第246話:秩序の敵

「うおっ!?」

 ディンが思い切り引っ繰り返り、スッと剣を突き付けられる。

 宣言通りの一本勝ちである。

「……なんだこれ?」

「新型の盾ですわ」

 勝ち誇る、と言うよりも初見の勝利を確信していた様子のフレイヤ。むしろ後ろで腕を組むイールファナの方がドヤ顔をしていた。

「クレンツェがあのザマか」

「あんなにこの夏でひと皮むけたぜって言ってたのにな」

「やっぱあれだろ、ソロンとクルスに譲ってもらったんだろうな、討伐者」

 野次馬(学友)の言葉に傷つくディン。

「もっと早くから使っていれば習熟度は上がったはず」

「申し訳ないですわね。ただ、お兄様が盾を上手く使えるようになるまでは、楽を覚えるから使うな、と」

「楽をするためにテクノロジーは進歩している」

「まあ、それはその通りですわね」

 百徳スコップの目玉機能を盛り込んだ新型の盾。この夏、仕事の合間を縫い趣味と実益を兼ねた愛する妹へのかわいがり悦に浸っていた頃、その辺で盾が完成していた。が、先んじて使用した兄ユングにより使用禁止が出た。

 その理由は、「今の俺に隙はねえ」と豪語していたディンが体を張って示していた。多少ジョークも混じっていたのだろうが、それでも自信はあったのだろう。

 わからない殺し、その脅威を皆が目の当たりにする。

「どんな感覚だ、クレンツェ」

「捕まえられたって感じかな。気持ち悪いもんだぜ……捌いたはずなのに捌けずに、逆に自由を失うんだ。割とガチで戦場を変えるかもな」

「民間への普及が目標。出来ればスコップの形で」

 どや顔で無い胸を張るイールファナ。彼女は信じているのだろう、騎士にも有効性を示したこの『兵器』が、魔を退ける一助となりミズガルズの平和に寄与すると。だが、騎士の視点はそうならない。

 どうしても意識してしまうのだ。

 対人戦、を。

「使い心地はどう?」

「……お兄様の言う通り、と思いましたわ」

「む?」

「簡単過ぎる。これではきっと、技が錆び付きますわ」

「むぅ」

 面での制圧、そして今回の新機能、これは盾として騎士である自分を大いに支えてくれるだろう。使いこなせば、大きな、大き過ぎるアドバンテージとなり得る。

 ただ、同時にそれを欠いた時、きっと自分は何も出来なくなる。

 兄ユングがあえて盾を用いてなお、点や線での受けを彼女に強いたのは、まさにそこであったのだろう。

 点、線での受けを出来て面で受けるのと、それらが出来ずに面で受けること、其処には大きな隔たりがあったのだ。

 使うべき時は来る。素晴らしい機能であるし、これから先使わねば救えぬ局面もあろう。其処で躊躇う気はない。

 だが、

「展開の方をメインに。今のわたくしならばそれで捌き切って見せますわ」

「承った。確かにそちらの方が大容量のフレイヤ向き」

「無論、オミットする必要はありませんわよ。必要な局面での行使に躊躇いはありませんもの。ただ、その時以外は起動しないだけで」

「うん」

 騎士として、武人としての本能か、強く、便利であることがマイナスに働くこともある。そんな感じを彼女は覚えていた。

「それと手紙の返事は返ってきましたの?」

 フレイヤは話題を切り替える。この前倶楽部ハウスでしていた世間話の件について、特に深刻な話だとも思わずに。

「ん、返ってこない」

「薄情者ですわね」

「……違う気がする」

 イールファナはクルスへ、レイルに気をつけろ、と言う手紙を送っていた。かの怪物の最新研究や、研究者界隈でまことしやかにささやかれる噂まで網羅したもの。

 レイルと別れてすぐ、アカイアへ、テウクロイへも送っている。

 だが、返事はない。

「たぶん、届いていない」

「どういうことですの?」

「何処かで握り潰されている気がする。必要な返事なら、どんな時のクルスでも返していたと思う。やさぐれていた時でも」

「……」

「嫌な予感がする」

 現地へ到達して握り潰されているのなら、自分が国家へ敵視されているか、クルスがそうであるか、そのどちらかか。無論、遠方に宛てた手紙が誤配や失われることはままあること。最近はインフラも整っているので、それほど多くはないが――

 今のところ国家に敵視される理由は思い至らない。

 両国とも彼女はあまり関係がない。テウクロイには多少因縁はあるが、それも国家と言うよりも研究所規模の話。

 其処までされるとは思えない。

 ならば何故――


     ○


「ヴェルス支部長、お手紙です」

「どもども」

 世界中に点在するアルテアン傘下ウィンザー商会のとある支部、つい最近もお引っ越しをしたばかり。其処のまとめ役である支部長のヴェルス、それに出来そうでやる気がない、と見せかけて出来女の事務員。

 そして、

「最近多いですね。誰からの手紙なんですか?」

 フレン・スタディオン。

 彼の何気ない問いかけに、

「ん、カワイ子ちゃんからのお手紙さ。熱烈な、ね」

「こんなに忙しいのに女性関係まで」

「ははは、商売人の才能とはズバリ試行回数を稼ぐためのバイタリティだよ。金は当然稼ぐ。女は当然抱く。酒も浴びるほど飲む。クスリを入れてでもね」

「じょ、冗談ですよね?」

「さあ、どうかなぁ」

 ヴェルス支部長は机の中に手紙をそっと入れる。

 其処に刻まれた宛名は彼と、そして手渡した事務員しか知らない。


     ○


 壁に叩き付けられ、倒れ伏したクルスは甚大なダメージに顔を歪めていた。ぬるりと垂れるそれを拭えば、其処には赤き血が。

 骨もひびの一つや二つ、入ってしまっただろう。

 相手は、

「彼の名はグレイブス。我らがファウダーの『墓守』さ。彼は旧式だが不可逆な体質でね。見ての通り魔族化し続けているが、元が人とは思えないほどにこの状態で安定している、とても稀有な存在だよ」

 ずんぐりとした肉体、手足は短く、頭は大きい。アンバランスであり、フードの奥に潜む顔は醜悪に映る。

「ああ、ゥウ」

「ふむふむ。おや、彼は良い子だよ。ボクの友達さ」

「ウウ!」

「そうだね。確かに人殺しだ。酷いことをする。ボクらの共通の友人を彼は殺したのだから。わかるよ、嫌う理由は、でも――」

「アウ、うあああ、リアン」

「ああ、そっちか。まあ、彼らを思えば当然か」

「う!」

 膝をつくクルスへの敵意、それを感じ取りながらクルスは必死に息を整えていた。衝撃で全部体外へ吐き出してしまい、ダメージも含めて呼吸すらままならない。甚大なダメージであるが、幸い動きに支障をきたすものはなかった。

 なら、整えば戦える。

 今はこんな世間話でもありがたい。

「ボクは君のなんだい?」

「うあ、トモダチ」

「嬉しいね。じゃあ、彼は?」

「うー……ウソツキ」

「名前は?」

「……あー、クロ、ス」

「正解」

 シャハルはグレイブスの頭を撫でる。

「……何が、正解だ。名前、間違っているだろ」

「うう、ああ!」

「大丈夫、間違っていないよ、グレイブス。間違っているのは彼さ」

「……?」

「息は整ってきたかい? じゃあ、もう一人紹介するよ。いや、厳密には……何人だったっけ?」

 シャハルは通路の先、闇へと語り掛ける。

 其処から――


「百八人だよ、『創者』くん」


 何かが蠢き、近づいてきた。異形、と呼ぶにはあまりにも大きく、そして多く見えた。だが、次の瞬間には一人の男へと変じる。

「……?」

 その姿に、クルスは既視感を覚えた。

 どっと、背中に汗をかく。

「おや、忘れられているとは……では、これならどうかな?」

 一歩、こちらへ近づくとさらに理知的な男の姿が歪み、今度は女性の姿となった。それを見て、クルスは絶句する。

「お久しぶりですね、クロスさん」

「や、ヤルナ」

「覚えていてくれて嬉しいです。忘れられていたら、寂しいですから」

 フィンブル王国、忘れるわけがない。あの忌まわしき記憶、自分が変わった、変わらねばいけなかった、あの地獄のような景色。

 世界の理を知った。

 ミズガルズの歪みを知った。

 騎士の矛盾を知った。

「もっとお話ししたいですけど、難しい話は私、苦手ですから。変わりますね」

 ヤルナ、の姿がまた変わる。

 今度は、

「……あっ」

 ヤルナの夫、の姿を象った。

「対抗戦、素晴らしい活躍だったみたいだね。我々も誇らしい気分だったよ。我らが友は、とても素晴らしい騎士様なのだと。でも、不思議なんだよ」

 ぐにゃり、さらに変わる。

 今度は最初の理知的な男、クルスは思い出した。

 彼は、あの国で起きた革命の炎、それを指揮するリーダーであったのだ。

「彼はアスガルドの学生らしい。だが、我々は別の学校だと聞いていた。それに、そもそも名前も違う。君はクロスなのだろう? だが、彼はクルス・リンザールと言う名前らしい。不思議だね、とても不思議なことだよ」

 平和を愛し、理想を語り、明日を望んだ穏やかで、理知的な顔が、

「まさか、君は嘘つきなのかなァ? クロスくぅん」

「……どういう、ことだ。シャハル!」

「それはね――」

「今、私たちが話している途中でしょうがァ!」

 男の体が膨張し、シャハルへ無数に枝分かれした拳が襲い掛かる。シャハルは笑みを浮かべたまま、それを回避して距離を取った。

「うう、あー!」

 グレイブスが語り掛けると、男の体は普通に戻りその眼に理性が戻る。

「おっと、すまない。我が友、理想を目指す気高き『墓守』よ。少し、怒りを抑えきれなかっただけだよ。少々情緒がね、裏切られたせいかなァ?」

「う!」

「そうだね。嘘つきは良くない。我が友も同意してくれて嬉しいよ」

 男はクルスへ向き直る。

「我らが『創者』の手で冥府より甦った、我々こそがフィンブルの『亡霊』! 君に会いたかった。そして聞きたかった。君は今日、正義の味方面をして立ち回っていたけれど、どの面を提げてそうしていたのか、を」

「……」

 クルスは下を向く。それは決して、息を整えるためだけではない。それを理由に、男の視線から逃げたのだ。

 そんなクルスの様子に、

「教えてくれよ、クロスくん。それともクルス・リンザールと呼ぶべきかい? 正義の騎士、お姫様を守る素晴らしき騎士。アカイアを救ったと聞いたよ。私たちも是非見たかった。君の大活躍を。世のため人のため、剣を振るう君を」

 男の眼は冷たく、見下ろす。

「君を称賛する者たちへ見せてあげたかった。我々の傷を。君に裏切られ、ハメられ、虐殺されたか弱き我々の、嘆きを、絶望を、痛みをッ!」

 男の体が膨れ上がり、身体中に目が浮かび上がる。血の涙を流しながら、眼で訴えかけてくる。痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い、と。

 体が、心が――

「うう、あッ!」

 その怒りに賛同するように、『墓守』グレイブスもまた地面に手をやる。ずぶりと地面に手がめり込み、それを引き上げると、

「「……」」

 もの言わぬ棺が二つ。

 『亡霊』への忌避感はかつての罪悪感によるもの。だが、その棺から感じる嫌な感じは、騎士としての、武人としてのもの。

 あの二つが、一番ヤバい。

「あらら、指示は一番だけだったのに……お気に入りまで持参してきちゃったか。まあ、いい機会だね」

 上質な絶望、ゼロに至り、鋼のメンタルで、心根一つで飛んだ彼の、心が軋む音はとても高品質である。やはり、プレゼントはサプライズに限る。

「改めて自己紹介をしておこう。ボクは『創者』、彼らを世に送り出したクリエイターさ。創造の喜びを追う獣だ。『墓守』は暗い闇、地の底へ封じられた墓を暴き、友人を日の当たる世界へ解放してやる、その理想のため日夜墓を暴いている。彼の理想、理屈、常識は通じない。そして、『亡霊』は君の知る通り――」

 シャハルは二つの異形、その後ろで笑う。

「フィンブル王国に蹂躙された哀れなる躯を、『墓守』に回収してもらった。酷い状態だったよ。斬られたまま、墓石も用意されずに穴へ放り込まれた百八の躯。腐り、原型も失せかけたそれらを、使えそうな筋肉、血管、臓器、骨を厳選、継ぎ接ぎし、一つの肉体とした。其処に、魔族化を施してみたんだ」

 何故、それは問いかけるまでもなかった。

 言わずとも、彼を見ればわかる。

 ただ、やってみたかった。しかも自分がマークしていた観察対象に縁があるのだ。運命としか思わなかっただろう。

 百八を一つに、それがどうなるのかはシャハルにもわからなかった。

 だから試した。好奇心の赴くままに――

「この力はまさに天啓。世界は再び、革命を求めた! ハレルヤ、嗚呼、もう迷いはない。我らはこの肉体、尽き果てる時まで理想を追いかけよう。君が、君たちが教えてくれた。言葉に意味はない。理屈に意味などないッ!」

 そして甦ったのだ。

 フィンブルの『亡霊』が。

「力こそが世を変える唯一の術。改めまして、私が、我々を統括する主人格、リアン・ウィズダム。王政の、クソみたいな秩序を破壊する、獣であるッ!」

 かつて抱いた理想、それは形を変えて彼らの柱となっていた。

 世を正す、手段は問わない。

 目には目を、歯には歯を、暴力には暴力を――

「御覧の通り、ボクらは正しい意味で烏合の衆だ。理想は違う、目指すべき場所も、重なっているのは今の秩序は都合が悪い、それだけ。だから、ボクらは混沌を、ファウダーを名乗るのさ。秩序の敵が身を寄せ合うだけの、ただの器」

 混沌が其処に在った。

「さあ、この器の中には他にどれだけの混沌が詰め込まれているかな? 想像したまえ、喜びたまえ。秩序の騎士、それを志す者よ」

 創造主が、嗤う。

「君はこれから、ボクらと生存競争を繰り広げることになる。胸躍るだろう? ウトガルドのようなつまらぬ敵じゃない。頭を使いたまえ。剣のみでは取り除けぬ、秩序にとっての病巣が其処に在る。楽しみだね、クルス」

「……シャハル」

 最悪の敵、無邪気なる悪意を振りまく混沌の獣。

「貴様は、必ず殺す」

「ふふ、嬉しい宣誓だね。これで君とボクは結ばれたわけだ。あらゆる絆よりも強く、強固な、敵と言う縁、憎しみ、怒り、負の感情こそがボクらを結ぶ」

 秩序にとっての、クルスにとっての敵。

 それが――

「さて、じゃあ、仕上げと行こうか」

 パン、とシャハルは合図の手を叩く。

 『墓守』がそれに応じ、棺の蓋を開ける。

 その中身を見て、

「シャハルゥ! 貴様は、何処まで!」

 クルスは怒りを抑えきれなかった。

「ボクらの仲人、彼のおかげでボクらは出会えたんだ。彼が君へ特別な期待を抱き、ボクをイスティナーイーと知りながら招き入れた。ボクには大した思い入れはないけれど、それでも欠かせないと思わないかい?」

 棺の奥より現れたのは、

「先に言っておくけど……ここから先は油断しない方が良いよ。単純にさ、今の君より強いからね。……どっちも」

 腐った部分を他で補ったのだろう、継ぎ接ぎだらけの痛々しい姿である。だが、見間違えようはずがない。

 あの頃の、弱かった自分に期待を寄せてくれた人だから。

「ふざけ、やがって」

 メガラニカ最強の騎士、ピコ・アウストラリス。

「あ、ああ」

 そしてもう一騎、首無しの槍使い。

「……」

 シャハルが万が一の遭遇のために集めた、対クルス用の戦力である。

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