第264話:クルス対モンスター、ファイッ!
「うふふのふ、おごってくださって嬉しいわぁ」
「……ども」
おひとり様時間の終焉、それと共に訪れた嵐(ミラ)を抑えるべく、クルスは心で涙を流しながら財布を開帳し、彼女にお供え物をしたのだ。
静まり給え、と。
現在、二人は公園のベンチで新食感のスイーツを味わっていた。新食感を推しているだけあり、パリパリと小気味よい感じが癖になる。
それはお相手も同じようで――
「んー、おいしー!」
「ああ、美味いな」
とりあえず機嫌は上向き、ありがとう新食感スイーツ。
「で、その格好ってあれ? イケてると思ってる?」
が、その程度でモンスターを静まり抑えることなど出来ないのは当然である。
「色々あったんだ。俺だってしたくてしたわけじゃない」
「もっといい眼鏡あったでしょ」
「……服飾のセンスが俺にあるわけないだろ」
「ふーん。ところで私の格好どう思う?」
制服のクルスと対照的にミラの服装は完全に私服であった。スラっとした体形に合わせ、シンプルだが何処か洗練された格好はおそらくお洒落さんなのだろう。
なお、クルスにそれを判断するセンスはない。
だから、
「お洒落だな。あと機能性も担保されているところがいい」
精一杯の評価を口にした。つーかこれが限界。
「薄っす! びっくりしたぁ。せめてさぁ、薄いならもっといい言葉選びなさいよ」
「いい言葉?」
「かわいい、綺麗、美しい」
「……からかうな」
「にひひ」
ミラはスイーツをぺろりと食べ立ち上がる。
「とりま、服買いに行きましょうか」
「……今、金がない!」
「金ないわけないでしょ。あんた長期で仕事してたじゃん」
「ほぼ全部、実家に置いてきた」
「……そんなキャラだっけ?」
「そういう気分になることもある。姪もいたしな」
「……なるほどね」
「と言うわけで俺がいるとわびしい想いをすることになる。袖振り合うも何かの縁だが、無い袖は振れないとも言う。ここはお互いのためにも――」
クルス・リンザール、この頭脳の切れもまた評価ポイントである。圧倒的切れ味から、このままお互いおひとり様時間に戻る。
素晴らしいプランニングであろう。
「じゃ、私が買ったげる」
なお――
「……は?」
「じゃ、れっつらごー」
「ま、待て、それは、ちょっと――」
浅はか也、クルス・リンザール。
〇
「この黒い服よくないか?」
「よくわかんないフォントで、クソみたいな文章の、しかも半袖に袖が縫い付けられている、バケモンみたいなやつが、いい?」
「……お洒落だと思ったんだが」
「あんた、これをお洒落だと思ってんのに、私にお洒落とか言ったの?」
「……なんか、すまん」
崩し過ぎて読めない文字、そもそも黒字に文章ずらりがヤバいのに、さらに袖が多段という伝説級の服をお洒落と思うセンス。
「ちなみに、この服をどう思う?」
「……少しシンプル過ぎるだろ。それならこのドラゴンの方が――」
「死ね! ドラゴンはもう、その時点でダメだから。ドラゴンって時点でなし!」
「でも、黒い龍だぞ」
「一番駄目じゃねえか! せめてサイケデリックな感じなら、あえてのズラシみたいな感じで……やっぱ無理、ダメ、ドラゴンはどう料理してもダサい!」
「……ドラゴンなのに?」
「ドラゴンだからッ!」
「……そうか。服は、難しいな」
ドラゴンなんて子どもから大人まで男ならみんな憧れているもので、誰もが好きな存在だと思っていた。
ちなみにミズガルズでのドラゴンの扱いは地域によって異なり、水や川をそれに見立て信仰する地域もあれば、魔を払うものとして崇められたりもしている。
逆に竜を模した魔族にかつて襲われた地域などは、悪魔として蔑まれたりも――
「いい。服はシンプルに着こなすのが一番いいの」
「そうなのか?」
「そう。時代に左右されない。その時のトレンドに合わせるのも楽しみだけど、普段服を買わないならシンプルイズベスト。脳髄に刻んどきなさい」
「なるほど」
「ってか、お洒落かそうでないかの、最大の違い教えてあげようか」
「教えてくれ」
「スタイル」
「……元も子もないな」
「残酷な真実ね。つまり、私をお洒落と思ったと言うことは、中身を褒めたのと同義ってこと。ふっふっふ。私の勝ち」
「でも、俺はあいつらをお洒落だと思ったぞ」
クルスが指差すは、珠玉のダサ服たち。
「……」
ミラへのカウンターが突き刺さり、嵐沈黙。
期せず、モンスター撃破に成功する。
〇
ミラの手により服をアップデートしたクルス。
さらに――
「彼氏さん、どんな感じにしちゃいます?」
「あ、彼氏じゃ――」
「せっかくのデートなのでぇ、バチバチにキメちゃってくださーい」
「おけまるデース」
「……」
美容室へ連行、そのまま軽くカットをして、プロの手によりバチバチに髪型をキメられる、らしい。もはや其処にクルスの意思はない。
「普段どんな感じなんです?」
「あ、学校の理容師さんにやってもらっています」
「あ、学生さんなんですねえ」
「もう六学年ですが」
その変な髪型ダサい、と言うかそもそも普段何処で髪切ってんの、と聞かれて今のように正直に答えたら、六学年にもなって馬鹿じゃないの、と怒られた。
どうやらあの施設、あまり出歩くことが推奨されない低学年が利用するもので、高学年になると皆街まで出るらしい。
道理で皆をあそこで見ないわけである。
「彼女さーん、確認お願いします」
「あ、彼女じゃ――」
「はーい」
ミラはクルスの仕上がりを見て、
「この辺、垂らした方がシャープじゃないです?」
「それもいいですねえ。それでキメてみますか」
「お願いしまーす」
しっかりと注文を入れて仕上げた。
これで全身くまなくミラのコーディネートとなる。
〇
「……私服で帯剣は、その、おかしくないか?」
「別に。その辺にいるでしょ」
「あまりいないぞ」
「そりゃああんたがうろついている場所に上流階級がいないから。無意識に下流へ流れてんのよ、農村出身のクルス君はね」
「……」
心当たりしかない指摘。確かに、クルスがおひとり様を楽しんでいた空間は、よくよく思い返すと庶民的な場所ばかりであった。
それこそ重なるとすれば映画くらいであろう。
「……ちなみに、髪ってやはりああいう場所で切ってもらった方がいいのか?」
「ん? 別に何処でも変わらないでしょ」
「え?」
「髪なんて弄らないとどう切ったって頭の形次第なんだし」
「……では、あの、俺は何のために」
「馬鹿、セットしてもらったでしょ。それはプロに任せた方が楽だし、そのやり方教えてもらったら手札増えるでしょ?」
「な、なるほど」
セット技術にお金を払う場所、と言う発想はなかった。パーマをかけたりカラーを入れたり、そういう専門的な部分にお金を払う。
カット技術も重要であるが、其処はファッション同様個人の素質が大きくなる。
「日も暮れてきたな」
おひとり様からこれまで随分と時間が経っていた。そろそろ早めの夕食を取らねば、帰りの列車が面倒になりかねない。
何だかんだと学園とアースは離れているのだ。
「荷物置いてきましょ」
「何処に?」
「ホテル」
「……んん⁉」
「なに? あんた夕飯食べて帰るの? 列車で? 面倒じゃない?」
「ふ、普通に帰るつもりだったけど」
「私は時間に追われたくないから部屋取りなさいよ」
「だ、だから、金がないって」
「おごったげる」
「い、いや、それは、これ以上は」
「それとも私の部屋で泊まる?」
「……おごって、ください。今度返します」
「にっひっひ、ミラ金融の利子は高いわよ」
「……利子?」
「そ。当たり前でしょ」
「利率を教えてくれ」
「内緒」
「それは通らんだろ」
「通るの。私だから」
「……はぁ」
ミラの剛腕に振り回されるのも慣れたもの。そろそろ諦めもついてきた。
「せっかくキメたんだからエスコートしなさいよ」
「お任せください、お嬢様」
「おほほ、苦しゅうない」
きっと、これからもこんな感じなのだろう。それとも卒業したら変わるのだろうか。会う頻度も減れば、何かが――
〇
「あんたね! 予約しときなさいよ予約!」
「今日の今日だぞ! 出来るわけないだろ」
ギャースカと言い合うクルスとミラ。クルスは自分の持つ数少ない手札を切り、かつてウルに連れて行ってもらったところへ行ったのだが、生憎の満席。
ならば、ともう一つの方へ行ったらそちらは情緒が終わってる、とミラがキレ散らかし、おじゃんとなった。
結果、すっかり日が暮れてなお路頭に迷っていた。
「ミラにアイデアは?」
「エスコートするんでしょ!」
「そ、それは、そうだが」
ないものはない、と言う正論が彼女に通じないことなど百も承知。ここに来て大失速、みるみるとミラの機嫌が悪くなる。
このままだとまずい。最悪、我らがアンディ・プレスコットのメシ屋、と言う名ののホテルでディナー、この手しかない。
ただ、明らかに置きに行く選択肢、このモンスターが満足するかどうか。
これは最終手段、とは言えどうするか――
そんな感じで彷徨っていると、
「もうおしまいだぁ」
道の真ん中で、これ見よがしに打ちひしがれている男の姿が目に入った。クルスの直感が告げる。何故か、これに関わったらまずい、と思った。
だが、
「どうしましたー?」
そういう時にこそ、この女は率先して動く。
「……嫌な、予感が」
ミラと男が話し始めた様子を見て、あとは食事をつつがなく終えるだけ、そう思っていた夜が一筋縄ではいかぬことをクルスは予期し、
「……神よ」
珍しく神に祈った。
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