第297話:あえて

「ハァ? 一千万稼ぐ? あいつ、変わった事させられてんな」

「貴方ほどではありませんわよ」

「はぁ?」

 クルスの同期達が夜、終業後に集まり食事会を行っていた。なお、不参加はクルス、それを知ってか知らずかイールファス、ソロンも参加を辞退した。一応、イールファスは慣れぬ事務仕事に疲弊した点と、ソロンは隊の面々との飲み会を優先した形であるが――真相は闇の中である。

「どう考えても君の方が変だろう? 食堂で働かされるなんて」

「ったく、テラちゃんは視点があれだな。凡夫ってるな」

 フレイヤに、テラに変だと言われてなお、むしろそっちがおかしいとばかりにノアは鼻で笑う。笑いたいのは彼女たちの方であるのだが。

「いいか、これはハンデだ。マスター・グラーヴェは俺が凡々なる君たちと一緒にスタートする、そのあまりの不公平さに嘆き、そうしたに違いない」

「さ、さすがノア様! ポジティブが迸ってます!」

「悪いな。オーラ、抑えきれなくて」

「はぅあ⁉」

 勝手にやってろ、と同期達はため息をついたり苦笑したり、当たり前だがまともに取り合う者はいない。

 がっはっは、と笑うノアはあまり好きじゃない料理(主に野菜など)をひょいひょい、と隣のヘレナの皿へ送り、それをもりもりと食べる永久機関ならぬ残念機関が完成していた。これが代表なのだから、レムリアの明日は暗い。

「ってか、ディンが仕事絡ませてやりゃそれで解決だろ」

 とか言っていると、突然真面目な顔で解法を語り出すノア。

 温度差にびっくりしてしまう。

「隊を跨ぐのってありなのか?」

「知らね。でも、それが一番手っ取り早いと思うけどな。十分の一以上貢献すりゃ、文句ないし、第六的にも第七に貸し作れていいじゃん」

「……確かに。第七、確かあの副隊長は出張中、か」

 ユニオンは各隊、独立意識が強い。とは言え、仕事が横展開しないかと言うとそんなことはない。大型案件は隊を跨ぎ連携するし、派閥次第では仕事を分け合うことも日常茶飯事。上が納得すれば全然問題ないはず。

「そゆこと。鬼の居ぬ間にってな。……ま、たぶんあいつもそれには気づいてるんだろ。一番現実的なのは仕事を分けてもらうことだって。自分の隊か、外で稼いでくるとしたら他所の隊に分けてもらうか。簡単なのはどっちか、だ」

「自分の隊もありなのかしら?」

「知らんけど稼げばいいんだろ? 俺ならさっさとそうしちまうけどな。何事も早い方がいいだろ。時間かけるより」

 さっきまで馬鹿面浮かべて大笑いしていた男が、急にツボを突いたことばかり言うようになる。まあ、今更この場の同期に驚くものなどいない。

 彼が天才であることは自他共に認める周知の事実であるから。

 その上で馬鹿な部分もある、と言うだけ。

「しかも、あいつそういうの得意だろうにな」

 ノアは呆れながら好物だらけになった皿を見て、うんうんこれこれと頷き食べ始めた。隣のヘレナは満腹なのか笑顔で昇天している。

「だから、クルス・リンザールにとってそれは最終手段。それだけですわ」

「要領悪いよなぁ。ま、お手並み拝見かな」

 出来ることを、得意なことをやる。そのやり方で今のクルス・リンザールは誕生しなかった。出来ないことを出来るようにしたから、不得手と得意にまで引き上げたから、今の彼がある。

 要領がいい生き方とは言えない。

 しかし急がば回れの体現者と言う意味ではある種、効率的なのかもしれない。得意なことは後回しにしても習得可能。

 ならば――出来ないことからやる。

 出来ない、を埋める。


     ○


 クルスは遅くまで資料を読み込み、頭を抱える。

 一体いくつの素人考えが実績に潰されただろうか。これがいいんじゃないか、これならいけるのでは、このやり方なら、こうしたら、良さそうな方法、取引先、そういうのは大体すでに仕事が成立し、とうの昔に関係性が出来上がっている。

 無論、仕事が成功しご破算になったものもあるが、それはそれで今更掘り返しても意味がない。過去の資料に残っていない思いつきもリストアップしてみたが、荒唐無稽であったり、少し無理があるかと感じたものばかり。

 おそらく試し、失敗し、資料に乗せるまでもないと残されなかったか。単純に考えるまでもなく、お話にならないと却下されたか。

 過去の実績を漁り、仕事の知識はついたが――

(……当たり前だが、楽じゃないな)

 その分現実が重くのしかかる。当然の話だが何十人、何百人と騎士を抱える大きな騎士団で、その道のプロが常日頃から予算に頭を悩ませている。十も二十も案件をこなし、要領を掴み、コネクションも手にした彼らが考え抜いた後が今。

 素人の思い付きが通用するほど甘くない。

 ましてや一千万リア、決して安くない金額である。まあ、資料を読み込む内に一千万がはした金に想えるようになったのは数少ない収穫であったか。

 と言うか――

(……先輩は凄いな。少し、驚いた)

 第五のエイル、誰もが力足らずと認識して、実際に力自体はおそらく下から数えた方が早いまま。それでも仕事人として、彼女は金を稼ぐ才能があった。

 人を使う才能があった。

 それを二年目の段階で、アセナを上手く運用しながら実績を積み続けることで、剣の力ではなく仕事の力で騎士たちを認めさせた。

 それだけの仕事ぶりだと、クルスも感心してしまう。

 仕事内容自体はそれほど変わったものではない。小さな案件からコツコツと、的確に、正確に、ソツなくこなす。信頼を勝ち取り、より大きな案件を任される。その王道を凄まじい速度で行う。

 抜け目がない。バイタリティも凄まじい。

 そして――積み上げた信頼、実績、その使い方が抜群に上手かった。

 彼女の軌跡を辿るだけで、仕事とはこうやるのだと言われている気分になる。

「……ただ、今の俺が模倣出来るものじゃない」

 最高のお手本が言う。

 一人では無理だ、と。


     ○


 調べ物を終え、収穫なく一日を消費してしまったクルスは外の屋台でサンドイッチを購入し、それを秩序の塔近くのベンチに座り食べていた。

 八方塞がり、何かないか、と考えるほどに行き詰まる。

 いや、一つだけ考えはあるのだ。かなり早い段階で思いついていた方法が。

 だが――

「おや、入隊初日からの残業とは感心しないね」

 考え込んでいるクルスへ声がかけられた。

「……先輩」

 視線を上げるまでもない。声だけでわかる。

「やあ、クルス。今日は月が綺麗な日だね」

「ああ、気づきませんでした」

「隣いいかい?」

「どうぞ」

 懐かしい組み合わせ。夜と言うのがまた嫌でも思い出してしまう。完璧超人だと思っていた先輩の弱った姿。あれを見て、そして自分もそれなりに強くなったから、少しは差も埋まったと思っていた。

 恩返しができるかもしれないと、そう思っていた。

「一千万リアだって?」

「耳が早いですね」

「ディン・クレンツェの一億とクルス・リンザールの一千万は、ふふ、本日のホットニュースだったからね」

「第六が凄いのか、あいつが凄いのか……」

「第六の懐が深いのは事実だろう。でも、凄いって話なら既存の一億と新規の一千万なら、組織は新規の一千万を評価するよ。だって、別にクレンツェ君がやらずとも、あの一億は誰かが稼ぐものだから……ま、マスター・ヴァルザーゲンは自己プロデュースが必要だった団出身だから巧いよね、見せ方が」

「そんなもんですか」

「そんなもんさ」

 三年目、二年間の差は新人のクルスにはとても大きく見える。あの頃、自信を失いかけていた、虚勢で立っていた彼女はもういないのだろう。

 隣にいる彼女からは余裕と自信が感じられた。

「ちなみに本日のご用件は?」

「おやおや、用件がないと話しちゃいけないかい? 寂しいことを言うね」

「偶然、このベンチで鉢合わせますか? こんな時間に?」

「人それを運命と言うのさ」

「はは、相変わらずですね。で、本当のところは?」

「いけずぅ」

 エイルは後輩に弄られて嬉しそうに微笑んだ後、

「じゃ、単刀直入に……私と組まないか?」

 真面目な顔でクルスに問いを投げかけた。

「……また、助けてくれるんですね、先輩は」

「そうじゃない。私にも当然得はある。むしろ私を助けてほしいのさ、『四強』クルス・リンザールの力でね」

「……」

「おや、疑っているねぇ」

「……先輩がやろうとしていること、いや、すでにやっていることはわかります」

「へえ、やっぱり君は優秀で、何より勤勉だ」

 クルスとて理解している。学生の時だってそう。あの時、無償で手を差し伸べてくれたのはフレイヤであって、エイルに関してはアマルティア係などを作り、利用価値を生み出して初めてコミュニティへの参加を認めた。

 一方だけではなく相互の支え合い、それは彼女にとって重要なテーマなのかもしれない。其処はクルスも理解している。

 彼女が自分を必要としてくれていることに疑いもない。

 事実、今の彼女の立場なら強い騎士との繋がりはいくらあっても困らない。むしろ率先して繋がり、輪を広げていく。

 彼女がやろうとしていることはそういうこと。

 それは今の仕事ぶりからも見て取れる。

「私は弱い。君もご存じの通りさ。だから、共に歩んでくれないか? 絶対に損はさせない。一千万分の仕事も私が用意しよう」

 エイルはクルスへ手を差し出す。

 握ってほしい、その強い想いが見て取れた。わかっている。其処には善意と利用価値があり、どちらも強固であるからこそ、真っ先に此処へ来たのだ。

 今年の新卒の中で誰よりも早くこうして声をかけた。

 自分への評価、自分への善意、好意、ありがたい話である。

 この手を握るのが最短、それも理解している。

 だけど――


「すいません」


 クルスはその申し出を断った。

「……当てはあるのかい?」

「薄弱なのが一つ。賭けの要素も強いです。正直、歩は悪い」

「私と一緒なら確実にクリアできるよ」

「わかっています」

「……君は不器用だねえ」

「先輩譲りですよ」

「ふふ、かもね」

 エイルは残念そうにため息をつき立ち上がる。

「君の賭けが通ることを祈るよ。ただ、私はいつでも門戸を空けてある。気が向いたら一緒に仕事をしよう」

「ええ。喜んで」

「ではね。あまり根を詰めすぎちゃいけないよ」

「はい」

 エイルを見送った後、クルスは俯いて目を閉じる。誰かの助けを借りる、その選択肢は考え付いていた。同じ第七の先輩に相談する、それだって別に悪くない。何故ならクロイツェルは稼いで来いとしか言わなかったから。

 稼ぐ手段はなんでもいい、問わないと。

 ディンの話を聞き、天啓だとも思った。今回借りを作っても、仕事をしていく中で返す方法はいくらでもある。

 だけど、結局自分は独力でどうにかしようと今日一日藻掻いた。

 今もその道を、薄く、脆く、本当に通れるかわからない道を考えている。煮詰めようとしている。要領が悪い、間抜けな立ち回りだと自分でも思う。

 最悪、最短で失職する可能性すらあるのだ。

 それでも――

「……」

 差し伸べられた手、綺麗な月、星空、全てシャットアウトし、クルス・リンザールは瞼の下にある闇を見つめる。

 ただ一人、険しい道を見据えて――


     ○


「あ、エイルちゃん。どうしたの?」

 第五の隊舎、苦手な資料製作にあくせくしていたところ、エイルが戻ってきてアセナの表情がパーッと明るくなる。

「たった今振られちゃってね。傷心中なのさ」

「……お、男の子?」

「もちろん」

「ひょ、ひょええええ」

 男の子と手を繋いだことすらない、と言うか同世代の男が周りに存在せず、半ば彼女の中では都市伝説と化した男女の付き合い。

 自分の知らぬ間にそんなことが、とアセナは驚愕していた。

「まあ、少し予想はしていたけどね」

「そうなの?」

「ああ。あの子は昔から……難しい道ばかり選ぶ子だったからさ」

「……?」

 エイルの言っている意味がわからず首をかしげるアセナ。エイルは苦笑しながら窓の外へ視線を向ける。

 きっと今も彼はベンチで考えこんでいるのだろう。

 今日一日、全力で蓄え込んだ知識と、今日までに全力で駆け抜けてきた積み重ね、その全てを照らし合わせながら、たった一人で。

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