第258話:闇の中、蠢く者たち

「――あと、ユニオンがメガラニカに働き掛けて、今後は土葬ではなく火葬にシフトしていく方向性に決まったそうだよ」

「へえ。さすがに新興宗教はフットワークが軽いねぇ」

「ラー視点だと、メガラニカもまだまだ新興か」

「そりゃあね」

 ラー国内、王の上に立つ『双聖』たるイスティナーイーが誇る大寺院、イスティナーイーの屋敷も兼ねた其処に彼らがいた。

「まあ、元々衛生面の観点から、メガラニカ、王国、どちらも機を窺っていたところ、私たちが理由を与えてあげた形になるのかな」

「別にどうでもいいよ。ボクも死体弄りには飽きてきたところだ」

 烏合の衆、混沌の名を冠する『ファウダー』が。

「グレイブスは?」

「彼は棺桶の中身に興味はないよ。土の下から解放する、それが目的だ」

「なるほど」

 『鴉』たるヴェルス、そして『創者』たるレイル、もといシャハルは広い大寺院の片隅で、膝を抱えてすやすや眠る『墓守』グレイブスを見つめる。

 顔を伏せていれば小太りの少年、その近くで彼を優しげな表情で見守るのもまた、秩序にとっての大敵であるがそれ以外からすれば極めて善良な男である。

 彼は自らを『亡霊』を名乗る。

「でも、吉報もあったね」

「この群れにとっては悪いニュースしか持ってこなかったつもりだけど?」

「クルス・リンザールのオファーが確定し、第七がボクを追う。素敵じゃないか。実にいい気分だ。果報を寝て待った甲斐があったよ」

「はは、君は彼を語る時、女性のような眼をするね」

「長年の悩みだったんだけどね、ボクはどっちなのか、が。でも、そう見えるのなら、それでいい気がしてきたよ」

 シャハルは少女のような笑顔で、自分を追う王子様を待つ。そういう想像も悪くない、と年甲斐もなく思う。

 実際は殺意に満ちた騎士が剣を担ぎ訪れるのだが、彼女にとっては些細な事。

 大した違いではない。

「女性としての誕生日をお祝いしようか?」

「そうだね、実家の連中にさせよう」

 パンパン、と手を叩くと奥から醜悪な獣たちが現れる。

「ああああああ」

「ははは、昔よりずっと格好良く、可愛らしくなったよ」

 『亡霊』の手により『無血』で制圧された大寺院に住まう、王よりも高貴で、神聖なる血族は今、全てシャハルの手により魔族化が施されていた。

 天上の血族、神が二つに分かたれた『双聖』の片翼、ラーでは彼らは絶対的な存在であった。逆らうことなど許されない、不可侵の頂点。

 しかし、蓋を開ければこのザマ。

 血の保全、そのために重ねた近親婚の成れの果て。十全に生れ落ちる方が稀、そんな彼らが両性、白い肌、それ以外は十全に生まれた者たちを差別、区別していたのだからお笑い種である。

 魔族化を施し、生物の価値を問うた結果が今――

「元々、不細工だったからねえ、君ら」

 けらけらとシャハルは笑う。イスティナーイーであったから外側からは大事にはされたが、その内側ではやはり差別はあった。

 何の取り柄もないムシケラに、下に見られていたのだ。

 ようやく証明が出来た。

 生物としての優劣が――

「もう片方は興味ないから任せるよ」

「そう言うと思って彼を向かわせたよ。今頃全部、真っ二つさ」

「はは、呆気ないねえ。これで……国崩し成功、か」

「この国は歪だから」

 ラーと言う国は王を含めたあらゆる権力の上に宗教家が立つ。その彼らを秘密裏に制圧してしまえば、国家権力を人知れずかすめ取ることも可能であるのだ。

 もちろん容易くなどない。

 本来、選ばれし血族以外はこの大寺院に近づくことも許されないのだ。特権階級が認めねば、王すらも立ち入ることの出来ぬ聖域。

 だが、ここにその特権階級がいた。

 その指名手配が始まる前に里帰り、あとは中を力ずくで飲み込む。

 彼らファウダーが『双聖』となる。

 この聖域を根城にして――

「レオポルド、そしてアルテアン、どちらも私たちをブレイクスルー、そのための贄としか考えていない。先ばかりを見ている。まさに先見の明、あやかりたいものだ。だけど、私はね、今こそが稼ぎ時だと思うんだよ」

「ふーん。野心家だね。ボクは興味ないけど」

「秩序の崩壊、混沌の中でこそ、商機が生まれる」

 破壊なくして創造はない。

 完成された秩序は、上り詰めようと企む者にとっては鉄壁である。だから崩す、崩壊した後、創造と共に駆け上がる。

 かつてエレク・ウィンザーがイドゥンの侵攻により滅び、荒廃したアルテアンの立て直しと共に、世界に名を馳せたように。

「君たちには期待しているのさ」

「……ふーん」

 『鴉』、ヴェルスもまたレオポルドらと変わらない。この烏合の衆を上手く操り、自分の飛躍、その糧にしようとしている。

 シャハルもまたそんなこと理解している。その上で、彼らが自分のやりたいことに協力的であるのなら、それでいいと言うスタンス。

 それは他の者同じ。

 やりたいことをやるためだけに協力し、それがズレたら争うか、離れるだけ。

 仲間ではない。

「ま、好きにしなよ。ボクも好きにやるさ。あ、君らは掃除でもしてな」

「あああ」

 今この瞬間、やりたいことが同じ方向性と言うだけ。

「そうさせてもらうよ」

 それがファウダー、である。


     〇


「んなッ!?」

 クルスは今、眼前の盾に手を差し込み、足払いと共に横方向へ引き倒す。単純な力勝負なら相手の方が上であったが、力とは予期せぬ方向から加えられた場合、それに抗することは難しくなる。

 何せ相手は――

「な、なぜわかりましたの!?」

「……日頃の観察力の賜物だ」

 必殺の確信を持ち、無造作に盾を繰り出してきたから。ひっくり返されたフレイヤ、そしていつもいない癖に見学に来ていたイールファナ、他にもクルスが引っ繰り返る姿を一目見ようと騎士科のお友達がたくさん集まっていた。

「ば、馬鹿な!」

「ディンがあんなにも無様に尻もちをつかされたのに」

「デリングは腹から倒されたぞ」

「他にも犠牲者多数。何よりも――」

 視線がクルスへ近寄る人影へと向く。

「ズル。クルス、それ知ってただろ」

 イールファス・エリュシオンである。

「知らんよ。観察力だ」

「嘘だ」

「まさかお前は引っかかったのか? こんな子ども騙しに」

「……」

 ぷるぷると怒りに震えるイールファス。クルスは余裕の表情、颯爽と身をひるがえす。造作もない、そう言わんばかりの姿に。

「や、やっぱかっけえよ」

「ああ、あんな噂、でたらめだったんだ」

「あの噂の話はやめて! 汚らわしい! クルス様は高貴で、もっと高尚な御方なの。そんなこともわからないとはね」

 やんややんやと歓声が沸く。

 なお、

(……ありがとう、『墓守』)

 もちろん事前に体験済み、そうでなければあんなもの回避不能、と言うか相手が魔族でなければ回避しようとすら考えないだろう。

(やったぜ)

 結構狡い男、クルスは今日も元気であった。

 人の噂も七十五日、と言うほど風化に時間はかからなかった。暴落した株価も順調に揺り戻し、本日もきっちり上げてきている。

 さらに、

「おお、クルス君、ここにおったか」

「マスター・ユーダリル」

「今、空いておるかの?」

「はい」

「よろしい。ではついてきなさい」

「イエス・マスター」

 学園長直々の呼び出し、これによって――

「こ、これってまさか」

「この時期だぜ、そういうことだろ!」

 株価、爆上げ。


     〇


「おめでとう!」

「ありがとう」

 クルス、年越しを待たずにユニオン騎士団よりオファーを賜る。これにより、就活戦線からもいち早く離脱することになった。

 六学年、同期の皆は自分のことのように――

「ざっけんなカスゥ! 進路が決まったやつは歯を見せんなゴミがよォ」

「くっちゃくっちゃくっちゃ、あー、干し肉まじー」

「オラァ、見せもんじゃねえぞゴラァ!」

 喜んでくれる層と、そうでもない層がいた。

 仕方がない、ナイーブな時期である。

 彼らも本心では――

「入団決まったやつ、階段から転んで死なねえかなぁ」

 きっと、祝福してくれているはず。

「きょ、教室から出ようぜ。ここはどうにも空気が、な」

「あ、ああ」

 たぶん。

「史上初、四人目のオファーか。見事だ」

「俺だって例年なら絶対出てたぜ」

「悪いな」

「馬鹿、冗談だよ、冗談。納得済みだ。俺は普通に入団するさ」

 教室から出たクルス、ディン、デリングの三人は廊下を歩いていた。イールファスを除く、六学年トップの三人組である。

「か、かっけえべ」

「華があるよな、あの三人は」

「高嶺の花だべ」

 下級生からはキラキラした視線が向く。クルスもその視線に気づいているが、つい先日までの熟女キラークルス、みたいな視線よりもずっとましなので何も言わない。と言うか、まあ、ぶっちゃけ気分がいい。

「ってか、二人は決まってんのに俺は進路未定なんだよなぁ」

「なら、アスガルドでも受けるか? 今なら口利きしてやるぞ、このコネ王がな」

「その謎キャラやめろよ」

「負い目が俺を狂わせた」

「そうかい」

 就職戦線は年々厳しくなっている。豊作なのはどの学校も同じであるし、少ない枠を奪い合う以上、何処の団も厳しい戦いとなる。

 まだまだ就活は始まったばかり、空気がひりつくのも仕方がないと言える。そんな中、がっつりコネ入団を決めたデリングは少し居心地が悪いのだろう。

「と言うか、本当にいいのか、アスガルドで」

「ああ。其処に迷いはない」

「……そうか」

 自分の選ばなかった道を征くデリング。彼の眼は選ばされたのではなく、自分が選んだのだと言っていた。

 もったいない、その言葉は口にすべきではない。

 そんな三人を――

「ほわぁ……麗しいわぁ」

「眼福」

「クデリ、デデリ、デクル……悩ましいわ」

 騎士科、魔法科、貴族科、科を跨いだ下級生の女子たちがドロドロした目で見つめていた。その眼は何故か、性欲を帯びる。

 独特な、粘り気と共に。

「馬鹿おっしゃい」

「あ、あなたは……女性初の副団長」

「今の不滅団を、象徴する存在」

「ここに……イールファス様を一つまみ」

「「「はうァ⁉」」」

 まるで予言のように、

「クルス、さっきのやっぱりおかしい。不正だと思う」

「観察力だ」

 イールファスが現れたことで女子たちは卒倒する。

「さらに!」

 ばさぁ、とマントをはためかせた先に――

「クルス! 俺とも勝負しようぜ!」

「しつこいな、アンディ」

 アンディまで参戦した。

「き、筋肉系が……さらに厚みを増したァ⁉」

「ゴン攻め、ね」

「浅い。あの筋肉をクルス様が攻略するのよ」

「う、海より深ぁい」

 度し難き闇の住人、秘密組織不滅団は現在大きな変革を遂げていた。

 その名は変わらずに――不純『異性』交遊撲滅騎士団、その理念だけが捻じ曲げられる。それを成した、現在の団長は――

「……クボツだろ、クソ女どもが」

 遠くで吐き捨てる。

 ちな、この男が熟女の噂を塗り替え、熟女ではなくBLを差し込んだ張本人である。その結果、女子からの支持が上がり過ぎたのは男にとっても誤算であったが――

 まさかデリング、ディン、そしてイールファスらのファン層まで取り込むことになろうとは――このボッツ、おっと、団長の眼にも見えなかった。

「くっ、このままでは」

「歴代の先輩たちに申し訳が立たぬ」

「我ら死すとも、不滅団は死せず!」

 闇の権力闘争もまた、混迷を極めていた。

 一般人には至極、どうでもいい話である。


     〇


 クルスは風呂にまったり浸かりながら考え事をしていた。

 未だ返事を保留としている件である。

 ウルからの誘い、

『ユニオン、それに連なる連盟を外側から監視する眼がいる。内側からも、の』

 それは言うなればスパイの依頼であった。

 定期的にユニオンの情報、特に気になる行動などをウルたちに流す役割。まさか其処にクロイツェルも絡んでいるとは思わなかった。

 ユニオンへのカウンター、不要とは思わない。

 特に今の情勢を思えば――

(組織、と言うよりも情報を共有し、ユニオン、連盟を監視するためのシステムと言っていたが、果たして本当にそれだけなのか。学園長を信頼していないわけではないが、今のグランドマスターとの確執は誰もが知っているところ)

 ユニオンに敵対する組織の一員、知らずにその片棒を担ぐ可能性もある。ウル・ユーダリルという人物は信頼しているが、されど彼の真意はわからない。

 血のつながりのある家族ですら、つい最近知らない一面を知ったばかり。

 恩人とは言え赤の他人、命の一部を預けていいものか。

 ただ――

(……学園長、テュール先生、他の先生方も、マスター・クロイツェル。ログレスに行ったティル先輩、それ以外にも多数。ピコ先生も……参加していた)

 ウルから見せられたリスト。信頼するがゆえ、と見せてくれた中には多くの騎士たちの名があった。アスガルド出身者が多かったが、そうでない者たちもたくさんいた。クルスも知るような名前がずらり、ある意味英雄ウル・ユーダリルの人望、とも言える。クルスが考えるよりもずっと、大きな影響力を持つ騎士なのだろう。

(……あの男に加入の真意を問いたい。でも、言わねえよな、あいつ。ってか、聞いたら鼻で笑われる。頭ついとらんのか、飾りかボケ、って)

 自分で決める必要がある。自分で考えねばならない。

(……考えろ。いや、違う)

 自分で考えるための材料がいる。

 そのためには――

(まず、動く、だ)

 動き回り、自分の脚で情報をかき集め、見極める。

 それしかない。

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