第244話:ここで勝ち切る

(ちっ、本当に安い挑発に乗るやつがあるかよ)

 自身の挑発に乗り、見えざる刃をまき散らす敵に対しクルスは顔をしかめる。刃のギミックはある程度把握できたが、だからと言って全て捌き切れるわけではない。何しろ見えないし、起りもほとんどないのだ。

(高水準の騎士であってもらわなきゃ困るんだがな)

 なら、クルスが何をもって敵の攻撃を見極めているか。それは主に二つ、彼女の目線と自身の構えで生じる隙、である。

 前者はそのまま、彼女の僅かな目の動きを読み、次の一手を読むというもの。動きの起りは出さないようにしているが、視線は確認のためか攻撃直前に目標地点に向ける『傾向』がある。問題は傾向でしかないということ。

 怒りに身を任せ、まき散らし始めると途端に厄介極まる能力と化す。ただ、どうにも目の前の手合いは自身の実力にそれなりの自信があるらしく、雑な戦い方は好みでないように見受けられる。

 ある意味、その綺麗に勝とうとするやり口が突破口の一つ、と言える。

 後者はこれまたシンプル、クルスが隙を作ることであえて狙いの場所に刃を撃たせているのだ。これまた相手の技量が高水準であることが前提の戦い方。単純に隙を作ったり、こちらも目の動きを読ませ、逆を突くやり方など色々ある。

 総じて相手のレベルに依存した立ち回りを強いられるぐらいには、彼女の能力は自信を持つだけあり強力無比である。

 ゆえに、

(必ずここで殺す)

 クルスはここで必ず殺すと決めていた。シャハルさえ生きていれば、情報を引き出す分には困らない。この初見殺し性能は格上も容易に喰えてしまう。

 危険度は極めて高い。

(あと、少し、もう少しだ)

 逃がさないための挑発であったが、何が逆鱗に触れたのかぶっ刺さり過ぎたことで少し難しくしてしまった。

 ただ、

(初動の風切り音の方が直撃時よりかなり早く届く。この遅延は使えるな)

 対魔族のセオリーである能力の解剖もかなり進んできた。攻撃速度自体はそれほど早くなく、音の方が早く耳朶を打つ。それさえ逃さねば、ある程度攻撃範囲も含めて把握できるようになってきた。

(空気の流れも、目安とするには弱いが……見えてきたな)

 これで相手依存のリスクがなくなる。

(……問題はシャハル、か)

 自身の護衛、と思しき存在が徐々に形勢を悪くする中、守られているはずのシャハルは相変わらず余裕の笑みを浮かべていた。

 それがクルスに二の足を踏ませる。

 もしかすると――その可能性は捨て切れないから。自分はシャハルの全てを知らない。サマースクールで見せた剣の腕だけが全てとも思わない。

 もし、もし、ありえないと思いたいが『二人目』がシャハルであれば、割って入られた場合、クルスに勝機はない、と思う。

 逆に動かないのが舐めているのか、それともそうでないのか、どちらか判断がつかずにクルスを悩ませる。

 そしておそらく、

(あの野郎、今笑いやがったな)

 シャハルはクルスの思考に気づいている。それはつまり、自分が初手を捌けた理由に気づきながら、その上であの護衛を泳がせているということ。

 『証拠』を残しながら現場を去ったことに、シャハルは気づいている。

「馬鹿な、何故だ! 何故回避できる⁉ いや、そもそも、剣でも私の方が強いはずだ! それなのに、なぜ学生如きにィ!」

(……こいつもちぐはぐだな。技術の水準は高い。なのに――)

「背筋が曲がっている」

「ハァ⁉」

(鏡を見たことがないのか、こいつ)

 技術は高い。体の使い方もかなりのもの。だが、立てていない。初心が消えている。それはつまり、自分を俯瞰できていないということ。

 客観視できず、正しくない方へ突き進んでいるということ。

「学生が偉そうに講釈を垂れやがって! なら、見せてやる! 私は選ばれし者、魔障を操り、不可逆な事象を可逆とする――」

「長い」

 形態変化、これ以上雑になられても困る、とばかりにクルスは踏み込み、間合いを詰めることで相手の迎撃を引き出し、其処にカウンターを置く。

 それで、

「え?」

 護衛の女、その両腕と共に騎士剣が飛ぶ。

「わぁお。容赦ないねえ」

 哂うシャハル。呆然とする護衛の女。

「詰みだ」

「ま、まだダァ!」

 後退しながら、姿をより醜悪に変じ、身体自体も相当膨れ上がる。

「我が力、これが全力ダァ!」

「……」

 咆哮と共に放たれた巨大で、厚みを持ち、何よりも強力な風の刃をぶっ放す。地下通路を切り刻み、一部地上を崩落させるほどの破壊力である。

 が、

「それを初手ですべきだったな」

 力が大きくなり、より明確になった音や触覚で刃を捉えたクルスは全てを捌き、無傷での生還を果たす。台風一過、凪が訪れる。

 勝てない、それが護衛の女の脳裏に刻み込まれる。

 それは――

『ラーの人? よろしくね』

 自分と同じ世代最強であった男、自分が初めて逃げた存在と重なる。

『拳闘もイケるんだな、これが』

 初手で片腕を奪ったのに、其処からただの一度も有効打を与えられず、全てで上回られた闘士とも重なる。

 何よりも――

『……』

 さすがにあれとは重ならない、が。

「な、なぜ?」

 振り絞るように溢した、言葉。

 その弱弱しい響きにクルスは顔をしかめ、

「……エフィムさんの遺体には無数の傷があった。最低限の止血を施した傷と服を、皮だけを裂いた浅い傷。そして致命傷となった美しい、極まった太刀筋。他とは切り口が違った。それこそ大人と子どもほどに……キレが違ったんだよ。だから俺たちは、あの場には二人いたと考えた」

「あっ」

 彼女の疑問に答えてやる。もはや彼女に巻き返す力はないから。

 せめて、冥途の土産に、と。

「初手で片腕を奪った、だけの敵と、五体の急所を丁寧に、異次元のキレで切り裂いた……化け物とな」

 クルスはちらりと視線をシャハルに向ける。シャハルは笑みを深め、拍手をするフリだけをする。大正解、とばかりに。

「そして今日、マリウス・バシュが魔族に変貌する様を見た。どう初見殺しをしたのか、見当もつかなかったことが一つの線となった」

「……」

 エフィムの遺体に刻まれた動かぬ証拠と人が魔に成る反転した常識、その二つがあって初めてクルスは初見から警戒できていたのだ。

「あとはいつも通り、魔族と思って相手の性能を探るだけ。もう貴様は探り終えた。どれだけパワーアップしようが、対応して見せる」

 終わりだ、とクルスは告げる。

「け、剣、なら、あ、れ?」

 無様に、もはや存在しない腕を見つめ、騎士剣を虚空に探す。

 見るに堪えぬ、クルスが一思いにと迫る。

 其処に――

「……わた、しは――」

 彼女は何を『見た』のか。


     ○


 時は遡り――

「オッケー、掴んだ」

「ぐっ!?」

 片腕を奪い、すぐに決着がつくと思っていたのに、いつの間にか形勢は傾き、護衛の女は顔を歪めていた。

 ただでさえ重心が変わり、簡単に動けなくなるはずの隻腕で、戦闘中に出来る程度の簡易な止血のみで、何故この男は戦えるのか。

 むしろ――

「ほいっと」

「っ、お!」

「油断してると寝かしちゃうぞぉ、カワイ子ちゃん」

「き、貴様ァ、格闘屋風情が。対抗戦で優勝経験もある騎士だぞ、私は!」

「……マジ? 見えなかったねえ。あいつらと同格には。錆び付いたとか?」

「舐めるなァ!」

 形勢を覆し、圧倒し始めているのか。

 その様子に、

(まずいね)

 シャハルもまた普段の余裕は消えていた。状況が動くならテウクロイ、と考えて戦力を現地へ直送したのが仇となった。今、持てる戦力は眼前で巻き返されている護衛ただ一人。シャハルもそれなりには戦えるが、さすがに彼女の方が上。

 つまり、それを圧倒するエフィム一人に制圧されてしまう。

(クゥラークの闘士が強いのは聞いていたがここまでとはね。騎士以外にもいるじゃないか、指名手配(リスト)に入れておかなきゃいけない人材が)

 ユニオンの騎士、その中でも上位、隊長格と並ぶ実力者。

 しかも極めて狂暴、腕を失ってなおむしろ膨れ上がる闘志。その上、頭も切れる。最初は体を半身で、片腕の手甲を盾としながら能力を見極め、おそらくは風音か何かの起りを見出し、それから一気の反転攻勢。

 不慣れであるはずの対魔のセオリーもばっちりと来た。

 そのクレバーさを片腕で発揮するのだから、素晴らしい人材と言うしかない。

(さて、どうしたものか。あれ、置いて逃げようかな)

「別に逃げても良いけど、地の果てまで追うからなぁ」

(おやおや、こっちに割く余裕まであるわけか。これは万事休すだね。……別に悪いことしてないし、観察は『亡霊』に任せて自首するかな。とても業腹だけど。なんか知り合いが急に魔族に成った、オッドロキー、この手で行こう)

 せめて『墓守』がいてくれたら棺よりとびっきりを出して勝てるのだが、残念ながら彼はえっちらおっちらテウクロイへ向かっている頃合いだろう。

 乗り換えが苦手だから、進捗は読めないが――

「別に悪いようにはしねえよ。片腕の代金貰うのとせっかくのカワイ子ちゃんがどんどん不細工になってく理由を聞くだけだ。みっちりと、な」

「く、くそ」

(地の利も当然あちらにある。人手も……困ったなぁ)

 全ての誤算はアカイアに、クゥラークにこれほどの人材がいたということ。オーリンやバルバラはリストアップされていたが、その下はかなり落ちる印象であった。後継者不足、そうなっていたのに――単純にエフィムは対戦相手に、好敵手に恵まれていなかっただけ。未開拓なパンクラチオンを選んだのも拍車をかけた。

「拳闘もイケるんだな、これが」

「がぁ、あ!」

 正確な力量を把握できなかったのだ。

 だからこそ、オーリンは彼を秘蔵っ子としてより隠していた節もある。

(人か魔族か知らんが、こいつの能力は危険だ。だからこそ、錆び付いちまったんだろうが、悪いがここで勝ち切らせてもらう。犠牲はここで止めるッ!)

 片腕失えど意気衰えず、なお燃え盛る。

 この場の趨勢は決まった。男の眼が語る、負ける要素がない。俺の方が強い。お前の方が弱い。格下である、と。

 だが――


「呆れて言葉も出ん」


 この男の登場ですべてが覆る。

「……レオポルド・ゴエティア? なんで、何処から、来た?」

 第十二騎士隊隊長、レオポルド・ゴエティア。ここにいるはずのない有名人が、突然アカイアの地に現れた。

「……?」

 そして、エフィムと同じようにシャハル、護衛の女たちも驚き、目を見張る。彼らにとってもこの邂逅は、想定外であったのだ。

「下がれ、成らず者」

「わ、私はまだ負けては――」

「俺は下がれと言った」

 全てを圧し潰すような、感じたことのないプレッシャーにエフィムの全身に鳥肌が立つ。護衛の女も、武をかじっただけのシャハルにもわかる別格感。

 動けない。

「あんた、誰だ?」

 第十二騎士隊隊長、レオポルド・ゴエティアをエフィムは見たことがある。彼の経歴も、知っている。調べたこともある。

 剣の腕に関しては、隊長格の中では平均的、であったはず。

 なのに今、肌で感じる圧は――極み、頂き、天辺、そう、


「無礼を許せ、戦士よ」


 最強、『天剣』也。

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