第296話:悪魔的無理難題

 一週間で一千万リアを稼ぐ。

 貧農の次男坊からすれば寝言以外の何物でもない話であるが、此処は天下のユニオン騎士団である。それが夢物語かどうかは調べてみねばわからない。

 ゆえにクルスはまず、騎士の仕事がどういう期間で、どういう単価で行われているのか、過去の実績を調べることにした。

 時間はないが何の取っ掛かりもないより歴史から学んでみる。

 実際に――

(……騎士の値段ってやつは表に出ない。そもそも国立の騎士団だと公僕ゆえ、値段自体がつかないから学校で学ぶこともない。だから必然、団入りするまでそれを拝む機会はほぼないが……なるほど、決して荒唐無稽な数字ではないのか)

 歴史を、過去の実績を追ってわかったのは、騎士一人拘束して一週間一千万リア、これが法外な値段設定ではないということ。想像していたよりも人工が高い。割に合わないだろう、と思うが任務の内容を見れば、

(国家がユニオンを求める際、大抵は突発型のダンジョンなど、自前の騎士団では手に負えない場合。もしくはアドバイザー的な立ち位置、か。どちらにせよ単なる戦力以上のものを求めているケースが多い。それゆえの単価、だな)

 私設騎士団ではよく、騎士は年間二億稼いで一人前と言われている。

 ちなみにリヴィエールのフィン、リリアン、ワーテゥルのヴァル、アンディ辺りは入団初日に、まずこの旨を伝えられたそうな。

 ただし、

(文字通り桁が違う)

 それは普通の私設騎士団である場合で、私設の中でトップクラスである両騎士団はこれが最低ライン、目標はもっと高く設定しろと命じられるし、ユニオンの資料を見ても世間一般の数字に留まっている者はほとんどいない。

 いても数年後、名簿から名前が消えている。

(こう見るとユニオン騎士団ってのは国立ってよりも私設騎士団なんだな。当たり前の話だが……改めてそう思う)

 国家からの依頼を受けている性質上、外から見ると国立騎士団のように見えがちだが、どこかの国に支えられているわけではない。

 あくまで武力を売り、その対価を得ているだけ。

(稼いでナンボ、か)

 最強であること、優秀であること、それがユニオンと言うブランドに繋がっている。しかし、平等に、公平に接する以上、どの勢力とも一定以上緊密になることはなく、それゆえに不安定にならざるを得ないことがわかる。

 それゆえに思ったよりも稼ぐ者の評価は高くなる。

 構造上の必然であった。

(メインの仕事はやはり国家からの依頼か)

 第七の資料だけでは足りぬと、クルスは秩序の塔にある資料室の閲覧許可を得て、そこで各隊の仕事ぶりを見つめる。

 第一、第二など、古くから深く国家に結び付き、其処から大きな依頼が舞い降りてくる、まさに既得権益と呼べる鉄板の安定収入である。

 特に毎年、夏季のフロンティア・ラインに関しては各国からの寄付金、支援金という名目で莫大な金額がユニオンへ流れ込んでいる。

 動く人数も多いので当然であるが、それにしても桁外れと言える。

 しかし、第十二騎士隊を中心とした派閥も負けていない。国家からも相当数の仕事を貰っているが、第一などの強みである国家との繋がりよりも企業や宗教団体など、今までのユニオンとは一線を画した勢力との繋がりで仕事を手にしている。

 第十二騎士隊が先駆け、これに関しては第七も含めた他隊も追従している形。国の数は滅多に増減しないが、企業などは経済が上向く限りどんどん増えていく。

 その陰で競争に敗れたマリウスの故郷のような存在もあるが、マクロ的に重要な話ではない。大事なのは国家に支えられていたユニオンにとって其処が未開の領域であり、それゆえに掘り甲斐のある場所であるということ。

 其処を見出し、先んじて掘り始めたレオポルド・ゴエティアの先見の明を褒めるべきか。実際に彼の団入りと同時に、騎士団自体の業績はぐんと上向いている。

 不自然なほどに。

(……元々、そういう意図だった。そっちの方が自然か)

 クルスの推測はおおむね当たりである。彼が知る由もないが、レオポルドをユニオンと繋げたのは商の巨人、アルテアンを率いる怪物であった。

 彼女はその時点で、国家を超越した存在であったし、その力を如何なく発揮し、そのフォロワーを世界中に増やしていた。

 今もなお――

 つまり企業と言う新領域を発見したと言うよりも、経済活動が活発化し、企業がどんどん力を付けていく中、とうとう国家という巨人相手にしかやり取りしてこなかったユニオンが無視できない存在になった、と言うべきなのかもしれない。

 企業が国と張り合う時代、それにユニオンも一部迎合した。

 難しい局面である。

 まあ、

「……」

 クルス自身大局のことを考えている余裕は1ミリもないのだが。

「……で、どうすんだよ、これ」

 様々な仕事の形を学べたことはよかったが、過去の仕事を漁れば漁るほどに元々考えていた案がどんどん潰えていくのは絶望を通り越して笑えて来る。

 素人が考え付くことなどプロが思いついていないわけがない。

 それを知ったのが、ある意味一番の収穫かもしれない。


     ○


 クルスが迷走している頃、第七の隊舎ではご丁寧に一週間出張で出かけている鬼の副隊長、クロイツェル不在により少し雰囲気の弛緩した空間となっていた。

「いやぁ、相変わらずエグイ仕掛けですよねえ」

 苦笑しながら上長であるアントンに声をかける若い騎士。クルスとも一緒に仕事をしたことがある片割れである。なお、もう一人はクロイツェルの指名を受け、絶望の表情を浮かべながら二人きりの仕事へ行ったばかり。

 友のあの貌を見たら、そりゃあ気分も上向くと言うもの。

 あー、自分じゃなくてよかった、と。

「そうだな。人が悪いやり方かもな。自分はそう思わんけど」

「あー、いい子ちゃんぶって。今は副隊長いないんだし腹割って話しましょうよぉ。やっぱ性格が悪いんだろうなぁ、あんな悪魔的な発想は」

「ですって、マスター・ヘクセレイ」

「……え?」

 アントンは第七の隊長であるエクラ・ヘクセレイにパスを出した。それを受けたエクラは困り顔。気分が上向き無用なことを口走った若い騎士は顔面蒼白。

「た、隊長が考えたんですか?」

「うん、まあ。出来心でね」

「……」

「ごめんね。悪魔的発想で」

「……ま、まっさかー! 冗談ですやん! 自分、種明かしされた時感銘を受けましたもん。嗚呼、さすがだなあ、って」

 必死に誤魔化そうとする若い騎士だが、

「手遅れだぞ」

 アントンはぼそりとつぶやき、とどめとなる。

「まあでも、実際面白い話ですよね。優秀な奴ほど、ドツボにハマるんですから」

「うん。一応それが狙いだから。でも、クロイツェル君の時に懲りたから、私はもうやってないんだけどねえ。クロイツェル君がやりたがるから」

「はは。副隊長閣下は負荷をかけるのが好きですからね。ま、負荷が人を成長させるのは真理ですけど……さて、期待の新人はどうなることやら。どう思います?」

「さあ。私は彼を知らないから。アントン君はどう思うの?」

「んー……結構頑固なんですよね、あの子」

「つまり?」

「クロイツェルと少し似ている、とだけ」

「……来週、休暇取っちゃおうかなぁ」

「駄目です。隊長格がどちらもいないと決済出来ないので」

「……やられたなぁ」

「こうご期待、ですね」

 エクラは苦笑しながら自分で淹れた紅茶をすする。ちょっと熱過ぎたのかふーふーして、しばらく待つ様は騎士と言うよりもただのお爺ちゃんである。

 一応、カノッサらより一回りほど若いのだが――

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