第255話:定例会議にて
十二の騎士隊、その隊長が座す順は最も上座に第一騎士隊の隊長であり、グランドマスターであるウーゼルが座し、其処から第二、第三、と奥から順に詰めていく。結果、ウーゼルの対面に最も序列の低い第十二騎士隊、レオポルドが来る。
あくまでこれは席順の話であり、騎士隊の序列を表すものではない。
かつてはそういう見方もあったそうだが――
ちなみに副隊長は各隊につき一人、ないし二人。彼らは席に着くことなく各隊長の背後に直立不動の姿勢を取っている。
あくまで隊長主体の会議、彼らは添え物である。建前上、主権者の一員だが。
「アカイアの件、進捗はどうなっていますか?」
第十騎士隊隊長、リュネ・ループがレオポルドへ質問を投げかける。彼女は片眼鏡を付け、普段はもう片方の目を閉じている少し異質な見た目だが、それ以上に隊の絶対中立を掲げ隊長に就任、以降は司会進行のような特異な立場を取る。
「鋭意調査中ですが、含有している魔障の量からも騎士級に匹敵する個体である、と推測できます。ダンジョンの規模、構造から見てもあの程度の被害で済んだのは奇跡としか言いようがないかと。それが現状の総括ですね」
第十二騎士隊隊長、レオポルド・ゴエティア。最も下座に陣取る男であるが、その雰囲気に気後れしている様子はない。
そもそも気後れする理由がない。
この男こそが二大派閥の長、その一角であるのだから。
「学生は御手柄だった、と言うことですねえ。なるほど、なるほど、騎士級相当ともなれば相応の待遇を、となりましょうか」
第四騎士隊隊長、『金庫番』エレオス・ギギリオンが発言する。アカイアの件の調査など結果論、何処まで突き詰めたところで今後にとって大した意味はない。
要はこの話がしたいのだろう、と男は面倒な手間を省く。
胡散臭い、笑顔が張り付いたようなえびす顔、それがこの男の風貌である。
「討伐者ディン・クレンツェ、の報告によれば個体名『アリス』討伐に際し御膳立てをしたのはクルス・リンザール、ソロン・グローリーである、でしたよねえ。奥ゆかしくて素晴らしい。実に将来有望な子です。まずはクレンツェ君の――」
エレオスの発言中、
「下らん。さっさと本題に入れ」
第二騎士隊隊長、『厳格なる』フェデル・グラーヴェがそれを遮った。厳格な巨躯の老人、正しき騎士の体現者として名を馳せるカノッサと並ぶ古参の騎士である。
秩序を貴び、同時に特別扱いを嫌う。
「しかしマスター・グラーヴェ。クレンツェ君も例年の人材と照らし合わせたら、充分オファーに値する人材だと思いますけど?」
「そもそも私はオファーという制度を撤廃すべきと考えている」
「うわぁ、前提をひっくり返さないでくださいよ。すでに三名に出しているんですし、その内一人はそちらの騎士隊に入るんですよ?」
「勝手に入ってきただけだ。特別扱いする気はない」
「たはは、相変わらずで」
フェデルがオファーと言う制度自体に否定的なのは皆が知っている。騎士の最高峰、最上の騎士団であるユニオン騎士団がたかが学生に頭を下げるなど何事か、という考え方であるが、現状賛同者はいない。第二の副隊長すら苦笑い。
盟友であるカノッサも「馬鹿たれ」とけらけら笑っていた。
オファーが出た年の風物詩である。
ちなみにノアが第二を選んだ理由はソロンが第一を選んだから、なら俺は第二だ、とただそれだけで飛び込んだ。
馬鹿たれである。
「まあ、五人目まで挙げればきりがなかろう。例年がどうこう言っても、オファーを出す基準があるわけでもなし……問題なのはクルス・リンザールじゃ」
第五騎士隊隊長、『名人』カノッサ・クリュニーが場を整えた。どいつもこいつも曲者ばかり、無理にでも進めねば時間はいくらあっても足りない。
「マスター・クリュニーのおっしゃる通り。すでにオファーを出した三名と比べ、クルス・リンザールの実績は劣るものではありません。今回のアカイア、テウクロイの件を含めれば、客観的に見ても一人、抜けたと見るべきかと」
司会進行、リュネが中立として極めてフラットな評価を述べる。そう、問題なのは例年がどうこうではない。
今年、すでに出している三名と比べ、クルス・リンザールの実績は明らかに看過できぬところまで来ているのだ。
対抗戦優勝、その立役者。それ以前にメガラニカの騎士級『シャクス』の討伐にも貢献している、のは討伐補佐の人数が多いため割愛したとして、学園での好成績、周辺の評価の高さ、その上にアカイア、テウクロイでの仕事が乗った。
特にイリオスの王女、その波乱万丈な御付きの任をこなし、無事本国へ送り届けたことに対する評価は、イリオス、アカイア両国から勲章が授与されるほど。
ユニオン騎士団の団員でも、そんなものを貰っている人材はほとんどいない。
他三名に出し、この男には出さない。
それは公平ではない。
「ゆえに、私はクルス・リンザールへオファーを出すべきと存じます」
『中立』、リュネが自身の立場を表明する。
どうせここからポジショントークが始まるのだから――
「少し早計ではないかね? 彼が素晴らしい人材であることに疑う気はないが、すでに三つも出している。四つ目は前代未聞だ」
第九隊長、『貴公子』シラー・キスレヴ。
「三つも史上初だが……まあおおむね同意見、その通りだと思うよ。あまり出し過ぎるのは対外的にもよろしくないさ」
第八隊長、『凡庸なる』オーディ・セイビング。
「好調な年、というのは誰しもにあります。私は彼がこの五年、ずっと結果を出し続けてきた三名に及ぶとは思いません」
第十一隊長、『烈士』バレット・カズン。
いずれもバリバリの第十二派閥である。特に第十一騎士隊に関しては、それを隠そうともしていないので度々問題となっている。
「私は悪くないと思うが……こう反対が多いとね。私も賛同し辛いものだ」
第十二隊長、レオポルド・ゴエティア。彼らの王が発言する。控えめであるが、よく聞けば完全に賛同する風向きを断つ一撃となる。
そんな中、
「いだ、け、蹴らんでも、い、いや失敬。ごほん、第七としては、その、三つも四つも変わらない、と考えるため賛同いたす、うん」
第七隊長、エクラ・ヘクセレイが発言する。と言うか背後のクロイツェルに蹴られ、無理やり発言させられた、と言った方が正しいか。
全盛期はエンチャント技術を実践運用者として達人の呼び声も高かった男で、カノッサらと並び称された男であったが、技術の陳腐化と共に名声は消え、今となっては副隊長に逆らえぬ優柔不断な男の出来上がりである。
無論、
「第七はそう言うだろう。何せ、手ずから育てた人材だ。ゆえに我は賛同せん。出しゃばりすぎたな、クロイツェル」
そんなポジショントークで流れは変わらない。第三隊長、『黒百合』ヴィクトリア・ブロセリアンドは皆の思うところを口にする。
クロイツェルが突然職務と並行しアスガルドの学園、その講師となったことから始まり、第七の仕事に学生を帯同させたこと、その学生がここまで伸びた。
爆発的成長で一気に駆け上がった男が、そのノウハウを使って育て上げた。
傍目にそう見えるのも仕方がない。
それが不愉快に映るのもまた、必然と言えるだろう。
「オレはいつも通り、コインで決める。が、心情としては複雑、クロイツェルのやり方は好かんが、このクルスと言う学生は好きだ。顔が好みだからな」
第六隊長、『武運』フォルテ・ヴァルザーゲン。基本的に中立だが考え方は第十二より。豪放磊落な女傑であり、物事の選択をコインに委ねることが多い。
特に意見が割れる時は。
「僕はクルス君を評価しているのでオファーは出すべきと考えますがね。ただ、クロイツェル君のやり方を許容はしたくない。行き過ぎた青田刈りは、育成機関との軋轢を生みますから。なので、第七には申し訳ないですが……第七への選択権だけを喪失させ、他の隊への選択権を与える、と言う特例はどうでしょう?」
第四隊長、エレオスの発言に、
「それはいい。それなら私も賛同したいね。物事は公平でなければならない。彼が功を成したのなら、それに報いられる騎士団でありたいものだ」
レオポルドが乗った。
見事な茶番である。他の第十二派閥もそれならば、と乗る。
折衷案、と見せかけたやり口であるが、これは実質第四から第十二へのアシストであった。第七への移行を餌に、第十二へ入れてしまう。
その後、移行させる前にクロイツェルを失脚させてしまえばいいのだ。
それが第十二派閥の今後を見据えた段取り。
ちなみに第四もまた、公言していないが第十二派閥である。
(……これは)
状況は極めて悪い。カノッサの背後で第五副隊長のユーグ・ガーターは顔をしかめていた。個人的にはクロイツェルのやり口が気に食わぬのはヴィクトリアと同意見であるが、それ以上に彼が育てた人材を『あちら側』へやるのは避けたかった。
(動き過ぎたな。だが、その必要があったこともまた事実)
クルスの途中経過を知る数少ない騎士として、この場でその旨を発言したいところであるが、隊長主体の会議でむやみやたらに発言するのは不興を買いかねない。
それに、
(……『あちら側』の表情が硬い。隊長の発言からしても、あの地盤が揺らぐことはない。第七、第五、そして第十、第六……多く見積もってもそれぐらいか。多少、クロイツェルが根回しをしたとして……それでも第十と第六は副隊長票が読めない。あそこは放任だから、せめてそれぐらいは固めておいてほしかったが……この折衷案でそれも台無し。傾く者は出てくる)
そもそも流れが悪い。第一派閥はあるが、派閥で意見を固めることはしない。第二はオファーの件で前向きな票を入れることはなく、浮動票であった第三は見ての通り。第一はウーゼルの方針でこういう場ではあえて隊長、副隊長が別々に票を入れ、影響力の大きな自分たちが物事の趨勢を決めぬよう立ち回る傾向がある。
そも、
(どちらにせよ足りない。各隊、副隊長の数は一人ないし二人と定められている。第一派閥のお歴々は基本一人、昔ながらの主従スタイルだが、『あちら側』は隊の分業を理由にどの隊もしっかり二人置いている。その差は、大きい)
隊長会議なら隊長の票のみで決めてほしいが、いつからか副隊長も会議に参加している以上、自身の意見と票を持つべきと定められた。
政治面で考えた場合、どう考えても二人副隊長を抱える方が有利である。この辺は老人たちにも融通を利かせてほしいが、隊が回っているのであればそれでいい、と考えている者がほとんどである。
そういう昔気質がレオポルドらに付け入る隙を与えているのだが――
「何かあるか? クロイツェル」
ずっと口を閉ざしていたウーゼルがクロイツェルに問いかける。何かあるのなら、今言え。それは彼が差し出す唯一の助け舟であった。
それを、
「特に」
クロイツェルは乗り込まず、ただ流した。
それを見て、
「それでは採決に移りましょう。隊長、副隊長各位、まずはクルス・リンザールへのオファー、賛同者は挙手を、反対の者はそのままでお願いします」
全隊長が諦めた、と思った。
もしくは――
(他に入れた後、抜く気かねえ? でも、その手は先回りされている。残念ながら、ここ止まりの男、か)
第四、エレオスなどはそう読む。あの男が手塩にかけて育てた人材を、みすみす他所へ渡すとも思えない。
ならば、別の視点を、横移動を考えるべき。
が、その道も八方ふさがり。
クルスのオファー自体はこれで通った。過半数以上、端から密約で有望株をぶっこ抜く気満々の第十二派閥は皆、挙手する。
条件付きならば、と反対票を入れていた者たちもちらほら手を挙げ、余裕で過半数を超えた。予定調和、全てはレオポルドの掌の上。
「では、条件付けに賛同する者は挙手を、反対する者はそのままで」
オファーは通った。しかし、望みは叶わなかった。
それが――
「……何をしている、お前たち」
その光景で引っ繰り返る。
「……なるほど、こう来たか」
レオポルドは挙手しながら苦笑する。隊長の票は予想通り、賛成も反対も想定から大きく外れてはいない。
問題は副隊長、それも――
「何故手を挙げない⁉ 貴様らそれでも――」
「マスター・キスレヴ!」
第十二派閥の副隊長たちが皆、会議中ずっと硬い表情をしていた彼らが、そのままの表情で手を挙げずに固まっていたのだ。
それに対し激昂した第九隊長シラーが叫ぶも、それは途中で同派閥である第八隊長のオーディによって止められる。
原則、隊長、副隊長ともに意見を持ち、票を持つ。そのための権利である。つまり、当たり前だが隊長でさえ、副隊長の意見を、票を操作することは許されない。
建前であっても、ここは公の場なのだ。
(ピコ、お前の見立て通り……怖い男だよ、こいつは)
それも最も厳粛かつ、厳格な――
「珍しいのぉ」
「特例に特例を重ねるなど看過できん。それだけだ」
「はっは、しかし――」
第五のカノッサ、そして第二のフェデル、両名とも腕を組み条件付けに反対を示しながら、その奇異なる光景を生み出した者を見つめていた。
「やってくれたのぉ」
浮遊票ではなく、あえて不動票を覆した。あえて相手方の強みで刺した。
そっちの方が手っ取り早いから。
「気に食わん。あとサラナ、何故手を挙げていない⁉」
「そういう気分だったので。あと我らが隊長閣下、今の発言結構アウトです」
「煩い! 全くもって気に食わぬ!」
第三の女帝が荒れ狂うのも無理はない。ただでさえレオポルドの掌の上で不愉快であったのに、それも全部クロイツェルの掌の上であったのだから。
不愉快の上塗りである。
「ここで使うのかい?」
「何の話かわかりませんわ」
レオポルドが意味深に問いかけ、クロイツェルがそれをさらりとかわした。おそらくクロイツェルは隊の、もしくは副隊長個人の不正や弱みなどを使い、彼らを強請っていた。忠誠の厚い者も裏返っているところを見ると、隊のネタもいくつか掴んでいるのだろう。第十二も含め、どの隊もそれなりに脛に傷を持つ、それ自体に驚きはない。ただ、それはそれとして、もっと使いどころがあるんじゃないか、とレオポルドや他の者たちも思う。
たった一人、手中に収めるために大きなアドバンテージを切った。同じやり口は使えない。使わせない。
その穴は、すぐに埋める。
何よりもこれまでのクロイツェルは、仕事は出来るが政治に大きな興味はない。嫌われても実績で黙らせるタイプと皆に印象付けていた。
こうした場で、彼はあまり腹芸を使ってこなかった。だからこそ、その部分の警戒を緩めていたところはある。
しかし、今回の件で今後は警戒も強まるだろう。
ネタとイメージを捨てて、たった一人の人材を取った。
(……怖いねえ)
それが怖い、と第四のエレオスは思う。
今までの立ち回り、そして今回の立ち回りから、クルス・リンザールはレフ・クロイツェルにとって何が何でも必要な人材、と言うことになる。
その人材を使い、二人で何をする気なのか。
まさかただ、優秀な人材が欲しかった、と言うわけでもないだろう。
何か、必ず狙いがある。
「ガキ一人の処遇、どうでもええ無駄な議題はこれで終わりでええですか?」
クロイツェルの発言、それに第二のフェデルは言葉が過ぎると露骨に顔をしかめた。それを見てまたもカノッサが笑う。わかりやす過ぎる、と。
「クルス・リンザールへの対応は決まりました。それ以外で何かありますか? マスター・クロイツェル」
「あるから発言しとるんですわ」
「……聞きましょう」
ちなみにリュネも額に青筋を浮かべている。絶対中立、公平な存在であることを己に課す彼女であるが、それはそれとして気が長い方ではない。
クロイツェルは懐から資料を取り出す。
それを進行役のリュネに手渡し、
「テウクロイの件で、何故か僕宛に届いた非公式の、報告書ですわ。作成者はクルス・リンザール。ほんで内容は……」
それをパラパラと読み込むリュネ。片眼鏡がついている方の眼を大きく見開く。
其処に記載された内容、それは――
「御覧の通り、や」
「……議題に値すると見做し、配布を許可します」
「どうもォ」
ファウダーの件、そして、
「……ふっ」
魔導及び魔道研究者であるレイル・イスティナーイーのことも記載されていた。それはつまり、クルスからクロイツェルへと渡された、
「やってくれる」
魔導研究を統括するレオポルドを刺す『剣』、であった。
これをオファーの件で使わずに、ここで切るのがクロイツェルのいやらしさ。自分の欲しいものは自分で勝ち取る。クルスの手など必要ない。
端からクルスがイリオスで何かを成す、なんてことを期待していないし、勘定にも入れていない。今まで通り自力で勝つ。実際勝ち切った。
それはそれとして――敵を刺すタイミングは逃さない。手段も問わない。クルスの手を借りるのも躊躇わない。
それがレフ・クロイツェルの、蛇のやり口である。
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