第294話:それぞれの入隊①
ユニオン騎士団第六騎士隊、隊舎。
ディン・クレンツェが敷居をまたぐ。全ての学生の夢であるユニオン騎士団、とうとう自分はその一員となった。思えば随分と奇縁であろう。本来、ログレスを卒業していた自分はデリング同様、ログレスの王立騎士団以外の選択肢はなかったはず。それが砕け、逃げ、その先にこんな道があったのだから不思議なもの。
今年は異例の九人合格。
普通に入団したメンバーの中ならそれなりに出来る方な感覚はあるが、結局上に『四強』がいる。それに並ばねば、超えねば意味がない。
そのために選んだのだ。
逃げずに戦い、挑戦し続ける道を。
そのための第一歩、
「ディン・クレンツェ、入ります!」
隊舎内の事務所にディンが足を踏み入れた。
其処では――
「さあ、張った張った!」
「俺は9番!」
「私は1番で」
「……何となく6」
隊長であるフォルテを中心に輪となり、謎の儀式を行っていた。ディンの姿に気づくと他の隊員が無言で輪の中に入るよう促す。
「グッドタイミング。よく来たクレンツェ」
「あの、これはいったい?」
「早速だ。1から15、好きな数字を選べ」
単刀直入、問答無用とばかりにフォルテが命ずる。
「新隊員へのご祝儀、今なら先輩方の選んだ数字でもいいぜ」
「そんなぁ」
「まあ気楽に。この時点じゃ誰も、何もわかりませんから」
何のことかはわからない。そして、多分これ以上聞くのも野暮。
何でも踏み込め。
「では、5番で」
逃げるな、と。
「くく、五人目、ね。謙虚と見せかけて不敵。嫌いじゃねえぜ、そういうの。だから、オレは貴様を取った。そして喜べ」
5番と振られた書類を取り出し、
「本日のラッキーナンバー、美味しい仕事だ。一発ツモ、いい引きで結構。騎士ってのはやっぱよ、図太いもん持たねえとなァ」
ディンへ差し出す。
「……仕事?」
「おう。一発1億、美味しいぜ」
「……え、ええ?」
新卒、入団初日。まさかの実務が振り分けられる。
「ディン君。俺が手伝おう。なに、遠慮は要らないよ」
「私が手伝おうか? こいつより優秀ですよ」
「ナカーマ」
そして眼が金、となった先輩方にもみくちゃにされる。その様子を見てフォルテはゲラゲラと笑う。
「うちはワーテゥル仕込みの実力主義、ガンガン稼いで来い。第七の舐めた蛇小僧の息の根を止める。今年こそ、うちが最高益を出すぞオラァ!」
「オラァ!」
(何だこの掛け声は……?)
元ワーテゥル出身、中途組では異例のオファーを受け、入団時点で副隊長、三年経験を積み、当時の隊長が勇退してそのまま隊長となった外部の助っ人枠である。
ユニオン騎士団さらなる発展のため、もとい時代に適応しより多くの金を稼ぐために呼ばれ、一定の成果は出しているも第七のせいでいまいち目立たない。
アコギな仕事しやがって、とぶち切れているが、こっちもこっちで仕事は選ばない主義である。ただの同族嫌悪であった。
「い、いつもこんな感じなんですか?」
「いや、隊長の気分次第かな」
「サイコロ振って良い目を出した奴からいい仕事を選んだり」
「全員でじゃんけん大会したり」
「単純に先月の成績順で選ぶ権利をもらえたり」
「……」
唖然とするディン。
「さあ、折半で手伝おう。手取り足取り仕事を教える特典付きだ」
「こ、こっちは四割五分で良いですよ」
「や、安売り合戦は不毛だろうが!」
「三割、安いよ安いよー」
調子のいい隊、の裏を返せば毎年予算はカッツカツ、達成するために手段は選ばない隊員の眼はどす黒く澱んでいた。
「何でもいいから稼いで来いよー」
これが『武運』フォルテ・ヴァルザーゲン率いる第六騎士隊である。
○
「……な、なんですか、此処は」
第十騎士隊に入ったヘレナ・テロスが目撃したのはがっちゃがちゃに散らかった部屋であった。鉄の匂いとか、もっと良くない匂いも漂う空間。
それは、
「私の私設研究所です。現在、助手を募集しております」
第十騎士隊隊長、『中立』のリュネ・ループの工房であった。片眼鏡にくい、と触れ語る姿は完全にオタクのそれ。
「才色兼備、文武両道の女傑、リンド・バルデルスに憧れ両道を目指しております。ここは私の夢であり、これからの騎士を支える創造の中心、にしたいなぁ、と。こほん、貴女にはその助力を願いたいのです」
「……これは、私的活動なのですか?」
「騎士団に認められ、予算も出ているので団の活動と思っていただいて結構。第十二騎士隊の魔道研究所と似たような形です。物凄く規模に差はありますが……」
一応騎士団の活動。それを聞き何とかヘレナは飲み込むも、あまりにも想像と異なる仕事内容に少し忌避感が芽生えたこともまた事実。
「嫌ですか?」
「いえ、その、戸惑いはあります」
「せっかく素晴らしい魔導の成績を有しているのですから、それを生かした方がいいですよ。これは老婆心も含みますが、ユニオン騎士団を武力で駆け上がろうと思えばそれこそ今年の『四強』、最低でも彼らと並ぶ必要があります」
「……それは、その通り、です」
「自らも怪物の領域へ踏み込むか、それとも別の武器を探すか。その一助となれば、と思いお誘いしました」
リュネは飲み込めきれぬヘレナに微笑む。誰もが最初はそうなのだ。騎士として正しく活躍したい。民を守る人類の剣、理想である。
理想を限りなく体現している騎士もユニオンにはいる。
だが、リュネはある理由でその道を諦める必要があった。
彼女はそっと、片眼鏡とは別の、閉じた眼に触れる。
「中立ゆえに出来ることもあるのです。派閥にかかわらず、いいものを生み出せばそのまま団への利益に直結する。それがそのまま、貴女への評価にもなる」
「……やってみます」
「結構」
「ちなみに、その、研究テーマは何でしょうか?」
「サルでも使える新兵器、です」
「は?」
「サルでも使える新兵器、です。最近、可能性を感じているのはこの筒状のですね、この部分を引くと内蔵した玉がびゅーんと飛んでいくのです」
「……」
べらべらべらべらべらべらべらべら、としゃべり倒すリュネはどんどん勝手にヒートアップしていく。
あと、
「あの百徳スコップにはやられました。さすが我が憧れの弟子、厄介極まりないですが、こちらには実験環境が整っています。ご安心を、遅れは取りません!」
「実験、環境、ですか?」
「ええ。山ほどいるでしょう? 騎士が」
(ノア様、もしかすると私、ダメかもしれません)
主義主張も一応中立であるが、この女の『中立』とは実益を兼ねたものであったのだ、と入団初日に知るヘレナ。
終わった、と天を仰ぎながらリュネの熱いトークを聞き流していた。
ちなみに一応、この後で通常業務の案内も受けた。
こっちの十分の一の時間もかけずに――
○
「ようこそ、第五騎士隊へ」
「じゃじゃじゃじゃーん」
「……」
熱烈大歓迎、を受けるのはマリ・メル。
歓迎サイドはエイルとアセナの第五名物凸凹コンビであった。
「君は運がいい。この私の、エイル・ストゥルルソンの薫陶を受けられるのだから。君のメンター役、アスガルド出身のエイルです、よろしく」
「グリトニル出身のアセナだよ、がおー!」
「こらこら、新人を怖がらせちゃいけないよ」
「可愛いのに」
新人育成をエイルにぶん投げたユーグは離れた場所でくすくすと笑っていた。隊長のカノッサは持病の腰痛で早々に早退している。
腰には気を付けましょうね、ほんと。
「私たちについて来れば間違いなし!」
「間違いなし!」
「……ほ、本当ですか?」
胡散臭さしかない。そもそもアセナ・ドローミはともかく、エイル・ストゥルルソンという騎士は聞き馴染みがなかった。
何しろ対抗戦初戦敗退、アセナ伝説の幕開けとなった生贄である。
無名なのも当然であろう。
「おいおい、疑われているよアセナ」
「心外だね。……心外ってなんだっけ?」
「ふっふっふ、ユニオン騎士団には毎年、功労者を称える催しがあってね。評価は様々だけど……私たち新入りにも目指すべき目標があーる!」
「あーる!」
エイルは胸元の、これ見よがしに付けている勲章を見せつける。
「入団三年以内、ユニオンではそれを一律で新人と目している。新卒も中途も一緒だね。その頂点が、そう、これ」
「……え?」
「昨年度の新人賞、それが私たちだよ」
「だよー」
厳密には受賞したのはエイル一人であるが、エイルはアセナと一緒に取ったと頑なに言い続けている。第五もユーグが舵取りを始め、上向き始めた騎士隊の一つ。そして、彼女たちはその中でも勢いに乗る新進気鋭のコンビであった。
だから、託したのだ。
「私たちが仕事の、勝ち方を教えてあげよう。勝ちたいだろう、天才に」
「だろう?」
大事な新人を。今年の新卒の中では最も評価が低かった彼女であるが、ユーグとしてはそんなもの関係がない。
それ以上に評価が低かった者が今、最も勢いのある若手に育ったのだから。
「……はい。勝ちたいです!」
「よろしい。では、ついてきたまえ」
「たまえ!」
「イエス・マスター」
「嗚呼、いい気分だね。先輩ってのは」
「下っ端卒業だね、エイルちゃん」
「夢のようだ」
後輩に実績マウントを取り、悦に浸るエイルとよくわからないが相方が喜んでいるので同じように喜ぶアセナ。
これが今、若手のエースコンビである。
○
山を巡り、心身ともに成長した男は今、
「らっしゃい!」
秩序の塔、その食堂にいた。調理する側で。
「……あ、あの子が、その」
「確か、『四強』のノアって子だ。き、騎士採用だと思うんだけど」
「なぜ?」
華麗に食堂を動き回り、謎のリーダーシップを発揮するノアであったが、こうなった経緯は話すととても長くなる。
それは山籠もりを経て、新生した自分をお披露目しようと母校に戻った時、
『馬鹿たれ! お前、すぐユニオン行って謝ってこい! 単位は何とかしてやるから。だから、あのマスター・グラーヴェだけは怒らせないでくれ』
『ほえ?』
校長含めた担任達の号泣からの、
『舐めておるのか?』
『……?』
フェデル、当然のガチ切れ。しかし、ノアはよくわかっていなかった。何故なら、山籠もりの結果凄まじく伸びたのだ。
あと人助けもいっぱいやった。
偉い、凄い、やっぱ天才だ。
そう褒め称えられるかと思っていたのに――なぜか罰として隊舎ではなく秩序の塔の食堂で働かされていた。
まあやるとなったらこの男、前向きである。
「ノア麺二丁、あがるぞ!」
「はいよー」
「っしゃあ!」
今、打点の高い湯切りを披露している。全身を使った華麗なる湯切り、芸術的だとノアは自分に惚れ惚れしていた。
「特上のアホですね」
「ああ」
「あれでよかったのですか、マスター・グラーヴェ」
「オファーで選んだのはあちらだ。我々が感知するところではない」
「それは、その、そうですが」
「それに……ただの馬鹿ではなく大馬鹿なら、まだいい」
「は、はぁ」
「最強であれば、なおのこと」
馬鹿と天才は紙一重と言うが、フェデルはそう思っていない。天才とは馬鹿を突き抜けた大馬鹿なのだ。彼は自分にとって最善の、最適のことに時間を費やしてきた。身体を見ればわかる。持続的に負荷をかけ続け、同時に実戦もこなした粘り強い肉体に変貌した。もはや、対抗戦の時とは別物である。
強くなった。個人の武ならば――
「ノアさん、ノア麺三丁入ります!」
「あいよー!」
ここ秩序の塔には隊の垣根を越え様々な騎士が出入りする。その騎士たちがノアを見て、認識する。面白い奴だと思う。
忙しいタイミングでなければ話すこともあるだろう。
そうすることで繋がりと言うには薄弱であるが、か細くとも隊を越えた伝手となるのだ。何かあれば、頭の片隅にノアが出る。
そうすれば仕事も絡みやすくなるだろう。
もしかするとこの罰にはそういう意図も含まれるのかもしれない。
本人は、
(やべえ、やっぱ俺、天才かもしれん)
自分のノア麺が飛ぶように売れていることで謎の自信を付けていたが――
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