第266話:そして伝説へ
「いらっしゃいませ」
「はぁん」
店先で一礼、ただそれだけでその辺を歩く淑女を陥落させるはアスガルド王立学園きってのイケメン、デリング・ナルヴィである。
端正な顔立ち、品の良い制服、何よりも端々から迸る美しき所作。
スタイルも抜群、立つだけで絵になる男。
そんな男は今、
(……何故俺が、こんなことに)
『モンスター』ミラ・メルの策謀に巻き込まれて客引きをしていた。
名門の嫡子、本来この辺でお目にかかることすらない高貴なる男である。
が、今はただの客引き。
「い、今私に微笑んだわ!」
「嘘! 私よ!」
「「こうしちゃいられねえ!」」
「い、いらっしゃいませ」
「「はぁん」」
クソイケメンの。
〇
淑女吸引機(デリング)を店頭に置き、店内は活気に満ちていた。
その上で、
「あら、中の子もよくない?」
「動きが優雅ねえ」
「ご注文をお伺いいたします」
クルス・リンザールが騎士仕込みの立ち居振る舞いで店を回す。
「おすすめは?」
「澄み渡る鮮烈な味わいが鶏で、濃厚でこってりとした味わいを求めるなら豚、癖が強めで野趣あふれる味わいが牛、ですかね。どれも自信作ですが、個人的にはまず鶏を味わっていただけたら、と思います」
「「鶏で」」
「さらにこちら、コンフィで柔らかく仕上げた三種のお肉のトッピングもおすすめとなっております。よろしかったら――」
「「ください」」
「ありがとうございます」
「「こっちの子もレベル高し、ね」」
騎士の動きとはダンスと似ている。美しく見せるため、全身の筋肉を総動員している。しかし笑顔で、余裕綽々に人前に立つ。
魅せる動きもまた騎士の必須能力である。
「動きはイケメンじゃん」
「無駄口叩かずに働け」
「へーい」
そしてその技能は――
「お茶、お注ぎ致しますね」
騎士となる者なら、誰もが持つ。御三家ならば、なおのこと。
「あわわわ」
「イケ女よ、イケ女」
無駄に打点高く、糸を引くように注がれる無料のお茶。ただのお茶なのだが、こうして注がれるとなんか凄い気がしてくる。
何よりも注ぐ者の所作が美しい。
「こ、これが上流階級で引っ張りだこの騎士、か。接客スキル一つとっても突き抜けているんだなぁ……」
店主、ノア麺を作りながらしみじみとつぶやく。さすがに様々な店で修行して回っただけあり、手の速さは見事なもの。
ほぼ初めての調理もどんどんブラッシュアップされ、提供速度が実戦の中で増していく。この辺は腐ってもプロ、お客に不安は抱かせない。
司令塔、ミラの戦術はこうである。
『まず落とすべきは女性よ。女はね、噂話が大好きなの。女性が気に入れば、その噂は千里を駆ける。勝ちたいなら、まず女を口説く!』
淑女吸引機により女性を引っ張り込み、口コミによる集客を狙う。もちろんノア麺と言う武器があること前提だが、其処に自信があるのなら奥の手裏技ガンガン使うべきである。分母は正義、とにかく最初は数を打つ。
『女が噂を広げ、人が集まれば勝手に人は群がるもの。ラビも言っていたわね、新店出す時はサクラで列を作るって』
人を集め、その人がさらに人を集めてくれる。
それが――
『王道を征き、勝つ』
勝利の王道也。
「美味し⁉」
「これ、どうやって食べるのかしら?」
「フォークで巻き付け、スプーンでスープに浸しながら食べると美味しいですよ」
「小ノア麺にするわけね」
「ですね」
初めての食べ物、誰もが驚愕に目を見開く。イケメンに釣られて入ってきた淑女も、一口食べるごとにその魅力に飲み込まれていく。
これがノア麺の真骨頂。
天才が編み出した究極の麺料理、である。
「冷やかしで入ったが……こりゃあ時代が変わるぞ」
「って言うか、この値段でいいのか?」
「安い、美味い、神か⁉」
数は少ないが淑女吸引機が引っ張り込んだ女性の群れに釣られ、店に吸い込まれてきた男性陣も眼を剥く。
食の新時代、ノア麺が起こした魔導革命に匹敵する大変革。
本人が山登りに精を出している間に、
「あなたが神か?」
「いえ、その、この料理の生みの親はレムリアのノアさん、という方でして」
「ゆえに……ノア麺。ありがとう、生まれてきてくれて」
「は、はぁ」
ノアは伝説となった。
〇
「……」
「そんなに不貞腐れないでよ。人助けは騎士の本分でしょ」
列車の個室で四人掛けの席に三人が座っていた。
「明日以降どうする? 俺たちはいないんだぞ」
デリングの真っ当な意見。今日は騎士科の学生三人が接客をぶん回したが、明日以降三人はいない。人手自体は募集すればいいが、当たり前の話だが騎士学科の学生などその辺に転がっているわけではなく、騎士科で学んだ人材を雇用するのは、基本的にとんでもない人件費が必要となる。
一つの店舗で賄えるものではない。
「だから、ちゃんと特別デーと銘打ってたわよ」
「それを目にした者がどれだけいたか」
「今後とも定期的にやればいいの。そしたらイベントになるっしょ? ほら、嘘じゃなくなる。私ってば天才」
「俺は無理だぞ」
「俺もだ」
あと一年も学校に在籍している期間はない。そうでなくとも別に就職先が決まっていると言っても暇ではないのだ。
いくら人助けとは言え、毎度毎度顔を出すわけにもいかないだろう。
「頭固いわねえ、あんたたち」
「「む?」」
「あんたらが手伝わなくても、要は騎士科の学生が集まるように仕向けりゃいいのよ。あんたらの名前を使って」
「「……?」」
「私たちの代は対抗戦をぶっちぎりで優勝した伝説の代でしょ? 其処で最も活躍した伝説の大先輩に、その大先輩とこれまた学校中が目撃した伝説の決闘を繰り広げた大先輩、この二人が接客の勉強になった、そう言えば一発よ」
「「おい」」
「実際あの回転数は結構いいトレーニングになると思わない? 忙しい中、どれだけ優雅に、余裕をもって接客できるか? 騎士であることを保てるか……どう?」
「「……」」
詭弁かつ屁理屈、とは言え一理はある。
「騎士科にも貢献しちゃうなんて……嗚呼、なんて良い先輩なのかしら、私」
((悪女め))
このままでは後味が悪いのは確かで、後輩を利用するのはあまり気が進まないが、ミラの屁理屈を飲み込めば八方丸く収まる。
と言うか、それしかない気もした。
「ま、その辺は任せときなさい」
「「うす」」
ミラには敵わない、そう二人は痛感し降参した。
彼女は高らかに笑った後、
「ところでさ、デリングは今年誰と踊るの?」
デリングに牽制を打ち込む。
「……殿下が視察に来られるそうだ。俺がお相手となる」
「あー、独占欲強そうだもんね」
「ふ、不敬だぞ」
違う、とは言えないデリングは渋面を浮かべていた。
しかし、そもそもミラはデリングの去就など死ぬほどどうでもいい。
これは全て、
「で、クルスは?」
此処に繋げるための布石である。
もう少しで年末、とは言えミラは知っている。この男はこと、こういう区切り区切りのイベントの際、とにかく優柔不断と言うか何も考えていないことが多い、と。毎年ギリギリで予定を埋めるのは恒例行事、である。
ゆえに先手を取った。
「ま、誰とも約束がないならしょうがなく私が――」
「今年は約束がある」
「――わたし、が……え?」
「なに⁉」
ミラがぽかんと、そしてデリングがキッと睨む。デリングに関してはフレイヤとのことを警戒しているのだろう。
この男に睨む資格はない。
「ん、な、き、昨日、あんた、私と腕を組んだ、くせに」
「エスコートしただけだろ」
「こ、殺してやる」
「やめとけ。俺の方が強い」
「ムキィィィィイイイ!」
ここまで完全に優勢に、全てを振り回してきた女がたった一手で崩れ去った。全てはこの男が例年にない動きを取ったから。
「ご、ごほん、クルス君。差し支えなければ、その、お相手を教えてくれるか?」
「別に構わんが……なんかその口調と顔が嫌だな」
「気にするな、さあ、言え。フ、と言ったが最後、決闘だ」
何度も言うがこの男に睨む資格も怒る資格もない。
「安くなったな、デリング・ナルヴィも」
「黙れ」
「睨むな。お前が危惧している相手じゃない」
「「えっ⁉」」
デリングはぺかーと微笑み、ミラは驚愕に目を見開く。絶対に其処だと思っていたから。それ以外ないと、思っていたから。
「じゃあ、チビかデブ?」
「……口悪いな。あえて誰かは聞かんからな。別に隠すことでもないんだが……まあチビではある、か」
「……そう。魔法科を選ぶってことね」
「いいのか、兄か弟か知らんが、イールファスが親族になるんだぞ?」
「何の話だよ。だから、約束した相手は――」
クルスはため息を吐き――
〇
年末、恒例のダンスパーティにて会場に激震が走った。
誰もが狙うも、あまりに高嶺の花となった伝説の先輩、クルス・リンザール。農村生まれの芋野郎が大出世したものである。
そんな彼が踊る相手、それは誰もがひそかに注目する一大事であった。
高貴なる麗人、ぶち抜けた高嶺の花であるフレイヤ・ヴァナディースか。
魔法科の華、実はひそかに大人気イールファナ・エリュシオンか。
貴族科の珍獣、しかして溢れる母性がママみアマルティア・ディクテオンか。
「大穴で騎士科の天使リリアン・キャナダインか」
「ラビちゃん怒るよ!」
「でへ。にしても……そう来たかぁって感じよね」
「……うん」
だが、結果はその誰とも違った。
皆の視線が集まる中、
「制圧征服圧政だぁ!」
「ダンスは闘争じゃないぞ」
「はァ?」
クルス・リンザールの隣には真紅のドレスを着た美少女が仁王立つ。ドレスをたなびかせ、真紅の髪もまた振り回す。
獣の如し姿で、
「アミュは何でも勝負すんの。アホクルス」
「はいはい」
三学年ぶっちぎりの首席、アミュ・アギスがクルスと共に立つ。
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