第273話:クルス、専門学校へ行くってよ

 今年度に入ってクルス・リンザールの評価は乱高下を繰り返していた。あっちで噂が立ち、こっちで噂が巻き起こり、あちらこちらで火の手が上がる非常事態。クルス自身はさほど悪くなくとも、一級品の間の悪さが混乱を引き起こしてしまう。

「お似合いだろうに、何を騒いでいるのやら」

「本当に」

 富める者は首をひねり、

「ゆ、許すまじ。婦女子の部屋に入るなど言語道断!」

「て、手とか繋いだのかな?」

「は、破廉恥な!」

「駄目だこいつら」

 貧者は発狂し続ける。

 世はまさに混迷を極めていた。あまりの事態にリンド先生、そしてウル学園長自らが事情聴取をし、やましいことはなかった、と学園に声明を出す始末。

「まあ、人の口に蓋は出来ぬ。我慢じゃ我慢。で、ほんとのところは――」

「学園長」

 まあ、こんなので鎮静化するなら不滅団などと言う陰者は生まれない。紳士たれ、との校訓を胸に刻め、と言いたいところだが、

「紳士淑女ほど噂好きはいねえからな」

「まったくだ」

 名門クレンツェ、ナルヴィのお二人が言うように社交界ほど噂が飛び交う場もない。勝負できるとすれば井戸端会議ぐらいか。

 ただ、社交界の広さには届くまい。所詮は井戸周り、ローカル勢力でしかないのだ。と言うわけでいつも通り、噂に追いやられたクルスは今、

「……まあ、いい機会と思うか」

 学園と提携する専門学校へ赴くべく、アスガルド北部のとある地域へ訪れていた。ことの流れはこうである。

 まず、クルスとイールファナはどちらも進路が確定した身であり、周囲には就活中でピリピリした学生がわんさかいる。普段温厚で紳士的な彼らもこの時ばかりは獰猛極まる存在であり、あまり刺激するわけにもいかない。

 そして二人とも五学年を終えた時点で、イールファナに至っては四学年の手前で卒業自体は確定させている。

 なら、あとはウィニングラン。就活を終えた真面目な学生は最後のモラトリアムを満喫するか、のんびり学園での学びを続けるか、こうして新たな知恵を求め学園の外に出るか、と案外色々な選択肢があるのだ。

 ちなみにクルスには関係ないが、こういった提携校での学習成果も学園の卒業に加えることも出来るため、魔法科などはかなり積極的に外へ出ることも多い。

 騎士科は珍しいが――とりあえず噂が落ち着くまでクルスは学園の外に出る選択肢を取った。勧められたこともあるが、純粋に少し興味があったのだ。

 学問としての、

「ようこそクルス君」

「よろしくお願いいたします」

 農業に。


     〇


 剣闘、拳闘、騎士の業務にかかわる諸々も選択肢にあった。ただ、それらは先生方も言っていたが、学園の下位互換であるのだ。指導者の質、レベル共に今のアスガルドはこれ以上望むべくもない人材が揃っている。

 騎士科にとって専門性のある提携校とは金の卵、あと伸びする人材を早熟の子と入れ替えるための草刈り場でしかない、のが実情である。

 魔導に関しては弱い分野を補う提携校は本国、他国に渡り存在しているが、其処の学びを深めたいかと言えばそうでもない。

 故郷へ戻り、水に合わぬと再確認しながらもやはり、

(……全然違うんだな)

 どうしたって自分の中には農業従事者の血が入っている。

 なので、折角専門的な学びを得るなら、多少なりとも現場の知識を持つものが良いと思った。思っていたのだが――

(知らないことばかりだ)

 この学校は現場に根差した学びを重視しており、実際学生の大半が農業従事者の血縁が大半を占める。ここでの学びを地元に還元するため、それなりの金をかけてやってきた者たちばかり。

 熱意が違う。そして知識も全然違った。

「クルス、農学は楽しいだろ?」

「しばらく学園で見ないと思ったら……」

「俺は楽しい」

 そんな中、クルスよりも先にこの学校に通っていた同期のフィンは先輩風を吹かせながら、自分の領域にクルスを引き込もうとする。

「まあ、まだフィンはわかる。就職先が決まっているからな」

「ブイブイ」

「でも……お前はなんでいるんだよ?」

「がるるる」

 休憩時間、邪気に満ちた視線が送られてくると思ったら、此処にも知人が存在していた。恥人、とも言い換えられる。

「噂はここにも届いているぞ、クルスゥ」

「……就活はどうした、ロイ」

 同期、ロイ・オズボーンである。

「ロイは仕方ない。家庭の事情だ」

「そうだ。あとフィン、君も許さんからな」

「嫉妬は醜い」

「がるるるる」

 ちなみにフィン、彼女持ちであるのは結構知られた話であるが、その彼女が魔法科の学生であることはあまり知られていない。

 魔法科かつ専門が魔法農学という変わり種。

 だから、波長が合い、此処にはカップルで学びに来ていたのだ。

 当然、すでに後進へ託したとて、不滅団の魂を燃やすロイからすればおぞましき行為である。当然、隙あらば刺したい衝動に駆られていた。

 大人しそうな文学少女的な相手なのもロイを刺激する。

 ロイもそういう子が好きなのだ。夕暮れ時、窓際で一人本を読む日陰な彼女。よく見ると可愛くて――みたいな。

「家庭の事情?」

「マジで言ってる?」

 クルスの問いにフィンは唖然とする。

 ロイも呆れながら、

「ここに来る時、何駅で降りた?」

 ほぼ答えを言った。

「オズボーン……あっ」

「わたくし、ロイ・オズボーンでございます」

「……すまん。その、地名と人物がリンクしなかった」

「リンザールは意外と抜けてるんだよなぁ。俺は心配だよ、この先」

「……」

 ヴァナディース、ナルヴィ、それにキャナダインなど、地名や駅名となっている名門は結構多い。地名が姓名になった場合もあれば、キャナダインのようにドカンと工場をぶっ建てて地名を塗り替えたケースもある。

 オズボーンの場合は前者。

「まあ、実家に言われたから顔を出したけど、実際就活やらんといかんのも事実だしな。人の心配する前に自分だ自分」

「……やはりアスガルド狙いか?」

「あー、実家からは狙うように言われているけど……あんまり前向きじゃないかな。いい騎士団なのは間違いないけどさ」

「外部狙いなのか」

「まあね。珍しい年だよなぁ。普通皆こぞって内部の枠奪い合うのに、上の連中はデリングとフラウ以外全部外だろ? 狙い目なのは間違いない」

「成績的には行けると思うけどな」

「だから実家には低めで伝えてるんだな、これが」

「……変わってるな」

「アスガルドに生まれて、アスガルドの学校行って、アスガルドの騎士団入って、一生この島から出ないのもな、って感じ」

「……なるほど」

 人生いろいろ。こっちの方が絶対いい、と言うのは外側から見た話でしかない。ロイはロイで色々と考えているのだろう。

 フィンがセカンドライフの資金集めのため、高給取りのリヴィエールを選んだように。クルスがより高みを目指すためにユニオンを選んだように。

「狙いは?」

「内緒。ま、いくつか受けるつもりではある」

「……そうか」

 誰しも、真剣に先を選んでいる。


     〇


「有機肥料⁉」

「堆肥に糞尿使ってんの⁉ 人の?」

「あ、ああ」

 講義を終え、夕食の時間も食堂で農業の話が主に行われる。肥料の話なんて食事中にするものかな、と思い口を挟んだらとんでもなく驚かれた。

 その理由は、

「有機肥料、特に人の糞尿を用いた堆肥は再現性の観点から、今の農業ではあまり使われていません。再現性の高い化学肥料を使います」

 今、フィンの彼女さんが語ってくれた通りである。

 ロイは「がるる」と牙を剥いているが、女子に対し何かが出来るような男が不滅団にはならない。紳士的である前に奥手、と言うか臆病なのだ。

 いわば小型犬の威嚇と同じ。

「なるほど。俺の故郷は時代遅れ、ってことか。そりゃあそうだな」

 あれだけ人の手で作付けにばらつきが出るのだから、再現性の観点からもっといい方法を模索しているのは学問としても当然のことであろう。

 若干、寂しい想いもあるが――

「いや、そうでもないと思うけどな」

 しかし、其処でロイが牙を引っ込め真面目な顔をして語る。

 それに追随し、

「俺もそう思う。有機肥料が廃れたのは再現性の低さや、発酵の不完全さによる根腐れとか、とにかく習熟が難しい点だ。出来るなら、有機的な方がいい」

 フィンもそれを肯定する。

「そうか? 楽に出来るならそれに越したことないだろ?」

 クルスは疑問を述べるも、

「地域によります。作付けだけのことを思えば化学肥料の方が勝りますが、下水処理の方法が垂れ流ししか選択肢がない場合、最近唱えられている循環型農業とはかけ離れ、水質汚染の原因になります」

 フィンの彼女が様々な見方がある、と説明してくれた。

「水は怖いからなぁ。大体、領地で問題が起きると水争いってな感じで、とにかくいつの世も水場は綺麗に使えるに越したことはない」

 領地経営者の観点からもロイが補足する。

「大規模農業に有機肥料を使うのは現実的ではありませんが、山間部などの農家が個々に畑を管理する場合、糞尿などの処理も兼ねる有機農法はある種、時代の最先端であると言えます。大体その手の地域には下水処理設備などありませんから」

「垂れ流しだよなあ」

「うちも」

「でも食い物でも出来が変わるんだろ? どうやってんだ?」

「興味あるよ」

「俺も俺も」

「……そ、そうかな?」

 農業従事者の面々が目を輝かせ、クルスへと迫ってくる。まさかこんなことになろうとは、露とも思っていなかった。

「あ、あくまで手伝いをしていただけだが――」

 そして一応お手伝い視点で説明すると――

「目? 目で見て?」

「発酵の温度を知るために指を突っ込むのはギリギリ理解出来るけど、仕上がった状態って結構温度高くなかった?」

「ああ、凄く熱い。兄さんは火傷してたし、父さんはそれ見て笑ってた」

「……やばぁ」

「虫や病気は?」

「毎日見て回って対処してるよ。俺も見回りによく使われたし。見逃したら殺すって念を押されていたっけ……懐かしいなぁ」

「うへえ、手間暇かかってんなぁ」

「それで安定供給してるんだから名人芸だよ、其処まで行ったら」

「うちもやってみたいけど、コスト面で折り合いつくかなぁ」

「ブランディングとしてもいいよね」

「それこそイリオスのお家芸だろ。だってほら、あそこの――」

「それ、ゲリンゼルの隣だよ。一度滅びて再建した際に手伝ったら、その技法を売り文句に使われたって、うちの年寄り連中は今でもくさしてるし」

「へえ、現場に裏あり歴史ありだなぁ」

「口伝も馬鹿にならんよな。うちも二百年前のことで今でもお隣とは険悪だし」

 農業従事者の子どもたち、ガチガチの農業族に囲まれて困惑するクルス。それを遠目にフィンは「やはりな」と言う目をしていた。

 何がやはり、なのかはわからない。

「こんな人が騎士科にいたんですね」

「あんまり触れてほしくなさそうだったんだけどなぁ。心境の変化だね」

「んだんだ。こっち側に来い、クルス」

「「……」」

 進路は騎士、しかして心は畑に。

 それがフィンと言う男である。


     〇


「農業談議が弾んだ、クルスのおかげだ」

「じゃあ、私たちは駅前に宿がありますので」

「んだ」

「がるるる!」

 不滅団魂を奮い立たせるロイの首根っこを掴み、クルスはどうしたものかと悩んでいた。間違いなく目の前の男、優秀なのだ。

 この前の決闘でもそうだが、ラビ同様基本的に何でもできる、何でも飲み込める度量がある。こんなのだが座学も優秀、ラビたちとヴァルの尻につける熾烈な争いを繰り広げ、六学年まで来たのだから相当であろう。

 でも、

「ふんぎゅるるる」

「……」

 こんなのである。

「るるる……余裕だね、リンザールは。さすが卒業した男は違うな」

「卒業していない」

「え?」

「童貞だ」

「……んだよぉ、先言えよぉ。もぉ、びっくりしたじゃん。あ、酒飲む?」

「学生の内は――」

「学園のルールだろ? 外で守っている奴なんていないけど……まあ君らしいか」

 珍しい組み合わせ。三学年の時は同じ底辺グループとは言え、色々とクルスに至らないところが多過ぎて底辺グループの下にクルスがいた。四学年の時はそれこそバチバチで、五学年の時はぐんと引き離して絡みも少なくなった。

「で、何か話があるんだろ?」

「……気づいたか」

「意外とすぐ顔に出るからね、気を付けた方がいい」

「善処するよ」

 二人して王都アースとも、学園前やその周辺の町とも違う景色の中を歩む。

 よく考えればクルスは学園周りと王都以外散策したこともない。今更になって少しもったいなかったな、と思う。

 最短を歩んできた弊害、見逃した景色の多さは間違いなくある。

「一つ、入団を検討してほしい騎士団がある」

「就活の話ね。続きをどうぞ」

「……イリオス王立騎士団だ」

「いつの間に郷土愛が育まれたのやら。一緒に仕事をして情が移ったか?」

「確かにロイの成績を加味すると格落ち感は否めない。アスガルドは枠次第だが、準御三家は充分獲れるレベルだ」

「おかげさまでね」

「……? ただ、お勧めできる要素もある。まず、少し前に団長候補だった人が殉職された。他の候補も、内々の話になるが団長にはなれない。今の団長も早晩引退を余儀なくされる。これはもう確定事項だ」

「ほうほう」

「次の団長はアスガルド出身の人になる」

「そりゃあ凄い」

「他の団と比べ優秀な人材が少ない分、ロイへの期待も大きくなる。指揮系統はあちらに合わせることになるが、それでも出身校が同じだといざと言う時に手間がかからないからな。出世も他の団とは比較にならんと思う」

「いいねえ」

「候補の一つでいい。検討してみてほしい」

「いいよ」

「無茶を言っているのはわかっている、でも――」

「だから、いいよって」

 あっさりと承諾するロイ。それを見てクルスは眼を見開く。自分で言っておいてなんだが、普通の学生なら絶対に選ばないルートを提案したつもりである。

 断られて当たり前、駄目元で聞いてみた。

 なのに、

「……本気か?」

「自分で提案したんだろ?」

「だが、さっきも言ったがロイはもっと上を目指せるだろう?」

「まあ、たぶん。学園の外に出てみてわかったけど、俺らの代はやっぱ超優秀だわ。他の奴らもさ、上を目指してキリキリやってるけど……結構内定確保している奴は多いんだ。俺もお試しで受けたアスガルドと提携している私設騎士団は獲ったし」

「……そう、なのか」

「でも、リンザールの言った騎士団の状況ってなかなか見えない。ランク高い団に入っても冷遇されたら意味ないし、上の団に入るのが正解かもわからない。だからまあ、縁があったら其処で良いかな、と思っていたのは本音だよ」

「縁?」

「友好国であり同盟国でもある。あと、クルス・リンザールの故郷だ」

「俺の、それが選ぶ理由になるか?」

「なるさ。言っとくけどね、君がいなかったら俺は騎士になんてなっていない。学年の半分はそんな奴ばっかりだ」

「……何もしていないぞ」

「ド底辺から突き上げて、俺らのちっぽけな矜持事ひっくり返しただろ?」

 ロイは思い出すように言葉を紡ぐ。

「君が来る前は、俺たち下位組はもう完全に諦めてたね。俺も親が子どもに騎士の学校に、御三家に通わせたかっただけで、将来は家督継いで、領地継いで、それで安泰。まあそんな感じでいいや、って子どもながら思っていた」

「……」

「でも、クルス・リンザールが来た。実技も得意な方を縛られネタみたい、座学に至っては草も生えない不毛の更地。馬鹿にしているのか、って思った。正直なところ、大嫌いだったよ。ここは御三家だぞ、って内心切れていた」

「まあ、そりゃあそうだろ。あのザマじゃな」

「だけど、あれよあれよと言う間に差を詰めてくる。俺たちが物心ついた時から付けていたはずのアドバンテージが信じられない速度で埋まっていく。ゼー・シルトの解禁は、驚きはしたけど其処まで衝撃じゃなかった。さすがに何もないわけないしな、特別に枠を設けた学生なわけだし。むしろ納得。でも――」

 ロイは笑う。

「座学は別。更地が荒れ野に、荒れ野が耕されて、気づけば俺たちの畑よりも立派になっていた。焦ったよ。エリュシオン、クレンツェ、ヴァナディースとかナルヴィはさ、どんだけ凄いとこ見せられても何も想わなかったのに、リンザールの大捲りは許せなかった。負けたくない、って思った」

「……実際何度も負けた」

「意地だった。新しい型とか、相手の分析とか、まさか自分がするなんて思ってもいなかった。座学だったこいつには負けん、って。四学年でぶち抜かれたけど」

「あの時はそれしかすがるものがなかったからな」

「たぶん、全員が大なり小なり同じ思いだった。打倒クルス・リンザール、躍進した下位の連中も、それで引きずり降ろされた元中位連中も……本当なら腐っていたはずなんだ。やる気もない、アマダなんて口を開けば服の話。キャナダインはガリ勉で魔法科に転科したら、って結構本気で先生から言われていた」

「……想像もできないな」

「俺たちからしたら今の方が想像できなかったよ。意地張って、下から突き上げるリンザールを蹴落として、御三家は甘くないぞって。我ながらダサいやり方だったけど、結果としてぶち抜かれて地平の彼方まで差がついたけど――」

 ロイはクルスを見つめる。

「その日々が俺をここまで引き上げてくれた。俺を騎士にしたのはリンザールだ」

「……」

「だから、まあ、そもそも俺の第一志望はイリオスだったよ」

「……ありがとう」

「感謝されるいわれはない。と言うか、俺もそういう状況なの知ってたし、先輩から誘われてもいたんだよ」

「……え?」

「不滅団は引退後も繋がりが深いんだ。やっぱり抜けてて心配になるよ。誰が、どうやってイリオスでの日々をここまで伝えたと思っているんだ?」

「ま、まさか……一応仕事だぞ。守秘義務違反が――」

「その辺はきちんと線引きした上で伝えられたに決まっているだろう? 任務が終わった後だし、仕事内容もきちんと伏せられている。女子に囲まれていた、その事実だけが伝えられたし、それで十二分。天誅だ」

「……」

「頼まれなくてもイリオス志望、しかも団長候補様に誘われている。当確待ったなし、とは言え、一応しくじらないように最後の追い上げはするけどね」

「……そうか」

「両国の懸け橋になる。それで家は説得する。そもそも、父上は騎士に成ったら儲けものぐらいの気持ちだし、嫌とは言わせない。その辺はそつないから」

 同期が、その中でも優秀なロイが故郷へ行ってくれる。騎士一人、それで何が変わるわけでもない。それでも、少しだけ肩の荷が下りた気がした。

 身勝手な話だけど――

「騙されるな、クルス」

 感動的な話が終わりかけたタイミングで、

「フィン?」

「レンスター!」

 フィンが颯爽と現れる。彼女と宿へしけこみ、今頃しっぽりやっているはずの男が、何故かこの場に現れたのだ。

「そいつは嘘をついている」

「嘘?」

「イリオスの隠れた主要産業を述べよ」

「……あっ」

「ちィ!」

 ロイはフィンをひっ捕まえて口を閉ざそうとするも、其処は腐っても上位組。ひょいひょいとかわして踊る余裕(腰振りダンスで挑発)すらあった。

 この男の身のこなしだけは敵う気がしない。

「働き先、王都の性風俗が充実している。それが正解だ。んじゃらば」

「逃げるな! くっ、素早い!」

「……」

 感動していたのだ。彼こそが本当の、真の友人なのでは、と。今まで自分が色眼鏡で見ていた。そのことを心の中で詫びていた。

 なのに、

「ロイ」

「あ、あはは、レンスターめ。ふざけたことを。まさか、信じてないよね?」

「……」

「ん、んもー、そんな目で見ないでよ」

「……寮に戻る」

「一緒に帰ろう、ね」

「一人で帰る」

「ま、待ってくれー!」

 裏切られた気分である。

 まあ、一応先ほどのも嘘ではない。本当の話である。

 そっちのメリットもあった、と言うだけで――

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