第268話:不滅団よ、永遠に
「く、そ……強過ぎる」
「やめてください。勝てるわけないでしょう、あなた達じゃ」
「……」
闇の中、二つの影が衝突し、一つが折れた。何とか今日まで保ってきた、相手の勢力の方が強い。何が強いって、あちらは陽の者すら混じっているのだ。
陰の者だけでは戦えない。
「これで私たちが本道ですわね」
「そもそも不純異性交遊を撲滅するなど、学生の領分ではないでしょうに。品のない方々だと常に思っていましたよ、僕らは」
(同性ならお上品だと……ふざけやがって)
「正しきカップリング、それ以外は――」
「待てィ!」
「「何奴⁉」」
しかして、陰の命運決して絶えず、
「お互い剣を納めろ。同じ穴の狢で争うな、見苦しい」
本来かかわるべきではない。
それでも――男は今一度立ち上がる。
「くっ、成績なら僕の方が!」
「それは……君たちの学年の成績だ。俺たちの代とイコールだと思うか?」
老兵死せず、ただ去るのみ。
そちらの方が美しいのかもしれない。そうすべきだと思った。
しかし、道を誤った者たちを導いてこその先達。
己にはまだ、果たすべき役割がある。
「だ、団長」
「元、だ。手を引け、ボッツ。君じゃ俺には、俺たちには届かん」
「ぐっ、老兵どもが」
ずらり、居並ぶは黄金世代、その陰である。
光あるところに闇はある。
強い光の影は、何物よりも色濃く映る。
「俺たちが間違っていた。俺たちが弱いから、本道を、正しき道を伝えられなかったのは申し訳なく思う。だから、それを示しに来た」
「旧い考えを押し付ける気ですか?」
「それがズレている。不滅団の理念は、たかがジェンダーにて覆されるものではない。割れるものでもない。正しき道は……全てを包含する」
「……っ」
その眼は真っすぐと、慈愛に満ちたものであった。
不滅団先代団長、ロイ・オズボーン。六学年、実家が領主の図太い家でありながら、不倶戴天の大敵であるクルス・リンザールに敗れ続け、しかも同志であったディン、そしてデリングの二人を失うと言う暗黒世代の長である。
無念の中、時間切れで席を明け渡した。
しかし、二つに割れ、片方が滅びかけた今、傍観などしていられない。
例え――
(就活は、後回しだ)
就職浪人をしようとも。後輩に示さねばならない。
代々受け継ぐ、不滅団のスピリットを。
それが、不純な交遊、その撲滅に青春を捧げた男の矜持である。
〇
「……果たし状が来たんだが」
困り顔のクルス。友人二人に困りごとを相談しに来たのだが、二人はその差出人を見て小さく微笑んだ。
そして、
「男の意地だ。受けてやれよ、クルス」
「は?」
「己が騎士道に殉じるか……見事だ」
「は?」
全然考えた反応とは違うものが返ってきた。彼らがそちら側に属していたことは知っている。裏返り、こちら側に帰ってきたことも。
真っ当になった、そう思っていたのに、
「お、俺にメリットがないんだが」
「そりゃあねえよクルス。同期の心意気、汲んでやろうぜ」
「クレンツェの言う通りだ。彼らには引け目もある。俺からも頼む。あの男にしか示せないのだ。そして、それはライトサイドの貴様と立ち会うことでしか出来ぬ」
「い、意味がわからん」
相談する相手を間違えた。この果たし状を一笑に付し、二人からも馬鹿なことはやめろと伝えてほしかったのだ。
と言うか就活しろよ、と真っ当な意見は何処へやら。
あとライトサイドってなんだ。
「「頼むぞ」」
「……嘘、だろ」
二人の友が、クルスの退路を断ち切った。
〇
闇の中、いつもの装束で男が現れた。
「来たか」
何度撃退したことか。濡れ衣で、どれほどの迷惑を被ってきたか。こちらにも言いたいことはある。決着をつけたいと言うのなら、望むところ。
「久しぶりだな」
「今日講義で会っただろ」
「こうして会うのって意味だ! 言わせるな!」
「……ノリがわからん」
クルスは周囲を窺う。かなりの数がいる。遠間に、ディンやデリングらしき姿も、そのさらに遠く、大樹ユグドラシルから覗くはおそらくあのボケ老人。
錚々たる面々である。
こんなアホらしい場に、いったい何がために集まったと言うのか。
「いい加減大人になれ。騎士になるなら、遊んでいる場合じゃないだろ」
「ふっ……モラトリアムを解さぬ男だな、君は……いや、貴様は!」
男が、騎士剣を引き抜く。
それと同時に顔があらわとなった。珍しいこともあるものである。普段、彼らは意地でも顔をさらさないものであるが――
「そもそも俺は不純異性交遊などしていないぞ」
「この前アースでミラと腕組んでただろ」
「ッ⁉」
場が、ざわつく。あまりのショックにその場で崩れ落ちるものまで――
「な、何故それを」
「我々の目はそこら中にある。例えそれが勇退した者でもな。あと、イリオスでも婦女子たちを囲み、ふしだらな生活を送っていたな。何が仕事だ!」
「ば、馬鹿な。いや、ってか、あれは完全に仕事で、待機と言われただけ、ミラの件だってエスコートは紳士の――」
「問答無用!」
烈気溢れた気迫の踏み込み、からの鋭い一撃。
「ぐっ」
しかし、クルス・リンザールは四強の一角、世代最強の男である。どれほど気合を入れようと、並の剣が届く理由はない。
事実、気迫の剣は易々と受け流される。
「俺に勝てるわけがないだろ」
「勝率は、五分だッ!」
「いつの話をしてんだよ」
それでも先代団長ロイは粘り強く、腐らず、それでいて――
(……踏み込み過ぎない。手の内を知られ過ぎているのは……やり辛いな)
絶妙な攻めを絶え間なく繰り出し続ける。ゼロを得た今でも、根はゼー・シルトの時と大きく違うわけではない。
カウンター対策は刺さるのだ。
それに対し、
(こちらから間合いを詰めたら……体勢がグダろうと迷わずの後退。全力で詰めたら、背中向けて走り出しそうな勢いじゃねえか)
クルスが攻め立てようとするも、其処は全力ダッシュ。
恥も外聞もない間合い維持。主導権を保持され攻め立てられること自体は願ったりであるが、こちらが握り返そうとするとそれを許されないのは面倒。
そう、忘れがちであるが、
(……嫌な記憶が浮かぶぜ)
下位からの下克上組、中位を大捲りした連中の多くとは、四学年の時何度も勝ち負けを繰り広げた間柄である。
ロイもその内の一人。
こちらが対策を打てば、あちらも打ち返してくる。
そのいたちごっこ、からの壁(ヴァル)。
「そ、そんな、クルス先輩が決め切れないなんて」
「て、手を抜いているに決まっているでしょうに。同期への、そう、情とか」
暗闇で戸惑うクルス教の信奉者たち。
その言葉にクルスは哂う。
(んなわけねえだろ)
と。
他の誰に手心を加えようが、クルス・リンザールが同期に対し手を抜くことなどない。全員、時期は違えど何度も負けた相手である。
煮え湯を飲まされた回数の方が多いのだ。
「学生は清き身であるべきだ!」
「なら、やっぱ濡れ衣じゃねえか!」
「疑わしきは罰する!」
「推定無罪だ! 順法精神を持てよ学生!」
「どちらにせよ複数名に愛想を振り撒いているのは事実だ! それの何処に純粋な、清き交際がある!? 不純過ぎる!」
「な、何の話だ」
「しらばっくれるな! 何かいい感じの相手が沢山いて、さぞ満たされているのだろうがな、こっちからはキープしているようにしか見えないんだよ!」
「……ぐ、わけわからんことを! だが、剣が、無駄に重く、鋭く――」
しらばっくれるクルスであるが、
「いやまあ、あれに関しては結構正論だよな」
「ああ。せめてフレイヤ以外を選ぶならまだしも、何も選ばぬのではな」
「……お前さんも大概だよ」
親友二人からは冷ややかな視線が送られる。
外側から見ても、どう見たってフレイヤ、イールファナ、アマルティア、そしてミラあたりからは好意を向けられているし、同期はほぼ全員把握している。
何ならリリアンや後輩なども含めたらもっといる。
しかしクルスはお高く留まり、誰も選ばない。
その結果、
「天よ、地よ! この世全ての非モテ陰キャよ! 俺に力を貸してくれ! この贅沢物を、やれやれクソイキリ野郎を、シバき倒す力を俺にくれー!」
血の涙を流しながら剣を振るう修羅が生まれた。
「わかる、わかるぞ」
「みんな、力を送るんだ!」
「心を一つに!」
「おお!」
今、陰の者たちの心が一つとなる。
やはりこの男は大敵、陰者にとって許し難き存在。
(アホしかいねえのか! しかし、クソ、アホのくせに……崩れん。物凄い集中力だ、講義の時にそれやれよ。序列二つ三つ、下手したらヴァルと勝ち負け出来るだろ、こんだけやれりゃあ……まあ、そりゃあそうか)
ヴァルより下はかつての自分も含めて超激戦区。ヴァルもレベルアップし追随を許さなかったが、その距離が大きく開くことはなかった。
それは追う者たちが許さなかった。
「結構勉強になるな」
「リンザール対策に関しては、俺たちよりもずっと煮詰めた連中だからな」
「確かに」
ゼロ対策、そして旧来のクルス対策、二つとも用意している。諦めはある。彼が登り詰め誇らしい気持ちもある。誰よりも彼を認めている。
でも、それは何もしない、を意味しない。
「詰めたぞ」
「で?」
「……て、めえ」
密着した瞬間、これで何でもできると高をくくったクルスに向けられたのは、ある意味でゼロ。完全静止である。
押し引きがなく、ただ接しているだけ。
これが、
「おお!?」
「その手が、あったか」
不滅の心を胸に彼が編み出した、ゼロ対策。ディン、デリングが舌を巻くほど、それはクルスに突き刺さっていた。
不滅の執念、此処に成る。
「馬鹿が。なら――」
「サブミッションの間合い、だろ?」
パンクラチオン、その中で極技などを総称したものがサブミッションに当たる。相手を固める、関節技などを盛り込んだ攻防。
倶楽部コロセウスに所属し、パンクラチオンを修めたクルスはわかる。剣を逆手に持ち替え、手を自由にした上で密着した相手を料理する。
それで詰ませるつもりであった。
なのに、自分と全く同じ動きをしてくるのだ。
「お勉強は何も、四強様だけの特権じゃねえよ」
「……はは。ったく、相変わらず面倒くせーな」
「金持ち、舐めんなよ!」
パンクラチオンの選手をわざわざ大金払って地元へ呼びつけ、家庭教師をしてもらう。これが金持ちの、実家の極太さがなせる業。
なお、実は似たようなことをやっている者は結構いる。
コソ練は何も、クルスだけのお家芸ではない。
「す、すげえ」
「レベルが、高過ぎる」
同じ騎士科の学生であればわかる。あの二人が、凄まじく高度な戦いを繰り広げていることが。クルスはわかる。対抗戦優勝の立役者、同世代で知らぬ者無しの今となっては学園のヒーローである。
でも、ロイは違う。
学園の恥部、陰の者、しかも光相手に何も出来ず、無様に敗れ続け、不滅団の名声、はないが、力の凋落を見せた世代の長であった。
「わかるか皆の衆! これが正義の力だ!」
(は? 何処に正義があるんだ?)
ロイの力を込めた叫び。対応するクルスは疑問符しか浮かばないが――
「うう、ロイ、お前、輝いているぜ」
「そうだよな。俺たちが受け継いだ正義は、そういうものだった」
同期の不滅団連中は涙を滲ませ、
「……染みるぜ」
「ああ」
ディン、デリングもしみじみと頷く。
「後輩よ! 君たちは言ったな! 不純異性交遊を撲滅するなど学生の領分ではない、と。本当にそうか⁉」
(そりゃそうだろ。そんな権利何処にもねえよ)
クルスの心の中でのツッコミが冴えわたる。
「否だ! 清く正しく美しく、紳士たれとの校訓を帯びた我々学生こそが、率先して律さねばならない! 秩序なくして何が学び舎か!」
(屁理屈をこねやがって。あと、こねながら上手いこと捌くなアホが!)
ロイの魂の叫び、それは――
「た、確かに」
「一理、ありますわね」
もう一つの闇に、届き始めていた。
「我らは学園の秩序の守り手だ! 確かに、異性と区切るのは時代錯誤かもしれない。それを捨て、新たなる地平に踏み出すことも必要だ!」
(何処が守り手だよ!)
「しかし、我々の理念は変わらない! 不滅団の魂は不滅也! 忘れるな、そして繋げ、我らの本道は学園の秩序を正し、清く正しく美しく、そういう学園生活を守ることにある。我らは……そのための剣だ!」
お互い、パンクラではらちが明かぬと剣を回転させ、順手に持ち替え打ち合った。執念の剣、普段ならひょいと流すところだが――
(い、勢いで、つい)
受け止めてしまった。
「だよな。男だぜ、クルス」
「ああ。あの一撃を、流すなんて男じゃない」
不滅の魂が迸る。
「人は弱い! 俺たちも弱い! 不純な交遊を羨ましく思う者もいるだろう。やりたい、したい、せめてチューぐらいは、手ぐらいは、いいじゃないか、と」
「ぐ、ぐぅ」
「せ、先輩。俺、俺、涙で前が見えねえよ」
後輩たちは咽び泣く。
「だが、その結果どうなる!? 学園中で手を繋ぎ、チューする連中が溢れかえったらどうする⁉ それは健全な学び舎か⁉ 断じて否ァ!」
(剣、クソ重ぇ)
「目の前のこいつが、誰彼構わず手を出してチューして回ったら、同期の美女を、後輩のカワイ子ちゃんを、食い散らかしたふしだらな世界を想像しろ!」
(ふざけろ、テメエ。いい加減本気で殺すぞ!)
「ゆ、許せない。そんな、ふしだらな……破廉恥すぎます、クルス先輩!」
「クルス様がちゅー? 女と? お、男でも、逆カプは許せないのに、お、女ァ? ゆ、許せないィィィィイ!」
今、
「異性も同性も、不純な交遊は撲滅する! 其処に違いはねえだろうが!」
二つに割れた不滅団が一つになった。
「歴史に残る大演説だ」
「紡いでいかねばな、伝統は」
ディン、デリングは拍手しながら涙を流す。
クルス以外、全員が今心を一つに正しき道を再認識させた魂の叫び、それに感動し泣いていた。反旗を翻した者たちすらも――
「……俺はここまでだ。あとは、任せた、ぜ」
「だ、団長ゥッ!」
全てを託し、先代団長のロイはここまでの粘りが嘘のように引っ繰り返った。力なく、全てを出し尽くし、倒れ伏したのだ。
その姿はあまりにも高潔な、不滅に殉じた漢であった。
「……なあ、帰っていいか?」
「……悪かったな、利用しちまって。今度、おすすめの覗きスポット教えてやる」
不滅団を再度まとめるための人柱。全ての憎悪を学園カーストの最上位となったクルスへ集約し、組織を立て直したのだ。
群れを成り立たせる最も効率的な方法は『敵』を作ること、だから。
「ユグドラシルの天辺なら間に合っている」
「は? あそこから覗けたのは初代の世代までだぞ。何十年も前の話だ」
「え?」
「邪まな欲望に敗れた初代の先輩たちがあそこで覗きをしていたところを学園長に見つかって、同じ獣に落ちてどうする、紳士ならばすべきことがあるだろう、と叱咤激励を受けて生まれたのが不滅団だ。その時、スポットは全部潰された」
「あンの、クソジジイ」
ご褒美の望遠鏡、あれは端からクルスを揺さぶり、試すための仕掛けであったのだ。あの男はわかっていた、と言うか覗きスポットを潰した張本人だった。
引っかかったら鬼のようにからかわれたことだろう。
危なかった。
「俺も確認済みだ。先輩たちとの出会いは、あそこだったからな。わかるよ、リンザール。そりゃあ登るよな、男の子ならさ」
「一緒にするな」
「まあ、あんまり近づくなよ。覗きスポットじゃないけど、不滅団が広範囲を監視する時はよくあそこ使っているから」
「……」
言われずとも近づかない。
「それより就活しろよ」
「ああ。もう思い残すことはないから」
「……なら、いいさ」
「あと、もう一個だけ謝ってもいい?」
「いや、必要ない。それについて許す気はねえから」
「ごめんね」
不滅団は一つになった。
それは――
「先代の仇を討つぞ!」
「おお!」
「クルス先輩、獣に落ちる前に、僕が、この手で!」
「クルス様、薔薇の美しさをお伝えしますわ」
クルス・リンザールと言う『敵』が多いに機能した結果でもある。そしてここにいるのは大半が不滅団の面々。
クルスは敵の巣のど真ん中にいるも等しい。
「厄日にもほどがある!」
クルス対新生不滅団、開戦。
そんな姿を遠目に、
「青春じゃのぉ」
ある意味全ての元凶はほろほろと涙を流していた。
不純異性交遊撲滅騎士団改め不純交遊撲滅騎士団よ、永遠に。
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