第243話:ネズミ狩り

「……クルス、どうして、なんで」

 決着を見届け、ヨナタンの拘束が緩んだところを無理やり引き剥がし、クルスの元へ駆け寄るソフィア。その眼は願いを聞き届けてくれなかった、自分の命を狙った、だけど大事な人物を殺した者への、感情が溢れていた。

 クルスは騎士剣を納め、

「マリウス副団長の仇を取ったまでです」

 ソフィアに言い放つ。

「……え?」

「卑劣な魔族に奪われた騎士剣をお返しいたします」

 異形と化したマリウスの死骸から騎士剣を拾い、それをソフィアへ手渡す。意味は分かってくれますね、との視線を込めて――

「……」

 彼女は愚かではない。むしろ聡明である。だから、クルスがここまで言えば嫌でも理解してしまうだろう。

 この死体はマリウスではない。

 マリウスを、そしてテウクロイの騎士を殺した謎の魔族である、と。

「補佐」

「何か?」

 クルスはユルゲンの方へ足を向け彼の耳元で、

「妙な連中がこちらを観察していました。追いつけるかはわかりませんが、今から追いかけてみます」

 今から自分がすべきことを告げる。

「応援は?」

「不要です。許可だけ頂ければ」

「……でしょうね。構いませんよ。真相究明が叶うことを祈ります」

「感謝を」

 そう言ってクルスは全員に背を向けたまま駆け出した。妙な連中とやらは気になるが、今はここで上手く立ち回る方がよほど国益となる。

「状況の説明を、お願いしたい」

 そう、ここでの過ちは即座にイリオスとテウクロイの外交問題となる。

 遅れてやってきたテウクロイの騎士たちには戸惑いがあった。まるで状況を掴めていない。だが、王宮にいきなり魔族が現れ、それを余所者が先んじて遭遇し、それを打ち破った。本来、王女を守るべき護衛たちの姿はない。

 何が起きているのか、彼ら視点では何もわからない。

 だから、

「我が騎士団のマリウス副団長及び、テウクロイの騎士の皆さまは私を逃がすため、突如王宮に現れたこの魔族と戦い、命を散らしました」

 ソフィアは涙を流しながら、嘘をべらべらと語る。これから真実となるべき、嘘を。イリオスのための、姑息で卑怯な嘘を。

「ご、護衛の者らも、ですか?」

「はい。私の部屋の近くで、無残な姿が残っていると思います。その際、最初にマリウスが、この怪物に取り込まれて……」

 全部真っ赤な嘘。そもそもソフィアは護衛の騎士たちがどうなったのかを直接見ていない。一度王宮の外に出たとマリウスに認識させるため陽動で動き、すぐさま戻ってきたクルスが変死体の様子を確認していた、又聞きである。

 ソフィア自身はクルスが王宮の外に出る手前で、塔へクルスによって連れ出されていた。今から何か起きるかもしれないから、と。

 それをしたり顔で語り、何が出るかわからない魔族の特性を利用し、彼の死体が残っていないこと、死骸に彼の衣装が、剣が残っていることも擦り付ける。

「心中お察しいたします」

 そんな卑怯な自分に、唇を噛む。

「確認を急げ!」

「イエス・マスター!」

 おそらくこのシナリオは、あらかじめクルスの頭の中にあった。だから彼は必要以上に、マリウス到達の寸前まで彼女へ現場の状況説明をしていたのだ。

(お見事です、殿下。これでイリオスは救われました)

 ことが終わった後、ソフィアがつじつまを合わせやすいように。


     ○


 高級ホテルから一転、シャハルらは下水道を駆けていた。急速な都市拡張を繰り返し、その度に新たな下水道を継ぎ足し継ぎ足し、そうして生み出された地下迷宮。日陰者にとってはとても動きやすい環境である。

 魔導分野で勢いのあるテウクロイ、その強い光が生み出した濃い闇。この国の歪さは地下にも表れていた。

「ふふ、これで撒いたかな」

「残念です」

「おや、強気だね。先ほどの戦闘は見事だったと思うけど?」

「私ならもっと容易く殺しています」

「そうだね。そう思うよ」

 なら、その言葉通りあの男への興味、その半分でもこちらへ向けたらどうだ、とシャハルの護衛である女は思う。

 ずっと付き従ってきた。

 ユニオンに入る選択肢もあったのに、それを蹴ってイスティナーイーの、一族のための剣となったのだ。

 それなのに――


「「ッ⁉」」


 二人がその場から跳び、離れた。丁度二人の間を裂くように、右手側の通路の壁に突然騎士剣の先端が顔を出したのだ。

(ば、馬鹿な。追えるわけがない。相手は、学生だぞ!)

 壁が切り裂かれ、切り抜かれ、その奥より現れたのは、

「地の利が自分たちだけにあると思ったか? シャハル!」

 勤めて冷静な顔をギリギリで保ちながらも、その眼の奥は怒りに満ち満ちたクルス・リンザールであった。

 彼の登場に、

「はは、実に勤勉じゃないか」

「貴様らのようなネズミを警戒するのが仕事だ。都市構造は全部頭に入れている」

 シャハルは半分驚き、半分歓喜の笑みを浮かべていた。当たり前だがサマースクールであった時の彼に、ここまでの周到さはなかった。

 微に入り細を穿つ、騎士としての成熟を感じる。

「久しぶりだね。どうだい、上でお茶でも」

「何故逃げた? 何故見ていた? そもそも何故あそこにいた?」

「質問が多いねえ。やはりボクらにはお茶が必要だ。お菓子もね」

「茶化すな、シャハル。それともレイル・イスティナーイーと呼ぶべきか?」

「……へえ」

 シャハルの眼が、冷たく細まる。その名に彼ひとりで辿り着いたのなら、全然問題ない、むしろ嬉しい話なのだが、其処に誰かの影があると、理屈ではなく感情的にどうにも不愉快な気分になってしまったのだ。

「魔導の有機畑、すでに実績を多く積む第一人者であり、魔道研究にも精を出していると聞く。そして今日、人が魔族に成った」

「おや、年齢がバレちゃったかな? まあ年の差なんてさ」

「茶化すなと言ったぞ」

 クルスは容赦なく騎士剣をシャハルに向かい振るう。狙いは腕。話をさせるためには殺すことは出来ない。だが、寸止めで慄く輩でもない。

 ゆえに容赦なく欠損を狙う。

 もう疾うに、遊びの範疇は越えているから――

「無礼ぞ、小僧!」

 クルスの剣、それを受け止めるは護衛の女。立ち姿からそれなりにやれるのは見て取れた。割って入るのも想定済み。

 それに――

「何が?」

「イスティナーイーと知り、それでも剣を向けるか?」

「ここはテウクロイだ。イスティナーイーが正規の手段で入国したか? していない。していたら大騒ぎだからだ。なら、ここにいるのは不法入国したゴミカスだろ」

「……やはり不敬だな、貴様」

 ちらりと背後のシャハルに視線を向ける護衛の女。それに対しシャハルはこくりと頷く。許可が出た。顔には僅かな笑みだけだが、心は跳ね踊る。

 ずっと殺したかったのだ。

 敬愛するシャハル、レイル、我が君おひい様から視線を奪った白サルを。白い肌の連中は全て、サル以下。

 それがラーの、とくに宗教家上層部の考え方である。

「ここで……」

 鍔迫り合い、彼は予想もしていないだろう。この状況から攻撃が飛んでくるなど。予想だにもしない、出来ない。

 その上これは、

(不可視にして、不可避の刃だ!)

 風の刃。人の目に捉えること能わず。

 だからこれは――

「死ね」

 確実に相手を死に至らしめる、攻撃である。

 狙いは腹、丁度剣と剣、その重なりの影に隠れて死角となっている。

 驚き、慄く顔が目に浮かぶ。

 だが、

「……」

「え?」

 クルスはその刃をかわした。回避不能の見えざる刃を、初見で。

「……なるほど。こういうカラクリか」

 そして回避した当の本人、クルスは背後で、時間差で傷ついた壁を見てある程度推測を深めた。何らかの手法で飛ばされた見えざる斬撃。それが風であることまでは理解は及んでいないが、別にその中身を知る必要などない。

「馬鹿な、何故、今のを」

「やはり貴様が、エフィムさんの腕を切ったやつか」

「ぐっ!?」

 護衛の女は後退し、間合いを作る。偶然に決まっている。多少、警戒が、推測があったとしても、これが不可視の、不可避の刃であることに変わりはない。

 あの男のように、

「くたばれッ!」

 捌けるわけがないのだ。

 無数の刃、見えざるそれを――

「安い」

 クルスは一部を受け、かわし、捌き切る。悠然と、当然と言った表情で。

 何故そんな芸当が出来るのか、護衛の女にはわからない。最強最高の性能であるはずなのだ。不可視、これ以上の攻撃はない。

 だと言うのに、クルスの女を見る目は冷ややかであった。

「……想像より弱いな」

「……ちょ、調子に乗るなァ!」

 あの男と同じように、こちらを格下と見下ろす眼である。

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