第262話:騎士剣は定期的にメンテナンスしよう!
「ほう、これはまた見事に使い込まれましたな」
「どうも」
クルスは今、アスガルド王国王都アースにて最も格式高き魔導剣専門店アヌに訪れていた。店主ルフタはクルスが手渡した剣をまじまじと見つめている。
使い込まれた剣、その軌跡を見通しているかのようで――
(相変わらず妙な圧があるんだよな、ここも、店主も)
それでも足を向けたのはウルの勧めがあったからである。望遠鏡の受け取りを拒否していたら、なら別のご褒美、と言うことで費用ウル持ち、騎士剣のメンテナンスを行えることになった。
実用的かつありがたい。
(とは言え、学園長には感謝)
度重なる実戦、試合などはともかく、メガラニカでの死闘、第七で連れ回されたお手伝いから、アカイア、テウクロイでの実戦。どれも自分の未熟分を、この騎士剣が補ってくれていたのだ。
まあダメ押しは今回のスポンサー本人の、初手を受け切れなかったことにあるのだろうが。あの手応えはよくない感じがしたものである。
「騎士剣は革製品と同じく、使い古してくると柔らかく、色艶が増すもの。味が出てくるのです。それがすでに出ている。実に素晴らしい」
「そ、そうなんですね」
「ええ。かつての、エンチャント式であれば、それこそ本人の魔力が沈着し、使うほどに性能自体も上がっていきましたが……魔導製品にそれはありません。それでも剣を象る以上、やはり少しずつ使用者と重なっていくのです」
ルフタの言葉は体感として理解できる。最初は使いやすい、と思っていた騎士剣であったが、今は使っている感覚すらない。
手の延長線、自分と重なっている感じすらする。
「失礼、お手を拝借」
「あ、はい」
返事をする前にルフタはクルスの手を握り、掌をじっと見つめる。其処から腕、足、傍目にはセクハラにしか見えないボディタッチだが、本人は真剣そのものであるし、クルスもそれを口にする勇気はない。
彼がこの店の主人であり、この店のルールであり、この店では王なのだ。
「想像よりさらに柔らかく、強靭に……さすがは御三家の威信をかけ、てこ入れを図っただけはありますね。毎年、それなりの学生を見ますが、全体的に肉体づくりに関しては向上しています。ある意味、ふふ、その完成系と言える」
「ど、どうも」
はい、どうも、などの相槌しか言えないクルス。
「結構。誤差を修正いたしました」
ルフタは思い描いていた明日の姿を、今の姿に置き換える。驚くほどに成長した。驚くほどに仕上がっている。
だからこそ、肉体的な伸びしろは後わずかしか残されていないが、むしろ学生の身で其処まで持ってきたことが驚嘆に値する。
「では、責任をもってお預かりいたします」
「お願いいたします」
素晴らしい騎士剣、素晴らしい使い手、それが重なり騎士となる。
明日が楽しみ、である。
「やはり定期的にメンテナンスはした方が良いですかね?」
「もちろん。ただ、うちの剣は一点ものなので、変なところに出しても悪化させかねない。そうですね……そうだ、おそらくですが、マスター・リンザールはユニオンを目指しておられるのでしょう?」
「ええ。一応、オファーもいただいております」
「おお、四人目ですね。それは素晴らしい。それでは私の知人を幾人か紹介いたします。そちらへ預ければまず大丈夫かと。メンテナンスは、ですが」
「……こ、心得ました」
一瞬、こぼれ出た職人としての意地、圧のようなもの。それにクルスは気圧されてしまう。どうにも苦手だと思っていたが、この男の眼は少し似ているのだ。
自分が最も苦手とする男に。
「メンテナンスは終了次第、以前同様学園へ送らせていただきます」
「そうしていただけると助かります」
「ではそのように……ところで代わりの騎士剣は学園のものを?」
「ええ。そのつもりです」
「ならば、今回はうちの騎士剣を代わりに持つ、のはどうでしょうか?」
「それは、願ってもない申し出ですが」
突然の申し出にクルスは店内を見渡す。以前同様、完成品は置かれていない。全てオーダーメイドなのだとデリングからも聞いている。
「ああ。吊るしの剣はありませんよ。ですが――」
ルフタに招かれ、クルスはアヌの従業員以外立ち入りできぬ聖域に足を踏み入れた。圧が、さらに強くなる。
其処には――
「研鑽のために打ち鍛えた騎士剣は山のようにあります。私を含めた職人の研鑽用ですが、品質は保証いたしますよ」
「……凄いですね」
騎士剣がずらり。
男の子の夢がずらーりと並んでいた。
「どれでもお好きなのをどうぞ。周りに害を及ぼさねば、魔力を通すも振るっていただくも構いません」
「あ、ありがとうございます」
「いえ、それはこちらこそ、です」
「え?」
「我が子を大事に育ててくれているのですから、そのお返しです」
クルスにはわからないが、ここで打ち鍛えられた騎士剣はクルスの手で育てられ、その成長具合にルフタは満足している、と言うことなのだろう。
よくわからない世界だが、とりあえず――
(うっひょー! やったぜ!)
クルス、童心に還る。
さすがは十五代も続いた老舗、年代物ともなれば当然のように百年以上前の、アンティークのような騎士剣もあった。
当然これは、
「う、おっ。こ、これは、きつい、なぁ」
エンチャント式、魔法剣である。起動に際し、大量の魔力を持っていかれるのはもちろんのこと、維持にも凄まじい負担がかかる。
起動し、数秒保つだけで汗が滲む。とてもじゃないが戦えない。
(なになに……百五十年前のもの、攻撃力の向上を目的としたものだが、消費魔力が多過ぎて使い手に難。のちに後継機が勇者リュディアの手に……う、うぉお、俺の手に、勇者の剣のひな形が……歴史を握っているよ、俺)
歴史に興奮するも、数秒で限界が来たことをもい出しため息をつく。さすがにこれは他の学生もきついだろうし、同期ならノアやフレイヤぐらい、下手をするとフレイヤですら実戦運用は難しいのでは、と思えるほど。
使えないのも仕方がないのだが――
(勇者は、ものが違うな)
騎士剣越しに器の違いを知る。
さらに魔法剣を試す。魔法剣はさすが歴史があるだけあり、武器種以上に付与されている効果が様々、ウルが振るうような魔力放出に重きを置いた騎士剣があれば、魔力を別の現象に変化させる騎士剣もある。
それこそがっつり炎が出たり、バッチバチに雷が発生したり、面白ギミックとしては魔力を水に変換し、剣に付いた血を常に洗い流し清潔、なんてのも。
そんなギミックがあればあるほどに――
(……なるほど、魔力量での足切りは、理に適っていた、か。しんどい)
どの剣も魔導剣に慣れたクルスにとっては集中を阻害するほどの消耗であった。起動できなくはない。振るい、戦うことも出来る。
ただ、自分の手に成る気がしなかった。
(この調子じゃ、おそらく『先生』がくれた魔法剣は、あれ絶対何か仕掛けがあっただろ。俺じゃ魔法剣を振り回すのはきつい。思ったよりずっと、きつい)
そしてそれは魔力量を測定した学校側も理解していたはず。結局、『先生』の件は一旦ウルに伝えず保留としたが、間違いなくある程度は伝わっていると考えるべき。それも最初の段階で、編入の時点で、そうでなければ――
(まあ、これはおいおい考えるか。それより今は――)
クルスは考えを横に置き、
(魔導剣だ)
魔法剣が自分に向いていないことは嫌と言うほど理解できた。無心で戦うことなど卑小な器の身には不可能。
ならば、少ない力で起動でき、維持にもほぼ魔力が必要ない魔導剣を持つしかない。性能だっていいのだ。文明の発展に感謝、である。
「おお」
この省エネな感じ、まさに魔導剣である。これで初期型なのだから、とんでもない技術革新であったのだろう。
時代を経るごとに、使い心地はよくなる一方。どんどん、どんどん、いい感じになっていく。形状も様々、自分の騎士剣のように細身のものもあれば、幅広な重厚感のあるものもある。長大な大剣、槍なども――どれも素晴らしい手応えである。
さすが世界のアヌ、いいものしかない。
ただ、
「……」
よくなればよくなるほどに、違和感も大きくなる。
手に吸い付くような感じがない。手足の延長線として扱うことは出来る。これでもゼロは遂行できる。でも、ベストではない。
今年打った作品を握り、その素晴らしい出来が掌からも伝わってくる。
だからこそ――
(……なるほど、だから今、この機会をくれたのか)
違うことが、わかった。
〇
クルスは今、王都アースの街中を歩いていた。アヌで借りた剣は腰に提げている。幅広の、重厚感のある騎士剣であり、ディンの持っているものに少し似ていた。
自分の感覚と、一番離れたものを借りていたのだ。
その選択に、
『面白い、と思いますよ』
ルフタはいつもの店主としての笑みではなく、彼自身の笑みを浮かべていた。それが想像通りであったのか、想像から外れていたのかはわからない。
ただクルスは、
(俺は恵まれ過ぎていた)
『先生』の仕掛けが込められた魔法剣と、自分に合わせて名人の手で造られた最高の魔導剣しか知らない。それは幸運なことであるし、そのおかげでここまで騎士剣のことなど考えず、自分の研鑽だけに努めてこられたのだ。
自分の中で出来た基準、最高の感覚。
結局、あの試しの騎士剣の中にそれを越える感覚はなかった。あるわけがない。
しかし、自分の剣が折れた時、その手から離れた時、
(夢中で振ったことならある。でも、それはある意味未熟さゆえだった。今の俺だと、握っただけで違う、となる。不純物が混じる)
別の剣ではガクッと剣が落ちます、では話にならない。
慣れておきたい。
それと――
(そこから得られるものも、あるだろ)
今一度自分の研鑽、その原点に立ち返っている中でこの機会は天啓とも言える。騎士剣も味変し、その違いからも学びを得る。
色々と試してみる一環として、大いに意義のあることだと思った。
(さて、これからどうするかな?)
学園に戻り早速誰かを捕まえてこの騎士剣を振り回すのも手だが、休日は誰も捕まらない可能性がある。そもそも就活で外に出ている者も多い。
しかも、こういう試しは就職の決まった者の余裕、戯れと見られかねないし、ぴりついた同学年周りに気を遣う必要もある。
ゆえに――
(……やるか)
クルスには一つ腹案があった。かねてよりずっと、試してみたかったこと。無駄を省き、遊戯を退け、全身全霊で日々研鑽に傾けてきた。
これからもそのつもり、向上することこそ我が騎士道とすら思う。
常に高みを、常に無駄を削ぎ続ける。
それがクルス・リンザールの征く道。
ゆえに――
〇
「メルヒオール、嗚呼、あなたは何故メルヒオールなの⁉」
クルス・リンザールは今、闇の中にいた。
「嗚呼、リリー、君は何故リリーなんだい?」
闇の中、
(ええ話やで、ほんま)
クルス、感動のラブロマンスを前に男泣き。
そう、今彼は昨年出来たばかりのアースの映画館に訪れていた。
そして、映画鑑賞をしていたのだ。
「そして二人は……愛を求め合ったのです」
(ふーん、エッチじゃん)
ひとり映画、である。
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