第289話:サマーバケーションっ!

 ぞろぞろと連れ立って歩く妙に背が高く、ガタイのいい集団。一般人に紛れるにはあまりにも際立つ彼らは――

「さあ、行くわよ! 卒業旅行!」

「おー!」

 卒業生御一行。

 即配属となっている一部の卒業生を除き、騎士科はほぼすべてが揃っている。ついでに何故か魔法科や貴族科の卒業生もいた。

 ちょっとした軍団である。

「……何故、こうなる」

 クルスは頭を抱え、盛り上がる皆を見つめため息をつく。お忍びで、しばらくはないであろうゆったりとした時間を、昔を語らないながら過ごす。

 ひっそりと、まったりと、それが――

「旅行は何度やってもいいものだ」

「寂しがり屋だもんな、デリングは」

「だ、黙れ、クレンツェ!」

「宿泊先は俺に……任せろ!」

「いよ、ホテルオーナーのボンボン!」

「世界一!」

「御大将!」

「飯屋だ!」

 まあ元々計画があったわけではなく、宿泊先は現地で探すつもりであったが、今度は大規模過ぎて宿泊先が確保できないだろう、とくっつき虫どもを駆除しようとしたが、そのくっつき虫の中にうってつけの筋肉ボンボンがいた。

 丁度、夏季休暇を見据えて中頃に開業予定であったホテルのプレオープンを前倒し、まさかの貸し切りと相成り、もはや覆せる空気ではなくなっていた。

「あ、あはは、どんまいだね、クルス君」

「……そ、そうだな」

(やはり信じられるのはリリアンだけか)

 空気を読み、慰めてくれるリリアンの天使ぶりにぐっとくるクルスであったが、

「でもこの子、アンディいなかったら似たようなとこ手配してたよ」

「え?」

「ら、ラビちゃん!」

「ひゅーひゅー! このモテキング! ニクいね!」

「ラビ・アマダ!」

 怒れるリリアンに追いかけ回されながらけらけらと笑うラビ。信じていた最後の牙城すら崩れ去り、人間不信と成ったクルスの耳元で、

「甘いのよ、ハーレムなんてねェ」

「ぶっちゃけ予定あったけど……悪いなリンザール。そんなご予定を耳にしちゃ、全力で打ち壊すのが俺たち不滅団の、不滅の魂だ」

 ミラとロイが悪魔のささやきをする。

 大半は善意、と言うか最後だし楽しもう、と言った風情であるが、それを取りまとた連中の悪意を知り、クルスは顔を歪める。

 ハーレムとかそんなつもりはなかったが、それにしてもどうしようもない連中である。少しは空気を読んでくれ、と思うが。

「温泉ある?」

「大浴場、露天も完備だ。最新のホテ、飯屋だしな」

「アンディ、お前、自分でもホテルと思ってるじゃん」

「うぐ」

「……温泉」

 ぽわぁ、と笑みを浮かべるイールファス。

 それを横目に、

「ぶーぶー、最後くらい空気読んで欲しかったですぅ」

「まあまあ、これはこれで楽しいですわよ」

「フレイヤちゃんは職場一緒だからぁ」

「た、隊は違いますもの」

 ぶーたれるアマルティア、それをなだめるフレイヤ。クルス・リンザールのただれた関係性を許さない連合の手により一気に変貌した卒業旅行の様相。

「……はぁ」

 ため息を重ねるクルスに、

「こういうのも賑やかでいい」

 イールファナがぽんぽんと肩を叩く。肩を叩くために全力で背伸びをしているので、申し訳なく思ったクルスは少しかがんでやった。

 その結果、存分に叩いている。

 多分叩きたかっただけ。

「……俺はゆっくりしたかったがな……最後の休暇のつもりだったから」

「そんなに忙しそうなの?」

「……たぶん。あの男の下で休みを取る姿が想像できん」

「……ブラック騎士隊」

「真っ黒だよ、色んな意味でな」

「どんまい」

 存分に肩を叩くイールファナに身を任せ、クルスは何度目かわからぬため息をつく。頼むからゆっくりさせてくれ、と祈りながら。

 まあ、当然そんなことにはならないのだが――


     ○


 夏季休暇、サマーバケーション、素晴らしい響きである。

 ゆったりと温泉に浸かり一年間の疲れを癒す。普段はシャワーなどで済ましているから、大きな湯船に身を浸すのは至極のひと時。

「さて、楽しませてもらおうか」

 ざばん、と湯船から立ち上がるは、

「ラー名物の岩盤浴とやらを」

 艶めかしい肢体を堂々と披露する――テュール・グレイプニルであった。

「あー、生き返る。ふふ、歳のせいか最近、どうにも疲れが抜けないところが、スーっと消えていくようだ。今度、岩盤浴の予算でもこっそり計上しようかな」

 若くしてアスガルド王立騎士団の団長を務め、勇退した後は特別待遇で学園の教師として採用、ほんのり経験を積んだ後、最初に結んでいた通り騎士科の教頭に就任した。普通の者が一生かけて辿り着くところに三十代にして至った男である。

 今は岩盤の虜であったが。

「あとで砂風呂も試してみようか」

 彼は今、普通の教師がクソ忙しい入試対応から逃げるように、休暇を取ってここラーに訪れていた。

 開放的で、外国からの観光客も多い。

 史跡や名所も多く、オリエンタルな雰囲気はミズガルズ中で大人気。テュールもここで疲れを癒すまでは、一度見ておきたかった観光地をさっと回ってきていた。

「……はぁ」

 その疲れもまとめて岩盤で吹き飛ばす。

 至福のひと時である。


     ○


 風呂上がりに牛乳、と見せかけたヤギの乳。こちらではヤギの乳が重宝されており、乳製品と言えば大抵がヤギの乳で賄われている。

「うん。クセがまたいいね」

 いそいそと湯上りに服を着る、前に――

「お客さん、凝ってますねえ」

「あ、わかります? 最近、肩回りがどうにも」

「ほぐしますねぇ」

「あー」

 ラー式マッサージを経てさらに体調を回復させ、一年の蓄積と旅の疲れ、ついでに観光のそれもまとめて全部吹き飛ばす。

 いつもの服に身を包んだ頃には、

「んー、絶好調だね」

 ほくほく顔でラーの王都を歩むテュールがいた。

(皆が頑張っている中、一人でのんびりと休暇を取る、これが至極。今頃、エメリヒは目を回しているんだろうなぁ……実によきかな)

 ただでさえ装いの違うアスガルド式の騎士服に身を包んだテュールは目立つ。観光客も多いとはいえ、この時期はあまり他国の騎士学校、騎士団、何処もてんてこ舞いであり、あまりそういう装いの者が観光地にいることはない。

 何より本人が微塵も隠れ潜む気配すらないのだ。

 堂々と市中を歩き、

「あ、これください」

 食べ歩きをしながら目的地へと向かう。

(む、香辛料が独特な……むぅ、これはちょっと苦手かもしれない。が、食事を残すのは品がないからね。無論、完食だ)

 少し苦手な味であったがこれも経験。しっかり完食し、

「さて、名残惜しいが……お仕事をしよう」

 彼はひとり訪れる。

「何用か?」

 ラーの王立騎士団、その本拠地。

 つまり、ラーの王宮である。

「私はアスガルド王立学園、騎士科教頭のテュール・グレイプニルと申します」

「ま、マスター・グレイプニル。失礼しました」

「いえ。休暇を取り、旧友に会いに来たのですが取次願えますか?」

「承知いたしました。名をお聞きしても?」

「マスター・グプタを」

「マスター・グプタですね。では、今しばらくお待ちください」

「ありがとう」

 顔パスならぬ、名前パス。これでも数々の記録を持つ大国アスガルドきっての騎士、騎士界隈ではまだまだ絶大な影響力を持つ。

 そう、絶大な影響力を持つということは――

(……うん、見られているね)

 その名が良くも悪くも波紋を広げるということ。

(それも入国の段階から。しかし、王宮の門番に伝わっている様子はない。演技には見えなかったし……さて、これをどう考えるべきか)

 テュールは視線に気づきながらも、そちらを窺うような真似をしなかった。視線の主を捕まえても良いが、ここは異国である。

 場合によってはそれが墓穴と成ることもあろう。

 それに――

「久しぶりですね、マスター・グレイプニル。対抗戦ぶりでしょうか?」

「はは、懐かしいですね、マスター・グプタ」

 情報を得る方法は一つではない。

「昨年の対抗戦、歴代最強の世代と言われておりますが、私は私たちの世代こそが、あの年のアスガルドこそが最強だと思っておりますよ」

「そういうことを言い始めると世間では老害と言われるそうですよ」

「う、耳が痛い」

 テュールは笑顔で談笑しながら、

(王宮は本丸ではない。けれど……必ず紐づけはされているはず。それがこの国、ラーであり、『双聖』とはそういうものであるから)

 自らの足で伏魔殿へと立ち入る。

 腰の剣一振り、騎士一人、臆することなく進む。

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