第238話:釣り

 クルス・リンザールは一人、夜の王都を歩きながら考えこむ。初手、いきなりの襲撃、どう考えても内部からのリークがなければあれは不可能。アカイアのダンジョン騒動はさすがに偶然であるし、クゥラークの団長オーリンが護衛に入ってくれたおかげでただの一度も襲われることはなかった。

 アカイアからテウクロイまでの道のりも何もなかった。こちらの対策が効いた、とも考えられるが、初手のような相手があの程度の守りで諦めるだろうか。

 騎士団内の出世争い。それに王宮内の政争も考慮に入れる。

 アタリはある。

 だが、確定は出来ない。相手も必殺のタイミング以外、ここまで来たら動かないだろう。ならば――

『僕なら必殺の局面を作る』

(でしょうね。でも、それはスタンドプレーではないですか?)

『アホかボケカス。眠たいこと言っとる場合やないやろ。何でもありやと守る側が不利や。ジブン、添い寝でもせなあかんくなるで』

(……勝つ可能性を高めるため)

『せや、大局で勝つんや。ほな、道化ぐらい演じてもらわな』

(……)

 ここまで先延ばしにしていたのは何故かわからない。だが、動くなら警戒が強くなる最後の列車移動よりも、このテウクロイであろう。

 王宮での死はテウクロイの威信にかけ、守り抜こうとしてくれるだろうが、この王都のアンバランスさを見れば、アカイアよりも危険は大きい。

 反政府戦力がフィンブルのような穏健派ばかりではないのは、第七での仕事で嫌でも知った。この国ならあり得る。

 リスク承知での仕掛けは。

(今度は、前とは違う。より確実に勝ち切るための、リスクだ。受け身じゃ捌き切れない。噛み合ってもらっても困るからな)

 自らの力を過信した博打ではない。勝つ確率を上げるための策。

 単なる受け身と仕掛けて待つのでは違う。勝てる受け身とは後者、相手に悟られずに主導権を握り、盤面を操る。

 それがあの男を見て学んだ、勝ち方である。


     ○


「見てください! 可愛いお洋服が沢山ありますよ!」

「見ていきますか?」

「よろしいのですか!?」

「もちろん」

 今、クルスはソフィアと共に変装しながら王都を巡っていた。いわゆるお忍びのウィンドウショッピングである。

 護衛はクルス一人、まあ護衛が多過ぎるとお忍びにならないだろうが。

「し、試着しても?」

「ええ。試着室の前でお待ちしております」

「……!」

 ウキウキのソフィア王女、それを見てクルスは笑みを深める。

 彼女が試着室に入り、その前で待つ間、その笑顔は張り付いたまま、目の奥の光は鋭く、見る者が見れば気づくだろう。

 今の彼に隙など微塵もないことが。


     ○


 クルスの提案を聞き、

「本気かね?」

 マリウスは驚きながらも聞き返す。

「はい。殿下もずっと気を張り詰めて苦しいでしょう。何処かで気を抜いてあげねば、圧し潰されてしまうかもしれません」

「列車でのことを忘れたのかい?」

「覚えておりますとも。だからこそです副団長。気丈に振舞われておりますが、誰がどう見ても強がっているだけ。それは側近である副団長も理解されているはず」

「ううむ。それは、そうだが」

 クルスの提案は公務と公務の間にぽっかり空いた一日、その空白をソフィアの息抜きに使おう、と言うものであった。

「護衛が君一人と言うのは承服できんよ。せめてユルゲンを」

「私はユルゲン殿を信頼しておりません」

「な、確かに腕は君の方が上だろうが、それはあまりにも――」

「そうではなく、最初の襲撃を私は内部の者のリークによるものだと私は考えているので、全員を警戒すべきだと考えているだけです」

「……それについては反論できんが」

 イリオス騎士団そのものの負い目、王宮の政争であろうが、騎士団の権力闘争であろうが、やはりあの絶妙なタイミングでの襲撃は内部の協力が必須。味方が味方に見えないのも仕方がない。

「それにお忍びです。護衛と思わせぬためには傍からは付き人や恋仲のように見える一人が最も合理的かと思われます」

「君は学生だ」

「だからですよ、副団長」

 クルスは身を乗り出し、あの男がするように目力でゴリ押す。

「自分はお察しのようにイリオス騎士団へ入る気はありません。御付きのオファーを受けたのも、そういう仕事も出来ると言う箔が欲しかったから。イリオスともアカイアとも、ここテウクロイとも関係がない、それが私です」

「……」

「私だけなんですよ。この場で何者でもなく、あの御方を害す理由が存在しないのは。イリオスに属する限り、如何なる所から手が伸びているかもわからない。私以外は。後は私の実力を信じていただくだけ。すでに示した通りに」

「傲慢なのだな、君は」

「だから強くなりました。傲慢を通すために」

 恭しく一礼するクルス。その姿は自信に満ち溢れており、そしてマリウスのみならず共に働いた者たちは、その自負に見合う実力があることを知っている。

 目の前の騎士はすでに成った者であるから。

「……何故、それほどに」

「ひとえに殿下のため。あまりにも、不憫に見えましたから」

「……その言葉は信じてもよいか?」

「はっ。身命を賭し、殿下を守り抜いて見せます。命も、そして笑顔も」

「……」

 傲慢極まる若者。本来ならばそんな話、通す気も起きない。だが、彼はここまで規格外の実力を示し、ソフィアの信頼も日増しに厚くなっている。

 何よりも――

「私と君の独断だよ」

「感謝いたします」

 マリウス自身、昔から見てきた彼を信頼してしまっていたのだ。

「あと、御花摘みの時は」

「承知しております。乙女心を立て、完璧に守り切る所存」

「……大丈夫かなぁ」

 すでに、

(さあ、釣るぜ)

 第七化、クロイツェル化しているとも知らずに――


     ○


「お洋服、買っていただいてもよかったのですか?」

「ええ。この仕事でお給料を頂いておりますから。つまりは結局――」

「ふふ、イリオスのお金、と言うことですね」

「はい」

 年頃の、それこそディクテオン領での顔がようやく出てきた。最初クルスとマリウスからの提案を受けた時は、そのようなことをしてもよいのか、と困惑気味であったが、やはり張り詰めていたのだろう。

 一度緩めば、王女から普通の少女になるのも仕方がないこと。

 無論、多少言い含めてはあるが――

「食事には少し時間がありますし、何処か行きたいところはありますか?」

「その、一つ行ってみたい場所はあります」

「何処へなりともお供いたしますよ」

「では――」

 ソフィアの行きたいところ、それは――


「へいらっしゃいらっしゃい! 安いよォ! お得だよォ! 魔導製品大特価ァ! 破格の大安売り、本日限定だよォ!」


 魔導量販店アマダ、であった。

(……何処にでもあるな。つうか……あれ)

 ソフィアを連れたクルスと店頭でやけくそ気味に叫ぶ店員の目が合う。

「……げ」

「……ご無沙汰」

 其処にはなんと、魔導量販店アマダのご令嬢、ラビ・アマダがいた。ちなみに現在は普通に始業しており、学校はとうに始まっていた。

「「……」」

 気まずい沈黙。

「……?」

 ソフィアだけは頭に疑問符を浮かべていた。


     ○


 店内の従業員専用スペースにて、

「テウクロイの隣で王立騎士団早期採用面接があってさ。それを受けるってお父様に話したら……一日だけ、って頼まれたの。製品に詳しい人間がいないからってね」

「そ、そうか」

 六学年となったクルスらは採用などの所用があれば学校を休むことも認められる、と言うか推奨される。学校側としてもここで学生が頑張ってくれなければ就職実績に傷がついてしまうから。

 ゆえに学校を留守にすることが多いのだ。言ってしまえばクルスも就職のために学校を休んでいる形である。

「一応、本命前の練習にね。あといくつか学校へ戻る前に受けるつもり」

「テウクロイは?」

「店がある国は嫌。多少劣ってもさ、通っちゃうから。特にこの国は、ね」

「……なるほど」

 大都市のランドマークになり得る巨大量販店の娘。何者でもない者と比較した場合、多額の税金を納めている方を、採用してしまうのは仕方がない側面もあろう。

「あの子は逆に、あんたのせいでコネを使うつもりだけどね」

「……リリアンか?」

「そ。元々私と同じ考えだったのに、随分成長しちゃってまあ。何処かの誰かさんがあの子を変えちゃったのよねえ」

「……俺は何もしていない」

「むふふ」

 ラビの含み笑いに顔を歪めるクルス。

 そんな二人の様子に、

「あ、あの、リリアンという方はクルスとどういう関係なのでしょうか?」

 ずっと人見知りを発揮し黙っていたソフィアが口を開く。

「むふふ、ずっと気になっていたけど、あんたも学校さぼって良い身分よね。このこの、みんなに言いつけちゃうぞっ」

「学友です。それとラビ、口の利き方には気をつけろ」

「なぁに、さすが四強になって、学生の身分で大物の討伐補佐を果たした天才様は違うわねえ。ああいやだいやだ、人間変われば変わるもん――」

「イリオスの王女だぞ、この御方は」

「――ねえ。ね、え? は?」

「お忍びだ。誰にも言うなよ。漏らしたら外交問題だ」

「マジ?」

「俺がどういう仕事を受けたのかはパーティで言っただろ」

「……ロマンス?」

「殺すぞ」

「じょ、冗談冗談」

 ラビは冷や汗をぬぐい、すっと背筋を正し、

「アスガルド王立学園騎士科六学年、ラビ・アマダと申します、殿下」

 改めて騎士らしく挨拶をする。

「以後お見知りおきを」

 この辺の切り替えはさすがの一言、一瞬で空気が騎士に変じる。

「こちらこそ。イリオス王国王女、ソフィア・イル・イリオスですわ」

 こちらも王女として挨拶を返す。

 同性同士、話しやすいのだろうか。まあ、同学年でも器用なラビである。この手のやり取りもお手の物、クルスとしても安心していられる。

 もちろん彼女から漏れるとも思わない。

 丸三年、共に学んできたのだ。信頼できる相手かどうかぐらいは把握している。だからこそ、面倒な勘繰りをされる前に漏らしたのだ。

 まあクルスの誤算は――

(よっしゃ。学園に戻ったら丁度こいつの仕事終わった後だし、其処で盛大にリークしたろ。ちょっと脚色して……ひひひ、リア充よ。乙女の怒りを知るがいい)

 信頼に値する相手がきっちり線引きした上で、迸るいたずら心も持っていたことであった。元々やる気なく学業をおろそかにしていたラビはリア充であったが、あの学年に染まってしまったせいで今では立派な非リアとなった彼女の嫉妬は強い。

 不滅団と同じメンタリティである。

 一応、きちんと対象はぼかして話したので安心してほしい。

 逆にそのせいで混沌な状況が待ち受けることになるのだが、それはまだ少し先のお話。それまでクルスが無事かどうかは誰にもわからない。


     ○


「……」

「ど、どうされましたか?」

 ひとしきり話した後、店頭へ叫び倒すため戻ったラビと別れ、クルスたちは店内を物色していた。その間、何故かソフィアの表情がムスッとしており、クルスの頭には疑問符が渦巻いていた。

 仲良く話していたはずだが、何か気に障ることでもあったのかと――

「……前々から思っていたのですが、クルスはご友人と私では話し方が随分違います。私相手はとてもよそよそしく感じました」

「そ、それは」

 当たり前だろ、とクルスは思う。何処の世界に王女相手に学友みたいな話し方をする者がいると言うのか。

 しかしクルスはぐっと飲み込む。もう大人だもの。

「お忍びですし、そういう扱いでもいいと思いますけど」

「……ぜ、善処します」

「ほら、もうよそよそしいじゃないですか」

「あ、あっ、あちらを。騎士剣が並んでいますよ」

「興味ありません」

「そ、そうですか」

 馬鹿な、騎士剣を見せたら誰もが興味に吸い寄せられるのではないのか、と驚いてしまう。彼は忘れていたのだ。

 自分の騎士剣を購入しに行くとき、あの女性陣の塩っぽい感じを。

 その辺、やはりこの男は芋小僧である。


     ○


 あの後、何とかカメラコーナーのおかげで機嫌を取り戻したソフィア。カメラの出費は痛かったが、其処は大売出しの日、必要経費と思える金額に収まった。

 ありがとう魔導量販店アマダ。

 ありがとう、

「ありやとゥござましたァ!」

 やけくそで叫ぶラビ。

 親友割引はやってくれなかったけれど――

 服もカメラも王宮の担当者宛にして、楽しい買い物を済ましたことでソフィアも上機嫌である。クルスも一安心、楽しんで頂けたようでよかった。

 あとは食事でも、と言うところで、

「お嬢様」

「あら、どうしましたか?」

「お客様です」

「そうですか……では、参りましょうか」

 少し残念そうに、それでもソフィアはクルスへ手を差し出す。その眼には絶対の信頼が宿る。そして騎士はそれに応えるのみ。

 王女の信頼ごと、その手を握り、

「勝ちましょう」

「ええ。信じています、我が騎士」

「イエス・ユア・ハイネス」

 勝つために動き出す。背後にちらつく者たちを釣り上げるために。

 その背後にいる者たちごと、ぶっこ抜く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る