第263話:孤独のクルス

 クルスは鼻をすすりながら売店で最近話題のポン菓子、とやらに舌鼓を打つ。米などの穀物に圧力をかけ、ある程度圧力が高まったタイミングで開放、その際の爆裂音と共になんやかんやで膨張したふわふわ食感のお菓子が完成する。

 其処に粉砂糖を少々ふりかけると――

(……仄かな甘みに、ふわふわとした食感。出来立ての香ばしさもグッド。なるほど、これは人気が出るわけだ)

 クルスは平静を装い味わっているが、正直もう少し子どもの頃だったらモリモリ食べていたと思う。公の場であるから、こんな感じなのだ。

 本来なら、

「うんめー! 無限に喰えるぞオイ!」

 と叫びたいところである。

「品のない奴……おっと、他人だった」

 自分よりかなり前にどデカい大袋で購入した巨漢は、凄まじい勢いと迫真の大声でポン菓子を嗜んでいた。

 どこかで見た飯屋を騙るホテル経営者のボンボンな気もしたがスルー。

 今日、クルスは、

(さて、次は音声入りとやらにするか。タイトルは……シャークVSモンスターの頂上決戦? なんだ、これは……ふざけた映画だ。観るか)

 おひとり様を楽しみ尽くすと決めていたのだ。

 ポン菓子、そして普段は糖質過多となるために避ける果実ジュースを握りしめ、男は掟破りの二連続映画鑑賞へと洒落込む。

 騎士剣のメンテナンス、これを自分の言い訳にして――


     〇


「……クソ映画じゃねえか!」

 クソ映画だった。伏線なく、適当な勢いで鮫に食い散らかされている民。悲劇的な絵なのに、陸上で鮫がバタついている絵面があまりにシュールで、全然悲劇に見えなかったし、後半急に現れた突発型ダンジョン、其処から湧いてきた魔族とバタついた鮫軍団との衝突は、シュール以外の何物でもなかった。

 最後は鮫の群れが巻き起こした嵐とダンジョンが対消滅し、空に虹がかかってハッピーエンドとなる。何もハッピーじゃない。

 さらに何がシュールかって、魔族の造りがとんでもなくチープで、何級だオラ! と劇場で叫びそうになったとこである。

 専門分野だとツッコミしそうになってよくない、とクルスは学習した。

(でも、紛れもないクソなんだけど、でも、くそぉ、面白、かった)

 感性がバグる出来。粗だらけ、勢い任せ。先ほど見たラブロマンスがA級映画とすれば、今のはB級映画、同じ地平線の代物ではない。

 だけど、どちらが面白かったかと問われたら、クルスは鮫を推す。

 友人と見たい出来である。一緒に、ボロクソに貶したい。

 そういう、面白さ。

 それはさておき――

(昨日無声映画が現れたと思えば、もう音声入りも出回り始めているのか。随分急と言うか、あの話し手の人は秒速で失職するんじゃないか?)

 技術の進歩は目覚ましいものがある。もちろん映画自体はそこそこ前からあったのだろう。新しいものが入り辛い島国アスガルド、それ以上に何もないゲリンゼル出身だからそう見える、と言う部分もある。

 あるが、それでもすさまじい進歩だと思う。

 鮫と魔族のクオリティはあまりに酷かったが――

「あ、あの、もしかしてクルス・リンザールですか?」

「え?」

 そんなどう評価すべきか、クソ映画でクソ面白かったとしか言えない鮫映画を幾度も反芻していると、突然子供に声をかけられた。

 当然だが面識はない。

「ち、違いますか?」

「いや、自分はクルスで合っているけれど」

「や、やっぱり! 僕、テレヴィジョンでクルスさんを見て、あ、対抗戦です。それからずっと、ファンでした!」

「そ、そうなんだ。嬉しいね」

「僕もアスガルドに絶対入りたくて、今猛勉強中です! 絶対に入学します!」

 メラメラと燃える瞳で熱意を語る少年。それはありがたいのだが、問題は周囲の目である。何事だ、ならまだしも、あ、見たことある、確か騎士科の凄い人でしょ、クルス・リンザールだよ、と名前を知っている者まで――

「頑張って」

「はいッ!」

 メラメラ、キラキラした目で真っすぐ見据えられ、それには弱いんだよと握手をこちらから促すと、さらに感動し涙まで流し始めた段階で、

「あのぉ」

「実は」

「誰かよく知らないけど有名人ならサインください」

 みたいなのが集まってきた。

(お、俺のおひとり、時間がぁ)

 しかし、無下には出来ない。紳士たれ、退け退け邪魔だ、俺様を誰と心得る、なんて対応が許されるわけがなかった。

 丁寧に、笑顔で、対応を続ける。

 無限に。

 人が人を呼ぶ悪循環、抜け出すには――

「あの、クルスさんってどんな映画を見るんですか?」

「……失敬。そろそろ約束が」

 絶対に答えたくない質問をぶつけられ、如何なる手段を使ってでも逃げねば、と覚悟を決める必要があった。

 鉄の意志、これが心根一つで羽ばたいた男の、逃走術である。

「あ、待ってくださーい」

「サインくれサイン」

 最初の一人はともかく、他の連中はただのミーハー、二度と会わないし、会いたくもない。魔族相手よりも必死で逃げるクルスの背は少し悲哀が滲んでいた。


     〇


 クルス、飛び込んだ服飾店で伊達眼鏡を購入。髪型も少し無造作に、服も買おうかと思ったが、普通の服装で帯剣している方が目立つかと考え避けた。

 とりあえずこれで見知らぬ騎士科の学生、の誕生である。

(……あの男のような威圧感が足りない、のか?)

 そんなことを反省しながら、

「来たぜ」

 クルスは魔導量販店アマダの前にやってきていた。ここは以前も来ているが、あの時はツレがいた。そう、自由に回れたわけではないのだ。

 周りに合わせて、空気を読んで、一人なら気にする必要はない。

 クルスは紳士的かつ競歩のように足早にある場所へ向かう。騎士科の学生がいの一番に向かうところと言えば、

(ふ、ふふ)

 騎士剣コーナーに決まっている。

 ずらりと並んだ騎士剣、買う気がないからこそ気軽に握ることが出来る。スペックを見比べ、握り、気になったら店員に声をかけ魔力を通させてもらう。相手も騎士科の学生ゆえ、本気で売り込んでくるが買う気はない。

 ただ、世間話はする。

「最近ではうちのような量販店で購入されるお客様は増えてきておりますね。やはりリーズナブルですし、エンチャント式に比べると魔導式はどうしても耐久性には難があります。在学中でも買い替えを、となれば最初はエントリーモデルで、使いこなせるようになったら一点物を、とされるお客様も多いです」

「なるほど」

「あとは、高価な騎士剣は成長した後を想定し、子どもの内から相応の長さ、重量のものを購入しお子様が合わせていく形になりますが、こういった安いモデルであれば低学年時の身体に合わせた騎士剣を購入することが出来ます」

「合理的ですね」

 かつてディンたちと来た時は、こんなところで買うなんてありえない、と言う風潮であったが、あとで他の学生と色々話した結果、実家がアマダのラビはもちろん、リリアンらもこういうところで購入していた。

 騎士の家と一般家庭で意見が割れていたり、今思えばあの人選はかなり偏っていたような気もする。そのおかげでアヌの剣を手に入れられたので良かったが――

(まあ、実際造りはチープだが、攻撃力が足りないわけじゃない。最も安いものでも魔族は斬れる。耐久性には多少難がありそうな手応えだが、それだって受け間違えたらどんな名剣でも折れる。要は使い手次第だ)

 最高は得られずとも、それなりのものは揃っているように感じる。それこそ高級なモデルになればアヌの試作品とそれほど大差ない気もする。

 まあ、あそこはフルオーダーで客に合わせたものを、がコンセプトなのだから当然の話ではあるが、それにしたって思っていたほどの差は感じられない。

 加えて子どもの成長に合わせた騎士剣選びと言うのもクルス視点からするとかなり好印象である。何せ合理的、御三家レベルでも一学年ともなると剣に振り回されそうな学生はいる。もちろん、騎士科基準での話だが。

「カタログ、貰ってもいいですか?」

「もちろんです」

「弟と話してきます」

「是非、御一考ください」

 ちなみに弟の騎士剣を選ぶための下見、と店員には伝えてある。当たり前だがクルスに弟はいない。姪はいるけど。

(あの子が騎士になりたがったら、アマダをお勧めしとくか)

 色々と細々スペックの話を根掘り葉掘りし、人件費をこれでもかと使わせたクルスは少し罪悪感を浮かべながら、他のコーナーも回る。

 特に家電に関しては、

(小型冷蔵庫、いいな、これ。新生活用に買っとくか。いや、俺今金ないぞ。ノリで大体押し付けたし……年明けから新生活用に働くか)

 続々と登場する新商品の吸引力が凄まじかった。あれからざっくり三年、たった三年でかなり様変わりしている。

 文明の高まりを感じざるを得ない。

 気分も高まる。

 そして、

(……だから、イリオスはこの勝負を降りた、のか)

 其処に思い至りしょんぼりする。

 凄まじい速度の発展、先ほどの映画もそうだが、文明の発展には功罪がある。それで生まれる職もあれば、消える職もある。

 生まれる需要もあれば、消える需要もある。

 光と影――それはクルスの心の中に色濃く刻まれていた。

(……少し河岸を変えるか)

 クルス、ションボリしながらアマダを出る。

「ありやとござぁましたぁぁぁあああああ!」

「またのお越しをおまぁちしておりっまぁぁぁぁすゥ!」

 景気のいい声に背を押されて――


     〇


 今度は市場巡り。

 古本屋に立ち寄ったり、意味もなく青物や肉魚の屋台が並ぶエリアをぶらついたり、気ままに巡り歩く。

 時には、

「これください」

「はいよ」

 食べたことのない何の肉かもわからない串焼きに舌鼓を打つ。美味い、外で歩きながら食べる、このシチュエーションが味わいを増す。

 賑わい、都市の喧騒を見回しながら、何物にも縛られずにまったりと歩き回る。これがいいのだ。おひとり様の醍醐味、と言える。

「……蛙」

「食べたことないのかい?」

「はい」

「美味しいよ、食べなきゃ損!」

「買います」

「毎度!」

 強引な押し売りすらも心地よい。

(たんぱくだけど、イケるな。損ってほどじゃないが。鳥肉をもっとさっぱりした感じだ。これだけヘルシーだと、身体作りに使える気がするんだがどうだろうか?)

 おっきな蛙の姿焼きを食べながら真面目なことを考えるのもオツなもの。ちなみに物珍しくて購入したが、蛙自体はアスガルドの一般層ではそれなりに食べられているし、別の地方だと常食されているところもある。

 ゲリンゼルにその文化がなかった(そもそも食用に足る大きな蛙がいない)のと、何だかんだとお坊ちゃまお嬢様に囲まれた学園生活のため、これまで遭遇しなかっただけである。まだまだ世の中を知らぬのだ、クルスは。

 ずっと学園、騎士の世界だけにいた。市井に出てきたことなど数えるほど、それも誰かと一緒なことがほとんど。

 クルスはこの日常風景をほとんど知らぬのだ。いつか、いつかと思っていた。いつか余裕が出来たら散策してみたい、遊んでみたい、と。

 でも、おそらくそんな時は来ない。

 それでは偏り過ぎてしまう。別に今息抜き自体を必要とはしていないが、そうでなくともこうして接点を作ることは無駄ではないと感じる。

 せっかく時間を、運賃をかけて王都まで来た。

 ここでやらねばいつやる、とクルスは長年の貯めてきたものを解放していた。やりたいこと、知りたいこと、この一日は全力でそれを満喫する。

(スイーツか。たまにはいいか。チートデイだ)

 誰にも邪魔されず、誰とも交わらず、

(誰にも邪魔されず、自由で……)

 一人優雅に、

(独りで、静かに、豊かに……救われて……すく、わ、れ)

 パイを何層にも重ねて焼いた新食感、とやらのスイーツを食べるため、列に並んだクルスはふと少し前、何処か見知った背中を見つける。

 心が早鐘のように警報を鳴らす。

 即立ち去れ、そうせねば――

(にげ――)

 恐ろしく早い退散。騎士でなきゃ見逃してしまう。

 が、

「あ?」

 ぎゅるん、と化け物みたいな速度で首が回る。

 ユニオンの隊長格、其処に比肩する判断力を持つクルスの撤退。しかして、その眼は逃げ出そうとしたクルスを完全無欠に捉えていた。

 ありえない。逃げ出す時、気配も足音もなかったはずである。

 消したのだ。全部。だから、無理。振り返れるはずがない。振り返れる道理がない。第六感でもなければ、説明がつかない。

 なのに、彼女は振り返り、こちらを見てニチャア、と笑みを浮かべた。

 クルスの内心を見透かすように――

「ここ、美味しいらしいわよ。プチ有名人さん」

 モンスター、ミラ・メルと遭遇する。

 鮫より怖い女との予期せぬ遭遇、一種のホラーであった。


 グッバイ、おひとり様時間。

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