第260話:時の移ろい、剣にて語る

(……ほぉ)

 超機動による突き連打。大抵の者はこれで対処が追い付かぬ、と諦める。

 だが、

(すぐアジャストする、か。小生意気じゃのぉ)

 初手の手応えを最後に、クルスへの攻撃の手応えがなくなった。捌かれている、受けられている、流されている。

 何よりも、

(いい貌しとるわ。ぶはは!)

 捌きの中、その表情が良い。

 驚きを、弱みを見せたのもまた最初の一手のみ。其処からすぐさま体勢を整え、心を整え、表情一つ変えずギリギリでの捌きをこなし続ける。

 ここまで切り替えが早く、これほどに冷静かつ細やかに戦力分析が出来る者はそういない。それだけでも高次元の騎士であることが窺える。

 不測の事態にも即座に対応できる。

 これは魔を断つ騎士にとって、最も重要な能力であるから。

 余裕さすら窺える、理想的な状態に映る。

 まあ、

(クソ、踏み込みが多彩で、突きの伸びも変幻自在か。ただでさえクソ速いのに、捌きがクソ難しい。だが、やってやれねえことは、ない!)

 クルスの頭の中はウル・ユーダリルの戦力分析でぐるぐるぶん回っていたが――

(それを見せぬのが、理想的、よなァ)

 ウルは其処を評価する。騎士、それも隊を指揮する者となれば、戦闘中に誰よりも頭をぶん回さねばならない。

 それを平静に行い、的確な指示を下さねばならぬのだ。

 その備えはもう、出来ているように見える。

 まだ学生、それが素晴らしい。

(わしが学生の頃は……ふはは、何も考えとらんかったのぉ)

 個の強さ、そればかりを考えていた。それだけで解決する化け物が上にいたのもよくなかったが、ウルがそれを必要に思ったのは戦場に出てから。

 傍に、自分を上手く使ってくれる仲間が、先輩が――

(……この様子なら、わしと同じ間違えはなかろう)

 戦死したり、隊を分けたり、いなくなってから、であった。遅過ぎる理解、自分がその役を担っていれば、救えた命はもっとあった。

 悔やむ瞬間、いつでも、いくらでも思い浮かぶ。

 後悔はいつも、

(少し、ペースアップじゃ!)

 終わった後に訪れるのだから。

「……」

 ウルの速さが増す。これが齢百を超える爺、しかもソル族やノマ族に統合された長命種やら色々混じってはいるのだろうが、この男の分類はノマ族である。

 只人が百を超えてこの身体能力、馬鹿魔力、それを卓越した技術と共に操るのだ。

(……そりゃあ、英雄にもなるわな)

 紙一重、これでただの猪なら楽だが、突きにも色々仕込んでくる悪戯ジジイであるため、その瞬間、ゼロまで油断ならない。

(……きつい)

 神経をすり減らす捌きが要求される。

(ま、いつものことだ)

 紙一重、皮一枚、ゼロで捌き続ける。

「……面白いのォ!」

「そう、ですかね」

 ウルは笑みを浮かべていた。これは相手を挑発する意図ではなく、心の底から湧き上がるもの。加減せず、自分の中の技を、力を発揮し戦う。

 これがまあ、ウルたちのように強くなるとなかなか出来ない。久方ぶりの、騎士としての充実を味わっていた。

 それに――

(最初は似とると思っておった)

 元々彼は師と同じ構えを、ゼー・シルトを使っていた。クルスの師、ゼロス・ビフレストとは数え切れぬほどに剣を交わしたもの。

 鬼神の如き受けの強さにその影を見ていたが、剣を交わす度にズレていく。

 ゼロスの剣は大海の如く、深く底知れぬ、届く気すらしない受けである。何度も全力で突っ込み、その度に悠々と捌かれたことが今でも忘れられない。

 無限とも言える手札と、芸術的な受けの柔らかさ。

 届かない、のがゼロスの剣。

(しかし、剣を交えて思う。別物であるのだと)

 だが、クルスの剣はギリギリの捌きゆえ、浅いのだ。届く気しかしない。最初の一手など「あっ、やっちゃったかも?」と思ったほど。

 でも、すっ、とすり抜けている。

 浅く、小さな川に突きを打ち続けているような徒労。彼の本体は底ではなく、其処に流れる水そのもの。

 届くが、捉えられない、それがクルスの剣。

 似ているようで別物。しかして、その水には間違いなくゼロス・ビフレストの血が通っている。それが郷愁を誘う。

(懐かしく、悔しく、心地よい。複雑じゃの)

 あの頃に戻ったかのような錯覚。それがかすかにウルの涙腺を刺激する。

 されど、それは過ぎ去りし時。

(……そして――)

 相手はゼロスではなく、クルス。自分の先輩ではなく、自分の教え子である。そして今、自らの意志で操るこの身体は、若き日のそれではない。

 もう、あの頃とは違う。

 何もかもが――


     〇


 大体同じ頃――

「ラビぃ」

「なに? 見ての通り、忙しいんだけど」

「……紅茶飲んでるじゃん」

「あっちの作法で優雅に紅茶を飲む練習。随分、こっちに染まっちゃったから。色々と入れ直してんのよ」

「なぁる。ま、それは置いといて」

「置いとくな」

「ねねね、ノア君と幼馴染ってホント?」

「まあ、ほんとだけど……それが?」

「恋文を出したいの。住所教えて」

「無理」

「なんでさ⁉」

「物理的に。この前、ウォーカーから連絡あったの。そっちの山で見かけたら声かけてくれって」

「……山?」

「山」

「なんで?」

「あいつ、進路が決まっているからって、夏からずっと山で修行してんのよ。修行ってか、登山。色んな山を登りまくってるそうよ」

「……なんで?」

「私に聞くな。でも、必要なんでしょ。今のあいつには。そういう嗅覚は、昔から凄かったから。問題はそれを就職先にも、学校にも伝えていないってこと。一応、学校側は就活って体にしてくれているみたいだけど……アホよね」

「……やっぱ恋文はいいや」

「それがよろし、と思います」

「じゃあ、ウォーカー君紹介して。ジェームズでしょ? 知り合いなの? なの?」

「……節操ねえなぁ」

 そんな恋バナ、と言えるのか微妙な話をしている間も、クルスとウルの死闘は繰り広げられているのだが、まあそれはさておき――


     〇


 たぶん同じぐらいの時刻。

「あ、あの、騎士様。こんな辺鄙な村を救ってくれて、ありがとうございます」

 某国国境沿いの小さな集落、其処に発生したダンジョンを単独で攻略した男がいた。颯爽と現れ、ズバッと解決。

 村人は皆、彼の活躍に感動したものである。

「気にするな。行きがけの駄賃、だ」

 しかして、男は恩に着せることなく、名乗りすらしない。

「へ?」

 男は大荷物を背負い、高き峰を見つめていた。

 その眼は、

「さ、征くか」

 闘志を漲らせていた。先ほどの、ダンジョン攻略よりもずっと熱いものを。

「き、騎士様! そっちは山の入り口、なんもねえですよ」

「知ってるよ」

「じゃ、じゃあ、なぜ……?」

 村人の問いに男は振り返り、

「其処に山があるから」

「か、かっけぇ」

 そう言って高き峰が連なる山へ足を踏み入れた。

 ノア・エウエノル、成績は優秀なのだが取得単位は最低限、なのでうっかり抜けがあり(ノア女、ヘレナは何度も伝えた。が、馬耳東風)、そろそろ戻らねばオファー云々ではなく卒業自体が危ういのだが、そんなことは男の頭の片隅にもない。

 ちな、第二のフェデルは連絡もつかぬ状況に激怒している。

 そんなこと――露とも考えていない。

 今はただ、目の前の山を踏破するのみ。それが男の生きざまである。

 元は高地トレーニングのつもりであった。

 が、今、男の頭には山しかない。

 それがノアである。


     〇


(魔力量は、おそらくノアよりもかなり上だ。速さに振ってなお、これだけ攻撃力を保持し、それが長続きするんだからやっぱ化け物だよ)

 スペックでは完全にウルが勝る。

 それはここまでのやり取りで充分理解できた。

 ただ、

(でも、速さはノアだ。魔力を、出力を、速さへ変換する術があいつの方が特化している分優れているのと……もう一つ)

 クルスはその気づきに、

(肉体の、強度、限界。速さはもう、これ以上上げたくても上げられない)

 心の中で哀しんだ。

 元々、これが限界であったのかもしれない。しかし、クルスにはそうは思えなかった。おそらくは加齢による、老い。

 老いによる、身体の経年劣化。

 そしてその気づきは――

(……気づかれたか)

 ウルにも伝わる。まあ、それも仕方がないこと。実際、魔力には余裕がある。が、これ以上は身体が持たない、持たなくなった。

(学生に気遣われるとは……歳は取りたくないもんじゃの)

 無茶が出来なくなった。攻撃面であればいくらでもぶっ放せるが、肉体に直接負荷が乗る加速に関しては、やる気ではどうにもならない。

 だから、アース直撃のダンジョン攻略の際、ウルは二人の協力を仰いだのだ。まあ元々、彼の最も強い使い方が、あれであったこともあるが――

(……このままではジリ貧。いやはや、小憎らしいほどに厄介。これだけやってもこじ開けられる気がせず、その上体力の消耗も少ないと来た)

 最新鋭、最先端、新時代のアンサーとするには少しピーキー過ぎる気もするが、本当に何処を取っても騎士として求められる機能を十全に有していた。

 出会った頃とは違う。

 クルス・リンザールは騎士に成った。

 悲劇を阻み、あらゆる悪意から守る力を得た。

 凛と立つ姿、其処には彼の師と、ウルの先輩と重なる気がした。

 だから――

(崩せぬから参った、は癪じゃのォ)

 ウルの中でむくりと何かが顔を出す。老い、枯れ、それでもなお消えぬもの。自らを律し、騎士として立ち続けた男の中にも存在する、牙。

 童心と言う名の、獣。

(……空気が、変わった?)

 クルスは警戒を強める。これ以上はない、その判断を一度捨てた。速いのが来る、強いのが来る、それはもう、感覚としか呼べぬ確信。

「正解、じゃアァ!」

 刹那、明日の自分に負荷を、立てぬほどの筋肉痛を、下手すると骨折を押し付け、ウルは加速した。体力は限界近いが、魔力は潤沢。

「……ッ⁉」

 正々堂々、隠す気なし。

 真っすぐに、その瞬間だけノアをも凌駕する加速を見せ、ウルの突きが迫る。来る、とわかっていた。速いのが、強いのが、来る、と。

 わかっていたのに――

「……ふはは」

「……」

 ギリギリ、


「見事」


 でしか間に合わなかった。あとほんの少し、速ければ今のゼロですら間に合わなかった。これが初手なら、そもそも対応できていない。

 それでも勝負はクルスの勝ち。ウルの勝負手を読み取り、流しながら放ったカウンターが刺さった。上手くできたが、勝ち切った感じはない。

 だからこその渋面。

 勝ったのに失礼な、と思うが不思議と悪い気はしない。その表情は、そう、よく自分が偉大な先輩たちに向けていたもの、であったから。

 役割が、気づけば入れ替わっていた。

 ま、自分は負けたのだが。

 ようやく先輩たちの、苦い笑みの理由を知る。

 ウルは其処にかつての自分を見た。それほど多くはない。それでもほんの少し、彼の流れの中に自分もいた気がしたから。

「……全盛期なら、実戦なら、俺の負けでした」

「そりゃあお互い様じゃろ。わし、若い頃からあまりせんからの。最初から全力は。ちょっとほれ、優雅ではなかろう?」

「……ちょっと、わかりかねます」

「ふはは、見解の相違であるな。しかし、本当に強くなったのぉ」

「……ご指導、ありがとうございます」

「いや、わしは指導しとらん。全力で立ち会い、騎士として敗れた。悔しいが、同時に嬉しくもある。この気持ちは若者にはわかるまいなぁ」

 ウルは剣を納め、大きく深呼吸をしてから、

「では、話すとするかの」

「はい」

 長い剣での語らいを終え、ようやく本題に入る。

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