第277話:星を見る

 夜、星空の下――

「来い」

「だから、行っているだろうが!」

 デリングとクルスが剣を交わしていた。クルスが攻めて、デリングが受けるというかつてとは真逆の組み合わせ。

 とにかく距離を詰め、密着を作ろうとするクルス。

 後方、左右へ常に展開し続け、間合いを作り捌き続けるデリング。

 白熱したいい攻防である。

「さすが受けに徹したナルヴィは堅いなァ」

「だね。全然崩し方が見えないもん」

 観戦者のヴァル、リリアンは焚火の世話をしながらじっくり見つめる。本来の強みを引き出し、同時にクルスの攻めの要であるゼロ距離を作らせない立ち回りは、彼らしくないが対クルスにおいては凄まじい効果を発揮している。

「突きが主体の連中は引き足が強い」

「マグ・メルのマリさんもそうだし、ミラちゃんも昔槍使っていたんだろうなぁ、って感じる時はあるよね」

「あー、確かになぁ」

 ちなみにこうして剣を交わすのはこの旅の中、野営の度に起きる恒例行事となっていた。やはり其処は騎士科、暇が出来たら剣を交わすものである。

 それに――

「あの男がこの島に取り残される、か。実にもったいない」

 もう残された時間も僅かである。

「おうちの事情があるから」

「流行らんよ、今の時代」

 今のクルス相手にあれだけやれる者がいったいどれだけいると言うのか。こうして公の視線を離れ、戯れの中ゆえに勝負に徹したデリングは強い。

 強く、堅く、それでいてのびのびと躍動しているのだ。

 もったいない、そう思う者は少なくないだろう。

「まあ、あの男をして今回の入団、敵うかどうかは微妙なところではあるが……相手があのクレンツェではなァ。いくらなんでも隙が無さ過ぎる」

「剣よし、頭よし、統率力もあるし手足にもなれる。ムードメーカー、気配りも上手、挙げるとキリがないね」

「ああ。剣で及ぼうと、その全てが揃わねば騎士としての評価はどうしても落ちる。正直、俺はヴァナディースすら危ういと思っているほどだ」

「アンディ君は?」

「無理だ。絶対にな」

「ひどい」

「馬鹿言え。あの男を思えばこそ、だ。隊によるが枠にハメる隊長も少なくないと聞く。合わんよ、今のユニオンとあいつのカラーは」

「……まあ、わからなくもないかな」

 騎士団というのは何処も団ごとに特色があるもの。集まってくる人材もそう。ユニオンは頂点ゆえ特に完成した人材、すでに出来上がった騎士を求める傾向がある。残念ながらその観点において、アンディは適していないと言える。

 だが、

「あとはあいつをどう引き込むかだなァ」

 そういう騎士団ばかりではない。

「ワーテゥル?」

「ああ。超個人主義、出来る奴が仕事をぶん回し、出来ない奴はぽい。実力主義でもあり競争第一だ。向いていると思わんか?」

「そ、そうかな? そこまで野心家とは思えないけど」

「俺が使う。それならどうだ?」

「……あっ、ああ!」

 最近忘れていたが、

「俺があの男の武を使ってのし上がる。向上心を煽り、ぶん回してやる。稼げるぞォ、あの男を使った俺ならば……隙は無い」

「アンディ君にも、考えはあると思う」

「はっ、あの単細胞相手、関係ない。落ちた理由をつらつらと語ってやり、あとは一緒に見返してやろう、これでころり、赤子の手をひねるが如しだ」

(く、クズ人間過ぎる)

 世代随一の嫌な男であった。

「武では敵わん」

 ヴァルはクルスに一瞥を送りつつ、

「だが、統率面ならまだわからん。あいつは見え過ぎるし、何でも自分でやろうとする癖がある。それが隙だ。その上、稼ぐ金でも勝つ。するとあら不思議」

 にんまりと笑みを浮かべて――

「俺が勝つ、と言う算段だァ」

 戦い、勝つと宣言する。

 武では敵わずとも、騎士としての総合力で勝負する。まだ諦めていないのだ、この男もまた何だかんだと執念深い。

 その一点のみは、

「私は、どうかなぁ」

 尊敬に値する、とリリアンは思う。クソ野郎だけど。

「わざわざリヴィエールを選んだということはキャナダインの名を存分に使う気なのだろう? なら、現時点でただ強いだけ、ただ優秀なだけのあいつに負けている部分を探す方が難しい。頭を使えよ、勝ち方は一つじゃァない」

「あはは、そうだね」

「アマダも貴様に感化されて、その名を使う気になった。あの女は勝算のない戦いはせんからなァ。より大きく勝つため、レムリアを選んだ」

「そうかな? 昔からの憧れの方が大きいと思うけど」

「それもあるだろうが、出世のことまで考えたら、実はあの女の立場ならレムリアの方が好都合だ。なにせ、実家が躍進を続ける世界規模の会社だからなァ」

「……あっ」

「年々、本拠地である祖国に収める税は跳ね上がっている。なら、実家が好調である限り、あの女の価値も上がり続けるわけだ。仕事せずともな」

(……それはそうだけど、そうなんだけど)

「受かるだろうよ。まあ、俺には及ばなかったが実力もあるからなァ」

 最低過ぎて言葉も出ない。

 正しいが穿った見方が過ぎるのだ、この男は。

「何の話だ?」

「……」

 そんな会話の途中で、デリングとクルスが戻ってきた。

「もう少し時間がかかりそうだったが決着はついたのか?」

 ヴァルがクルスの顔つきをちらりと眺めてからデリングへ問いかけた。

 当然、嫌な笑みを浮かべて。

「リンザールがやってられるか、と白旗を挙げた。俺の勝ちだ」

「勝ちではねえだろ。勝負になってねえと言ったんだ」

「俺は勝負のつもりだったがな」

「勝利条件もなく長引かせてどうするんだよ」

「クレンツェは受けて立ったぞ」

 デリングの無邪気な正論パンチがクルスに突き立つ。

「……じょ、状況が違う」

 こうなれば敗色濃厚な言い訳をするしかない。

 そんなところを、

「はっは! 四強様が聞いて呆れるなァ」

 ヴァルが見逃すわけもなく、割って入り攻撃を加える。

「うるせえ。テメエ相手なら何されても勝つわボケが」

「イキリンザール」

「……」

 デリングとリリアンがいなければこの場で首を刎ねて、少し先に行けばある海にでも放り投げてくるのに、とクルスは震えながら思う。

「そろそろだな。よし、皆移動するぞ」

「何処に?」

 リリアンが問うと、

「海だ」

 デリングはにやりと笑みを浮かべた。


     〇


「……おお」

 夜の海原、そして空には満天の星。近くに人家のない切り立った崖の上に彼らは立っていた。目の前の海は空の星、月の光を反射してキラキラと輝いているようにも見える。綺麗な夜空はゲリンゼルでも見ることが出来る。

 しかし、

「言葉にならんなぁ、これは」

「ほんとだね」

 海と空が交じり合い、一つになった星の世界はこういう場でしか見ることが出来ない。島国アスガルドの北限、この先には何もない。

 ただ星の海だけが広がる。

「オズボーンとの旅程を聞く限り大陸側、それなりに人のいるコースであったと見た。夜、明かりを消す家はまだまだ田舎だと多いが、少しずつ明かりを絶やさぬ家も増えている。そうすると、途端に星空は陰る」

 焚火すら遠ざけねば見えぬ景色がある。

 人の生む光が天の生む光を遠ざけるのは世の常であるが、

「まあ、たまにはこういうのもよかろう?」

 だからこそ価値が生まれるのかもしれない。人が存在しない、明かりのない世界だからこそ、輝けるものが――

「……デリング」

「ん?」

「ありがとう。俺に、とっておきの景色を見せてくれて」

「気にするな。ただ、見せておきたかっただけだ。自慢だよ」

「忘れない。たぶん、一生。そういう景色だ」

「なら、よかった」

 思えば、こうして声をかけられるまで、それこそロイやデリングに誘われるまで、クルスは旅行というものをしたことがなかった。

 彼の道行きは全て、必要に応じた道しか通っていない。

 無論、旅行にも目的地はある。ここもまたそうなのだろう。でも、そういうことではない。四学年の回り道がクルスの可能性を広げたように、

「……あの男は、こういう経験も力に変えるのだろうなァ」

「……そうだね」

 きっと、この経験もいつか、何かに変わるのかもしれない。

「……」

 空と海の狭間、彼らは視界いっぱいに広がる星々の瞬きを見つめていた。


     〇


     〇


 なお暴君ミラ・メルは――

「すぅ、すぅ」

 少し前に野宿絶対反対を掲げリーダーのデリングと対立。一応発起人はデリングだから、と他の面々がデリング側に付き、拗ねたミラは二度ほど野宿に付き合うも耐え切れず、先に隠れた観光地としてひっそりとたたずむ宿場町へ馬で急行。

 先回りして皆の到着を待っていた。

「……ゆるさん、クルスめ」

 自分を裏切り、デリングについたクルスへの恨み言をつぶやきながら――

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