェルを越えるために第七を選んだのだ。あの男の掌の上で踊ると言うことは、その道を諦めると言うこと。

 これから幾度も踊る必要性は出てくる。仕事で、相手が上司である以上、それは必然。されど、踊らなくていい局面は全部踊らない。

 むしろ全部逆らう。

(勝つ)

 それぐらいの気概がいる。あの男の駒で終わるのなら小さく勝てばいい。第七には一緒に仕事をした先輩、上司、二人もいる。おそらく、あのクソカス蛇男はわざと残した。クルスが頼り易い人材を。ディンの件を聞き、あの男は笑みを浮かべたかもしれない。誘惑が増えたから。

 ただ唯一、

「……」

 エイル・ストゥルルソンと組む、この選択肢だけはあの男の掌から脱出する道であったのかもしれない。確実に、リスクなく、その上で駒であることを拒否する強い択であった。相手がエイルでなければ、面白いと思えたかもしれない。

 でも、相手が大恩あるエイルだった。

 だから、そうはならなかった。

 ゆえに――

「乗ります」

 クルスはただ一人進む。リスクを取り、首輪を引き千切るために。いや、いつか引き千切る、その姿勢を示すためにも、此処で張らないのはあり得ないから。


     ○


「あの、副隊長?」

「なんや?」

 某国の騎士団との共同戦線。クロイツェルが陣頭指揮を執り、部下の騎士と某国の騎士たちを運用しダンジョンを攻略する、という仕事の野営地にて――

「クルスのこと、どうされるおつもりなんですか?」

「それ、ジブンに言わなあかんことけ?」

「い、いえ、やっぱり何でもないです、はい」

 明日の突入(アタック)に備え、見張りを残し睡眠をとる。その直前で部下の騎士が問い、クロイツェルがノータイムでギスい返しをする。

 棘しかない。

「ジブン、アントンを頼ったんやったな」

「あ、はい。三日目ぐらいでギブアップしました」

「判断が遅いわボケ。一番しょーもない」

「う、うす」

 そりゃあやれと言われて、自分でやらないといけないと思ったら、とにかくやるしかないと考えるし、其処で人を頼ると言う選択肢自体簡単に出てこない。

 あとでエクラ隊長に聞いたのだが、本来の目的は鼻っ柱の強い優秀な人材が集まるユニオン騎士団の中で、独りよがりじゃいけませんよ、みんなで協力して仕事をしましょうね、という教訓を与えるためのもの。

 まあそれと必死で、自分の頭を使って仕事のことを考えたり、調べたりするので受け身よりも知識がつきやすい、などがある。

 彼はあの三日間だけで数キロ痩せるほどに心身ともに疲弊し、ネタばらしを聞いた時は発狂しそうだったが、確かに仕事を知る意味では役に立った。

 あと鼻っ柱も秒速でへし折れたし。

「や、やはり初日ですかね、クルスは。人を頼るって考えを初日から思いついて行動したら、たぶん一週間あったらやる気次第で二、三千くらいは積めますし」

 即座に正解を、人を頼り数字を積む。

 それが彼の考える最善の方法であった。

 が、

「あのカスは頼らんよ」

「へ?」

 クロイツェルはその前提自体を否定する。

「ジブンらとは姿勢がちゃう。良い悪いやないぞ、違うんや」

 火を見つめながら、若手の騎士が少し引いてしまうような笑みを浮かべて。

「僕を喰いに来た。それでただ靴舐めるアホなら逆に要らんわ。同じ靴を舐めるでも、睨め上げるぐらいやないと蹴り甲斐もないやろ?」

(蹴るのかよ。まあ、この人は蹴るか)

 あの夏を彼も経験した。明らかに異様な関係性、ユニオンの隊長格が学生を従者にして、あえてクソみたいな仕事にばかり連れ回した。

 常人なら壊れてしまうほど、慣れた自分たちでもしんどい仕事をやらせた。

 全ては、

「一人で一千万の新規ですか? 一週間でそれは、さすがに無理なんじゃ……たぶん、ユニオンで出来る騎士の方が少ないですよ、それ」

「まあ、ほぼ無理やろ。其処まで世の中甘ない。それでええねん」

「い、いいんですか?」

「ええよ。僕にとったら……最高や。ストレスも解消できるやろ?」

(あ、殴るんだ。まあ殴るかぁ)

 クルス・リンザールをぶっ壊し、再構築するため。クロイツェルにとって都合のいい形に。今回も同じ、壊して、壊して、壊して、作り替える。

 あの夏と同じことをする。

 だから、クロイツェルにとって最も都合がいいのは自分に反抗し、挑戦し、失敗する道。愚者の道を取ってこそ、作り替え甲斐がある。

 ただし、

「も、もし成功したら……」

 もし成功したら――

「万が一にもありえんわボケ」

 クロイツェルは立ち上がり背を向ける。

「まあ、内容次第や、評価は」

 そう言い残し、その場を去って行った。

 残された騎士は、

「お、おお、少しはあると思ってるじゃん、あの感じ。評価高ぁ」

 珍しい上司の声色に驚いていた。

 なお、貌を覗く勇気はない。まだ若く、命は惜しいのだ。


     ○


 仕事開始から一週間後、

「やべえよ、普通一週間ぶち抜けで出張するか? 新卒一週間だぞ」

「俺ならこのままバックレるよ」

 クルス・リンザールは通話機で連絡を入れ、出張日数を一日、一日と伸ばし、最終的に期限の今日この日を迎えていた。

 何処の世界の新卒に入りたてほやほやで一週間出張に飛ばす会社があると言うのか。まあ勝手に飛んで行ったのだが――

「クロイツェル」

「なんやマンハイム? あと、副隊長かマスター、もしくはさん付けぇ。いつまで先輩ヅラやねんジブン」

「厳しくし過ぎるな」

「そら無理やろ。こんだけぶち上げて、一週間やぞ? 他のカスガキどももミミカスほどの仕事は覚えたやろうに、あのカスはまだ何も知らんのや」

「……何も言うなとは言わないが、限度は――」

 その日の昼前、


「戻りました」


 第七の隊舎にクルス・リンザールが戻ってきた。初日ぶり、六日ぶりの帰還である。眼は鋭く、奥の男を睨むように――謝罪はない。

「で?」

 つかつかとクロイツェルの机の前まで行き、

「こちらに」

 小切手を提出する。

「250万、全然足らんけど舐めとんの?」

「残りはこちらで」

「手形払い。期日は……120日、短い間によぉ勉強しとるやん」

 さらに手形を提出する。

「合わせて一千万、です」

 ユニオンのルールに則った支払期日での。

「とりあえず……報告聞こか?」

「イエス・マスター」

 誰もが唖然としている中、クルスとクロイツェルは睨み合う。方や真顔で、片や獰猛な笑みを浮かべて――殺し合いでもする気か、と思うような空気。

 労う気も、褒められたいと言う雰囲気もない。

 そんな彼らを皆、固唾を飲んで見つめていた。

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