第276話:入団試験、その結果

「何を驚いているんですか?」

「……いえ」

 翌日、今度は受験者同士に競わせる試験が行われていた。昨日進行を買って出たエレオスは不在、本日の試験官兼進行役は第九隊長『貴公子』シラー。

 第十二、第十一、第九、此処は新卒を取る権利を直前に放棄したため、すでにオファーした者が希望した第一、第二、第四、第七と同じく公平に見ることが出来る。

(……噂のヴァナディースは変化の途上、対抗戦よりはマシになったけど、そもそも戦闘面でのプロ意識が低過ぎる。逆に――)

 今はフレイヤとマリの戦いを眺めていた。

 勝利者はフレイヤ。

 だが、

(幅はメル家、この辺はまあ正直、どの学生も学生レベルでしかないがね)

 秩序の騎士、シラーは勝った負けたの部分など見ていない。勝ち方、負け方、戦いの幅、戦いながらどう相手を分析するか、そもそも立ち会う前に相手をどれだけ観察できているか、そういう直接の力量とは別のところを見る。

「もっと楽に勝てると思っていた、という顔に見えましたので」

「……そんなつもりはありませんわ」

「ならいいんですけど」

 強くなろうとする焦り。これもシラー視点ではマイナス。

(要らないんだよねえ、枠を超えた個の力なんて……差配を難しくするだけだってのに……お仕事なのだよ、我々がやっているのは)

 仕事と向き合う姿勢が出来ているか。

 其処が評価の軸。

「次、ヘレナ・テロス、ディン・クレンツェ」

「「イエス・マスター」」

 それがわかっている者同士の戦いで、

(うん、わかっています感が少し鼻につく部分もあるが、こういうのじゃないと観察する気も起きないね)

 ようやく鑑賞に耐え得る。

 計算できる実力を知りたい。力みは要らないし、何なら気迫も必要ない。今の自分はこれだけ出来ます、それさえ見せてくれればいい。

 力を、技術を、

(権利放棄は早計だったか……いや、でも、こいつはたぶん取れない。争奪戦を乗り越えて強い駒を得るより、端から染めた駒を取った方が効率的だ)

 指揮者である自分たちにわかりやすく示す。

 もっとわかりやすく言えば――

(それに優秀な犬は猟犬にもなるが……成り代わろうとする恐れもあるからね)

 飼い主である隊長の犬と成れるか、其処も重要な要素である。

 少なくともシラーはその点を重視する。

 だから、

(わかっている凡人を、身の程を弁えた従順な犬を集めた方が組織は強くなる。この世代はやはり、少し優秀が過ぎる)

 シラーが本当の意味で揃えたい人材はここにいない。騎士として欲しい、と思った者はいる。しかし隊長として、派閥の一員としてはやはり必要ないと判断した。

 まあ派閥の中も一枚岩ではないのだが――


     〇


 様々な試験を経て、最後の試験はグループワークであった。丁度六名いるため三、三で分かれてミニチュアの地形に課題のシチュエーションを設け、如何なる陣地を形成するか、そのクオリティを精査する課題である。

 が、これも見るべきは成果物ではなく協調性やリーダーシップなど。

 試験官は、

「ほうほう、頑張っているねえ」

 第七の隊長、エクラ・ヘクセレイである。アントンやクロイツェルの登場で放任主義に拍車がかかり、気づけば暇を持て余していた駄目隊長筆頭。

 お飾りと呼ばれ長いエクラであるが、

「省魔力を基本理念とした最新型だ。研究熱心なのは誰かな?」

「ヘレナです。マスター・ヘクセレイ」

「うむ。意欲的で感心感心」

「あ、ありがとうございます」

 さすがに其処は隊長格、普段机で暇をしているためか、陣地形成を絡めた魔導の知識は大したもの。実戦的なものだけではなくアカデミックな最新型も当たり前のように抑えている。

 エクラがその場から離れた後、

「さすがだね。知識マウントと取られかねないと思ったけど、この様子なら好印象と言ったところかな。ま、腹の底はわからないけれど」

「……自分の手柄にする気はなかったのですか?」

「あはは、其処まで馬鹿じゃないよ。それをしたら一発アウトでしょ」

「……でしょうね」

 テラ、ヘレナ、そしてアンディの三名はテラをリーダーに据え、二人が知識面、実動面をサポートする役割分担でまとまっていた。

 就活と言う誰もがリーダーをやりたがる場面であったが、其処でごねるほど二人とも馬鹿ではない。据えるべき人物を据え、リーダー役は手足となってくれた者の成果を明確に、上へ報告する。

 誰もが欲をかかず、役割を果たすいいグループとなっていた。

 問題は――

「今からでも挑戦的にしてもいいのでは?」

「いや、此処は初志貫徹だろ」

「わたくしもそう思いますわ」

 こちら側。マリ、ディン、フレイヤの三名が上手く回っていない。三名ともリーダー適性が強く、ディンが手足の方へ回ろうにも二人がぶつかる。間を取り持とうとしても上手い塩梅が見出せず、ぎくしゃくしたまま。

 ヘレナの知識、アンディが走り回り各所から部材を調達、着実に陣地形成を進めていくグループとは対照的に噛み合わない状況が続いていた。

 それを遠目に、

「はっは、エクラのじいさんも意外と意地が悪いよなぁ」

「ですね」

 第六のフォルテ、第十のリュネが見つめて苦笑する。

 此処までの試験で大体、人物面の精査も済んでいる。組織の難しいところは優秀な者を集めれば上手く回る、と言うわけではないところにある。人物の特性が噛み合わぬ者同士を寄せ集めた場合、このように機能不全に陥る。

 この場合、競争と言う構造で煽り、片方が上手く回る構図でさらにかき乱す、こういうカラクリがあるのだが――

「受験生側としちゃたまったもんじゃねえ。でも、いい仕事だぜ」

「はい。苦境にこそ人の貌は出ますから」

 これも反発していること自体が問題ではない。むしろ反発するべくグループを構築したのだから、こうなってもらわねば困るというもの。

 見たいのは噛み合わぬ時の立ち回り。

「しかし、テロスはあんた好みだな。オレは知らなかったぜ、ああいう陣形は」

「実戦での投入例もありますよ。とある私設騎士団と研究施設が手を組んで、なので鵜呑みにするのもあれですが……確かに私は評価します」

「蓄魔器も状況次第じゃ節約することもあらぁな」

「シチュエーションとして、人家の近くと設定されていませんからね。なら、試験的な要素を入れても悪くない。しっかり考えられていますよ」

「だなァ」

 魔除けにも色んなもの、効果がある。人家の近くであれば一にも二にも包囲し、魔族を一匹も逃がさないベスト択か、火急であれば人家方向に厚みを持たせ突破だけを許さぬベター択か、など。周辺に人がおらず、かつ急ぎでもないのならあえて外へ、陣形に穴を空けたものでダンジョンの外から魔族を誘い込み各個撃破する。こういう選択も当然ある。第十二騎士隊はこれをよく使う。

 騎士を損耗させぬ手段も生存率向上には重要なのだ。

 それらを副次的に、多角的に現場で判断するのもまた騎士の仕事。

 特にリーダーにはそれが求められる。

「隣が順調だと、さらにがたつく。いいねえ、ギスってきた」

「いい貌です」

 にっこりと満面の笑み、若者の苦境は先達にとって美酒に等しい。特にこういった何のリスクもない状況であればあるほどに――


     〇


「どちらのグループもよく頑張った。それでは今年度の入団試験はこれで終わり。皆さん、お疲れ様でした。結果は二時間後、直接伝えるのでしばしお待ちを」

「ありがとうございました!」

 受験生の元気な声を聴き、エクラは今年もいい仕事をした、と笑顔で去っていく。なお現在、実務はクロイツェルらが鬼のスケジュールで回している。

 ぶん投げ爺さんなのだ。

「くっそぉ、上手くねえぜ、どうにもよ」

「そういう狙いのグループ分けだと思うけどね」

「其処で上手く回してこそだろー」

「あの二人は無理でしょ」

 どうにも不完全燃焼のディンとまあいいんじゃないのテラ。このグループワークが全てだとは全員思っていない。

 結局、全体でどれだけ見せられたか、の勝負なのだ。

 だから、

(悔しそうな顔をしているけれど……そちらが一軍だとわかっているんでしょうかね? 私はそちら側で上手く立ち回りたかったですけれど)

 最後は上手く着地したヘレナも慢心どころか穿った見方で反省していた。実際のところエクラが受験生の貌を見ようと組み分けしただけ、人物評は参考にしていても全体の成績、数値的な評価はあまり汲んでいない。

 と言うよりも、意味がないと考えている。

 何故なら、

「お疲れ様でした、マスター・ヘクセレイ」

「いやいや、そちらこそ。マスター・ギギリオン」

「欲しい人材はいましたか?」

「第七はもう取っておるのでノーコメントで」

「あはは、そりゃあそうですね」

 隊によって、隊長によって、欲しい人材像は異なるのだ。


     〇


 第三、第六、第八、第十の各隊長。そして代理で第五のユーグも参加する。

 この集いで決まるのだ。

 今年度の受験者、その採用が。

 まず口火を切ったのは、

「さて、実に難しい。まず、採用枠が一つであった場合、獲るべき人材は誰か……これに関しては皆、異論がないと思う」

 この場で最も年長者である第八、『凡庸なる』オーディ・セイビング。

「我はあるがな」

 それに対し第三の『黒百合』ヴィクトリアが口を挟む。

「卿は相変わらず大穴を狙うなぁ」

「大器晩成が好きなのだ。育て甲斐がある」

「……我々は育成機関ではないのだがね。まあ、一旦他の皆の意見をまとめておこう。アスガルド王立学園、ディン・クレンツェ。やはり抜きん出ていると思うが」

 採用枠が一つの場合、真っ先に彼の名が挙がった。

「同意見だ」

「同意です」

「自分もそう見ます」

 第三以外の隊長(+副隊長)の意見が重なる。

 実力、安定感、そして役割を遂行する立ち回り、最後にエクラが過剰な圧を加えたのも、そうなった場合のディンを見たかった、と言うこともある。

 ほぼ満場一致、学生での実績など巷で言われるほど彼らは重視しないが、大物食いに貢献している点でも評価は出来る。

 報告書で俺が俺が、としていないのも好印象か。

「だが、ディン・クレンツェは一人。当たり前の話だが……この場にいる一隊しか獲得することは出来ない」

「優先順位ならオレのとこだろ?」

「まあまあ。今、重要なのは枠をどうするか。かねてより議題に挙がっていた件、それを本当に押すかどうか、でしょう?」

「まあな」

 オーディ、そして各隊長たちの表情は硬い。

「ちなみに私はその価値があると思っているよ」

「我もだ」

「オレもだ」

「私もです」

 ユーグ以外の全員が発言する。

「マスター・ガーターは?」

「第五は本来、その権利を持たぬはずですので意見は差し控えて――」

「構わんよ。そも、これは確認だろう? 卿を呼んだ、その時点で話はついている。ずっと反対していたマスター・グラーヴェも『認める』とおっしゃられた」

「……であれば、当然同意見です」

「よろしい。では――」

 全員の意思統一が完了する。

 そして――


     〇


 受験者はそれぞれ別室に呼び出された。

 其処で合否が言い渡されるのだ。

 そしてここに――

「失礼します!」

「入れ」

 アンディ・プレスコットが立ち入る。室内は眼前の男がまとう圧、それが充満している気がした。息苦しいほどに。

 だけど、アンディは不思議とこの張り詰めた空気が嫌いではなかった。

 第二騎士隊隊長、『厳格なる』フェデル・グラーヴェを前にして。

「卿に問う」

「はい」

「自らが合格に値するか否か……すでに合否は決まっているという前提で、自らをどう考えるか、言ってみろ」

 フェデルの言葉にアンディは少し息を呑みながら、

「劣る部分はありました。でも、勝っている部分もあります。戦えていたとも思っています。なので、自らは値すると、思います!」

 周りは全員優秀だった。枠が一つなら、正直絶望的だとも思う。二つ、いやせめて三つあれば、それなら戦える。

 諦めたくない。

「……」

「伸びしろなら、一番です!」

「ふっ、よくぞほざいた。当然だ、これは競争であり、戦い。参りました、足りませんでした、そんな言葉誰でも吐ける。そして、その瞬間腐り落ちる」

 フェデルは笑みを浮かべた後、


「アスガルド王立学園、アンディ・プレスコット。卿は不合格だ」


 残酷な宣告を下す。

「……」

 アンディは拳を握りしめ、唇を噛む。決して予想していなかったわけではない。だけど、それでも、この人がいたから、一番評価してくれそうな人が待っていてくれたから、もしかして、そう思ってしまった。

「もっと言えば、卿だけが不合格だ」

「……え?」

 さらなる追い打ち。

「第三がヴァナディースを、第五がメル、第六がクレンツェ、第八がアウストラリス、第十がテロスを取った。枠は五つ、いや、今年度に限り無制限だ」

「……自分、だけが」

「優秀な人材の囲い込み、そう見られても仕方がない行為。このことが知れ渡ればすぐ、各国の騎士団から非難声明が届くだろう。元々、ユニオンから離れたがっていたものの、付き合いの長さから機を逸していた勢力も一斉に手を引く。人を獲り、資金難に陥れば本末転倒、私は反対の立場であった」

「……」

「しかし、最終的に私は認めた。第一に、秩序の騎士が動くべき大きな案件があり、人手が必要なことが挙げられる。中途の枠も拡充する予定だ。小賢しい連中は、その際に幾何かネズミを……いや、これは今語るべきことではあるまい」

 フェデルは首を振り、

「第二に、今年度の学生が優秀であった、それが挙げられる。いや、それに尽きる」

 枠が増えた理由を語る。

 それは、

「……でも、自分は、それでもダメだった、と言うこと、ですか」

 アンディにとって慰めではなく、死体蹴りに等しい話であった。枠が五つならまだわかる。だが、無制限なのだ。

 なら、手を挙げる隊が一つでもあればよかった。

 一つもなかった、それが問題で、絶望的な事実なのだ。

「以上だ」

 伝えるべきことは伝えた。

 言外に退出せよ、と促される。消え去りたい、逃げ出したい、悔しくて、恥ずかしくて、情けなくて、今すぐにでもそうしたい。

 だけど、

「あの、教えてください。何故、俺は駄目だったんですか!?」

 アンディは歯を食いしばりながら聞いた。

 現役の秩序の騎士すらも恐れる、最も厳格な騎士に。

「受験者には合格の理由も、不合格の理由も告げぬ。来年度以降、それが触れ回られ、無用な対策を練られては堪らぬからだ」

「わかっています。でも、その、誰にも言いません。だからッ」

 アンディは深々と頭を下げる。道理に逆らっているのはわかっている。だけど、駄目でした、それでは終われない。

「……」

 まだ、自分には――

「他言無用」

「も、もちろんです! ありがとうございます!」

 アンディは笑顔で何度も、必死に頭を下げる。それを見てフェデルは「ふん」と鼻を鳴らす。

 そして、

「力量は充分。知識の方も多少難があれど、ドローミのような粗忽者とは比較にもならん。少し足りぬが落とすほどではない。だが、根が至っていない」

 語り始めた。アンディを落とした理由を。

「根、ですか?」

「ユニオン騎士団に限らず、騎士団とは育成機関ではない。少なくとも現代では完成した騎士が求められる。此度、試験とは言え、卿らにとっては実戦に等しい。将来を、明日を占う場、其処で卿は限界を超えようとした」

 アンディは疑問符を浮かべる。それの何が悪いのか、自分の知る男なら当然勝利をもぎ取ろうと足掻いたはず。

 騎士ならば当然――

「足りぬ力を可能性で埋めようとした。工夫ではなく成長に賭けた。一対一で敵わぬならばどうするか、助けを借りる、敗北を認め退き、せめて命を繋ぐ。其処まで及ばずとも、何か工夫が欲しかったのだ。卿の姿勢、学生までならば積極性で評価できるが、仕事に対する姿勢ではない。あの場で卿だけがそうした。卿だけが学生であった。素材は面白い。才覚も充分、されど、意識が至っていない」

「……なる、ほど」

 でもそれは、アンディが浮かべていた背中は、あくまで学生のクルス・リンザールであった。言われて初めて、その違いが見えた。

「仕事で、それをするか? 民を背に、自らの可能性に賭けるか? 背後の、無辜の命をも一緒に……自分なら出来る、かもしれない」

 たぶん、今の彼は試験の場で、四学年、五学年の時に見せたあの遮二無二上を目指す姿勢は見せない。

「それはプロの仕事ではないのだ」

 それが求められていないと理解しているから。

 今更、気づく。

 もう、ステージが違うのだと。

「あ、ありがとうございます。納得、出来ました」

 力が足りていなかったとは思わない。実際、今の自分は昨年まで一蹴されていたディンやフレイヤとも勝負ができるまでになった。

 他の皆とも勝ち負けが出来ていた。

 実際勝利もした。

 でも、其処じゃなかった。ただそれだけ。

「……そうか。ならいい」

「本当に、ありがとうございました!」

 きっと、就職のアドバイスの中にもこれぐらいはあった。エメリヒ先生もそんなことを言っていた気がする。だが、結局どんな言葉も受け入れる姿勢がなければ素通りするもの。落ちて、突き付けられた今でなければ届かなかった。

 悔しいがフェデルの言う通り、至っていなかったのだ。

 自分だけが。

 何度も頭を下げ、アンディは身を翻す。

 その背に、

「騎士とは場数が作る」

「……」

 フェデルが言葉を投げかけた。

「多くの実戦を求めよ。死線を潜れ。結果を出し、実績を積み上げろ。有無を言わせぬほどに……さすれば、今度はこちらが頭を下げる番となる」

「……はいッ!」

「精進せよ」

「イエス・マスター!」

 それは助言であった。前途ある者へ向けたもの。彼ならばきっと這い上がってくる。どんな道のりであろうと。

 むしろ、荒れ野を征く方が伸びるやもしれない。

 個の力はシステマチックになってきた現代の騎士にはあまり重視されぬものであるが、それでも最後の一線でものを言うのは個の武力であるとフェデルは確信している。それの可能性を信じた者だけが、先のステージへと征く。

「……」

 かつてユニオン騎士団とは世界で最も過酷で、死亡率も高く、それゆえに精鋭にしか務まらぬものであった。

 無論、それが正しいとは思わない。

 時代錯誤、それも理解している。

 それでも――


     〇


「惜しい人材だったね、バレット」

「ええ」

 第十二隊長レオポルドと第十一隊長バレットが隣り合い歩む。

「枠が余ればぜひ確保しておきたかったのですが……あの老人の出した条件付けのせいで獲得するわけにもいかなくなりました」

「中途を獲るなら、新卒は諦める。至極当然であるが、直前に条件付けをしたと言うことはあの子を守るためだろうね」

「私から、ですか?」

「ああ。君はほら、人材を腐らせがちだから」

「マスター・ゴエティアが目指す新たなる秩序、その邪魔になるものは小石でも払っておきたい、それだけです」

「はは、君が忠義者なのは理解しているとも」

「嗚呼、我が主」

 レオポルドに頭を撫でられ紅潮するバレット。敬愛する主君のためならば何でもやる。例えば、厄介な人材を自ら囲い、腐らせてしまうなども。

「あの子、欲しがっている団は何処だったかな?」

「確か……ワーテゥル辺りが手を挙げていたかと」

「ああ、なるほど。ウーゼルとの繋がりだね。フェデルもそちらへ誘導したかったのだろう。まあ、別に構わぬさ。まさに小石、それで躓きはしない」

「無論です。全て、私が勝手にやっていること」

「私は幸せ者だよ」

「嗚呼!」

 昔気質が好む人材。

(フェデルも手を挙げることが出来た。それをしなかったのは彼が厳格なだけ、ではないだろう。ふっ、随分と警戒されたものだ)

 本来、手元に置いておきたい。自分で鍛えたい。それが出来る状況であった。実際、アセナ獲得の際、無理にエイルを獲った代償に権利を喪失していた第五にも権利が認められた。状況が当時とは変わったから。

 対ファウダー、それにかかわる諸々への対策としての人材確保。

 おかげで自勢力に従順な犬を仕込むことが出来るようになった。

 ただ同時に、内外に厄介な人材が散らばることにもなっている。学生の自主性もあるだろうが、其処にあの英雄の意図が絡んでいないと言えるか。

 混迷の時代、近い内に秩序の騎士は割れる。

 いや、

(俺が割る。全ては……ウトガルドのために)

 『天剣』のサブラグが割るのだ。

 新たなる秩序を提示し、旧秩序を破壊する英雄、レオポルド・ゴエティアとして。

「あの人からは?」

「……実に不愉快な、『双聖』での実験データが送られてきましたよ」

「なるほど……まったく、困った人だ。なかなか思うように動いてくれない」

 ファウダーが表から、自分たちが裏から動く。

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