第239話:弟子は師を見て育つ

「情報を漏洩した者をあぶりだす、ですか?」

「はい」

 クルスは今日の息抜きをマリウスに話を通した後、その提案のためソフィアの下へ訪れた際に、あらかじめその目的を話していた。

 情報漏洩の元を探るための策である、と。

「やはり、その、イリオスの者だと思いますか?」

「十中八九は。最初の襲撃が上手過ぎましたね。あれはこちらの配置を完全に把握していないと出来ない段取りです」

「……そう、ですか」

 ソフィアは残念そうに目を伏せる。それも当然の反応であろう。身内に自分の殺害を目論む者がいる。それで明るく振舞える方がおかしい。

「クルスは、誰が犯人だと?」

「今はまだわかりません。いくつか疑わしい人物はいますが……それを耳に入れること自体、正しい判断を妨げる恐れがあります」

 決め打ちする手もあるが、それが外れた場合面倒なことになる。あくまで公平に、全体に対して効く釣り針であるべき。

「不安ですか?」

 クルスが当然のことを問う。

「はい。誰を信じればいいのか、わからなくなってしまって……クルスのことも、本当は信じたいのに、何か疑わしいことはあるかと考えてしまって」

「当然です。ですが、思い出してください」

 不安に押し潰されそうなソフィアに、

「自分は殿下を一度目の襲撃の際、守り抜きました。自分が主犯であった場合、あそこは手を抜くべき場面です。少なくとも二段目、あの老婆の襲撃への対応は、出来ずとも咎められない場面でした。違いますか?」

 静かに諭す。自分への信頼、ここからはそれが前提となる。自分だけは味方である、それを信じてもらわねばお話にならない。

「その通り、ですね」

「もちろん、自分の価値を上げるため、と言う動機は残りますが……それにしてはあまりに手が込んでいる。暗殺者を雇いテストでカンニングするようなものです」

「ふふ、それは確かにおかしいですね」

「私もそう思います」

 穏やかに、和やかに、時にユーモアを交え距離を詰める。ここまで積み重ねたものと、そして今現在彼女が抱える不安、それすらも利用して――

「最後に質問です」

「何でも答えます」

「何故、今なのですか?」

 その質問が来るのは当然。そして当然来る質問への解は、

「私もダンジョンでの例外を除き、守り抜くことに主眼を置いておりました。国家の威信がかかわる以上、アカイアやテウクロイ国内、王宮内であればある程度安全は確保できますし、それで捌き切れるだろう、と」

 当然、用意している。

「状況が変わった、と?」

「はい。アカイアとテウクロイでは明確に国内の状況が違います。国家としての勢いがあるのはテウクロイですが、急成長の分歪みも大きい。其処に来て、今回の協定はそういう者たちを大きく刺激したでしょう」

「……確かに、少しアンバランスに映りましたね、良くも悪くも」

「歴史を紐解いても、火種はアンバランスな環境に芽生えます。国家そのものが絶好調で、その分野一つで国民すべてが賄える、のであれば話は別ですが、別にこの国は其処まで突き抜けているわけではありませんから」

「魔導関連は競合も多いですからね」

「その通りです」

 さすが一国の王女ともなれば飲み込みも早い。

 すでに目先の敵も見えているだろう。

「もし主犯が諦めていないのであれば、今度はテウクロイの反抗勢力を動かそうとするはずです。彼らはむしろ、今回の協定が破綻してほしく、今の政策を押し通す国家の看板にも泥を塗りたいはず」

「だから、王宮の方が怖い、と言うことですね」

「ええ。何処までそういう勢力が根を張っているかはわかりませんが、中には騎士も反国家勢力に加担していた例を、私は知っています。その場合、私一人では殿下をお守りすることが出来ません」

「だからこその先手、承知いたしました」

 重要なのは目先の敵を釣り上げ、さらに奥で糸を引く者を引っ張り出す。

 あえて隙を作る。

 それも候補者が動きたくなるような、絶好機を演出して――


     ○


「……」

 路地裏、追っ手を撒くために逃げ回り、最後に辿り着いた場所が壁によって道の途切れた行き止まりであった。

 立ち尽くす二人、後ろからは蓋をするように一人、また一人と雑踏から現れ、唯一の逃げ道である背後を塞ぐ。

「ソフィア・イル・イリオスだな」

「……」

「貴女に恨みはないが、全ては正しきテウクロイのため」

 彼らは騎士剣を展開する。

 それに――

「市販の騎士剣。量販店で購入した、違うか?」

 追い詰められた一人が振り返り、攻撃の姿勢を取った者たちへ向く。

「まともな騎士はああいった場所で買わない。量販店側もそちらへアプローチするのではなく騎士崩れ、もしくは一般人の護身用として売っている」

「我々を素人と思ってもらっては困る。騎士の指導を受け、祖国のために戦闘訓練をしかと積んだのだ。たかが一人の護衛に何が出来る?」

「それが素人の見識だと言っている」

「きさ、ま?」

 王女の護衛、クルス・リンザール彼らが言葉を返すより早く、動き出しの動作を見せぬ動きで、初手腰の剣を抜き放ち投擲した。

 多少戦闘訓練を積もうとも、予期せぬ事態までは網羅出来ていないはず。

 彼らの立ち振舞いを見ればわかる。

 彼らの戦力が。彼らが騎士でないことが。

 なれば完璧を追求する騎士である己が負ける道理はない。

「全て兼ね備えてこその――」

 投擲した騎士剣は包囲の最奥、その男が握る手と柄、その間を刃が通過し、奥の一人を無力化する。

 他の者たちも投擲された騎士剣に意識が向く。

 その意識の隙間、其処をクルスは駆けた。さらに思考を乱すべく、真っすぐではなく側面に立つ建築物の壁を使い、最前列に立つ男の背後に降り立った。

 そのまま襟をつかみ、最前列の男を背負い投げる。

「騎士だ」

 素人の騎士剣は存外侮れない。適当に振り回されるだけで面倒ではある。何せ殺傷力だけは一丁前であるから。

 破れかぶれに護衛対象めがけ投擲されても困る。

 ゆえにクルスは初めから、彼らに戦わせることすらさせぬ立ち回りを取るつもりであった。混乱を、混沌を作り、思考すら許さずに制圧する。

 拳闘の鋭き打倒、パンクラチオンの静かなる制圧。その両方を用い、顎を打ち抜き無力化、関節を極め、外し無力化。ようやく頭の整理が追い付いた頃には、

「情報提供者から聞いていなかったか? 護衛は凄腕だ、と」

「ひっ」

 残り一人。剣を握る腕を掴み捻り上げ、地面に押し倒す。

「これが騎士だ。素人が多少鍛えました、なんて話にならないんだよ。騎士崩れの山師が勘違いさせたかもしれんがな」

 反国家勢力にも色々ある。だが、その多くは国家が保有する最強戦力である騎士の力を見誤っているケースが多い。それを勘違いさせるような成らず者が、無駄に学校が増えたこともあり巷に増えているのも原因の一つであるが。

 その結果、その多くが国家の逆鱗に触れ、騎士に鎮圧されることとなる。

 無駄な血が流れることになる。

「貴様らはいつもそうだ」

 その無駄が、クルスは大嫌いであった。

「……ば、化け物、め」

「それが貴様らの敵だろうに。戦を仕掛けるなら勝つ算段を整えろ。相手を知れ、己を知れ。それが出来ぬなら黙って搾取されていろ」

「……」

 クルスは戦意を砕いた相手の拘束を外し、代わりに気絶した一人の襟首をつかみ、背負うように抱えた。

「な、何を、する気だ?」

「こいつは俺が一晩身柄を拘束させてもらう」

「ご、拷問する気か」

「馬鹿かクソカス」

 クルスが倒れた男の頭を踏みつけ、ぐっと身をかがめて声量を抑え語る。

「俺たちはテウクロイの国内問題なんざ知ったこっちゃねえんだよ。貴様らを利用したこっちのクズを炙り出せたならそれでいい。一晩預かるだけだ。そして貴様らはその間に全力で逃げ支度でも整えておけ。本気で国を変えたいなら、頭を作り替えろ。無知、無力は罪だ。命を張るだけなら猿でも出来る。人間なら頭使えや」

「……」

「俺が騎士だ。そして、騎士をごまんと抱えるのが国だ。今日、貴様らは基準を知った。なら、次にやるべきことを考えろ。玩具振り回してる場合じゃねえんだよ」

 騎士の土俵で戦うな。何処で戦うのかを考えろ。

 それだけ言ってクルスは男を解放する。

「あ、あんたは」

「去れ」

「あ、ああ!」

 何人か意識を残しておいた者たちが他の者を抱きかかえ、この場から去っていく。素人に毛が生えた程度の手合い。

 最初の襲撃とはあまりにも毛色が違う。

 ゆえに、確信へ至る。

「何を話していたのですか?」

「無駄な血を流す前に、さっさと解散して真っ当に働け、と言いました」

「そうですか。それが良いと思います」

「御身に刃を向けた者たちを逃がしてしまい申し訳ございません」

「構いません。私も血は見たくありませんから」

「そう言っていただけると助かります」

「それに、必要だったのでしょう?」

「ええ。あれだけ脅せば、彼らはすぐに一時的にでも王都を離れるでしょう。それで充分。わからないのは……怖いですからね」

「クルスは演技派ですね。私も少し怖かったです」

「ははは」

 相手の思惑に乗る。乗った上で、利用してコントロールする。

「あとはお任せください」

「はい」

 勝った、この時点でクルスは確信していた。

 そしてそれは――


     ○


「殿下が襲われたとはどういうことですか!?」

 激怒したユルゲンが部屋へ駆け込んできた。其処には困り顔のマリウスと苦笑いを浮かべるヴィルマー、それに当直の騎士たちもいた。

「私の責任だ、ユルゲン。怒りなら――」

 マリウスの発言を聞かず、ユルゲンはクルスの襟を掴んで引き上げる。

「貴方ほどの人物なら、こうなることも予期できたでしょう。ダンジョンの時もそうですが、貴方は功を焦り過ぎる。評価を欲しがるだけなら学生でいなさい。どれだけ強くとも、優秀であろうとも、貴方は仕事人ではない!」

「……申し訳ございません」

「がっかりです」

「その辺にしとけよ、ユルゲン。学生に裁量を与えた旦那も旦那だ。いくらお気に入りでも、今回ばかりはやり過ぎですよ、副団長」

 ヴィルマーが間を取り持ち、矛先をマリウスへ向ける。

「もちろんです。そんなことは大前提での話をしています」

「すまない」

 マリウスは深く頭を下げ、謝罪する。

「私の責任でもあります。母校の星に過大な期待を寄せ、甘えを与えた一端は。補佐失格、上に立つ器ではありません」

「其処まで言うなよ、ユルゲン。それは騎士団にとってあまりにも大きな痛手だ。とりあえず殿下が無事だからよかった。帰国まではそれでよしとしよう」

「……そうですね」

「うむ」

 クルスを推していたマリウス、ユルゲンが間接的に今回の軽率な行動を、実害はなくとも襲われると言う被害を出してしまった。

 そう着地する。

 騎士たちも何とも言えぬ表情でそれを見つめていた。

 信頼する副団長、そしてその補佐。国内での評価低下は避けられないだろうから。噂で流れていた昇進も、噂のまま終わるかもしれない。

 そんな空気が流れる中、

「ただ、今回の件ではっきりしました」

 やらかした張本人であるクルスが口を開く。

「情報漏洩者はこの騎士団にいます」

「おいおい、リンザール。たった今、ユルゲンも言っただろ。評価を欲しがるなって。其処は学習しようぜ。まだ学生なんだし焦らずとも挽回の機会はあるさ」

 ヴィルマーが諭すよう語り掛ける。

 それにマリウスも、

「今回の件は私とクルス君しか知らぬことだ。それは私か君が漏らしたと言うことになるのだが……君はそう言いたいのかい?」

 少し強い口調でクルスへ言葉を投げかけた。それも当然のことであろう。信頼して任せた。結果として襲撃され王女を危険にさらした。

 その責任は認めた自分にあるが、だからと言ってそれで見当違いの発言をし、さらに傷口を広げる行為をするのは、気分の良いものではないだろう。

「王女が不在になるのは護衛のシフトで大体わかります。ユルゲンさんも多少の引っかかりはあったのでは?」

「……ええ、そうですね。まさかこんな程度の低いこととは思っていませんでしたが。わかっていれば止めましたよ」

「なのでユルゲンさんは白濃厚、です。あと、配置が出た後に情報を漏洩させたのは俺です。殿下にご協力いただいて」

「……え?」

 マリウスの、ユルゲンの、そしてヴィルマーの、この場全員の顔が硬直する。

 其処で初めて皆は気づいた。

「護衛に付いていた団員に、その日にそういう催しがある、楽しみだ、と漏らすようお願いしました。ですのでご安心を。容疑者は騎士団内の不特定多数です。ただし、情報漏洩のタイミングと反国家組織への接触、この間の行動は洗う必要があると思いますが……無論、独断専行が得意なので、勝手に一人拘束し、第七仕込みの拷問で情報を吐かせている最中です。すぐ、どう接触したのかはわかります」

 クルス・リンザールの表情、其処に浮かぶ邪悪極まる表情に。

 それは彼らの知らぬ化け物を、彷彿とさせる表情であった。

「あとはそのタイミングの行動と照らし合わせるだけ、ですかね。身勝手ですいません。俺、完璧に勝たないと気が済まないんですよ」

 クルスは皆へ頭を下げる。

「皆さまには感謝を。これは俺が大多数の団員に嫌われている、妬まれている、その前提がなければ出来ない仕掛けでした。俺への依怙贔屓、許せませんよね? こんなことあってはならない、と愚痴りたくなりますよね、漏らしますよね?」

 そして満面の笑みを彼らへ向けた。意識の低い団員なら、仲間内に漏らす。それが愚痴ともなればなおさら。堅物のユルゲンに言えば大事となる。

 だから、彼には届かなかった。

 まあ、届いたとしてもやめさせるため、呼び出されたタイミングで意図を伝え、協力を仰げばよかっただけだが。

 それで上手くいけばユルゲンは白確。空かされたなら黒濃厚。

 それだけの話。

「貴方たち全員にプロ意識があれば、今日の仕掛けは不発に終わるところでした。ありがとうございます。あとは万事お任せください」

 嘲りと共に、勝利を告げる。

「その、拘束した者は、何処に――」

「言うわけないでしょう? 漏らされたら大変じゃないですか、ヴィルマーさん。ちゃんと殺さずに、全部吐かせますからご安心を。自分の師はレフ・クロイツェルです。意味、わかりますよね? 騎士ならば誰でも」

 第七、異端の副隊長。誰もが知っている、彼の黒い噂など。

 その薫陶を、彼が受けているとすれば――

「明日までには済ませておくので、皆さんもここ数日の行動記録でも作っておいてください。すり合わせが楽になるので……他に何かありますかァ?」

 学生のハッタリではない。すでに実力は示した通り、その上で今回の件ですべてが彼の掌の上であったと示してしまった。

 マリウス、ユルゲンは笑うしかない。

 とんだ化け物を招き入れてしまった、と。

 あとは、

「では、また明日。全てが解決するといいですね」

 ゆっくり糸を垂らして待つだけでいい。

 喰いつくのに――明日までもかかるまい。

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