第269話:明日の騎士、そして昨日の――
「勝負勝負!」
「ええい、うっとおしい!」
飛び掛かってくるアミュをいなしながら、
「これは勝負じゃないよ、アミュちゃん」
「ただの稽古だ」
クルスは後輩であるデイジーの頼みで彼女と向き合っていた。アミュはむくれ面で二人を睨みながら、アマルティアの下へ駆けていく。
ムーブが完全に子どものそれである。
「では、よろしくお願いします!」
「ああ」
一学年の頃はよく見ていたが、それ以降あまり彼女の剣を見ていない。成績自体は何となく周りから聞いていたが――
(随分、大きく動くんだな)
思っていたよりもかなり達者な剣を使う。ソード・スクエアの変法、完全な正眼ではなく、利き手にゆとりを持たせるため左右に寄せたり、逆にバランスを取るため利き手を離したり、スクエアにも色々ある。
軸手となる右手を起点に軸足の左右なども含めカスタマイズ性抜群。
そして――
「ハァ!」
「……」
オフバランスとも相性がいい。騎士の構えの中で最もオンバランス、スクエアを保つ形であるため、崩した時の威力が跳ね上がるのだ。
名手ピコ、それを目指すテラなども基本はスクエアを軸とする。
クルスは受け、捌きながら後輩の成長に眼を剥く。御三家アスガルド、学年でもかなり成績優秀な人材であればそれも当然のこと。
選んだ戦型、スクエアからのオフバランスも彼女に向いている。
線が細く、背が小さめ、アミュのような規格外を除けばクルスのように相手の力を利用するか、より大きな力を求めて『無理』をするしかない。
そう、
「目の付け所、方向性は良い」
彼女は『無理』をしているのだ。と言うよりもオフバランスを主体とした戦い方が、どうしたって体に負荷をかけてしまうのだが。
間違いではない。
大事なのは、
「だが、多用は単調さを招く」
「あっ」
ぎゅん、今まで受けに回っていたクルスが一転攻勢、デイジーの鏡写しのような形でバランスを崩し、大外から急速旋回して激しく打ち込む。
「く、ぐっ」
「オフバランスの難しさは大きく動くことそのものだ。戻りの難しさ、攻守が反転した際の切り替え、間隙を捉えられたが最後、今のように不利を負う」
クルスは話しながらも攻撃の手を緩めない。大きく、円を描きながら、普通は途切れるだろう、と言うほど大きく、強く打ち込み続ける。
こうなってしまえば、
「そして、立て直せずにそのまま押し切られてしまう」
「……ありがとう、ございます」
取り返しがつかない。崩れてなお、崩れ方を利用して受けるなどと言う変態的な芸当は、そのスペシャリストである者でも一握りの技。
その難しさを知るからこそ、クルスはあえてそれを勧めるようなことはしない。間違えたが最後、即詰みとなるから。
それよりも剣の王道は詰まぬ状況を作ること。スクエアは攻守に利きを持つ。今の彼女に必要なのは崩す覚悟より、保持する覚悟だと思った。
「メリットとデメリットをよく考えて剣を組み立てるといい。どれだけ速く、強く動こうとしても、俺たちのような者には限界がある。今から天才には、なれない」
「で、でも」
「だが、速く見せることは出来る。強く使うことは出来る。諦めろ、などと言わない。俺たち凡夫が単純なスペックを求めるのは妥協だ、と言っている」
「は、はい」
「緩急、脱力、この辺が次の課題だ。焦らずともいい。成長している」
「あ、ありがとうございます!」
少なくとも自分が三学年の時よりもずっといい。明らかに同期の天才を意識しているのは剣からも透けるが、それが悪い影響だとクルスは思わない。
せっかく大きく、高い天井があるのだ。
それを目指し、自らも高めぬ手はないだろう。
「せ、先輩、自分もお願いします!」
「わたくしも!」
「私も!」
「……ああ。せっかくだし、見ようか」
喜ぶ後輩たち、倶楽部ヴァルハラも随分と大所帯となった。崩壊前をクルスは知らぬから、彼の基準はあの時の四名。
エイルが部長で、フレイヤがいて、イールファナが、アマルティアがいた。
其処で自分はとても助けてもらったのだ。
口では伝えきれぬほどに――
「あら、大人気ですわね」
「私のサルでもわかるシリーズも大人気講義」
「わ、私のちょうちょ探検も一部じゃ人気だもん。ねー、アミュちゃん」
「ねー」
そんな皆(一人なんかくっついているが)を見つめ、
「まあ、見ての通りだ」
「「「むっ」」」
恥ずかしいから勝ち誇って見せた。卒業が近づき、妙にしんみりすることが増えた。故郷に戻り、そしてアスガルドにも戻ってきた。
此処はもう第二の故郷で、
「さ、始めようか。一人ずつ――」
(一生、これに関して返したとは、思えんのだろうな)
その象徴がこの俱楽部であるから――
〇
ウル・ユーダリルはユニオンより、クロイツェルより届いた共有事項を眺め、頭をかく。彼がそうしたのなら意味はあるのだろう。
少なくともユニオン、隊長格の中では既知となった、と見るべき。
「人を魔族にする技術、そしてファウダー……イリオスの王より共有された情報とも一致する。して、これをどう考える、テュールよ」
騎士科教頭、テュールもまた表情を曇らせていた。
それでも、
「あの男が共有すべき、と考えているならそうすべきかと。どちらにせよ、時間の問題です。世に広まるのは」
そうすべきなのだと彼は言う。
「……ユニオン、アルテアン、そしてファウダー、全てが歪に絡み合い、一つの到達点を目指す。分岐する特異点は……覆水を盆に返した時」
知らずに直面するはあまりにも大きな変化。
どの陣営も一筋縄ではいかない。
「マスター・グラスヘイムには?」
「今、伝える必要はあるまい。あの御方の心を乱すこととなろう。成否もわからぬことじゃ。むしろ、まず共有すべきは……若い者と、じゃろ?」
「では……二人を呼んで参ります」
「うむ」
事態は思っていたよりも加速度的に進行している、と見るべき。今までは各自の自主性に任せ、情報を共有するシステムとしてのんびり構えていた。
そのスタンスを崩す気はない。
ただ、
「出来るだけ、若き可能性が絶たれぬ道を選びたいものじゃのぉ」
若者に先立たれるのは――老人としてきついものがある。
〇
時は少し遡り――
一人の若き騎士がラーの国境線付近に潜伏していた。かつて袂を分かった友から受けた遺言。それが刻まれた手紙を胸に、国境越えを目指す。
友は学校卒業と同時に血縁の関係で『双聖』の騎士となった。王国の騎士と『双聖』の、全ての上に立つ者の騎士では立場が全然違う。
上下もあるが、男はあれを騎士とは思っていない。
王より、民より、ただ絶対的な支配者のみを守るシステム。
宗教以外では比較的オープンなラーにとって、ある種彼らの存在は呪いである。魔導革命から百年、もう充分だろ、と友とは何度も喧嘩となった。
時代錯誤の、神が如き振舞いの聖なる存在。
バカらしい、と思う。
「……馬鹿だよ。あんな連中のために死んでどうするんだ」
神に仕え、平穏の裏で散る。
この国の歪みが、支配者が入れ替わった今でも国内を安定させていた。いや、そもそも王を含め誰も気づいてすらいない。
まあ、気づいたところで――
(許さんぞ、レイル・イスティナーイー)
あれが上に立つ以上、残念ながら『双聖』の内輪もめ、その結果あれが『双聖』を統べたとして、それを咎める法はこの国に存在しない。
そも、如何なる法とて、その上に立つ『双聖』を縛ることはない。
(君が愛した彼女も、きっと使い捨てられた。さすがに今回の暴挙に与するには、彼女は正常過ぎる)
歪んだ価値観、一時国同士の交流の一環で他国の騎士団に派遣されていたから、この男はラーでは少しだけ珍しい視点を持つ。
これからのラーを背負って立つ人材。
だから――
(あとは任せろ。当てはある。この国を正すには外圧しかないから)
この件がなくともきっと、この男は狙われていただろう。
今、
「……空の、影。鳥にしては……大き過ぎる!?」
この国を裏から支配する神にとって、この国の理に縛られぬ者は邪魔でしかないから。ゆえにその芽は断つ。
大きな影より、小さな人影が飛ぶ。
降りる、と言うよりも落ちるか。ただの人、しかし嫌な予感がした。
「……っ」
男は伏せた。
こちらを発見して落ちてきたわけではない。おそらく自分の足跡からこのルートを推測し、男が国境越えの前にこの森に潜伏している、と判断したのだろう。
だが、読めるのは其処まで。
(気配を隠せば……これだけ広い森ならば)
落下した人影は見当違いの方へ落ちていく。
一旦木のうろに身を寄せ、鉄の心で待機する。追跡者との我慢比べ、やり遂げて見せる。携帯食もある。そうでなくとも霞を食ってでもしのぐつもり。
その覚悟は――
「……は?」
広範囲の、斬撃としか呼べぬ衝撃波。いや、魔力波であり、刃。
それが森を凄まじい勢いで伐採していく。
尋常ではない。
人の御業ではない。
さらに、
「ぐるる……ガァァァアアア!」
空より急降下してきた大きな鳥、いや、どう見ても――
「ドラ、ゴン?」
白と黒の鱗を持つドラゴンが炎を吐き、森を焼き回り始めた。一瞬で、景色が静謐なる森から倒れ、燃え、地獄絵図と化す。
隠れてしのぐ。
どうやって――こんなもの、どうしようもない。
「く、そッ!」
自分の隠れる木に引火したタイミングで、男は其処から飛び出して全力で国境めがけて走り出した。自分は騎士としてそれなりの実力者。
だからこそ交換留学を許された。
だからこそ――
『私たちの仲間にならないか?』
『後輩なのに君は生意気だなぁ、ピコ』
『社会に出たら一年、二年は誤差でしょう?』
彼らとも手を携えた。
いつか、その繋がりがこの国を変える一助になるかと思ったから――
「発見」
ドラゴンは男を捕捉する。そして羽ばたき一閃、超加速し、
「失敬を、ば」
「なっ!?」
男の前に降り立った。
降り立つ途中で白と黒の鱗が変質し布のような質感となる。ドラゴンの巨躯自体も縮み、人型を象り、降り立った時には――
「マスター・ラル、ですね」
何故かメイドのような格好となった。
この地獄に似合わぬ姿かたち。しかし、男は知っている。この、目の前の女がドラゴンとして森を焼き払っていたことを。
「わたくしはファウダーの『トゥイーニー』、でございます。以後お見知りおきを」
ぺこり、と一礼する姿は高貴な者に仕えるメイドそのもの。
それが逆に恐ろしい。
そして、それ以上に――
「以後、などねえぞドラゴン娘ェ」
「わたくしには『トゥイーニー』と言う名があります。その呼び名は不快です」
「おーおー、怖い怖い。そう睨むなァ。ブスに見えるぞ」
気配なく離れた場所から、一気に距離を詰めてきた背後の男の方が恐ろしかった。炎で影となり表情はよく見えない。
だが、肌で感じる。
こいつは――ヤバい。
「ファウダー、『斬罪』だ。若いの」
「エンチャントォ!」
まだやれる可能性がある『トゥイーニー』とやらを狙う。背後はまだ距離がある。一対一、それを二度やって窮地を越える。
「イイ判断だ。だが……残念」
刹那の悪寒。
「間合いだ」
そして、男の体が真っ二つとなる。目の前、『トゥイーニー』は顔を歪めながら防御姿勢を取り、服に変じた鱗で受け止める。
それでも血が噴き出た。
それほどの威力。
「……わたくしは、あなたが嫌いです」
「加減はしたぞ。でなければ今頃、貴様も真っ二つだ」
「……」
真っ二つになった男、その上半身は空中でゆったりと回り、その姿を視界に収めた。右腕には魔法、エンチャントの文様がびっしり張り巡らされ、その輝きが『斬罪』と名乗る男が刃を納める、その動作とともに消える。
鞘の形状からして微曲刀、片刃の騎士剣なのだろう。
そして独特の構え、一撃必殺を体現した術理。
男とて、知っている。
(なぜ……いや、今重要なのは、こいつの隠滅)
胸元の証拠。これをどこかの勢力に見られるわけにはいかない。
必ず、消さねばならない。
男は騎士剣に残り全部の魔力を流し、
「オーバーフロー、そのナリで自殺も何もねえだろ」
自らに突き立てようとした。
その動作すら許さず、『斬罪』は恐ろしく速く、静かな足捌きで距離を詰め、男の腕を掴み、隠滅すら封じる。
「つまり、其処だな」
『斬罪』は服ごと引き千切るように奪い取った。
「くっ」
手紙を奪われた。
だけど、
(間合いは、消えた)
「んン?」
男は笑みと共に、もう一つの手で隠し持っていた魔導兵器のピンを抜く。手りゅう弾、魔力反応により爆裂し、鉄片が周囲を破壊する、強力な兵器である。
もしもの備えが生きた。
(くたばれ)
この怪物を道連れならば、悪くない交換で――
「コァアッ」
勝利の確信、それと共に意識は瞬滅する。
『トゥイーニー』が口から放った火焔によって。それは手りゅう弾を、そして『斬罪』をも飲み込んだ。
「失礼。お返しです」
「ぶは、殺す気かよ。ったく、手紙が焼けたらどうするつもりだ」
が、炎が真っ二つに分かたれ、男を刹那で焼却した炎とて、『斬罪』には焦げを多少付けた程度。神速の刃は抜き、放ち、すでに納まっている。
届かなかった。
それでも男の執念、それに判断の早さ。
自分と、そしてもう一人を抱えてなお最善を尽くした胆力。
「惜しいな。が、弱肉強食は世の常、俺に巡り合った運命を呪え」
「わたくしのおかげです」
「馬鹿言え。あそこからでも間に合うから俺の剣は無双なんだよ、ガキが」
「……」
しかして強者が生き延びる。
男が弱く、『斬罪』が強かった。それだけ。
「さて、後生大事に抱えたこいつのあて先は……おおう、なるほど」
「……ユニオンですか?」
「いいや、意外なようで、意外ではない、か」
『斬罪』は手紙を放り、
「なっ」
目にも止まらぬ速さで斬り捨てる。やはり抜く動作も、剣閃も、鞘に納める動作すら、目で追えなかった。
唯一、鞘と柄が鳴る音のみが、放たれたことを告げる。
そして、手紙が微塵に散る。
「報告すべきでは?」
「要らん。下手にあれが興味を持ち、手を出せば、あの怪物に大義を与えることとなる。死にたいなら話は別だがな」
「大義、ですか?」
「そうだ。島流しされた英雄と言う名の怪物が外に出る、な。寝た子を起こすな。貴様の逆鱗よりも、よほど恐ろしいことが起きるぞ」
「……」
『斬罪』は苦く微笑む。
「騎士の半分が散った大戦の生き残り。老いてなお侮るな。生き延びたのには理由がある。名が通るのにも、なァ」
男は大戦の彼を知らない。まださすがに生まれていなかったから。
だが、英雄二人が衝突した、地を割った戦いは直接見た。
「魔導の玩具を振り回している騎士とは違って、昔の騎士ってのは誰しも切り札の一つや二つ、隠し持っているものだ。これだけ覚えとけェ」
「承知しました」
今の自分ならば戦える。その疼きが、無いと言えば嘘になる。だが、他の者は別。あれを相手取れば、組織は半壊程度では済まない。
あれとやるなら、自分が島に出向く。それ以外にない。あの島から解き放ち、自由を与えたが最後、望む戦場ごと全部ひっくり返されかねない。
かつての憧れを想い、男は笑みを深めた。
「とりあえずこれでゴミ掃除も終わり。しばらくは休暇か?」
「はい。すでにお休みをいただいております」
「ほぉ、いい心がけだ。人間、労働のあとはゆったり休まねばな」
「はい。半日ほど、部屋のお掃除をするつもりです」
「……それを俺は休みとは思わんなぁ」
「そうでしょうか?」
「ふは、まあ、好きに生きればいい。俺たちは、そういうものだろう?」
「そうですね」
混沌は揺るがず健在。
それどころか、国盗りを完全に達成してしまう。
欠片の解れすら、残さずに。
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