第271話:双子のおはなしⅠ

 イールファナの研究室、もとい私室は――

「……」

 ちょっと、と言うかかなり、結構ヤバいぐらいに散らかっていた。入室と同時に整理させてほしい、と思ったが口にしない。

 何しろ、

「……むふ」

 当人は明らかに自信満々であったから。何故この部屋を、この惨状を、人に見せられるのか、すらクルスには理解不能なのだが、

「い、いい部屋だな」

「もちろん。計算され尽くした完璧な配置」

「……そうか」

 やはりドヤ顔、久しぶりに思い出したがイールファスとイールファナの双子は、どちらも変人であった。

「其処に座って」

「ベッドに?」

「この部屋は一人用。椅子は一つしかない」

「まあ、そうだな」

 女子のベッドに座るというのは、なんだかこう、悶々とするものがあるものの、先客の存在がその邪気を幾分か軽減してくれていた。

「……」

 その、無言の先客とは――

「あの、これは?」

「プーサー」

「プーサー」

「そう、プーサー」

 ぬいぐるみの猫、プーサーである。年季の入ったくたくたな見た目だが、それゆえに大事にされているのが見て取れる。

「可愛らしいな」

「……? 格好いい」

「そ、そうだな」

「イールファスが一学年の頃に連れてきてからの仲。クルスにとっては先輩」

「そ、そうか」

「そう、敬意をもって接してほしい」

「そうしよう」

 接するも何もぬいぐるみである。ただ、どうにもイールファナの視線に冗談のような色は見えない。その辺はこのクルス、それなりに自信がある。

 イールファナ検定なら学年二位はいける、そんなクルスが取った行動は、

「失礼するよ、プーサー」

 一声かけて、一撫でして、恭しく腰掛ける、であった。

「……」

 イールファナ、満足げに微笑みパーフェクトコミュニケーション。三年を超える付き合いの深さ、舐めてもらっては困る。

 そしてイールファナは当たり前のようにクルスの隣に座った。

「……椅子に座らんのか?」

「話すには遠い」

「そうか?」

「そう。声、張るの面倒くさい」

「そうか」

 正直、机とベッドは大して離れていないので会話は容易だと思うが、クルスは掘り下げる意味がないと納得して終わらせた。

 と言うより、危機回避能力が働いたのだ。

 幼馴染のエッダからこれまでの女性遍歴で築き上げた、クルスの感覚である。

 なお、クソの役にも立たないケースも多々――

「まず、驚いたよ、君があのメンバーだったこと」

「私も驚いた。多分学生の内はリストに名前、載せないんだと思う」

「だろうな。何かあった時のために」

「うん」

 学生の安全管理のため、と思えば納得である。

「私はリンド先生から誘われた。その時、誘う基準も聞いた」

「俺は聞いてないな」

「クルスはわきが甘い」

「……耳が痛い」

「基準は器に余裕があるか、らしい。優秀とか、強いとか、それだけじゃなくて、ゆとりがあるかどうかが大事だって」

「……なるほどな。だから、ティル先輩は入って」

「エイルさんはいなかった。優秀で良い人だけど、たぶんキャパは大きくない」

「……俺も自信ないけどな」

 選考基準が少し明らかとなり、多少は納得が出来た。就職先や実力云々も大事だが、結局自分一人でいっぱいいっぱいであれば世界の情報など宝の持ち腐れ。そんなものがもたらす情報も、まあたかが知れていると言えるか。

 残酷ではあるが納得は出来る。

「クルスもキャパは少ない。多分実績とかの特別枠」

「……どーも」

 真っすぐ刺しに来た友人の辛辣な言葉にクルスは顔を歪める。

 まあ、正論パンチはいつものこと。

「手紙の件はごめんなさい。私が確認すべきだった」

「まあ、君らしくない手落ちだとは思ったけど」

「クルスなら手紙を破くか、受け取っていない感を出すと思ってたから」

「……」

 そんなことしない、と胸を張って言うには、クルスはあまりにも余罪が多過ぎた。特に五学年、其処から地続きなのだから、そう思われてしまうのも仕方がない話。イキリクルスの弊害である。

 今も若干、いやかなりイキリ成分は残しているし――

「シャハル、いや、レイルってどういう人物なんだ?」

「それについてはまず、ラーと言う国について説明する必要がある」

「国教が支配する宗教国だろ?」

「違う。正しくは国教の上に立つ『双聖』が治める国。王の上に法律があり、法律の上に宗教があり、宗教の上に『双聖』がいる。それがラー」

「……時代錯誤に映るな」

「実際、そういう運動はあちこちで起きている。でも、変革には遠い。そんな国。別に宗教に近づかねば比較的オープンな国だと思う。学校も様々な人種、国籍の人間が入っているし、だからこそ準御三家に数えられている」

「それもそうか」

 閉鎖的なイメージを持つラーであるが、それは少し前の話。鎖国に近い状態からここ三十年ほどで随分開けた国となった。

 『双聖』周りを除いて――

「レイル・イスティナーイーは『双聖』が一角、イスティナーイーの末席。末席でもその血統と言うだけであの国では特別。そして末席かつ『双聖』の権威を高めるのに役立つから、外に出ることが許された人。ただし――」

「無性なのは、隠さなきゃいけないよな、その理屈なら」

「っ⁉ 知ってたの?」

「ああ。本人に見せてもらったからな」

「……見たの?」

「る、ルームメイトだったからな。その、やましい気持ちとかはないぞ」

「私も、見たことはない」

「……隠す様子もなかったと思うが」

「……あの人は眼を合わせただけで人を見抜く。たぶん、クルスを気に入ったんだと思う。そうじゃないと……考え難いから」

 聖堂の離れで君臨していたレイルとクルスの言うシャハルが合致しない。それなりの期間、あの人とファナは過ごしてきたが、噂でそれが流れてきただけで、あの人から開帳されたことは一度もないのだ。

「気に入られる理由もないがな」

「……そうでもない」

 ファナはクルスの瞳を一瞥する。

「ん?」

「後述。あの人は生殖機能を持たぬ無性だけど、それゆえに男女を好きに選べる。イールファスと接する時は父のようだったし、私と接する時は母に思えた。あの人なりの戯れだったんだと思う。そういう意味では、両性とも言える」

「複雑なやつだ」

「そう、複雑。まず、無性は遺伝子のエラー、一般には身体障碍に該当する。純血主義が横行していたルナ族にとって、血の濃さが引き起こすエラーは日常茶飯事だったけど、『双聖』ほどの大家はずっと間引いてきた。忌み子として」

「比較的早くに融和路線に舵を切ったソル族と違って闇が深そうだな」

「ソル族も似たようなもの。出来れば純血を通したいけど、エラーが多過ぎて耐え切れなくなっただけ。アミュの体格が小さいのは、ソル族的にはエラーの一種だと思う。アギス家もここが限界を思ったから彼女を外に出した」

「……そうなるか」

 あのアギス家が外へ人材を出す。アスガルドを選んだのはアミュの意思であったらしいが、家としてもそれは望むところであったのかもしれない。

 極力離れた血を取り込む、と言う意味で。

「話を戻すと、残念ながら間引くという手法では血族の維持が困難になった。聖堂を見るとびっくりする。本当に、あそこは色んな意味で魔境」

「エラーまみれ、か。血統ってのも難しいな」

「そう。だから、基準を引き下げるしかなかった。かつてなら間引いていた者を生かし、育てる。次へ繋げるために……もう試行回数を増やすしかなかったから」

「……でも、それなら無性は――」

「次へ繋がらない個体。生かしたのは、生かされたのは、ただの戯れだと言っていた。間引く習慣が薄れ、エラー塗れの自分たち。下が欲しかったのだろう、ってあの人は言っていた。その時だけは……怖い目をしていた」

「……そうか」

 魔境に生まれた、一族の存続に一切寄与しない存在。その生を想像しようにも、あまりにも及ばない。

 想像を絶する、とはこのことか。

「でも、あの人は天才だった。最終的には一族の命運すら握り、鳥かごを自由に出入りできる権利すら得たの。何故かわかる?」

「少し考えさせてくれ」

 レイル・イスティナーイーについては調べた。随分と昔の文献にも名を連ねた存在、年齢は四十か、五十か、どちらにせよ魔導生体学の権威である。

 論文の数が尋常ではない。魔導生体学という分野を自らが切り開いたようなもの。それが今、魔道研究とリンクしているのはある意味自然な流れか。

 今となっては人を魔族とする手段すら得た――

「……魔族、化か?」

「ほぼ正解。答えはエラーの修正、その希望をあの人は一族に与えた。一族の存続に寄与できぬ者が、誰よりも寄与できるかもしれない、という可能性を得た」

「寿命を長らえ、形を正常にし……人体改造などに手を染めたら、際限がつかないだろうに。業の深い話だ」

「あそこにいたら、私も望んでいたと思う。この肌を黒くして、眼の色とかも弄って、顔もイールファスとは変える。何を捨てても――」

「理解できない、と外の人間が言っちゃいけないんだろうな」

「ありがと」

「でも、顔まで変える必要があるのか?」

「同じ顔、がよくない。双子が許されているのは始まりの、『双聖』のみ。神から二つに分かたれた偉大なるイスティナーイー、ヴァイシュヌジャ、それだけ。まあ、私は一応、イスティナーイーに連なるエリュシオンだからそれは許される。けど、奇異に見られるのは避けられないから」

「そうか」

「今は違う。今はこの顔も気に入っている。イケてる方」

「ああ。イケてるよ」

「せんきゅー」

 二人は微笑み合う。

「二人が差別を受けていたのは……双子かつ肌の色が違うから、なのか?」

「そう。双子も禁忌だけど、双子で違うのは最悪。もっと言うと男女なのもよくない。『双聖』は神の全てを分かち合う、まったく同じでなければならない。それは分断のもとになるから。って、昔から言われ続けた」

「……」

「間引かれなかったのは親が隠してくれたから。でも、親は私たちのことがバレて……一族に殺された。義理の親になったやつらは私たちを『双聖』に差し出し、生誕を願う儀式の供物として捧げることを請うた」

「……なんだ、それ」

 あまりにも不快な話に、クルスは顔を歪めていた。親を殺され、そして――

「其処であの人に拾われた。実験で使うから自分が貰うって……それが出会いだった。それからアスガルドに出るまで、あの人に育てられた」

「……」

「あの人のおかげで生きられた。でも、あの人は――」

 イールファナの複雑な表情を見て、滅多に見せることのない弱々しい姿を見て、何も言わずに隣に置かれた手を握る。

 一人にすると、消え入りそうに見えたから――


     〇


 黒と白、男子と女子、まるで異なる二人の忌み子が互いを抱きしめる。

 番いの一人は敵を噛み殺さんばかりに獰猛に、牙を剥く。もう一人はただ、彼の影に隠れて神に願うことしかできなかった。

 両親には何度も言われた。

 生まねばよかった、と。

 隠したのは恥じたから。生かしたのは、殺す勇気もなかったのか。よくわからない。何度も首を絞められた。泣きながら、何故、何故何故――

 そんな言葉が耳にこびりついている。

 供物として捧げられる。一族のために役立てる。光栄なことだと義理の父が言った。母も喜んで死になさい、と言った。

 でも、喜びはどうしても芽生えなかった。

 怖くて怖くて仕方がなかった。

 そんな時――


「ボクが貰うよ、この子たち」


 その場の誰よりも美しい人が割り込んできた。

「末席風情が、我らの差配に口を出すか」

「その末席風情の研究に使うんだよ。鏡見たことあるかい? その二人、あなた方に比べると随分と美しいだろうに?」

「……貴様、図に乗りよって」

「別にボクはいいんだけどね、人の研究なんてさ。もう飽きちゃったし」

「……っ。好きにせよ」

「どーも。万事ボクにお任せあれ。神が分かち給うた『双聖』の明日を、必ずやもたらして御覧に入れます。美しき体と――」

「永劫の、命だ。貴様は、そのために存在する。忘れるな」

「御意」

 自分たちが逆らえない、大きな存在すら一蹴し、

「さ、おいで。ボクが今日から君たちの飼い主だ」

 レイル・イスティナーイーがその手を、差し出した。

 握る以外の選択肢など端から、なかった。

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