第286話:戦士、二人

 クルス対イールファス、今となっては誰もが気になる組み合わせであろう。六学年の剣闘の講義、お互いにいつやり合ってもよかった状況でありながら、どちらも示し合わせたように剣を合わせることなく今に至る。

 煌々と松明の明かりが輝く中、研ぎ澄まされた二人がより深く集中していた。

「何度も要らないってか」

「らしいと言えばらしいが……さて、どうなることやら」

 すっかり名解説役が板についてきたディンとデリング。やはり勝負の場には彼らは欠かせないだろう。的確な解説を聞くために、わざわざ彼らのそばに陣取る同期もいるほどである。と言うか――

(アミュ・アギスとの戦いを見る限り、解説無しでわかる気がしねえ)

(見切る自信なし!)

 あの戦いよりもさらに高次元となる可能性を思えば、それなりに積み上げた彼らでも理解不能の戦いになる可能性は充分ある。

 それゆえの保険である。

 しかし、

(ゆーて俺も想像つかんのだよな、あの二人の戦いは)

(仕掛けはおそらくイールファスから、であろうことしかわからん)

 この二人も正直決闘がどういう様相を呈するのかすら予想がつかなかった。クルスもイールファスもかなり独自性の高い剣を使う。

 どちらかが正統派であれば多少想像もしやすいが、どちらも独特で噛み合う気もしない。そうなれば上位陣とて想像すらできないのが実情である。

 一瞬でケリがつく可能性もあれば、長期戦にもつれ込む可能性もある。

「楽しみですわね」

「べっつにー」

「あら、どうしましたの?」

「べっつにー」

「……?」

 声をかけたフレイヤが首をかしげるほど、なぜか不機嫌極まるミラ。その理由は本日朝、最後の日だしあそこにいるかもしれない、と出かけたミラは一人さみしく海岸を眺めることとなり、トボトボと戻ったところ倶楽部ハウスから出てきたクルスを目撃したから、である。

 あと少しどちらかが早いか遅ければ――間が悪い、としか言いようがない。

 それはさておき、

「何方か、立会人をお願いしたいのですが」

 クルスは周りに立会人の依頼をする。本当はディンにやってもらおうと思っていたのだが、ディンに「責任取れねえよ」と断られ、デリングにも「もしもの時、俺では貴様らを止められん」と断られた。

 ちなみにフレイヤにも「わたくしより相応しい人がいるでしょう?」と断られている。この三人でダメなら必然――

「あの、学園長、お願いできないでしょうか?」

 先生方、となる。

 エメリヒの願いにウルは首を振り、

「わしでも、テュールでも、問題なく務まろう。しかし、それが最も良い選択だとは思わぬ。最後の総決算、立ち会うべきは誰か……胸に手を当てて考えてみよ」

「……」

 これほど重い選択、果たしてエメリヒはしたことがあるだろうか。いつも選択を敬愛する先輩に委ね、思えば随分と楽をしてきた。

 何でもこなせるセンスマン。プロとなり、先生と成った今、それは決して良いことばかりではないと知る。

 そんな自分に果たして彼らの命を預かる資格があるか。

 立会人である自分の判断が早ければ勝負に遺恨を生み、遅ければ命にかかわる事件と成る。あえて彼らは今、この時を選んだのだ。

 安い勝負とはならない。

 極限の、命を懸けた決闘となろう。

「イエス・マスター」

 それでも――

「私が、エメリヒ・フューネルが立会人を務めよう」

 彼は二人の前途ある若者の明日を背負う気概にて、彼は前に進み出た。

「不服は?」

「ありません」「ないです」

 クルス、イールファス、どちらもエメリヒで間違いないと即答する。その信頼が掌に汗を滲ませるが、彼はそれをおくびにも出さずに二人の間に立った。

 堂々と胸を張り、もしもの時は自分が割って入る。

 その姿勢を示す。

「これよりクルス・リンザール、イールファス・エリュシオンによる決闘を行う。武器はその身に帯びし剣ひと振り、騎士の魂を掲げ正々堂々の戦いを求める」

 立会人による宣誓。

「決着は必殺の状況による寸止め。それ以外に騎士を縛る法はなし」

 ルールは寸止め、それ以外は何でもあり。

「双方、覚悟はよいか?」

「もちろん」「とっくに」

「よろしい。では……抜剣」

 決闘の作法に則り、二人は同時に剣を引き抜く。

「構え」

 クルスはゼー・シルトの変形であるゼロ・シルトを。イールファスは一応正眼に、スクエアに構えるもこれは今だけ。どうせすぐ外す。

 構えただけで空気がひりつく。

 立ち姿でわかる。この二人はやはり別格なのだと。

 とうとう始まる。

 誰かが、息を呑んだ。

 それと同時に、

「始めッ!」

「「エンチャント」」

 エメリヒの合図により決闘が始まった。

 攻め手は当然、

「はは!」

 イールファス。笑顔の彼はそのまま一気に距離を詰め、互いの剣の間合いに至る。微塵も躊躇などはない。

 コマのように回りながら、小細工なしの全力全開に見える横薙ぎの一撃を見舞う。

「おい!」

「一撃で終わらせる気か!?」

 誰もが驚愕するイールファスの初手全力。

 それに対しクルスは、

「……」

 これもまた微塵も揺らがずにそれを受けた。ゼロで受け、その勢いを奪い去り、自らの剣に乗せる。

 これがゼロの剣。

 カウンター、一閃。

 が、

「ん、むッ!」

「……ちっ」

 イールファスは自身の全力が乗っかる見事なカウンターを、見てから反応し上体を逸らして回避して見せたのだ。

 そんな不安定な体勢から、

「ん」

 ぎゅん、と剣がありえない軌道を描き、クルスへ襲い来る。

(なるほど……)

 クルスはそれを受けずに後退し、回避を選択した。ゼロでの受けを習得してから、こういうクルスは珍しい。

 少なくともこの場の誰も見たことがなかった。

 最初の邂逅を経て、

「……」

「……」

 今度は間合いを測り合う、じりじりとした睨み合いが発生した。

 普段、やる時はさっさとやるイールファスがこういう均衡状態を選ぶのは極めて珍しい。と言うよりも、こんなイールファスは――

「見たことないな、こんな姿」

 こちらもまたなかなかお目にかかれない光景。

 そんな状況を、

「リンザールのゼロは相手の力を受けて、流しながら攻勢に転ずることで、相手の力と自らの力を重ねる技術だ。ほんの僅かなミスも許されぬ絶技だが」

「イールファスはそれに素で対応できる。超反応ととんでも柔軟によって、な」

 名解説役となった二人が推察する。

「クルスにとっては相性が極めて悪い相手だわな。あいつの後出し性能は重ねたカウンターにすら通用してしまう」

 あのソロンをして、攻略出来なかったクルスのゼロ。しかし、イールファスは素でそれに張り合う性能を持つのだ。

 それが後出しの天才、イールファスである。

「だが、有利側が均衡を選ぶ理由はなんだ?」

「……もしかしたら、最初の一撃は全力じゃなかったのかもな。相手の力を測るための試金石、その結果、あの威力までなら対応できることがわかった」

「なるほど……逆に言えばあれ以上だと反応が難しい、と」

「だな」

(な、なるほどぉ~)

 たった一度の邂逅で、双方共に難しい相手なのを感じ取り、結果としてじりじりとした牽制のし合いとなる。

 イールファスが連続攻撃に移行しないのは、かつてソロンがすでにクルスを相手取りその攻略法を行い、崩し切れなかったためである。

 ソロンとイールファスの特性はまるで異なるが、こちらの打ち出しの力を調整しながら、返しも調整し崩しにかかると言うロジックは同じ。

 難しい。

 ソロンほどの思考力をイールファスは持ち合わせていない。一度、連続攻撃を仕掛けたなら、ある程度切り結ぶ覚悟がいる。

 敵も味方も全てを見通せるのは輝ける男ぐらいのもの。

 戦えなくはない。

 しかし、

「……むぅ」

 野生の勘が告げる。超反応をして、あれ以上の踏み込みは危険であると。間合いを詰めれば詰めるほど、クルスのゼロは真価を発揮する。

 かと言って浅瀬でぴちゃぴちゃやっても仕方がない。

 この状況、一言で言えば――

「食い合わせが悪いなァ」

「それな」

 ヴァルとフィンが見たように剣の相性が悪い。

 特に相性が良過ぎたアミュとの戦いの後であるから、より二人の剣の噛み合わせの悪さが際立ってしまう。

 力や速さで来る相手には滅法強いクルス。

 ある意味、イールファスの剣もクルス寄りなのだ。相手にメタを張る、相手の戦い方を封じ、上書きする戦い方。

 一方は技術で、一方は才能でそれを成しているだけで。

 じりじりと牽制ばかり、打ち合いも散発的。

 フェイントを織り交ぜながら、何か揺らぎはないか、隙はないか、互いに警戒を強めながら、細心の注意を払い剣を合わせていた。

 それは一見地味に見える。

 どちらも思うようにいかず、どちらにとっても不本意な状況であろう。

 しかし、

「「……」」

 二人の貌には――

「……ありがとう、クルス。よかったね、イールファス」

 徐々に笑みが広がりつつあった。

 背中に汗を滲ませながら、極限の緊張感の中、剣を握る。その緊張感は周りにも伝染する。知らず、手に汗握る者の多さよ。

 先生方すら、

「……血沸き肉躍るのぉ」

「ええ。久方ぶりです。手に汗を握らされたのは」

「はっはっは」

 例外ではない。派手な打ち合いは一見すると素晴らしく映るが、ある意味未熟の証拠でもある。相手の力量が、打ち筋が見えぬから、とにかく突っ込むしかない。

 強者の決闘とは、達人の死合いとは、素人には地味に映るもの。

「よろしいのですか、学園長。これ以上は――」

 二人の間で白熱する何か、それがわからぬ教師陣ではない。後ろからリンドがウルへ声をかける。これ以上、やらせるべきではない、と。

「教育者としてはそうすべきであろうが……わしには止められぬよ」

「何故ですか?」

「わしらは騎士じゃ。しかしな、その前に戦士なのじゃよ。どうしようもなく、の」

「……」

 徐々に騎士の皮が捲れ、どちらも戦士の、戦う者の本能が顔を覗かせつつあった。それは騎士として、それを育成する者として間違っているのかもしれない。

 正さねばならぬのかもしれない。

 されど一方で、哀しいほどにわかってしまうのだ。

「鍛えた技、磨いた力、それを十全に行使する時、人は喜びを得る」

 ウルにも覚えはある。

 テュールにも、バルバラにも、立会いを務めるエメリヒにもあるだろう。学生たちとて、会心の立会い、その中にそういう戦う者の快感がなかったか、と言われたなら嘘になる。だから、わかるのだ。

 彼らの狂暴な笑み、騎士が取り繕えなくなるほどに、あの二人は今の戦いを楽しんでいる。鍛えた技を、高めた力を、磨き抜いた才をぶつけ合う。

「矛盾じゃのぉ」

 紳士たれ、戦士の本能を封じるための教訓である。ウルはそれに誇りを感じているし、かくあるべしと事あるごとに口酸っぱく語り続けてきた。

 そうしてきたのは、自分に嫌と言うほど心当たりがあるから。

 戦士の、獣の自分をずっと受け止めてくれた先輩がいた。自分よりもずっと狂暴で、遥かに強い愛する先輩もいた。

 彼らがいたから、自分はずっと戦士の喜びを満喫できた。

 それがあるから、咎められない。

「「ははっ!」」

 笑い合うは若き戦士二人。

 それを遠くから見守るは――

「……若さよなぁ」

 ミズガルズにおける騎士を定義した者。されど、彼もまた若かりし時は戦士であった。いや、結局一皮めくれば騎士とは戦士であるのだ。

 それは尊敬し、敬愛するウトガルドの騎士たちですらそうだった。

 だからこそ、そんな獣を飼いならし、律してこそ騎士には意味がある。しかしてたまにはこうして、同類同士の息抜きがあってもいい。

 世の中とは、そういうものである。

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