第280話:裏卒業式、再び

「あー、めんどー。あきたー」

「あ、アミュちゃん」

 切り立った崖を登るアスガルド王立学園の騎士科三学年御一行。崖登りと言う普段やることのないムーブメントは、身体に新しい動きを刻み込み、ボディコントロールの向上などに繋がる、と担任の教師から教わった。

 だが、

「デイジー、先行くね」

「あっ」

 こう見えて座学も優秀、かつ実技はぶっちぎりのアミュ・アギスは普通に登る動きに飽きたのか、ほぼ垂直に切り立つ崖を、まるで平地の地面が如く歩み始めた。

「すっげ」

「やっぱバケモンだな」

 同期の皆は口をあんぐり開けて見送るしかない。のしのし、少し慣れたら歩くのも飽きたのか駆け出す。下の皆に迷惑をかけぬよう、踏み込み鋭く崖の壁を崩すことなく、砂塵一つ零さずに貫きながら走る。

 尋常ではない体幹、怪物じみた筋力が可能とする異常な光景。

 それを上から見下ろす担任は苦笑しながら思う。

(魔力をほぼ使うことなく……たぶんあの子以外、教師も含めて誰も出来ないわね。単純な筋力だけなら黄金世代の六学年を含めてもトップ)

 ひょい、と登り切ったアミュ。振り返ることもせず、何処かその貌は退屈さすら秘めていた。そうなるのも仕方がないだろう。

 明らかにもう、今の彼女は外れ値である。

 すでにユニオンから話も来ている。早晩、正式なオファーも出る。この世代の名はアミュ・アギスとなる。

 それはもう、ほぼ確実。

「先にお昼食べていい?」

「駄目よ。みんなを待ちなさい」

「へーい」

 此処まで突き抜けてしまうと仕方がない。これでも入学前に懸念されていた、アギス家から受けていた忠告からすれば可愛いもの。

 それもこれも、

(ありがとう、マスター制度。ありがとう、クルス・リンザール)

 初っ端できっちり上級生の威厳を示してくれたクルスのおかげ。彼の導きがあって、外れ値の怪物は一応人間の枠に収まってくれている。

 それもそろそろ、

「お腹空いたー」

「我慢我慢」

 限界を迎えそうであるが――

 全員が登り切り、

「うまうま」

「あ、おかず取らないでよ」

「うまうま」

「もう」

 みんな仲良くランチタイムとなる。これから何が起きるかも知らない学生たちは暢気なもの。和気あいあいとピクニック気分である。

 そんな様子を担任の教師は満面の笑みを浮かべ見つめていた。

(これこれ。この景色が見たかったの)

 ようやく担任を持つことが出来た元アスガルド卒の女性教師。隠された伝統、三学年の時にやられて悔しい、六学年の時にやって嬉しい。さらに先生になると高みの見物でご飯が進む。最高の気分である。

 しかし、それにつけても思うのは――

(大体毎年、上位十名前後が参加するんだけど、今年は希望者を適当にピックアップ。それが許される世代ってのはまあ、特別よねえ)

 今年の六学年、その異常性である。

 この裏卒業式、毎年十名前後の参加者となるのはそもそも騎士団に入団する学生が騎士科学年全体の半分、多くても十五名となるから、嫌でも絞れてしまうのだ。当たり前だが団入りしなかった学生はこんな場に出てこない。出るなと言われずとも、どの面を提げて、となるから自主的に出ないのだ。

 と言うか、就活が終わったらほぼ学校自体に顔を出さなくなる。

 団入りした学生とそうでない学生、其処には埋められない溝が出来てしまうのだ。大体四学年の後半、五学年の中盤にはそうなる。

 でも、今年はそう成らなかった。

(さて、見せてもらいましょうか。黄金世代の威厳を)

 学生の、あの空気感を経験した者として、毎年多くの学生を見送った先生として、学生としてこれ以上ない最高のハッピーエンドを迎えようとしている世代に敬意を表し、しっかりと見届ける。

 最高の導を。

「ん?」

「どうしたの、アミュちゃん」

「あそこ、誰かいる」

「え?」

 目深にフードを被り、仮面を付けた謎の集団。

 立ち姿を見ればわかる。

「下がって」

 アミュは即座に騎士剣を引き抜き、同期全員の前に立ちはだかった。

 その背が言う。

「……」

 お前たちは邪魔だ、と。

 そんな様子に、

「おーおー、気づいたのも可愛げがなければ、立ち回りも可愛くないなァ」

「イールファスより騎士っぽいだろ。あいつなら絶対に皆を守ろうなんてしないぞ。賭けてもいいね」

「確かに」

「みんなひどいよ」

 謎の集団は声が聞こえぬことを良いことに、和気あいあいと談笑していた。かつては見上げる側だった。不安で仕方がなかった。

 そんな顔つきを自分たちがさせている。

「んーゾクゾクしちゃう」

「悪いなァ、アマダは」

「あんたにゃ負ける」

「ぶはは。じゃ、行くかァ」

「おう」

 謎の集団、一斉に騎士剣を抜き、中腹で優雅なランチを取っていた三学年御一行を襲うため、崖を駆け下りていく。

 かつてはひーひー言いながら登り、降りていた場所も、今となれば軽々と踏破できるし、軽々と滑り降りることも出来る。

「ちっ」

 その動き一つで、相手の習熟度を理解しアミュは顔を歪めた。

 全員、強い。

「……」

 一瞬、背後の同期達を一瞥し、

「ふー」

 腹を決める。己がやらねば、と。

「行くよ、天使ちゃん」

「それやめて!」

 謎の集団、その先頭に飛び出たのは身長差がある二人。アミュは相手の戦闘力を即座に見切り、

(やるッ!)

 その二人をまず仕留めるために動き出した。先頭を挫き、集団の動きを止める。一人で全部を背負うには、

「そーそー、そうするしかない」

「あはは」

 そうするしかない。

 その動きを見た瞬間、二人もまた加速した。

「勝つッ!」

 勝ちに来た、殺りに来たアミュを、

「甘い」

「勝つだけが戦いじゃないよ」

「っ⁉」

 強烈極まる一撃をいなしながら、左右に散る。正面から受け止めるには強過ぎる一撃、それこそ二人がかりでも潰されていたかもしれない。

(クソ重⁉)

(怖いねえ)

 だが、端から流す気で、身体全体を開いて力を逃がす行動を取っていれば、二人の力ならどうとでもなる。

 受け、ゆっくり流す。

 かなり重いけど、これで拮抗する。

 其処に、

「ほれ、死んだァ」

 その間からゆったりと、見せつけるように剣が伸び、アミュの喉元に切っ先を突き付けた。あまりにもあっさりと、

「……」

 突き抜けた怪物、アミュ・アギスが死んだ。

 少なくとも実戦なら――

「あの男からの願いは果たした。あとはまあ、積年の恨みを晴らすぞ」

「うひょひょ」

「笑い方と言い方ぁ」

 そして、アミュに一瞥もせずに三名とも散開した。その後ろから来た者たちも散らばる。アミュの手が、届かぬように。

 そもそも、実戦なら手を伸ばすどころではない。

 もう――

「……っ」

 今の行動でアミュは守る必要などないと理解した。殺気がなかったから。殺意があれば、殺す気なら、今ので死んでいたから。

 謎の集団、最後の一人が下りてくる。

 いきなり最強を下され、混沌の極みと化した戦場の片隅で、

「……」

「浮かない顔だな」

「……ムカつく」

「はは、俺たちも同じ気持ちだったよ」

 二人が向かい合う。

「約束を果たしに来た。が、その前にもう少しだけ見ておけ」

「何が? ただ、特別な世代ってだけでしょ」

「違う」

「……?」

「かつて、俺たちもやられた。大した差はなかったよ。今、混乱して普段の力すら微塵も出せていないあの子たちと。もちろん、特別な奴らはいた。戦えていたやつもいた。お前のように単独なら勝てる奴もいた」

「……」

「でも、あそこで戦っている奴らの大半は、そっち側じゃなかった」

 アミュは促されるまま、自らの背後で暴れ散らかす謎の集団を見つめる。とても、たった三年の差には見えない。

 でも、彼はそうだと言った。

「勝手に諦めているようだが……別にその座は安泰じゃない。誰がどう化けるかなんて、誰にもわからないからだ」

「……」

 三年の差。騎士としての仕上がりの差、それは容易に一人の才能を塗り潰す。あの場の誰にも、単独で負ける気はしない。

 でも、二人以上なら――そう思えるほどに卓越した連携である。


     〇


「あー、メシがうまぁい!」

「あそこで暴れ散らかすより、じっくり眺める方が愉悦を感じる」

「それそれ」

 他の六学年の皆さまは、少し離れたところからこちらこそピクニック、行楽気分で三学年御一行が泣きを見ている姿を見つめていた。

 これが紳士の姿か、と思う。

 だけど伝統だもの、仕方がない。

「いやぁ、混乱したよなぁ」

「ああ」

「俺はしなかった」

「そりゃあお前さんはな」

 ディン、デリング、そしてイールファスもまた眺める。

「チームワークの講義を修めた後と前じゃ此処まで違うかって思うな。そりゃあ当時の六学年が全員余裕綽々なわけだ」

「三年の成長がよく見える」

「俺はさっさとあの二人の対決が見たい」

「わびさびのない野郎だ」

「らしい、と言えば其処までだがな」

 六学年と三学年の差、多少特別な世代であることを差し引いても、心構えに大きな差があっても、それでも此処まで差が開くと言うのは趣深い。

 ただ、イールファスの言う通りではある。

 彼らが手を下ろした理由はさまざまであるが――

「早くやんないかな、あの二人」

「……貴女はあちら側を所望すると思っていましたわ」

「別に。弱い者いじめより、こっちに興味あっただけ」

「まあ、同感ですわね」

 一つ、大きな理由としてあのマッチアップがあった。非日常での実戦、仮初であろうと器を測るには学生生活の中、これ以上はない。

 生まれた瞬間、外れ値を宿命づけられた者。

 凡夫に生まれつき、心根一つで外れ値に至った者。

「興味深いですのお」

「ずずず」

 各先生方も興味津々。

 お祭りはまだ、始まったばかりである。


     〇


(……蜘蛛の子を散らすように、だなァ。それほどにアミュ・アギスがこいつらにとって特別で、それを挫かれたことで勝てん、となったか)

 自分たちとの比較でも明らかに戦えていない。それをヴァルは自分たちが優秀であったとは思わず、外部的要因であると考える。

 集団戦であればあるほど、この力は薄まっていくもの。上手く連携すれば数の利を持つ側が有利で、具体的な動き方はともかく考え方自体はここまでの講義でも充分に備えているはず。出来ないわけがない。

 彼らと自分は同じ学びを通っているのだから。

 だから――

(つまらん)

 ヴァルはため息の代わりに、

「あっ」

「……」

 あえて学生の一人を断崖に寄せた。自分たちでもこちら側から降りる、となれば多少慎重さが必要となる。

 つまり、三学年の平均的学生ではどうしようもない。

「死んだなァ」

「ひっ」

 あえてヴァルは大仰に振舞う。さあ、今から殺しますよ、と言わんばかり。舌なめずりする三流の襲撃者を演じる。

「さあて、斬られて死ぬか。落ちて死ぬか。選べェ」

「あ、ああ」

 恐怖で震える学生。本当に『落ちる』を選ぶなよ、とヴァルは落下死を選んだ場合のケアを考え、捕まえる準備をしながら待つ。

 此処で見殺しにする人間のことをヴァルは嫌いではない。人間らしいと思う。綺麗ごとをのたまう凡人より、よほど正直者であろう。

 だが、彼らは騎士なのだ。

 騎士に成ろうと言う学生なのだ。

「ああああああ!」

「やめろぉぉおお!」

(そうだァ)

 人の死を前に、逃げ出すのも勇気。しかしその勇気は、社会に出てから、仕事人として持つべきもの。学生の身で、理想を容易く捨てる奴は――

「み、みんな」

「「囲むぞ!」」

「お、おう! エンチャント!」

 騎士を目指すべきではない。此処で、別の道を求めるべき。

 ヴァルは笑みを浮かべながら、

「おっとォ」

 左右の二人、そして正面の一人を捌きながら後退する。その手腕はさすがに卓越している。伊達に上位の壁を務め上げた男ではない。

 まあ、二人ほどぶち抜かれたことはご愛敬。

「くっ」

「まだだ!」

「すまん」

「無事切り抜けてから、だろ」

「おう」

 三対一、拙いが悪くない連携。さすがに御三家の学生、三学年とは言え彼ら三人を正面から、連動した状態で捌くのは難しい。

 ヴァルの脅し、そして後退。

 同期の反転攻勢、それが――

「ったく、意外と優しいのよね、あいつも」

 周りに伝播し、一気に手応えが変わった。初手から崩壊していた連携が、

「数は有利なんだ!」

「最低でも二人ずつで当たるぞ!」

「ええ!」

 自他ともに認めるはずの、嫌な男のせいで再構築された。

「め、面倒にしやがって」

「クソが。弱い者苛めにならんぞ」

「気持ちよく可愛がっていたのによぉ」

 ロイ率いる元不滅団組は先輩の鑑とはかけ離れた言葉を撒き散らす。小さくとも御三家のエリート、立て直されると結構面倒である。

「うん、それだよ。最低でも左右から、上手上手」

「この人――」

「――なんでか優しい⁉」

 何処かの天使はすでにコーチングみたいな形をとっていた。元不滅団の連中にも爪の垢でも煎じて飲ませたい。

 多分喜んで飲む。女子のだから。

 奮起する三学年、増した手応えにヴァルは微笑む。

 そう、騎士ならばかくあるべし。

 それでこそ――


「はっはっはァ!」


 虐め甲斐がある。

「つ、強い⁉」

「三人がかりなのに!」

「そ、そんな」

 ちょっといいところを見せたと思ったらこれ。さすが学園一の嫌な男、その本領を存分に発揮し、三対一でも容赦なく蹴散らす。

 これぞ上位の壁、何人をも阻む絶壁である。

「うげぇ」

 見物する学生たちが何人か嘔吐しそうになる。それほどにあの男はあの手この手で、確かな実力で、どいつもこいつも阻み続けたのだ。

「やっぱ強いなぁ、ヴァルは」

「よ、よくまともに直視出来るな」

「アンディはまあ、ぶち抜いた側だし」

「そっかぁ」

 トラウマをほじくり返された見物勢をよそに、

「……ふふ」

 上位勢には珍しくきっちり学園の枠でアスガルド王立騎士団への入団を果たしたフラウは鉄板の道を捨て、挑戦の道を選んだ馬鹿を見て微笑む。

 結局、あの男も賢く見せているだけで根っこは馬鹿なのだ。

 男の子、である。

「さあ、そろそろ始まるぞ」

 先輩の威厳と共に暴れ散らかす快感を捨て、見物を選んだ者たちにとって待望の瞬間が迫る。弛緩していた空気が、動き始めたのが此処からでもわかったから。


「悪くない同期じゃないか」

「……アミュは信じない。信じて、ずっと裏切られてきた」

 対峙するは黒髪の騎士と赤髪の少女。

「明日のことは誰にもわからない。俺だってこの時点じゃ、どう高く見積もっても上位ではなかったよ。例え、得意種目であろうともな」

「……」

「それに期待して、裏切られたとて、三年後は君もこちら側……あっという間だ。それまでは楽しめ。今しかない時を。悔いのないように」

「……うん」

「素直で宜しい。じゃあ、そろそろ……やるか」

 黒髪の騎士は静かに剣を引き抜き、

「成り上がり者で恐縮だが……約束を果たそう」

 構えた。

 その瞬間、アミュの肌が粟立つ。恐ろしいほどに冷たく、鋭く、それでいてどこか柔らかい、期待以上の存在がいた。

 四学年の時とはモノが違う。

 それは自分も同じ。あの頃とはもう、次元が違うのだ。

「全部、出すよ?」

 だからずっと加減してきた。我慢してきた。

「お好きにどうぞ」

 でも、もう必要ない。

「ひひ」

 黄金世代『四強』が一角、クルス・リンザールが君臨する。

 挑戦者、

「ああああああああああああッ!」

 三学年の女王、アミュ・アギス。

 大地を爆発させ、咆哮と共に全力で突貫する。

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