第275話:入団試験

 世代の頂点ではない。

 此処に並ぶのは時代の頂点である。騎士の家ならば誰もが聞いたことのある騎士ばかり。どの騎士も一つか二つ、伝説を持つ。

 そういう者しか隊長格になど至らない。

「百聞は一見に如かず。早速君たちの力を拝見するとしよう」

 秩序の塔、その麓に増設された施設の一角に、秩序の騎士が修練するための開けた施設があった。一通りそろったトレーニング機材、およそ必要なすべてが揃いながらも、しっかりと動けるスペースもある。

 其処へ招いたレオポルドが受験者へ声をかける。

 いきなりの手合わせ。

 だが、

(わかりやすくていい)

 さすがに各校のエース級しかいない(なおアスガルドは――)だけあり、その程度で臆する者は誰一人いなかった。

 覇気に満ちた受験者を見てレオポルドらは笑みを深める。

「では、マスター・ギギリオン。手数をかけて申し訳ないが――」

 受験者の実力を見る、そのために第四騎士隊隊長直々に相手をしてくれる。受験者の胸が躍る。『金庫番』エレオス・ギギリオン、彼もまた多くの逸話を――

「私が見よう」

 しかしそれを征し、一人の男が進み出る。

 その瞬間、受験者の表情、それどころか他の隊長格や、明日の同僚を一目見ようと修練がてら見物に来た騎士たちが固まってしまう。

(う、嘘だろおい)

 ディンもまた息を呑み、固まっている一人であった。

 それほどに、

「問題あるか? マスター・レオポルド」

「滅相もない。エレオス殿同様、今期の採用にかかわらぬ隊であれば、どなたであろうと構いません。しかし、実に珍しい」

「ふん」

 第二騎士隊隊長『厳格なる』フェデル・グラーヴェ。カノッサと同世代の騎士にして、伝説の一騎打ちを目撃した世代の数少ない現役である。

 魔導革命による黎明期、その秩序を支えた生き字引。

 半純血、その威圧感は他の隊長格とは一線を画す。

「我こそはと思う者は来い」

 空気がひりつく。この男にこう言われて、果たして手を挙げることのできる騎士がどれだけいようか。他者へ厳しく、自らへはもっと厳しい厳格さを体現した騎士。その逸話はミズガルズ中へ轟いている。

 飲まれてはいけない。

 しかし、飲まれずにはいられない。

(あらら、可哀そうに)

 エレオスは受験者たちの不憫を想い、苦笑いを浮かべた。

 だが、


「はいはいはいはい!」


 凄まじいプレッシャーの中、誰よりも早く手を挙げた者がいた。他の隊長格すら突然の状況に息を呑む中、

「名は?」

「アスガルド王立学園、アンディ・プレスコットです!」

 アンディが手を挙げた。

 この場で最も無名の、いわば場違いな受験者。今年は四強が枠をさらい、万が一もなくなったのだ。御三家、準御三家のエース級でもトップ層しかいない。

 それなのに彼は来た。

「意気やよし」

 フェデルは眉一つ動かさず、

「ユニオン騎士団第二騎士隊隊長、フェデル・グラーヴェである」

 名乗り返す。

(ほおほお、やるねえ。顔はそこそこだが、ご老公の一角を前に臆していない。おそらく騎士の家じゃないな。面白いじゃねえの)

 第六騎士隊隊長、フォルテは笑みを浮かべた。一番槍は騎士の誉れなれど、相手がフェデルであれば別。黎明期ゆえ可能であった単独での戦士級撃破、永劫破られることがないとされるレコードホルダーこそが彼。

 その生ける伝説を前に、

「構えよ」

「イエス・マスター!」

 おそらくはこの場の序列最下位であろう男が挑む。

(……ちくしょう、やられた)

(情けないッ)

 ディン、フレイヤは出遅れた己を恥じる。伝説の威圧感を前にほんの一瞬臆したのは事実。それほどにミズガルズ中、どの国の騎士にとっても彼は伝説なのだ。秩序の塔に構えねばならぬグランドマスターのウーゼルよりも、ここ百年の間であれば彼らの世代の方が名は轟いている。

 大戦が多くの騎士を削ぎ、世界中が混沌と化した中で秩序を支えた。

「来い」

「おっしゃあッ!」

 伝説へ躊躇なく突貫するアンディ。

 その爆発的な加速に、

「ほう」

 第八隊長、オーディが感嘆をこぼす。

「ッラァッ!」

 上段からの袈裟斬り、最も破壊力の出る一撃を、全身全霊で叩き込む。相手が年配だから、とかそんな考えは微塵もない。

 様子見する気もない。

(俺だって厳格なる騎士ぐらい知ってらァ! 超格上、だからこそ全力全開! 俺はさっさと、あいつの背中に――)

「……」

(――う、嘘だろ?)

 筋肉を、魔力を迸らせた一撃。

 それが易々と受け止められていた。押し込んでもピクリともしない、まるで絶壁を、山を押し込んでいるかのような感覚が腕から伝わる。

 フレイヤと押し合いしても退かぬ筋肉である。

 クルス・リンザールと戦うために鍛え上げた鋼の肉体。

 されど、

(き、鍛えが、違う⁉)

 同種ゆえの絶望感が満ちる。

「終わりか?」

「まだァッ!」

 筋肉を躍動させた連撃。無名の彼が信じ難い破壊力を振るっている。見物の騎士たちは唖然と、巨躯に搭載された筋肉の爆発を目撃していた。

 受験者たちも驚きに満ちていた。

 ほぼ無名、アスガルドが一つ抜けた層を誇るものの、ディン、デリング、フレイヤ、其処から下には小さくない差があったはず。

(……強いね、彼)

 それを埋めてきた。

 だからこそ際立つ。

「容赦せんのぉ、あやつは」

「ですね」

 カノッサは盟友の受けて立つ姿に苦笑するしかない。力勝負はフェデルの真骨頂、半純血とも呼ばれる彼相手にそれを挑む者はそういない。

 おそらく、

(鉄仮面の下は微笑んでおろうな)

 フェデルは対峙する者を気に入った。だからこそ、あれだけ長く打ち合いと言う名の、打ち込みに付き合ってやっているのだ。

 取るに足らぬ相手なら、小細工でも弄しようものなら、しっかり受け止めた後、容赦なく技ごと押し潰したはず。

 部下相手すら滅多に剣を抜かぬ男。それゆえに隊長格ですらその機微には気づかない。馴染みのカノッサぐらいのもの。

 そんな打ち合いを眺め、

(ちと、長くやり過ぎているぜ、アンディ)

 ディンは少し眉をひそめた。いい打ち込み、気概が感じられる。あの巨躯が秘めるスケールは充分出した。

 だからこそ、

(悪目立ちしていますよ、プレスコットさん)

 レムリアのヘレナが思う通り、少し助長に映る。少しずつ視線が剥がれていく。最初は驚愕し、興味を向けていた視線が――

「理解してなお、それでも高みを目指すか」

「ぎィッ!」

 鬼気迫る表情のアンディは目を血走らせ、騎士剣を振るう。受けは揺らがない。まだまだ伸びしろのある若者に劣る気はない。

 それでも、

「剣とは、こう振るのだ」

 その剛剣に、打ち合うに値する気概を見た。

「ぐ、おお!」

 剛剣の衝突、無駄なくコンパクトに、それでいて破壊的な威力を誇るフェデルの剣がアンディをどんどん押し込んでいく。

 差があった。明確な差が。

 ただ、

(諦めず、腐らず、崩し切られるまであくまで立つ、か。いい粘り腰だ)

 レオポルドら隊長格は崩れ征くアンディに再度眼を向けていた。窮地にこそ人の貌は出る。負けを恥じ、途切れる者もいる。相手は伝説、格上とさじを投げたくなるところ、それでも必死に、気迫の粘りを見せる。

 その姿勢は評価に値する。

(畜生。あいつなら、あいつらなら……届いたのかよ?)

 押し切られ、崩れ切り、最後は体一つ残せずに倒れ伏した。

 完敗である。

 半純血、ソル族の混血それ自体は珍しくない中、彼だけがそう呼ばれるのには意味がある。純血とも渡り合う、凌駕し得る最強のフィジカルを彼は持つのだ。

 魔力異常者とは別種の化け物。化け物じみた才を極限まで鍛え上げた境地。

 それを、

「精進せよ」

「……イエス・マスター」

 アンディは体感した。

 値千金の体験、である。

 フェデルは身を翻し、

「あとは卿に任せる」

 第四のエレオスに向けて言葉を放った。

「よろしいので?」

「見るべきものは見た。認める」

「……今日は槍でも振りますかねえ」

「その軽薄な口を閉ざせ。私の前ではな」

「イエス・マスター」

 言うだけ言って、フェデルはその場から離れた。珍しく剣を握り、極めて稀なことも起きた。伝説を相手に敗れ悔しがる彼、それを見つめる受験者たち。

 なかなか面白い光景である。

「では……僕が皆さんの相手をしよう」

 今度こそ第四隊長エレオスがその真価を見せる。

 黄金世代をフェデルの如く受けて立つ。


     〇


「ひーひーひー」

「……マスター・ギギリオン」

「いや、強いよ、ほんと。びっくりしたぁ」

 『中立』第十隊長リュネは呆れた表情で恥も外聞もなく疲れ果て、腰を下ろす情けない隊長を見つめていた。

「それでも腰を下ろすべきではないでしょうに」

「いやぁ。疲れたので」

「……」

 それでも隊長なら立てよ、と言っても柳に風。ある意味フェデルとは対極の、威圧感ゼロの隊長である。軽く見られることも多い。

 そのおかげで受験生ものびのびと力を発揮できた。

 その上で――

(まあ、勝ち切ったのはさすがと言えますが)

 エレオスはひいひい言いながら何のかんのと捌き切って見せた。フレイヤ、ディンとの連戦を、である。

(さすが、と言わせるほどに完成度が高い、と考えるべきなのでしょうね。あの二人はもう、即戦力を通り越している)

 まだまだだ、という表情のディン。勝てた勝負だったと悔やむフレイヤ。どの姿勢を評価するかはともかく、隊長充分の実力を持つエレオスをたった二人で追い詰めたのは驚嘆に値する。まあ、この男も底を見せない性質ではあるが――

(それに――)

 今、今年の獲得権を放棄した第十二隊長のレオポルドがマリ・メルの相手をしていた。あの第十二がそう決断したのも驚きであるが、それ以上に驚くべきは今年の受験生のレベルである。

「うむ、懐もきちんと応じているね。感心感心」

「ありがとう、ございますッ!」

「はは、いい踏み込みだ」

 レオポルドはすでにヘレナとテラを見た。どの子も調査段階よりさらに磨きがかかっている。特にヘレナなどはフレイヤに圧倒された悪印象を払拭する精密精緻な攻守兼備の、本来の姿をしっかりと見せつけた。

 マリ・メルの足捌きもさすがのもの。

 引き足の鋭さが槍の間合いを生かしている。

 何よりも、

(一番余裕がある。心持ちの問題か、それとも……ここまで懐の広い騎士とは思っていませんでした。テラ・アウストラリス……嫌でも想起してしまいますね)

 テラの剣はあのピコを彷彿とさせるレベルにまで近づいていた。対抗戦からの成長と考えたなら、下手すると彼が一番仕上がったと言える。

 理想がある分成長が早いのだろうか。

 総じてレベルが高い。桁外れに高い。

 単純な武力で考えたなら全員即ユニオン入りしても問題ないだろう。問題ないどころかしっかりと中核戦力として機能し得る。

 それに、

(武力以外も素晴らしい。その評価軸に関して、これまた優劣を付けられない。騎士としての総合力、厚みが良く見て取れる)

 武力以外、彼らの立ち回りもまた評価の内。

 それも素晴らしい、としか言えなかった。

「いやぁ、出来ればディン君をマスター・ゴエティアに当てたかったなぁ」

 エレオスがぽつりと漏らす。

「何故ですか?」

 それをリュネが問うと彼は微笑みながら、

「あの人の底、もう少し見ることが出来たかな、と」

 薄く、レオポルドを見つめていた。

 レベルの高い受験生を、しっかりと受け止める器の大きさ。さすが万能なる騎士だけはある。お手本のような剣術。

 だから、

「色も見えないでしょう?」

「……なるほど」

 彼の剣からは何も見えない。

 それでも受け止めてしまう。それが恐ろしい。底知れないのだ。どの子も個の武力だけなら例年で言えばダントツトップ層、隊長格ともそれなりに戦える。

「それを言えばあなたもあまり見えませんがね」

「僕は底が浅いだけですとも」

 誰も彼も腹の底を見せない。派閥の絡みもあるが、そもそも軸足をどこに置いているか、も隊長によって異なる。

 全てが秩序のために動いているとは限らないのだ。

 そんな水面下での腹の探り合いをしつつ、明日の人材を見つめる。


     〇


 隊長が剣を見て、そのまま各種身体能力を測定、その後別室で筆記試験、面接を立て続けに行い、夕食となる。

 夕食は、

「やあ、フレイヤ」

「ご無沙汰しておりますわ、部長」

「ははは、懐かしい響きだねえ」

 他の秩序の騎士に混じってとなる。秩序の塔に付帯する建屋にある食堂を使うか、各隊の隊舎にある食堂を使うかは騎士の自由なのだ。

 なお、隊長によって隊舎の食堂にかける予算が全然異なり、第十二騎士隊と第七騎士隊では質に天地の差がある、と言われている。

 そちらが優れているかは言うまでもない。

 贅肉はカットされてしまうのだ。

「調子はどうだい?」

「出来ることは。先輩はどうですか?」

「毎日勉強だよ。それに躾担当でもあるからね。ま、充実はしているかな」

 他の受験生たちも緩い感じで会話を交わしている。

 緩い感じに映るが――

(どの子も本当に優秀だなぁ)

 エイルは驚いていた。食堂での偶然を装った談笑、残念ながら偶然ではない。これもまたれっきとした入団試験の一部である。

 エイルの年も同じような試験があった、と思う。中に入ってわかったが、そもそも出払うことの多い秩序の騎士は普段隊舎にすらいない。そんな中、偶然同じように騎士がこうして集まっているなど考え難いだろう。

 あと、今思えばやたら豪華な面々でもあった。

 後々隊を率いるかもしれない、そういう人物が談笑の中で人を見定め、評価を送る。エイルも今回その内の一人である。

 そして、

「ここだけの話、他の子で意識している子はいる?」

「どこの隊に入りたいとかあるかい?」

「最近はまっていることとかある?」

 内容自体はあまり意味のない質問を投げかける。面接もそう、答えなどどうでもいいのだ。見たいのは答えに至るプロセス、其処から滲む人間性である。

 エイルはフレイヤを知っている。素晴らしい人間性だと思う。ただ、仕事人として見た時に隙の多い子だとも思っていた。

 ただやり取りをしている感じ、

(うん、もうあの頃の君ではないね)

 そういう隙は見えない、見せないようになっていた。

「マスター・ストゥルルソン。せっかくだし私も彼女に紹介してくれないかい?」

「ええ、構いませんよ」

 他の子も目の端で窺う。どの子も物腰は柔らかいのに隙が見えない。一人素で話していそうな子もいるが、あれはあれで愛嬌があるので評価自体は悪くないだろう。ただ比較で見た時、どう映るかはわからないが――

 エイル視点でも甲乙つけがたい。

 それに、昼間の剣闘や身体測定、筆記試験の内容、そのフィードバックを貰った限りでは数値上も得意不得意はあれど大きな差はなさそうである。

 だからこそ難しい。

(参ったね)

 どうしても評価とは粗探しをしてでも優劣を付ける必要があるから。その粗を出してくれないのだから、なかなかに試験官泣かせである。


     〇


 深夜、秩序の塔の中層で夜風に当たる大男。

「珍しいのぉ」

「カノッサか」

 その横に老人が立つ。と言っても二人は同世代、歳も一つか二つしか違わない。あの時代を思えば誤差の範疇である。

「今頃受験者たちは寝とるか、それとも拍子抜けしとるか、どうじゃろうな」

「人を見る方法など何処もさして変わらん。見るべきものを見極められる者がいるかどうか、だ。それか手っ取り早く圧をかけるか、だな」

「阿呆。そんな時代ではないわい。昼間はやり過ぎじゃぞ」

「ふん」

 時代に取り残された二人。自分たちでこう思うのだから、ウーゼルの胸中は計り知れぬものがあるだろう。

 こうして共に立ち、共有することも彼には出来ぬのだから――

「かつて改革派、革新的じゃったわしらも今では立派な保守となった」

「今の連中は軟派が過ぎる」

「それを言ったらジジイの始まりじゃい」

「……何しに来た?」

「なに、どうせ時代を憂いとると思ってな」

「其処まで傲慢ではない」

「であればよいがの」

「どうせ我々は蚊帳の外だ」

「第二は放蕩小僧を得て、わしらは一昨年に一枠こじ開けた結果、今年も新卒は参戦出来ぬからのぉ。中途も十二、十一、九が新卒の権利を放棄し、そちらへ舵を切った。無理を言った手前、わしも欲しいとは言い出し辛い」

「あれは必要だったのか?」

「あれが必要じゃった、とよ。わしの判断ではない。すでに時代は移り替わりつつある。わしも後進に引継ぎ、ゆっくり終活をしとるのだ」

「……寂しくなるな」

「すまぬの。わしも先に抜ける。ノマ族はきついわい」

「それをマスター・ユーダリルにも言えるか?」

「阿呆たれ。あんなもん別枠じゃろうが」

「くく」

「……時代が変わるの」

「ああ。良くも悪くも、な」

 長く騎士をやってきた。嫌というほどに変わり、移ろう世の中を見てきた。自分たちの番も近い。今日、若者たちを見てそう思った。

「かつての徒弟制ならのぉ」

「言うな。それこそ時代が違う」

「じゃな」

 時代に適合できるかどうか、それもまた世の流れである。

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