第295話:それぞれの入隊②

 第八騎士隊隊長、『凡庸なる』オーディ・セイビング。やせ型の眼鏡、パッと見て圧がなく、ユニオンの隊長には見えない。

 そんな男の前にテラ・アウストラリスは立っていた。

「しばらくは君の適性を測るため、何人かの先輩についてもらう。担当エリアについては其処で君の働きを見て、と言うことになるかな。何か質問は?」

「ありません」

 本当はある。

 何故なら目の前の彼は、第十二派閥であるから。かつて其処とべったりであったメガラニカを遠ざけようと画策していたピコはそれを目前に散った。詳しい話は聞けていないが、その後よりを戻した結果復権した連中を知るテラからすれば、やはり第十二騎士派閥にいい印象は抱けない。

 無論、彼が隊長であり、自分が隊員である内は無駄に反発する気はない。力を持たぬ内に何をのたまっても、意味がないことぐらいはわかっているから。

 今は粛々と内側で力を付けるのみ。

 そんなテラの胸中を知ってか知らずか、

「本当に?」

 書類に目を通しながら再確認するオーディ。

「え、ええ。疑問がありそうに見えましたか?」

「うん。入隊前からね」

「……そんなことは、ないと」

「と言うか、ないわけがないだろう? 私は第十二派閥を標榜していて、君はピコ・アウストラリスを目指すと標榜している」

 書類から目を離すことなく、オーディはつらつらと語る。ちなみにテラはただの一度も、ユニオン騎士団絡みでピコへの憧れを口にしたことはない。

 それが枷になる可能性を当然留意していたから。

「今のメガラニカと懇意にしている我々には、あちらでの振舞いは全て筒抜けだと考えたまえ。特に、今のメガラニカをよく思っていない君たちのことはね」

「……では、質問があります」

「どうぞ」

「何故、第十二派閥なのですか?」

 その質問が来てようやく、会話する意味があるとばかりに書類から目を離し、オーディは眼鏡の奥の鋭い眼をテラへ向ける。

「逆に聞く。君は如何なる理由を持ち、第十二派閥に否を突き付けるのかを」

「それは……教団内の俗物を増長させる動きを取るからです。彼らと強調し、教団に悪影響を与えている。それは――」

「それは悪だ、と。ふむ、確かに一理ある。ただ、私が記憶するところによると教団は近年増収傾向にあり、景気は上向いている。君の憧れが暗躍していた時期よりも、ね。それも教団にとって悪かな?」

「稼ぎ方によります。横領や献金も横行しては意味がない」

「同じお金だよ。何処の世界にも中抜きはある。景気がよければ愛嬌、景気が悪ければ大罪、世の中そんなものだ。そも、宗教とは商活動だと私は考えている。死への恐怖、拭い難き宿業を和らげる信仰、それを売ることで生計を立てている。宗教の多くが死生観に根差しているのは、つまるところそれが需要であるからだ」

「……」

「ゆえに私は無宗教であるがね。まあ、この会話の本質は君が所詮はピコ君のフォロワーでしかない、ということに尽きる」

「……っ」

「彼は優秀な騎士だった。そして今の問答、もっと実のある会話が出来ていたはずだ。君がそれを知らぬだけで……本当に今のメガラニカが間違っているのか、汚職に精を出している彼らの罪に眼を向けても、功には眼を向けていない。それでは公平でも、合理的でもない。まさにお話にならない、だ」

 オーディは眼鏡を指で位置調整し、

「君はまず、ピコ・アウストラリスを目指す、その考えを捨てなさい。遠回りだ。何故なら君は、君が思うほどにピコ君を知りもしない。そんな人間が何を目指す?」

 少しだけ強い口調で語る。

「剣技はいい。彼も君に授けたつもりだろう。しかし騎士としての在り方は自分で見つけなさい。そのために第八を、私を利用する。それぐらいの度量は欲しい。私とて第十二派閥であるが、それを全肯定する気は毛頭ない。そんなのはバレット、シラー君ぐらいだ。組んで利がある。だから組む。それが合理と言うもの」

「利がなくなれば?」

「当然離れる」

 愚問だ、とばかりにオーディは微笑む。

「ちなみに君はピコ君の趣味を知っているかな?」

「え、そ、そうですね……確か、ワイン収集にハマっているとは、聞いた気が」

「正解だ。そして何を隠そう、私もワインには目がなくてね。一応、彼とは趣味と実益を兼ねた友人であった。互いに主義主張は重なる部分もあれば、重ならぬ部分もある。しかし、趣味は重なった」

 テラは驚愕に眼を剥く。

「おめでとう。君は少し私を知った。会話とはかくあるべし。このように質問は積極的に口に出すこと。一つの質問が転がり、こうして様々なことを知るきっかけとなる。今の君が腹芸をしようなんて十年早い。覚えておくように」

「……イエス・マスター」

 大人と子ども、テラは恥ずかしい気持ちを抱いていた。何が『凡庸なる』、か。凡庸な人間がユニオンの隊長になどなれるわけがない。

 もし、そう見えるのなら――

「君には期待しているよ。ただ、もう少し野心家であってほしい。私やピコ君をゆうに超える。それぐらいはね。若いのだから」

 逆に化け物なのではないか、とテラは今更気づく。


     ○


 第三騎士隊の隊舎は、

「豪勢でしょう?」

「え、ええ」

 無駄に豪勢、豪奢、煌びやかであった。それは現在の隊長、『黒百合』ヴィクトリア・ブロセリアンドの趣味である。

 なお、現在は帰省と言うか公務と言うか、ユニオンからは離れていた。

 なので、

「新卒の子に説明するのも隊長の仕事なのですが、副隊長の私でお許しください。フレイヤ・ヴァナディース」

「いえ、光栄ですわ」

「いい子ですね。はい、飴ちゃんをあげましょう」

「ど、どうも」

 副隊長のサラナが代行を務めていた。先ほどもう一人の副隊長である美しい騎士、レリーとも挨拶したが、その際に一応の序列を教えてもらった。

 副隊長としてはサラナの方が年齢も歴も上、ゆえに序列も上とのこと。と言うか実は、レリーは副隊長であって副隊長ではない。後ろに(補佐)が隠れているらしい。ヴィクトリアがゴリ押ししようとしたが、さすがに実績足らずで最年少はお預けを喰らったのだとか。レリー本人はまだ恐れ多いと言っていたが。

「ただ、基本的に実務の取りまとめは私が行っておりますので、今後とも仕事の話は隊長ではなく私に通してください。あの人に細かい話を振っても無駄です。全部力で何とかしようとしますので……」

「よ、よくご存じで」

「幼い頃からお仕えしておりましたので。学校でも同期でしたし……そろそろ離れたいのですが、なかなか縁というものは切れず、です」

 王族付き、しかも継承権二位の御付きともなればサラナも名門の出なのだろう。あと年齢もそこそこいっているはずだが、其処は上司同様年齢不詳の見た目であった。レリーとは結構離れているらしい。

「対抗戦にも出られたのですよね」

「ええ。三番手で出場しました。まあ、影は薄かったですが」

「そんなことは」

 クロイツェル、テュールしかり、クルス、イールファスしかり、伝説とは語り継がれるもの。ブロセリアンドにもそういう黄金時代があった。

 ある意味、サラナと自分は似ているのかもしれない。

 絶対的三番手、と言う意味で。

「まあ、そんなことはどうでもいいのです。今後のことを話しておきます。まず、直近はレリー直属としてがっつり現場に出てもらいます」

「副隊長直属の、ですか?」

「ええ。レリーも貴女も、場数が足りない。あのクソ蛇小僧みたいなやり口でなければ、なかなか新人は経験を積めぬところですが、其処は不公平に、期待の新人擁する将来の隊長候補に私が仕事を振りますので」

「サラナさんが次期隊長なのではありませんの?」

「同い年です。彼女が去るタイミングで私も去ることになるでしょう。よほどのイレギュラーがなければ、ですが。とりあえず隊長、レリー、そして貴女、何事もなければこのバトンで考えています。隊長にはやはり、華がなければ」

「……恐れ多いですわ」

「ご安心を。自信が漲るほどの仕事を押し付けますので」

 それについては願ったりかなったりである。

「忙しくなりますよ」

「覚悟の上ですわ」

「結構」

 先々を見据えた適材適所の不公平。サラナの役割はおいおい、向いた者に引き継げばいい。元々第三が考えていたやり方であったが、先に第五がそれで結果を出し、こちらが後追いとなったのは大変遺憾である。

 まあ、過ぎたこと。今はやるべきことを粛々と行うのみ。


     ○


 第四、イールファスは大量の書類とにらめっこしていた。

 その理由は、

『うちは金庫番だからね。昔からユニオンは騎士が経理、事務とかもやるってことに……ああ、もちろん最近は僕が専門職の方々を入れて軽減しているから安心してほしい。じきに現場にも出てもらうから。今は下積みと思って、ね』

 ここ第四騎士隊が少し特殊な役割を帯びていたから。

 ユニオン騎士団への興味がなく、ただ猛烈なプッシュと甘い誘い文句があったから第四を選んだイールファスであったが――

「品目を間違えないように。月末月初、地獄を見ますよ」

「……」

 その眼はすでに後悔の色しかなかった。


     ○


 ソロンはすでに、

「あはは、自分も料理が趣味でして」

「へえ、見かけによらないなぁ」

 同僚となる騎士たちとの交流を深めていた。第一騎士隊、伝統と格式のグランドマスターが統括するユニオンの看板である。

 其処を選んだのは一族と学校のため。何処を選んでも良い、そう言いつつも彼らの眼は第一騎士隊を望んでいた。

 だから、ソロンは選んだ。

 あの頃のソロンには情熱(バイアス)がなかったから――

(……特別扱いをする気がない。それは当然だ。でも、たぶんそれ以上のものを感じる。あの眼は厄介だな。気質を読まれたか)

 其処に競争がある限り、ソロンは喜んで参加する。しかも、競う相手が『彼』なのだから、やる気も満ち満ちてくる。

 しかし、難易度は想像よりも高い。

 少なくともウーゼルは自分を重く用いる気はないのだろう。冷遇はしない。されど厚遇もない。輝こうが何をしようが、今はただの新卒。

 それに他の騎士たちも黄金世代と言うことで堅い視線を向けている。嫉妬も混ざっている視線もある。目立つというのも考え物。

 なので、とりあえずは地盤固めである。

(これぐらいの難易度の方が……燃えるがね)

 ソロンはハードモードに対し、強気の笑みを浮かべていた。多少の枷があっても追いかけ、追い越し、自分を追わせて見せる。

 それが今の彼のライフワークであるから――


     ○


 そして無事、下っ端として入団、入隊を果たしたクルスは――

「何でもええわ。とりあえず、一本。稼いで来ィや」

「……え? 一本、ですか?」

「一千万リア、黄金世代の首席様なら楽勝やろ? しかもユニオンの看板もあるんや。僕ならゼロスタートでも二日も要らんけど……まあ新卒君やし一週間あげるわ。ちょい楽勝過ぎて申し訳ないわぁ。ごめんなァ」

「……もし、達成できなかったら」

「ありえん話はしたないけど……まあクビやろ。ゴミカス無能なんて僕のチームに要らんもん。ま、もっかい就活出来て、お得っちゅーことで」

(……こいつ、いつか絶対に殺す)

 早速無理難題を吹っ掛けられる。仕事をして一千万を稼ぐのではない。一千万の仕事を探して来い、という無理難題。

 少なくともクルスはそう捉えた。

「はい! やります! ワン! ええ返事が聞こえんぞミジンコォ!」

「……イエス・マスター」

「よろし。大事やで、返事。社会人の基本やん?」

(殺す殺す殺す殺す殺す)

 周囲から蛇蝎の如く嫌われるレフ・クロイツェル率いる第七騎士隊での、クルス・リンザールの騎士生活が幕を開ける。

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