第278話:伝説の世代

「遅い! 暇だからもうここの観光地回っちゃったわよ」

「……滅茶苦茶過ぎだろ」

 翌日、馬を駆り辿り着いたひなびた宿場町でミラが合流した。ぶつくさ文句を言うモンスターに目を白黒する一行、しかし其処ですかさずクルスが、

「焼き菓子か……美味そうだな」

「む?」

「だが、少し量が多いな」

「ふーん、半分食べてあげよっか?」

「頼めるか?」

「まったくもう、クルスは世話が焼けるわね」

「助かるよ」

 スイーツ、そしてあえて恩を売らせる、この二段構えの手で機嫌をものの見事に修復して見せた。そのあまりの達人芸に他三名は舌を巻くしかない。

 この怪物を飼いならせるのはこの男しかいないのでは、と誰もが思う。

「うーん、濃厚で美味しい! チープなのが好き!」

(……バター、使い過ぎだな。美味いけど)

 そんなこんなで合流し、旅の続きを始める。大陸側に近づくにつれ、少しずつ人が増え、栄え始めてきた。そんな風情も堪能しながら進む。

「この辺は黒髪の人が多いんだな」

「あまり触れん方がいい。今でこそ特に偏見もないが、アスガルドは元々流刑地の側面もあった。その中でも黒髪はまあ――」

「ウト族、か」

「そういうことだ。今でも気にする者がいないわけではないからな」

「理解したよ」

 自分と同じルーツを持つ黒髪の民。クルスは知っている。彼らはウトガルドから連れてこられた者たちで、長い年月をかけて融和を果たした。

 望む望まないに限らず、今はミズガルズの民である。

 きっとここに限らず、いくつもの土地に点在しているのだろう。かつては被差別民として、今は融和を果たし名残だけが髪にあるただのノマ族として――

 そんな土地も過ぎ去り、

「もう船旅でよくない?」

「メルよ、其処は譲れんぞ」

「しかし、馬での旅に少し飽きもあるがなァ」

「私は楽しいけど……ちょっと、お尻が痛くなってきたかも」

 アスガルド北部の港町にて、モンスターの駄々っ子で済むはずがヴァル、リリアンもそちら側へつく。

 まあ、確かにかなりの距離を馬で移動し続けている。アスガルド一周ツアーと言うのは結構な無茶でもあった。

 彼らもすでに騎士への就職を決めた者たち。常人よりも耐久力はある。仕事であれば余裕で耐えられるが、休日までその忍耐を求めるのは難しかろう。

 それに、

(俺はこの先、ロイの案内でそこそこ見ているんだよなぁ)

 クルスに至ってはつい先日、ロイの案内で此処から南下したルートを観光済みである。旅行好きのデリングに言わせたら、もっと趣のある景色はある。期待してくれ、とのことであるが、正直船を前にすると心が揺らぐ。

 そんな風向きを察し、

「……」

 デリング・ナルヴィは苦肉の策を取るしかなかった。

 そう、

「さ、最後くらい、学友と、旅行が、した、かった」

 泣き落としである。

 クルス以下三名はもちろん、さしものモンスターミラも絶句するしかない。これに策の匂いがあれば全員が希望する船に押し切ったが、

「ぐ、ぅぅ」

 ガチ泣きである。

「や、やっぱ馬の方が趣があるわよね、ね」

「お、おう。俺もそう思うぞぉ」

「私も! お尻も治ったから」

「俺は最初から馬がよかった」

(((それは違うだろ裏切り者)))

 沈黙を貫き、ここに来て姑息な手段を取るクルスに三名から冷たい視線が突き刺さる。ただ、当のガチ泣きするデリングは、

「そ、そうか!」

 何も察することなく泣き止んだ。

 この男、普段は我慢しているが馬での旅行に対し並々ならぬ熱意を秘めていたらしい。それなら夏休み中にでも行けよ、と思うが、まあ名門貴族の子弟、色々とあるのだろう。今の彼を見ると、そうしみじみと思うのだ。

「さあ、スケジュールが押している! 少し馬の足を速めよう」

「「「「はーい」」」」

 実際、彼の案内する場所は穴場が多く、派手好きのミラや逆張りし過ぎて三周ほど回って普通の観光地を好むヴァルなどはほんのり不平も出たが、

「湖に浮かぶあの島、ちっちゃくて可愛いね」

「ああ。何となく収まりがいいな」

「でしょ」

 存外クルスとリリアンにはハマった。

 その度にどや顔、鼻高々のデリング。

 その度に、

「ケェ、うちの周りの湖の方がデカいし綺麗なんだけどぉ。舟もあるしィ」

 ミラがぷんすかしていたのは内緒。

 そんなこんなで光陰矢の如し、デリングが作り込んだスケジュールを大幅に超過することとなったが、何とか目的地に着くことが出来た。

 王都アース、その――


「ノア麺、塩スペシャル一丁!」

「あいよぉ!」


 一角にあるノア麺屋、である。大繁盛の店内をなぜか休日、疲れ果てた体で労働に勤しむミラとリリアン、それとクルス。ヴァルはなんと調理技術があるらしく、少し教えたら要領を掴み厨房の方を担当する。

 デリングは、

「いらっしゃいませ」

「うきょおおお! 伝説のイケメンキター!」

「帰還! 帰還! 帰還!」

「……どうも」

 店の前で客引きと列整理をしていた。アスガルドマダムをブラックホールもびっくりの引力が惹きつける様は圧巻の一言。

 実は本日修行を兼ねたバイト予定であったボッツ君たちも遠目で見学。

 伝説の先輩たちの奮闘に涙を流していた。

「やはりクデリ!」

「やめましょう、不毛だわ。私たちはただ、目に焼き付けるだけでいいの」

「……目が覚めましたわ」

「クルス先輩ィィィィ」

 こんな感じで労働力には意外と困らず、その上店主には確かな調理技術と実はアレンジャーとしての素質もあり、とノア麺の未来はとっても明るい。

 ちなみのちなみに、本日のスペシャルである塩スペシャル、別名『潮薫る貝出汁、ローストした宝玉豚を添えて』はこれまた格別に旨かった。

 やはりこのノア麺、フォーマットとして無限の可能性がある。

「何故、作る方なんだ?」

 当然の疑問をクルスが溢すも、それに答えられる者は誰一人いない。

 最後の最後に労働を終え、まかないのノア麺を皆で舌鼓を打って予定完了。さあ解散だ、と言うところで――

「……寂しいなぁ」

「……で、デリング」

「寂しいなぁ」

 しょんぼりデリングがダメ押しの延長戦希望。

 もはやなるようになれ、と四人全員がデリングの提案に同意し、学園まで馬で帰った。文句のつけようがない完全なアスガルド一周を達成する。

 最後は五人で、

「イエーイ!」

 やけくそのハイタッチ。デリングは感動でむせび泣いているも、他四名は真顔で手を打ち合う奇妙な光景となる。

 これでほんとのほんとに旅は終わり――

「ああ……染みるなァ」

「ああ。最高だ」

「……ぐぅ」

 学園のお風呂が最高、と言う結論に至る。あまりの疲労で風呂の中で眠り始めた主犯のデリングに悪戯をするクルスとヴァル。

 これぐらいは許せ、マジのガチで疲れたんだ、と存分にやる。

 全員、裸で。

「おっふ」

 たまたまこの時間に風呂に入ろうとしたボッツはあまりの光景に鼻血を抑え切れず、曲がれ右をして撤退していった。

 いわゆるサービスシーンである。

「最高ね、リリアン」

「うん。でも、お尻が染みるぅ」

 こっちのサービスシーンはない。


     〇


 クルスたちが学園で凪の時を過ごす間、続々と吉報が舞い込んでくる。

 第一弾はそれこそ、

「よ、クルス。何とか決めてきたぜ」

「……君は当然だろ」

「わたくしはどう思います?」

「……たぶん、受かってたら、いいなぁ、って」

「ほう」

 ユニオン組である。ユニオンも思い切った緩和に踏み切り、世界中が驚愕し、結構やんややんやと言われる中、それでも学生にとっては吉報に違いない。

 史上初、そしてこの先絶対にありえない一つの学園から新卒で秩序の騎士を四人排出するという大快挙を成し遂げた。

 まさに伝説の世代であろう。

 無論その裏で、

「残念だったなァ、プレスコット。だが、嘆く暇はないぞ。まずは反省点を詰め、足りぬものを補強できる騎士団を探さねばな、例えば、そう――」

「足りないものはわかっている。俺はワーテゥルに入る。実戦を積みまくって、見返してやるんだ」

「え、あ、そう。それならまあ、いいんだけど」

 敗れた者、いや、足りなかった者もまた次なるステージを探しに歩み続ける。別にエメリヒの言った全入を目指しているわけではない。

 無理に適当な騎士団に入る者など御三家にはいないから。

 だけどここまでやった。周りと競い合いここまで来た。

「いよ、リンザール」

「ロイか」

「なんでか最終面接にお姫様がいて、鬼の激詰めされたけど……獲ったぞ」

「……おめでとう」

「ま、故郷の平和は任せとけ。あと、同期にイリオスの田舎出身でカワイ子ちゃんがいてさぁ、あれ絶対、俺に気があると思うんだよなぁ」

「……おめでたいな」

「だろ?」

(頭がな)

 国立の騎士団を決めた者たちも戻ってくる。

「リリアーン!」

「ラビちゃーん!」

 がしっと抱き合うラビとリリアン。あの様子だとしっかり決めた模様。ある意味、学生視点ではユニオンの緩和と並ぶほどの大ニュースであろう。

 三年前、ログレス入りを決めたティルと並ぶ一つの伝説。

「アスガルドからレムリアって入れるんだ」

「まあ、一応コネがあるらしいけど……凄いよな」

 禁断とされる御三家の横移動、ラビ・アマダも一つの伝説を成し遂げる。

 他にも入団ラッシュ。下の学生からしたら心強いことこの上ない、黄金世代の名に恥じぬ結果をバカスカ出し続ける。

「俺、内定五つ」

「くっ、私三つ」

「ふっ、僕は準御三家、ブロセリアンドを決めたぜ」

「「ダニィ⁉」」

 就活名物、マウント合戦も今年は盛況であった。

「先輩たち、凄過ぎるよ」

 普通は半分ほど入団できず、名門貴族の執事など騎士ではないがいい仕事を探す者も出てくる。それなのにこの世代は、すでに大半の者が内定を得ている。

 苦戦している者もいるが、かなり高め狙いのケースも多い。

 この調子だと本当に見えてきた。

「……本当に、あのモチベーションで全員駆け抜けちゃったよ」

「担任のおかげかな?」

「や、やめてください先輩。私は、ほんと何もしていないんで」

 あの日、担任のエメリヒ・フューネルがぶち上げた夢物語、学年全員が騎士団へ入るという全入が――

「景気が良くて何よりだ」

「他人事だなぁ、クルスは」

「実際、他人事だろ。俺には何も出来ないんだから」

「……そうでもないさ」

 ディンは苦笑する。自分に、周りに、火をつけて回った男は他人事のように紅茶をのほほんと飲んでいる。

 誰のせいでこうなったのか、とディンは笑うしかない。

「ディンは第六だったな。そう言えば、隊長とは話したのか?」

「賭場に連れていかれた」

「……は?」

「馬鹿勝ちしたから今度旅行にでも行こうぜ。旅費全部おごっちゃうよん」

「……いや、旅行は、その」

 思い出すは馬での旅。さすがにもう充分満喫した。

 だから――

「旅行と言ったか、クレンツェ!」

「言ってないからどっか行け」

「……ぅぅ」

 デリングをきっちり撃退しておく。しょんぼりデリングも鉄の意志で阻む。

「ちょっと当たりがきつ過ぎないか?」

「デリングを舐めるな、ディン」

「へ?」

 寂しがり屋を拗らせたデリングの恐ろしさを知らぬディンにはあとで語っておく。それはそれとしてとりあえずメシ屋はおごってもらおう、と思いながら――

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