第259話:剣に問うたらバケモンがきた

「……流行っているのか?」

「はは、そういやクルスは初見か」

 剣闘の講義、とは言え最高学年ともなるとエメリヒ先生としても教えることなどほとんどなく、ほぼ全員が相方を見つけ自習となる。

 たまに質問を投げかけるぐらいか。

 そんな講義中、クルスにとって目を疑う光景が広がっていた。一応、クルスも最底辺から抜きつ抜かれつ駆け上がる過程で、同期の型は大体研究済みである。騎士の多くは一つの型を磨き上げるので、他の型に浮気することはあまりない。

 あっても一つ、サブとして保持しておくぐらいか。

 その型の基本となるものなら、それなりに皆使えるものだが、使いこなせるかと言えばまた別の話。

 だが、今目の前では皆があべこべの型を使っていた。誰一人、自分の型を使っている者はいないのだ。

 これはかなり奇異な光景である。

「俺も最近凝っててさ」

「何故?」

 ディンも何故かソード・ロゥの練習をしていた。彼は上段の変形であるフー・トニトルスを使うため、型としては対極に位置するもの。

 その練習というのは首をかしげてしまう。

「新学期始まってからフレイヤの調子がすげえ良くて、誰かが秘訣を聞いたんだよ。そうしたら懇切丁寧教えてくれてさ」

「……フレイヤが?」

 確かにディンの言う通り、戻ってきてから最初の百徳スコップの機能を用いた盾での初見殺しはともかく、他の稽古を見る限り相当腕が上がっているように見える。

 皆が秘訣を聞きたくなるのもわかるだろう。技術はあるが全体的に大味、それがフレイヤの剣であり、それを増幅させたのが盾術であったはず。

 だが、

「甘いですわ」

「うんまっ!?」

 ラビの突きに対し、フレイヤは浅過ぎる角度で差し込み、ミリ単位を調整しながら徐々に深くし、ごくごく自然な流れで突きをあらぬ方向へ逸らす。

 面での受けでは絶対に出来ぬ技。

 線ですらない。

 あれは――

「点で見切るようになった」

「そ、マジで妥協しなくなった。特に練習中はあんな感じで、あえて難しい捌き方をする。フレイヤ曰く、出来ない、と出来るけどしない、は違うんだと」

「俺もそう思う」

 スペックで圧倒する。それがフレイヤの一番強い戦い方、だと思っていた。いや、今もそう思っている。だが、繊細な戦い方も出来るようになった状態で、強みを押し付けてくるようになれば、相手としてはこの上なくやり辛いだろう。

 その意識づけが出来た。

 おそらく仕掛け人は、

「……彼女の兄、の入れ知恵だな」

 フレイヤの兄、ユング・ヴァナディース。

「それそれ。今、色んな型を使うのが流行ってんのもそこ発、だ」

「そう言えばその話題だったな」

「色んな型を使うと、当たり前だけど色んな動きをするだろ?」

「ああ」

 クルスにとっても懐かしき四学年の迷走。目先の評価を求めてあれやこれやに手を出していた。三学年の頭か四学年か、クルスも悩む暗黒時代である。

 色んな型を試した。色んな動きをした。

「それがいいんだと。基本皆右利きに矯正しがちだけど、あえて左利き、持ち手を逆に握ってみたり、俺みたいに真逆の型をやってみたり、そうすることで動きのバリエーションが増えて、咄嗟の状況での手札が増える、って」

「……フィジークでもそんな話、出ていたな」

「ぴんぽーん。正解」

「何が?」

「ユングさんが学生時代、それを真似した相手が何を隠そうテュール先生だったんだと。あの人、色んな型を使い分けるタイプらしいぜ」

「……ソロンみたいに、か」

「そそ。まあ、あれほど節操ないわけじゃないだろうけど」

 ユング・ヴァナディース、テュール・グレイプニール、そしてソロン・グローリー。極めつけは期せずそうなった、クルス・リンザール。

 皆、ハッとしただろう。

 だから、ここまで爆発的に流行った。

「でも、テュール先生に話を聞いたら、学生時代のやんちゃだったって。まずは一つの型をやり込んだ方が良いって通説は支持する。その上で――」

 ディンはにやりと微笑み、

「今の六学年ならそういうやり方を取り入れても、自分の型が乱れることはないだろう、ってな感じで我らが騎士科教頭先生のお墨付きってことよ」

「なるほど、な」

 リーグ・ヘイムダルがいるからテュール先生は騎士の仕事、その花形である連携やチームワークの講義から外されている、というのはよく聞く話。もちろんリーグ先生がいることも大きな理由の一つであろうが、テュール先生がフィジークであることもまたきちんとした理由があったのだ。

 身体の動き、ムーブメントのバリエーションを増やす。この発想自体はフィジークの講義の中でも多くあった。メガラニカでもあったアニマルフローやピラティスも、当然ながらそういう意図が込められたもの。

 それをすべて繋げられなかったのは迂闊である。

 やはり、

「……俺も久しぶりに、地獄の一年に向き合うか」

「いいね。何の型やる?」

「そうだな――」

 自分は少しばかり浮かれていた。驕っていた。登った山に満足し、立ち止まり、停滞する。自分如きが、笑える話である。

「ちょ、おいおい! なんだそりゃ⁉」

「他の型でもゼロで捌く。それで新しい発見もあるかな、と」

「……立ち止まれよぉ」

「悪いな。妥協(それ)は生まれた場所に捨ててきた」

「ちぇ」

 試行錯誤の日々に戻る。辿り着いた答えには自信がある。だが、それを掘り下げないのは単なる怠慢、凡人が歩みを止めてどうする。

 ゼロから――やり直し。何度でも。


     〇


 放課後、

「勝負勝負ぅ!」

 学校に戻ってきてから放課後になる度、何処からともなく襲い来る後輩、アミュ・アギスと、それを止めようとして止められず泣きそうになるデイジーが現れる。

「また今度な」

「逃げてばっかりクソアホクルス!」

「しかるべき時が来るから……その時まで鍛えておけよ」

「ぶーぶー!」

 今日は予定がある。それに、『今の』アミュとやり合うなら相応しい『機会』でいい。と言うよりも、このレベル相手だと遊びにならない。

 なので、やるならそういう場で、と。

 ただ、

「勝負勝負」

「お前は自重しろよ、先輩が後輩の真似してどうすんだ」

 問題はこの厄介ムーブが一人ではないこと。アンディは就活のこと考えろよ、という最強の武器、言葉の刃で迎撃できるのだが、こっちはそうもいかない。

 何故なら自分と同じオファー持ちだから。

 ね、イールファス。

「俺の方が先、こっちが真似」

「アアン⁉」

「やるか? また泣かすぞ」

「泣いてねェ! あれは眼から汗が出ただけだし!」

「……後輩を泣かすなよ」

「俺、手加減しないから」

「出来ない、の間違いだろ。相手起因で」

「む」

 ムッとするイールファスを鼻で笑い、クルスはそそくさとその場を離脱する。

「あんた嫌ァい」

「安心しろ、俺も嫌いだ」

 大人げなく後輩と睨み合う情けない先輩を残して――

 そんな光景を、

「姉として情けない」

 そういう自称姉と、

「ちィ、貴い絡みをまたしても……アミュ・アギス、いずれは処理せねばなりませんね。力じゃ無理だから、罠とか使って――」

 不滅団(新)が見つめていた。


     〇


 学園の北側に広がる大樹ユグドラシルを中心としたクソデカ森、その先の丘陵にクルスは訪れていた。普段、学生はここまで来ない。ゆえに恋愛脳の学生はここまでえっちらおっちらやってきて愛を育んでいたのだが、歴代の不滅団の皆さまによるたゆまぬ努力により、無事ここはデートスポットの候補として闇に消えた。

 ところに――

「デートの待ち合わせにしては風情あるところじゃのお」

「場所を指定したのはそちらです、学園長」

「ふはは、であったな」

 アスガルド王立学園学園長、ウル・ユーダリルが待ち構えていた。

「して、何用かの?」

「用向きは伝えたはずですが?」

「馬鹿もん。こういう時はこういうノリじゃろうが。最近の若いのはこれじゃから。のってけのってけのってけてけてけ、じゃ」

「……?」

「……さて、まああれじゃし、とりま――」

 ウルがよっこいせ、と立ち上がり、

「やるかの」

 颯爽と構えた。その瞬間、学園長のウルが消える。美しい、天まで伸びるような姿勢で、槍の如く重厚に、それでいて杖の如く軽快に、その切っ先をクルスへ向けた。カロス・カーガトス、この男の、英雄の代名詞である。

 クルスもまた、

「問答より先ですか……承知しました」

 自らの掴んだ今の答え、ゼロ・シルトに構えた。

「わしと言う人間を知りたくば……剣に聞けィ!」

「イエス・マスター!」

 あの時、入学前に列車の上で立ち会った時とは違う。

 踏み込みの鋭さ、爆発するような魔力と筋力による超加速、其処から放たれるはエンチャント技術を用いた、魔法剣による炎がプラズマ化するほどの突き。

 これが騎士、ウル・ユーダリル。

 魔力が目に見えるほどに、彼の周りで吹き荒れている。

(……人間、と思わない方がいいな、こりゃ)

 これほどに規格外であれば、魔導剣よりも魔法剣の方が優れている部分もある。魔力によって回路が焼き切れることがないから。

 制限が、基本的に存在しないから。

「今のが本気で?」

 あまりにも攻撃の桁が違う。流したというのに、余波だけで騎士剣が軋む。魔族の、戦士級の攻撃、破壊規模ならばこれよりも遥かに大きく、強いものもある。鏡の女王と比べたら、さすがにかなり劣る。

 だが、攻撃範囲をぎゅっと絞ることで、攻撃の威力は増す。

 鋭さも跳ね上がる。

 受け間違えた時の、その代償はこちらの方が上。

「阿呆。わしが本気なら、地形が変わっとるわい」

(……ハッタリ、だよな?)

「ほれ、ガンガン行くぞィ!」

 超加速、からの超破壊力の突き。

 単純明快なるスペックの押し付け。ノアほどに速くはないが、その分破壊力に振り、さらに魔法剣が突きを延長してくる。

 槍など鼻で笑うほどのリーチ。

 これが攻撃に全部振らず、対人に特化した騎士、ウル・ユーダリル。

 近づくことすら――

「ソォイッ!」

(化け物過ぎだろ⁉)

 容易ではない。

 元ユニオン騎士団第二騎士隊隊長、ウル・ユーダリルが咆える。

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