第282話:背中
すでに全員のされ、制圧済みと言うことで六学年も皆も特等席でクルスとアミュの戦いを観戦していた。
だから、彼女が一人立ち上がり、駆け出したことに気づく者は多くなかった。三学年の周りの同期達も呆気に取られた暴走。
「私、も!」
デイジー・プレインはあの二人の間に割って入ろうとする。
そのことに、
(……デイジー)
クルスもまた気づく。自分としては二対一、それほど忌避感はない。アミュを相手取りながらは大変だが、訓練と言う意味ではむしろ負荷の向上は望むところ。
ただ、自分はともかく、
「邪魔すんなァァァア!」
アミュはそれを邪魔と認識し、普段仲良しの親友に対し本気の敵意を向ける。彼女からすれば待ち望んだ一戦、ようやくすべてを解放して戦えるのだ。
それを邪魔されて、許せる道理はない。
二対一など、アミュは許さない。
「煩いッ!」
だが、アミュの警告も含めた叫びすら、今のデイジーには届かなかった。歯を食いしばり、迷うことなく突っ込む。
このまま終わりたくない。
このままじゃ終われない。
自分もあの人の視界に、あそこに立つんだ、と。
だが、
「はいそこまでー」
二人の間に飛び込もうとするデイジーの前に六学年のラビ・アマダがにゅっと割り込む。平然と、あえて軽薄な雰囲気を出して――
「邪魔です!」
「それはそちらさん。わからないわけないと思うけど……さすがにあーたは場違い。格の伴わないステージは……誰にとっても不幸よ」
ラビとデイジーの剣が衝突する。
そして、ラビが間に入ってくれた時点で、
「……」
意識を割く必要はないとクルスはアミュにのみ意識を絞る。
アミュはまだ少し気になっている様子だが、
「気にするな。あいつは上手くまとめる」
「……」
クルスは必要がない、と言い切った。
「私だって、私だって!」
デイジーは一時的に引き足で距離を取り、もう一度ラビへ向かう。
「ぐ、ぎぃ」
歯を食いしばり、身体を大きく捩じり、『スクエア』を崩した。
「……あれま」
オフバランス、より大きな力を求めた彼女が辿り着いた己の答え。大きく動き、ムーブメントから力を生み出す。
体が足りぬのなら、動きで補完する。
それは――
「同じ同じ」
「っ⁉」
ラビもメガラニカでの経験を経て、得手とするところであった。身長の高さも相まって、その動きはデイジーのそれよりも大きく、
「オフバランスってさ、やるだけなら誰でも出来るのよね」
鋭く、何よりも美しく映った。
「でも、これがまた奥が深いのよ。あんたのそれより私の方が美しい。私よりテラの方がずっと美しい。んで、ちらっと見せてくれたピコ先の方がさらに上」
デイジーは一瞬で防戦するしかなくなる。攻めたはずが返され、あとはもうラビの生み出す嵐に飲み込まれるだけ。
「スクエアあってこそ。美しい型があってこそね、枷を外した型破りは美しくなる。あんたのは型なし……美しくない剣はね、弱いよ」
彼女にしては珍しく全力で叩き潰す。
それは場を邪魔された、からではなく――
「あと、身体が出来ていないのにそれやったら怪我するから。覚えときなさい。まずはスクエア、オンバランスあってこそね。オフバランスは近道じゃないよ」
彼女の眼に危うさを感じたから。何が何でも勝利を求める姿勢を間違いとは思わない。分不相応を貫き通して、限界を超えた者を知っている。
でも、世の中そんな奇跡体験ばかりではない。
限界を超えられる者は一握り、あそこで怪物を相手取る凡人面した男を参考にしてはならないのだ。
あれもまた一種の怪物。
そうでない者が夢を見ても――いい結果にはならない。
だから止めた。
「……ぃ」
「狡くない。天才にも天才のね……悩みってあると思うから」
天才を妬み、怖れ、傷つけた経験があるからこそ、ラビはそれを否定する。そういうのはいつか、必ず返ってくる。
自分が向けた想いを、相手が何とも思っていなかったとしても、何処かでやはり浮かび上がるのだ。多分あの時、自分がああいう態度を取らねば、今の天才はなかった。良くも悪くも、変わるきっかけとなってしまう。
友人同士、そうなるのはあまりにも忍びない。
「本気なら、正面からぶつかりなさい。横恋慕はダサいからね」
「……」
ハイ終わり、とばかりにクルスらへ視線を送る。
少しだけ心配そうに友を見るアミュに、
「集中」
クルスが小さく、しかし通る声でそれを言う。アミュの肌が粟立つ。きっとそれはアミュに向けただけではなく、自分にも向けたものであったから。
空気が変わる。
これが正真正銘本気の――
「次で最後だ」
黄金世代が誇る『四強』。
「アミュに終わらせる気ないし、終わるならアホクルスの負けしかないけど?」
「……」
問答無用、沈黙にて返事を示す。
「……っ」
アミュの背に、野生の勘により生まれた滴が滴り、滲む。
〇
「次ですなあ」
「じゃのお」
老人たちは若者の織り成す青春にご満悦。
「怖気が走るぜ」
「ああ。後輩相手でも容赦なし……勝負の場でのリンザールだ」
「……」
六学年の皆も息を呑む。講義や訓練の中でも手を抜いているわけではない。ただ、クルスは普段色々と試したがるし、その結果抜かることもある。
試しの場でのクルスは決して絶対ではない。
だが、御覧の通り、
「見惚れてしまいますわね」
「……んん⁉」
「わーお、熱烈。噂、また撒いておこっと」
勝負の場でのクルスは絶対の確信を握る。数多の武人が目指し、到達にすら至らぬ自分の剣を、あの男はこの歳で至ったから。
道半ば、未完成、そう思い研鑽するのは試しの場でのみ。
真剣の場は確信と共に、心中する。
それゆえの――
〇
零。
誰も言葉を発さない、発せない。
(これが、学生だと言うの?)
何処までも透明に、何処までも透き通る己。
学生の域などとうに超えている。忘れてはならない。この男は黄金世代最高、最優と目された輝ける男を、天から地へ叩き落とした男である。
太陽をも墜とした境地。
あの時点よりもさらに鋭く、より透明に――其処に在る。
「ふぅー……」
アミュは大きく息を吸い、腹圧を固めた。今の自分に出来る全部を出す。これで終わらせる気はない。もっと続ける。何処までも続ける。
日が落ちても終わる気などない。
もっと、もっと、もっと――
だから、
「……ッ!」
今の最高を、限界をも超える。
自己最高を、最速を、このタイミングで出せる。
それは間違いなく器の証。
足る者の姿。
凛。
しかして、刹那の邂逅。
「……」
その手には何も残らず、ただ零のみがあった。人へ向けて剣を振ったのだ。当たったのだ。それなのに、何一つ残らない。
そして、すれ違ったクルスは剣を振り抜いたような、後ろで止めたような奇妙な姿勢で停止していた。
アミュもまた、動かない。
「……」
歯を、喰いしばりながら、止まったまま――
〇
「相手の攻撃を盗って、見ないまますれ違った相手へのカウンター。背面、後方にて首の皮一枚、寸止め。美しい」
イールファスは獰猛な表情を隠し切れずにぐにゃりと嗤う。
だが、全部見えた者は少ない。
「……ギリだ」
「俯瞰して、な」
ディン、デリングをして完全に見切れたかと言うと怪しい。それだけアミュの攻撃が凄かったこともあるが、それを完全に上回ったクルスが凄過ぎた。
「……追いかけ甲斐がありますわね、本当に」
「ミラちゃんパぁス。どう考えても無理」
「フラウちゃんも同感」
フレイヤ以外はお手上げの女性陣。武人として、あの境地に至る自分が想像もできない。それを間違いだとも思わない。
「あ、アンディ! お前急に腕立て始めるなよ!」
「筋肉は急につかないぞ!」
「むおおおおおおお!」
とりあえず決着はついた。
それはやられた本人が一番よく理解している。
〇
「やだやだやだやだやだやだぁぁぁあ!」
はず。
「子どもか」
「アミュは子どもォ! だからやり直しぃぃぃいい!」
「またな」
「ムキィィィィイイイ!」
駄々をこねる後輩を嗜めながらクルスはため息をつく。まあ、何とか先輩の威厳は保てただろう、と苦笑しながら。
そして、
「……」
駄々っ子を捨て置き、クルスはもう一人の後輩へ向かう。
「……」
「焦るな。剣には何処までも、積み上げた分しか乗らない」
「……イエス・マスター」
これで上手く導けたかはわからない。正直、途上の醜態を知る同期と違って、後輩の、特に彼女にはいい姿を見せ過ぎたところはある。
もっと成る前の、泥臭い姿を、正直に見せておくべきだった。
そういう悔いはあった。
今更、万の言葉を尽くしたところで、今の自分が何を言おうと逆に何の響きもないだろう。足掻いている者からすれば、成り上がった今の自分の言葉は安く、軽く聞こえるだろう。同じだ、などとはもう口が裂けても言えない。
「やっばいわね、あんた。化け物過ぎでしょ」
そんなしんみりした空気を裂き、ラビが明るい声色で言葉を投げかけてきた。本当に空気の読める女性である。
縁故があろうとなかろうと、きっと彼女をレムリアは採っていただろう。
「まあな」
なのでクルスも軽く返す。
「んま、可愛げがない。ヴァル、あんたもっかい壁になりなさいよ」
「無茶言うなァ」
「あははは」
「練り上げたトリプルアタックでも無理そうだな」
「だな」
「さすがに諦めがついたぜ」
六学年の先輩たち、彼らの背中はあまりにも大きく映るかもしれない。それでも教師は彼らの気遣いに感謝していた。
素晴らしい世代、それを体現する者たちを自分の担当する子たちに見せてくれたから。きっと、今日と言う日のあるなしは、進路に大きく影響したことだろう。
「素晴らしい背中をありがとう」
それはすでに教師と言う立場の自分には出来ないことだから。
ゆえにこの裏卒業式には意味があるのだ。
万の言葉よりも雄弁に、先を征く者たちの背中が伝えてくれるから。
ここを目指せ、と。
「いい行事じゃァ、酒が進むわい」
「じゃのお」
伝統の裏行事が終わる。
それはつまり、表も目前に迫っていると言うこと――
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