第274話:旅行、その表側で――
「ほう、北限のグラスゴー渓谷に……ならば道中の羊たちは見たか?」
「ああ、のんびりしていて心地いい景色だったよ」
「ふっ、オズボーンもニクいチョイスをする」
あの後、ロイが平身低頭謝罪芸を連打し、跳ね除ける方が狭量な雰囲気を作り出すことで和解に持ち込まれ、隙間時間や休日にアスガルドが誇る景勝地(北部)の観光を案内してくれることになった。
其処で行った場所が今デリングとの会話で挙がった地名である。
なお、時間による風化作戦は成功したのかしていないのか、とりあえず落ち着きを見せたことは事実である。たまにクルスを見て後輩女子が泣き崩れる者も出ているようだが、一応落ち着いたのだ、一応。
「しかし、アスガルドに三年以上いてこれだけしか知らぬのは問題だな。致し方ない。皆が不在の今、この俺が一肌脱ぐしかあるまいよ」
妙に熱くなるデリング。
何を隠そうこの男、郷土愛に満ち溢れており、実は馬を駆り全国各地を回るのが趣味かつ、いつかはぐるりと一周とかしてみたいなぁ、と思っていたのだ。
それが出来るのは、
「い、いや、其処までは」
モラトリアムの今。
「オズボーンの誘いは受けて……俺のは断るのか?」
しょんぼりデリング。普段イケメンで背筋をしゃんと正し、折り目正しい生活を送る彼の猫背と縮こまった姿は強烈であった。
「……わ、わかった。行くよ」
「そう来なくてはな!」
背筋ぴーん。
にっこりデリングは早速頭の中で行くべき場所をリストアップする。列車旅など馬をこよなく愛するデリングからすればナンセンス。
そも、真の観に行くべき景色は列車など通らぬ場所にあるのだ。
実はほんのりマイナー厨を拗らせている。
「……」
季節は第三月、とうとう国立の騎士団が門戸を開放し、最も熾烈な就活戦線の幕が上がる、頃であるが――
「暇だなァ」
「暇ねえ」
「暇だね」
ヴァル、ミラ、リリアン(あとまだ専門学校にいるフィン)など、すでに就活を終えた面々は暇を持て余していた。
なので、
「「「……」」」
(……あ、あいつら、まさか)
じーっと無言の圧をクルスへかけ続けている。デリングは思索にふけり意識この世にあらず、なのは誰が見ても明らか。
ゆえにこの視線はクルスへ注がれている。
じーっと。
「……その、もし手すきなら、一緒に行くか?」
「はっは、リンザールが其処まで言うなら混ざってやらんでもないぞ」
「ったく、そんな野暮男に任せたらくっそつまんない旅になるわよ」
「ありがとうクルス君。楽しみだね」
三者三様、何故か気遣ったのにリリアン以外は頼まれたから仕方がない、みたいな雰囲気を醸し出している。
大変遺憾であるが、まあ今更か。
「デリング」
「………………む?」
「三名追加だ」
「……なぜ?」
こっちが聞きたい、とため息をつくクルス。
そんなこんなでデリングが送るぷち学生旅行編、開幕。
は、裏側の話。
〇
時は遡り、
「あら、噂の殿方ですわね」
「フレイヤまで……やめてくれ。君たちには理由を言っただろ?」
「話の内容まで聞かせてはくださらなかった。違います?」
「……それは」
クルスが専門学校へ赴く前、就活組がごっそりいなくなる前の話である。
「わかっていますわよ、自分の立場は」
「何の話だよ」
「貴方たちは自分の道を見つけている。わたくしにはまだそれがない。その差で話せぬこともある。理解しているつもりですわ」
「……考え過ぎだ。俺だって騎士道なんて見つけちゃいない」
「そうかしら?」
「らしくないぞ」
最近の彼女は何処か、らしくない。夏休みを挟み再会した彼女は確かに強くなっていた。今まで大雑把過ぎた部分が矯正され、戦士として一つレベルが上がった。
でも、時折見せる戦況を冷静に見つめる眼。
あの冷たさは彼女らしくない、フレイヤ・ヴァナディースらしくない、と思う。
「わたくしらしく、で貴方に勝てますの?」
「……俺には俺の、君には君の道がある」
「気高く、雄々しく、時に優雅に力強く……高貴なる者としての責務を全うする。美しく、凛と立つ」
「それが君だ」
「それでは行き詰りましたの。届きませんの」
「……誰に?」
「貴方に」
その眼は冷たく、その奥にかつて迸らせていた情熱を秘めていた。消えたわけではない。変わったわけでもない。
その上で、彼女は成長したのだ。
足りぬ部分を補う形で。
全ては――
「俺に……フレイヤ・ヴァナディースが、か?」
「ええ。いけません?」
「……」
クルス・リンザールに勝つため。
クルスにとってその発言は大きな衝撃であった。自分が、自分如きがあのフレイヤを変えた、変わるための影響を与えた。
それが信じられなかったのだ。
「かつて、わたくしは貴方に手を差し出しました」
「ああ。それがなければ、俺は心折れ今頃この学校にはいなかっただろう」
「わたくしはそう思いませんわ。あれは自らの驕りが、あなたに優る者として、高貴なる責務を果たさねば、と考えた上での行動。その後の貴方を見るに、きっと独力でも道を切り開いた。わたくしはそう思います」
自分はそう思わない。
でも、
「足掻き、惑い、遠回りを繰り返し、強さを得た。……五学年の途中、わたくしは心の中で勝てないと……そこでわたくしは目を逸らした。戦わずに済むなら、そう思った。醜く、弱く、脆い。それが強いふりをした、わたくしという人間でしたわ」
「……」
「もう逃げたくありませんの。わたくしも足掻き、惑い、遠回りをして――」
フレイヤ・ヴァナディースに真っすぐ見つめられる。
その眼がこちらに向いているのは――
「わたくしはクルス・リンザールに、貴方の背中に追いつきたい。貴方と並びたい。だから、獲りに行きますわよ。まず、立場だけでも並ぶために」
純粋に嬉しかった。
「……望むところ。受けて立つ」
すでに四つ枠は埋まっている。例年を鑑みれば新卒の枠など残り一枠、多くても二枠程度か。容易い競争ではない。
何しろ相手もまた黄金世代。
そして対抗戦のように腕っぷしで打ち倒せばいい、というものでもない。
それでも――
「ええ。精々首を洗って待っていなさいな」
「俺も進むさ。まだまだな」
「もちろん。そうでなくては人生を賭し、追いかける相手として不足ですもの」
追いかける側から追われる側へ。
認められたことが、如何なる誉め言葉よりもうれしく思えるのは、
(我ながら……歪んでいるな)
そう思い、クルスは自嘲する。
頑張れ、とは言えない。ディンも参戦するのだ。一枠なら、席の奪い合いとなる。そもそも先に席を奪った自分が言うべき言葉でもないだろう。
自分に出来るのは、
(足る姿を、見せるだけ)
誇り高き彼女と共に立つためにも全力で駆け抜けるのみ。追いつかれては駄目なのだ。待っていては、すぐにでも追い越される。
(それだけだ)
あの頃の彼女を美しいと思う。
が、あの頃に戻りたいなどとは微塵も思わない。
弱く見上げる気はない。高嶺の花を見上げる日々は二度とごめん。
互いに極めてエゴイスティックな、そんな関係性。
それがこの二人である。
〇
「馬の乗り方も様になってきたな」
「どうも」
「いやいや、ナルヴィは甘いなァ。まだまだだろ」
「庶民感が抜けないのよね、立ち姿と違って」
「そ、そんなことないと思うけど」
思い立ったが吉日。就活の決まった六学年ゆえの機動力を如何なく発揮し、彼らは馬と共に旅に出る。
アスガルドの名所、旧跡を巡る旅へ、
「帰りに王都でノア麺食べに行きましょ」
「「賛成」」
「お、おい、俺の完璧な計画を早速歪めるな」
「……呑気だなぁ」
いざ征かん。
〇
「このメンツから一枠だとえぐいよなぁ」
「そういう割に自信ありそうだけど、クレンツェは」
集合時間が設定されている以上、列車の駅で皆が鉢合うのも当然のこと。
「そっちも調子良さそうだな、テラ」
「おかげさまでね」
ディン、メガラニカのテラ。
「ミラ……きっと姉である私の進路を心配しているでしょうが安心しなさい。姉は強い、それを証明して見せます」
マグ・メルのマリ。なお意中の妹は元気に旅行中である。
姉のことは欠片も頭の中にない。
「先の一戦、油断した私の敗北は認めますが、此度同じ手は食わぬと心得てください。私もそれなりに、積んできたつもりです」
「わたくしも、当然積んできましたわよ」
レムリアのヘレナ、そしてフレイヤ。
「ところでノアが未だに行方不明なのは事実ですの?」
「あああああああああああ⁉ ノア様ノア様ノア様ノア様! 御身は何処に⁉」
「……あっ」
触れてはならぬ話題に触れ、発狂を開始するヘレナ。卑怯極まるやり方だが試験中にこの発作が起きたら、たぶん彼女は真っ先に脱落するだろう。
あとついでに、
「……俺以外全員仲良しかよ」
仲良さそうな上位組の絡みを見て、いいなぁと指をくわえるアンディも参戦していた。後伸びタイプの彼は最初からトップ層だった名門のお歴々とは層が違う。多少挨拶をした程度、対抗戦にも出ていない以上結構な無名である。
そんな彼らを――
「ようこそ、ユニオンへ」
第十二騎士隊隊長、
「よく鍛えている。よく学んでいる。そんな君たちの今を見せてほしい。それを我々が見定めよう。全身全霊、先達たる責任をもって!」
レオポルド・ゴエティアが待ち構えていた。
そして、
「君たちの健闘を祈る!」
「イエス・マスター!」
ずらりと並ぶは現在ユニオンに戻っていた隊長格たち。人事担当はいるが、基本的に面接などは手すきの隊長格が介在するのが習わしである。
それでも本来は多忙な存在。
例年、隊長であれば普段暇している第七のエクラ、その辺まめな第八や第十二の隊長ぐらいしか都合がつかぬものであるが、
(……うへえ、ほぼオールスターだ、こりゃ)
今回はほぼ全員の隊長格が揃っていた。
それだけ今年の入団希望者が期待されている証、なのかもしれない。
それとも別の理由があるのか――
全てはここから、である。
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