第245話:罪と罰

 第十二騎士隊隊長、レオポルド・ゴエティア。

 彼の名声は留まるところを知らない。魔導研究を今までとは異なる切り口で捉え、其処から魔族を、魔道の研究へと繋げた手腕。その上、卓越した剣も振るえる、と前例のない研究畑の者がユニオン騎士団に招かれた唯一無二の人材である。

 その社交性も素晴らしく、瞬く間に各界と繋がり、そのコネクションは日々広がっている。それは騎士団の内側も同じ。

 研究、武、そして政治。

 いずれも結果を出している傑出した人材、それがレオポルドである。

 だが、それと同時に黒い噂もある。

 前歴も確認が取れず、何処から来たのか、何処かで学んだのか、それも不透明。

 表裏の読めぬ男、ゆえに警戒を抱く者も多い。

 しかし今、

(……すげえな)

 目の前に立つ男は疑問を消し飛ばすほどの覇気をまとう。

 その圧は、余人を寄せ付けぬほど。

 しかも指向性を持ち、完全に気配をコントロールしているのか、この場にのみ彼の存在を知らしめている。

 この路地一つ、それが今の彼が定義した間合いであるから。

「目と耳を塞げ」

 エフィムを除く二人に向けられた言葉は、彼らの行動を無意識下で縛る。意識に、意思に、関係なく目を瞑り、指で耳を閉ざす。

 逆らえば死ぬ。死なずとも必要な部分以外は奪われる。

 それほどに男は激怒している。自らの命すらどうでもいいと言う真の軽薄、その上賢しく、現在は替えの利かぬ人材を生かすため、生かす意味もない成らず者をも守らねばならぬ、と言うこと。

 成った武人を、戦士を、討たねばならぬと言うこと。

 怒りの滲む言葉、それゆえの強制力。

 実際の秘匿性はどうでもいい。一人は頭が回る。一人は成らず者ゆえ、あれの言葉には自らの地位を脅かすことなどできない。

 言葉とは、誰が言うかでしかないから。

「よく鍛えた。よく練り上げた。拳一つ、称賛に値する」

 レオポルドはエフィムを褒め称える。突然のこと、何か裏があるのかとも思ったが、彼の表情は、視線は真っすぐとエフィムを見据えていた。

 嘘はない。


「我が名はウトガルドの騎士、『天剣』のサブラグ」


 同じく武を志す者として、それがわかる。わかってしまう。

 どれほどに突拍子がなくとも、どれほどに信じ難くとも、其処に嘘はないのだと頭ではなく心で理解した。

 レオポルド、否、サブラグは今武人として彼の前に立っている。

「名乗れ、戦士たる者よ」

 理解は追いつかない。何故ここで魔王の名が出るのか、五百年前の、物語に出てくるような存在が立つのか、そんなことはわからない。

 どうでもいい。

「クゥラーク、第二分団長エフィム・トレーロ!」

 目の前に、自らが臨む頂があるのだ。

 ならば、踏破するまで――

「刻もう」

 全身全霊、戦闘態勢を取るエフィム。あらゆる機微を逃すまいと、全力で研ぎ澄ませている。それが『天剣』に伝わる。

 その闘志が、素晴らしき戦意が、

「俺の剣に」

 天譴を呼び覚ます。

(往くぜェ!)

 発したと思った言葉。突貫したと思った身体。しかし現実には、言葉は発していない。身体は動いてもいない。

 唯その場で、見つめていた。

 凛とした立ち姿。柔らかに、翅の如くしなやかに円を描く腕、手。親指、人差し指で輪を作り、その他の指で左手が天、右手が地を指す。

 胸元で、天地へ祈りを捧げるように。

 とても戦闘態勢には見えない。

 だが、わかる。見える。

 これが彼の、『天剣』の戦闘態勢であるのだと。

 彼の全身全霊、伝わった。

(嗚呼、クソ)

 これ以上なく――


「よくぞ逃げず対峙した。五秒、好きに想え」


 サブラグは構えを解き、エフィムに背を向ける。

 何処からともなく現れた剣が、空中で踊りエフィムを切り裂いた。言葉にすれば簡単なことである。身動き一つ取れなかったが、それ自体は見えたのだ。

 美しく、気高き刃が描く軌跡、それが自らの致命を告げた。

 狡い、とは思わなかった。

(能力は、さっき現れたのと同じ、何らかの手段で人や物をAからBへ移す。それだけだ。わかる。わかっちまった)

 この場に移した剣、それを操るのは彼の『手』、魔力にて伸ばした仮の手が、現れた剣を掴み振るう。それだけ。其処に誤魔化しはない。

 同じなのだ。技術体系は違うが、同じ武なのだとわかる。

 鍛え、練り上げ、高め続けた先。

 有無を言わせない強さ、速さ、美しさ。

(ぐうの音も出ねえ。完敗だ)

 手も足も出なかった。

 あまつさえ見惚れた。かつてのピュグマキア、オーリンとバルバラの鉄と鬼の拳、その壮絶な打ち合いをも更新してしまった。

 これが最高峰、身体はまだ斬られたことに気づいてもいない。

(とんでもない高さだ。笑えるほど、遠い)

 どれほどに鍛えれば、どれほどに高めれば、人はここまで至ることが出来るのだろうか、悔しさよりも感動が勝る。

(すいません団長、自分はここまでです)

 憧れだった者への謝罪。正直、ここ数年は追いついてしまった気がしていた。それを確認するのが怖くて、まともに組み合うこともしなかった。

 きっと、これは其処で立ち止まった者と突き抜けた者の差。

 何故なら、

(すいません、バルバラさん。俺、弱かったみたいです)

 憧れが自分如きに追い抜かれる様を、彼らを抜いた先を見たくなかったから。クソほどに格好いい背中を、見続けたかった。

 そんな弱い自分に至り、バルバラが自分たちの元を去った理由にようやく至る。

 それはきっと、自分の弱さがそうさせたのだと。

(……ぶち抜こうとしたら、一緒に、いられた、のかな)

 最後に気づき、かすかに悔いを滲ませながら、エフィムの五体は崩れた。

 斬られて五秒後、思い出したかのように命が散る。

「……」

 死を想う時間(五秒間)を、サブラグは彼だけに与え見つめなかった。戦士としての彼は決着の前、決着の間際に見た。

 その姿だけを刻む。

 今まで培ってきた全てを賭し、自らと向き合った戦士。その上で潔く自らの敗北を悟り、死を受け入れた戦士としての彼を、刻む。

 それで充分。

「終わりだ。眼を開けろ」

 魔力により構築された手が、二人の耳を塞ぐ手を動かす。

 それにより声が届き、二人は眼を開けた。

「あらら、もったいない。彼ならいい魔族に――」

「だから斬った」

 サブラグはエフィムの体を惜しむシャハルの首を自らの、生の手で掴み、締め付ける。わかりやすい、死を突き付けられた形。

 宙に浮かせたなら、あとは死を待つのみ。

 それなのにこの怪物は、笑みを浮かべたまま――

「可逆性のない死体の魔族化に意味はない。それが跋扈する戦場は無意味の極み。俺が貴様らに投資しているのは、研究の場を与えているのは、不可逆なものを可逆とするためだ。玩具作りに精を出す気なら今ここで死ね」

「……貴方にボクは殺せない」

「そうだな。今はそうだ。だから助けた。業腹だがな。だが、己惚れ過ぎるなよ。貴様もよく理解しているだろうが、後進は育ちつつある」

 死を突き付けられても笑みを浮かべ続けたシャハルの顔から笑みが消え、代わりに何かが浮かぶ。

「このまま遊び続けるなら、変わりが育った時に斬り捨てるのみ。そう遠くない未来だろうがな。何者でもなくなり、死ね」

「ボクは、そうならない」

「なら、クライアントの要望に応えることだ」

 拘束を解き、サブラグはついてこいと頭で合図する。

 何とも言えぬ表情を浮かべるシャハル、そしてただただ震える護衛の女。武人ゆえ、肌で感じたのだ。目と耳は塞いでも、わかってしまうこともある。

 永劫届かぬ天、それが目の前にいるのだ。

「新型は旧型に比べ、可逆性を持つ比率が低いそうだな」

「ああ」

「なら、もう性能の向上はいい。そもそも、成らず者がどれほど良質な武器を持とうが、それは単なる宝の持ち腐れ。無意味だ」

「アルテアンはむしろ死体利用の方に価値を見出しているけどね」

「戦場を知らぬ俗物どもが導く地獄が見たいか? 銭ですべてが動くと思っている阿呆ども。越権が過ぎれば――」

 魔障による『天』の再現、それを発現する瞬間、サブラグは顔をしかめる。二人には見せぬ、自らの弱所。

「俺はいつでも殺せる。肝に銘じておけ」

 アカイアとテウクロイを繋げる回廊を形成し、サブラグはくぐれと合図する。あまりにも恐ろしく、強大な力。

 そしてどう考えても、これは人が持つ力ではない。

 だが、レオポルド・ゴエティアに魔族化を施した記録など当然ない。シャハルの知らぬ魔族、人が魔族の力を振るう。

「貴方が望む結果が欲しければ、貴方を研究させてほしいのですがね」

「それに足る過程を見せたなら、検討しよう」

「ふふ、了解。ああ、そうそう、ボクはまた貴方に守ってもらえると思った方が良いのかな? ボクの替えが利かぬ内は」

「今回限りだ。女王の出現は俺にとっても想定外。あの男の実力もな。が、二の轍を踏む愚者を守るほど俺の剣は安くない。そんな愚者に明日が拓けるとも思わん」

「承知しましたよ」

「俺の眼は常に貴様を見ていると思え。襟を正すことだ、道化よ」

「はいはい」

 回廊を渡る二人を見送り、それを消したサブラグは、

「……」

 胸元から薬を取り出し、服用する。

 顔を歪めながら、眼の奥にちらつく魔障の招きを払いのけるために――

「……難儀だな。魔であることからは、逃げられない、か」

 歯を食いしばり、自らもまたこの場を去る。万が一にも捕捉されるわけにはいかない。まだ、大望は遠い。ミズガルズを利用し、明日を拓く必要がある。

 彼はそのために、唯一人戦っているのだから。


     ○


「……わた、しは――」

 護衛の女、その首が宙を舞う。反射的に剣を振ろうとしたが、すでに腕はなく何も出来ずに、ただその場で立ち尽くし散る。

 達成感などない。

 この相手にクルスは何も想わない。

「あらら、可哀そうに。こんな有様になってしまって……断っておくけどね、この子はこれで有望株だったんだよ。君に似た努力家でね」

「どうでもいい」

「対抗戦で現実を知り、自らの器を信じ切れず、自己と他の評価が折り合わず、安易な力に手を染めてしまった。残念だよ、嗚呼、とても残念だ。実に哀しい」

 ユーグ・ガーターと同じ世代。それまでラーの中では同世代で並ぶ者無し、自分が一番才能があり、一番努力していると豪語していた彼女であったが、対抗戦で真の天才に出会ってしまう。突き抜けた天才、それでも挑んでいれば、対峙していれば何か変わったかもしれない。が、当時随伴した先生は母校の勝利と、何よりも彼女自身が傷つかぬ逃げ道として、対戦を避ける選択肢を与えた。

 そして彼女は、学校のため、とそれを飲み込み。エースを避けたラーがメガラニカを下し、そのまま優勝を果たした。

 逃げた、と言う自覚がないまま、逃げて結果を出してしまった。

 その歪みが、この結末を迎えてしまったのかもしれない。

「どうでもいいと言っている。で。もう一人は貴様か、シャハル」

「ふふ、買い被ってくれるじゃないか、我が愛すべき友よ」

「……反吐が出る」

「酷いなぁ」

 シャハルは微笑みながら、

「ボクじゃない。でも、誰なのかはわからないし、其処は正直どうでもいいんだ。君にとって重要でも、ボクにとってはあれが何者でも関係がない」

 焦点をぼかした答えにもならぬ言葉を重ねた。

「貴様でもなければ、仲間でもないのか?」

「その通り。いずれ袂を分かつ。それはね、どの陣営もそうなんだよ、クルス。ボクだけじゃない。ユニオンも、アルテアンも、ボクが属するファウダーも、そう。同じ方向を向いている組織はなく、重なったり、離れたり、それだけさ」

「……」

 ユニオン、アルテアン、そしてファウダー、聞きなじみのない組織が混じっているが、シャハルが名を挙げた以上、その三つは何処かで重なり、何処かで離れているのだろう。信じたくないが、自らが属する予定のユニオンすら――

「貴様を拘束する」

「何故?」

「とぼけるな。マリウス・バシュに魔族化を施したのは貴様か、その関係者のはずだ。それを否定する気なら、尋問でもして――」

「ああ、それはボクだね。で、それって何が悪いの?」

 きょとん、と首をかしげるシャハル。

 そのふざけた態度に、クルスは顔を怒りに歪めた。落ち着かねば、と思いながらも、軽薄で、飄々とした姿勢が許せなかった。

 シャハルのせいで、この元凶のせいで――

「ボクは魔族化、と言う商品を売ったんだよ。この国で、魔族化の手術を施してはならない、と言う法律はあるかい? そも、あったとしてもボクが治療を施したのはこの国じゃない。この国の法はボクを裁けない」

「詭弁だな。この国の貴賓であるイリオスの王女を襲い、この国の騎士も多くが散った。その原因が何を言い逃れしようと――」

「それこそ詭弁だ。君はさ、騎士剣を使った殺人が起きたとして、その罪は製造元にあると言うのかい? 危険なものを作った、許せない、と」

「……それとこれとは話が違う。魔族は人類の敵だ。敵を作る手段など、法に照らし合わせずとも悪に決まっている」

「はは、無理筋だなぁ。まさか君、ボクが単独でこんなことをしていると思っているのかい? ノンノン、ボクは様々な機関から依頼を受けて、魔道の研究成果である魔族化を確立、それを売っているだけ。君らがぶんぶん振るう剣と何も違わない。そんなものよりよほど、公平で平等な、人々が求める商品だと思うけど?」

「……魔族化に、悪意がないとでもほざく気か?」

「ない。微塵もね。ボクは需要に応えているだけ。依頼され、出来上がった魔族が何をしようと、何をさせられようと、其処に法規制がない限り、ボクは罪人に当たらない。無関係の、単なる製造者さ。クレームはこの国にどうぞ」

「アカイアで、エフィムさんを殺したはずだ」

「厳密にはボクじゃないし、ボク自身は何もしていない。知人が勝手にやったこと。そもそも目撃者もいないからねえ。先に攻撃されたから反撃した、正当防衛を主張しても覆せる手札はないだろ? 無理だよ、ボクは法を犯していない。真っ白、潔白、感情論は意味がない。法治国家では観測された事象と規範のみが、罪と罰を決めるのだから。君だって理解しているはずだ」

 社会は自分を裁けない。

 裁けないように立ち回っている。

「別にね、君に拘束されてあげてもいいんだよ。ボクは君のことが好きだし。それはそれで面白い。でも、あまりいい結果にならないんじゃない? この国がボクを得たら、ふふ、どう転ぶのか、君だって想像できるだろ?」

「……」

 何らかの理由を無理やり付け、シャハルを拘束したのち、この国はきっと利用する方へ舵を切る。主要産業である魔導の裏で、魔道が、魔族化が裏の柱となる。

 この国の今を見れば、それは容易に想像できた。

 その先は、想像したくもない。

「魅力的な商品なのさ。君たち騎士を強い魔族にすることよりも、力なき民に魔族と言う力を与えることがね。育成に時間と手間がかかる騎士よりはるかに安価な、そして使いやすい兵器が手に入るわけだ」

 そう、魔族化の真価は騎士の力を向上することにあらず。

 力なき者に、力を与えられる。

 ここにある。

「わかった」

「理解したかい?」

「ああ。罪が機能しないなら、俺が貴様を討つ。秩序のために」

「ああン、ひどぉい」

「貴様が言ったことだ。観測された事象と規範のみが罪と罰を決める、と。今この場は俺と貴様だけ。観測者はいない」

 クルスはシャハルに剣を向ける。魔族化などというものを、世界に広げさせるわけにはいかない。ここで彼を断つ。

 かつては友だと思っていた。掴みどころはないが善人だと思っていた。

 だが、

「貴様はこの女が安易な力に手を染めてしまった、と他人事のように言ったな」

「言ったね」

「マリウス・バシュにしても、彼が求めたから力を与えたとほざく気だろ?」

「もちろん」

「ああ。やはり貴様は邪悪だよ、シャハル」

「ふふ、とても、強い敵意を感じるよ。君の中に、ボクが根付いたね。単なる友人の一人から、討ち果たすべき敵として……」

「揺らぐ者に誤った道を提示する。弱った者に見せかけの救いを与える。それは俺の価値観で、悪と断ずる。貴様は道を歪める者だ」

「見たね、ボクを。ボクだけを」

 クルス・リンザールはシャハルを、レイル・イスティナーイーを悪と定義づけた。自分が弱い人間であったからこそ、揺らぎ、悩み、迷った身であるからこそ、其処で優しく、甘美な、安易なる道が提示されることの抗い難い強制力を理解できる。

 シャハルは選んだのは彼らだと言う。

 その道の先で、甘い果実を揺らしながら――

「貴様は俺の敵だ!」

「それでいい!」

 人を惑わす無邪気なる、邪悪。

 法が裁かぬのなら、裁けぬと言うのなら、己が剣で裁く。

「シャハルッ!」

「グレイブス!」

 シャハルへ向かい、足を向けたと同時に、

「……」

 ぬるりとクルスの背後、地面から何かが生えてきた。ずんぐりとした図体の、異質なる存在。それがクルスの死角から何かを振るう。

 クルスには見えていない。

 が、

「舐めるな」

 クルスは背後の攻撃を背面で、騎士剣によって受け止めていた。見えていない、見ていない。それでも彼は来ると考えていたのだ。

「はは、やるね」

 シャハルはその時点で理解した。クルスはマリウスの力、掘削などの力と王宮にあった奇異なる光景、あれが近くとも重ならないと考えていたのだ。

 同じことは出来るかもしれない。ただ、マリウスの力ならもっとやり様がある。あえて、あの形にする理由がない。

 だから、別の者がいるのではないか、そう考えていた。

 そう考えていたから、

「想定済みだ」

 常に備えていた。奇襲を。

 そして対応した。

「お見事。でも、君も神様じゃない。天の眼を持つわけじゃ、ない」

「……っ」

 だが、クルスは異質な手応えに背後へ視線を向けた。気配自体はそれほど危険に感じなかった。ただ、受け手が動かなかったのだ。

 まるで何かに、囚われたかのように。

「ボクのように憎めるかな? その開発者を」

 シャハルの、歪んだ笑み。

「百徳……スコップ」

 騎士剣の魔力を中和し、切れ味を消す過程で生まれる僅かな時間の魔力結合、その瞬間だけ、騎士剣とスコップは魔力的に同化してしまう。

「アアアッ!」

 グレイブス、と呼ばれた者がスコップを力ずくで振り回す。騎士剣とスコップはくっついたまま、クルスもまた抗えぬ力に振り回された。

 力を、流れを操り、無敵の剣を得たクルスであったが――

「く、そがァ!」

 その制御を失った瞬間、凡夫と化す。

 人間離れした力、鍛えただけの平凡な器ではどうしようもない。そのまま結合がほどけ、拘束が解除されたと同時に、クルスは地下道の壁に叩き付けられた。

 壁を、砕くほどの衝撃。

「あ、がァッ⁉」

 たった一撃、いや、たった一つの道具がゼロを砕いた。

 百徳スコップ。

 開発者、イールファナ・エリュシオン。

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