第281話:狂喜する小さな怪物

 アミュの爆発的な加速、一学年の入学時とは桁が違うそれを目の当たりに、クルスは苦笑いするしかない。自分が一生かかっても到達できないような超常の力、まさに戦うために、競争に勝つために生まれた勝者の、太陽(ソル)の一族。

 だが、

「……」

 それがどうした、と言わんばかりにクルスは悠然とそれを受け流す。人間を超えた力、これからの日常はそれを相手取ることになるのだ。

 戦士級以上の化け物たち。

 それを思えばまだまだかわいいもの。

「ああああぁぁぁはっはっはっはっはァ!」

 ただし、その身体のコントロールだけは獣のそれにあらず。流され、通り抜け、すぐさま体勢を切り返す。

 恐ろしく重く、強い足捌き。

 自分のそれとはやはり違う。人種が、スペックが、違うのだ。

 今度は突っ込まず、互いの剣の間合いにドンと居座る。さあ、打ち合おうぜ、と言わんばかりに。

(……生意気な)

「しょーぅぶッ!」

 同世代の、同性の中でも小柄な方のアミュに比べ、何だかんだと身長が伸び御三家の男子では平均的であるが、一般人視点では随分上の方となったクルスはリーチに勝る。おそらく、フィジカルの面で唯一クルスがアミュに勝る部分であろう。

 しかし、

(速いッ⁉)

「ウラララララララララァ!」

 その利点が完全に逆転する。リーチの短さは回転数向上へと繋がり、尋常ならざる身体能力と共に繰り出される連続攻撃は守戦を得手とするクルスをして冷汗が滲むほど。怪物のじゃれ合いも受け止めるのも楽ではない、とクルスは笑う。

 それでも意地がある。

「舐めプ? 詰めろよ!」

「この程度なら、そっち充分の間合いでも問題ない」

「ほざけェ!」

 嬉々としながら怒るアミュを前捌きでしのぐクルス。無駄など許されない、間違いなどもっと許されない、そういう守戦。

 だが、揺らがない。

 崩れない。

「……あは」

「少しは尊敬しろ」

「やーだ、よッ!」

 まさに鉄壁、そのお手本を示す。受け、安全圏へ流す、逃がす。なるべく相手の連携を阻害する方へ。それにより自身の守りを間に合わせていく。

 抜群の技術力には目を見張る。

 それを成しているのは桁外れの精神力とも言える。

 ただ、

(……ありがたい)

 今の三学年の担任はクルスの立ち回りに感謝するしかない。アミュを楽しませながら、たった今、ほぼ制圧された他の学生たちに見せている。

 あれは研鑽を積めば、充分に届く領域なのだ。

「よく見とけよ。数的有利を作る連携とか、そういうのはここから嫌ってほどお勉強することになるからさ。でも、これは一生ものだよ」

 何だかんだと言いながら、きっちり数で優る三学年御一行を完全に制圧した六学年の皆さま。局所的に数的有利を無効化し、マークの受け渡しなど、ゾーンをズラしたり、三学年の判断を乱し、積み重ねた連携の技術でボコボコにした。

 この辺は常日頃、宿敵クルスを打倒するために連携を極めんとした不滅団組が躍動した。ただ数で勝ればいいわけではない。

 閉所に誘い込む、人同士で閉所を作る、どっちつかずのポジションで判断を迷わせ人を浮かす、どれも習得可能な技術である。

 それは、

「勝つのは難しいし、あれやるのもしんどいけど、出来ないわけじゃない。あれも習得可能な技術。俺なら一分は行けるね」

「盛るなよ。精々十秒がいいとこだろ。大事なのは、一人が十秒も作れたら、他の連中でどうにでもなるってこと」

「しんどいけど、騎士ってたぶんああいうのをやる仕事なんだ。まだ仕事したことないけどな、だっはっは。あ、団入りは決まってるから悪しからず」

「内定二個の雑魚がよ」

「三個ですゥ! それを言うならロイは一個だぞ」

「一発で決めたんだよ馬鹿たれども。黙って見給えよ」

「「へーい」」

 頑張れば届く凡人の剣。頑張れば勝てるとは言わない。一人では勝てない相手なんて世の中いくらでもいる。そもそも、騎士が一人で戦うこと自体が稀。本来あってはならぬことである。

 一人で全部やる必要などない。

「……」

 戦いに貢献できるスキルがあればいい。そしてそれは、努力で習得可能なものである。少なくとも、此処御三家の門をくぐった者たちであれば――

「ふはァ、お優しいなリンザールは」

「お優しいヴァル様が言ってもねえ」

「ねー」

「……むぅ」

 百聞は一見に如かず。彼らも決して凡夫ではない。一度は野心を抱き、狭き門をくぐった者たちである。この攻防がどういうものか、わからぬほど愚かではない。

 絶対に届かない頂点。

 ああいう人材がユニオンに行き、世界を股にかけ人々を守るのだろう。ならば、凡夫でしかない自分たちには何が出来る。そう思っていた。

 そう腐っていた。

 だけど、その答えが――

(……そろそろ限界。一撃が重過ぎるんだよ、本当に可愛げがねえ)

 其処にいる。

 内心はさておき――


     〇


「強がっているな」

「あ、やっぱそう思う?」

 その強がり、伝統のイキリ芸は同期にもきっちり伝わっていた。いいところを見せたがりなのだ、特に後輩に対しては。

 特に同じく守戦を得手とするデリングにはよく見える。

 あの重さの攻撃を、前で捌き続けるのは楽じゃない。どちらかと言えば自分寄りの前捌きであり、深く踏み込まれるリスクはないが、その分捌きは浅く、軽くなる。流すこともするが、どちらかと言えば弾く動作も多い。

「だが、そろそろ限界だろう。手首がきつい」

「経験者は語る、だな。ま、教習モードじゃお相手も物足りんだろうし、こっからが本領発揮だろ。……どっちもな」

「ああ」

 ディンとデリングの見立て通り、少しずつクルスの受けが懐を深く使うようになってきた。それに合わせ、嫌でも感じているはず。

 先ほどまでとの手応えの違いに――


     〇


(……水)

 深く、引き込むような捌きに変わり、気づけばフラットな状態の構えも体を使えるよう、自身の体に剣を寄せたものとなる。

 零。

 徐々に其処へ近づき、刃が服に届くかと思うほど寄せた受け、となって手応えが完全に消えた。厳密にはある、が此処までの攻防で衝撃が強かった分、ほぼ消えた手応えが無に感じてしまったのだ。

 それと同時に、

「っ⁉」

 自らがせせらぎに落とした一石が、波紋と化し自身へ襲い来る。アミュは無理やり上体を寝かせ、その水面を撫でるようなカウンターを回避した。

 怖気が走るほどの美しさ。

 そして、速さ。

(アミュの力を、盗った!)

 これがゼロ。速さが足りぬのなら相手から奪えばいい。相手の力を足して、追いつき、追い越す、それで勝てる。

 何と無駄がなく、機能美に溢れた精密なる剣技であろうか。

(返、せッ!)

 体幹だけで支えた上体をさらに逸らし、ブリッジを作って足を跳ね上げる。女性の柔軟性と怪物じみた身体能力による蹴り上げ。

 それをクルスは縦の軌道に対し、横に掌底を打ち込み無効化する。体勢でも崩してくれたら儲けもの、と思いきや――

「最ッ強ォ!」

(……おいおい)

 横の打ち込みで変則蹴り上げを回避されたと感じるや否や、地面を抉るような力で握り込み、其処から力で軌道を変化させた。

 逆立ちの状態で、である。

 横薙ぎの、回転蹴りへと変化させる。

「に、人間じゃねえ」

 ここまで先輩の威厳を示しご満悦であった六学年御一行が、今度は顎が外れるほどに驚かされた。超人の多い世代であるはずだが、ちょっと方向性が違う。

 ノアのようなびっくり人間枠である。

 だからこそ、

(でも、だからこそ負けてはやらん)

 逆立ちの横からの大きな蹴り、に対してクルスは前進し足の根元を抱え込むようにとらえた。最大加速した足先は破壊的であるが、その根元はそうでもない。

 如何に化け物じみていても、物理法則からは逃れられないのだ。

 このまま寝かして、極めて勝ち。

「むがッ!」

 それを察知したのか寝かされるか、倒されるか、と体をねじり逃れようとするアミュ。がっちりつかんでいるのだから、空中で、何の支えもなく拘束を解除できるはずがない。はずがない、のだが――

「ガァ!」

 体のねじり、全力のそれが生む回転が、クルスの拘束を吹き飛ばす。

(……うっそだろ)

 さすがに唖然とするしかないクルス。回転しながら剣を振り抜くアミュの攻撃は、驚きながらもきっちり捌く辺り六学年の威厳は見えるも――

「……」

 滲む。

 アミュもまた体勢悪し、とばかりに後退し距離を取る。

「がるる」

 三学年最強、クルスは抱えていた、終わっていたはずの手応えを、力でぶち破られた感覚を握りしめ、背中に脂汗を滲ませる。

(なるほど、ティル先輩の気持ちが今更わかった。これは……難儀だ)

 子どもから大人への変遷、それが一番身体的に変化するタイミングである。一学年の頃のアミュは四学年の、しかもマイナスを背負った自分でもどうにか出来た。それは彼女が子どもであったから、である。

 同じく子どものイールファスとじゃれ合っていたティル先輩も、最初は可愛らしい後輩だと思っていたのだろうが、きっと最後の方は今のクルスと同じひりつくような感覚があったのだと思う。

 いつ、超えられるかもわからない。

 いつ、喰われるかもわからない、そういう感じが。

(女子だから少し成長が早いのかもな。……それともまだ飛躍の途上か。どちらにせよ、楽じゃぁない。その眼の、期待に応えるのは)

 遠くからも感じる『あの眼』。ずっと、出会った頃からあの男はそれを向けてきた。輝ける粘着気質な完璧超人もそう。気づけたのは最近だが。

 凡人には全くもって荷が重い。

 しかし、

「来い」

 クルスは笑みを浮かべ、高みからかかってこい、と促した。

「あはは!」

 自分が彼女に、その可能性に蓋をするのだけは我慢ならないから。受け切ってこその度量。先輩の威厳と意地だけで男は格好つけて立つ。

 無論、勝ち切ってこその威厳である。


     〇


「……ちょ、今の三学年ってこんなに強いの?」

 ミラはあんぐりと口を開けていた。他の皆も同じようなもの。アミュ・アギスの名は全員知っているし、彼女がぶっちぎりの成績を修めていたのも知っている。

 だが、

「そう、隠していましたのね。わたくしたちに気遣って」

 その本領を知る者はいなかった。何故なら、それを彼女は出してこなかったから。同学年との競い合いで出す必要もなかった、と言うのも正しいが。

 上の世代と剣を合わせる時でさえ、此処まで突き抜けた強さは見せてこなかった。成長したのもある。もちろん伸び盛りなのだから当然のこと。

 ただ、牙を隠していたのもまた事実。

「こら強ぇーわ」

「間違いない」

 ディン、デリング視点でも軽い気持ちでやり合いたい、受け止めてやれるレベルには見えなかった。勝てない、とは言わない。

 彼らにも意地がある。

 だが、勝てる、と鼻歌交じりに言えるほどのレベルではすでにない。

「俺の方が強かった」

「いや、よくてトントンだったろ。三学年比較じゃ」

「俺の方が強かった」

「……そ、そうか」

 ムスッとするイールファスは何を想うか、とりあえず近くにいたディン、デリングはすすっとほんのり距離を取った。


     〇


「……アミュちゃん」

 狂暴な、獰猛な、誰にも向けたことのない笑顔を浮かべている親友の姿を見て、モブの如く無力化された自分との違いに彼女は貌を歪めた。

「クルス、先輩」

 憧れていた、自分をこの学園に導いてくれた人。想いが叶わなくても仕方がない。フレイヤやファナ、アマルティアなど美しくて素敵な先輩が周りにたくさんいたから。だけど、せめていい後輩として記憶に残りたかった。

 でも、

「……」

 自分には一生向けられることのないその眼を見て、思った。

 嫌だ、と。

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