第237話:魔導の国テウクロイ
テウクロイ王国、魔導産業が盛んであり、特にシリコンウェハに関しては世界でもトップシェアを達成、長らくその分野で隆盛を誇っていた諸外国を一気に抜き去った。その原動力は、一にも二にも技術力である。
テウクロイの国立研究所には世界中から多くの優秀な研究者が集まっている。彼らを集められた理由はこれまた単純明快、金である。
国家がこの分野で行く、と決めて他産業から搾り上げた多額の税を投じ、優秀な人材を集めた。簡単に言うが当時、その反発は凄まじく、血で血を洗う政争が繰り広げられたと言う。今でも、その傷が残るほどに。
だが、結果としてテウクロイは主要産業の構築に成功した。賭けにも似た多額の投資を、見事に実へと結びつけたのだ。
「珪石は世界中、どこでも採取することが出来ます。問題はシリコンへ精製する際、大量の魔力が必要になることです」
現在、くだんの国立研究所でイリオスのソフィア王女とその護衛数名が研究員から魔導製品の根っことも言えるシリコンウェハについての説明を受けていた。
クルスは当然魔導学(の中でも工学、ハード分野)で履修済みの内容であり、学園が抱える研究所も見たことがあるため新鮮さは薄い。
ただ、
(……こっちの方がずっと綺麗だな。建屋の築年数もそうだが、製造機器自体も適宜更新して最新のものを導入しているのだろう。ここは国策の強みだな)
だからこそ比較ができる。アスガルドも魔導産業は強く研究もテウクロイに劣るわけではない。論文の数では未だに上だろう。
しかし、就職をアスガルドに決めているとある天才曰く、
『国や機関によって論文の色はかなり違う。より産業と密接に結びつき、お金になりそうな研究を重視するのがテウクロイら新興のやり口』
『理に適っている』
『ロマンがない。だから蹴った』
とのこと。
金になりそうな研究に、一気に金を投じものにする。このやり方でテクロイは勝ってきた。多くの国に、そしてそれはイリオスも例外ではない。
(龍脈から原魔力を汲み取り、それを純魔力へ変換する。発魔施設も先ほど視察したが、研究所同様真新しい、最新の設備を導入していた。逆に、関連産業以外はデータで見た以上に苦しそうに見えた。功罪、ってことだな)
龍脈から汲み取っていい原魔力の量は各国大枠での取り決めがあり、それを超過することは対外感情を大きく損ねる行為でありご法度とされる。
では、テウクロイはどうやってシリコン製造に必要な莫大な魔力を補っているかと言うと、これまた最新設備である発魔施設に併設された巨大な蓄魔器、これが一つの理由である。これの性能が高ければ高いほど、保管の際に目減りする魔力が減り、同じ採取量でも使用できる魔力が増える。
それに加え、近隣国から売魔、原魔力の採取量自体を買い取っている。
この二つがあるから、これだけ大規模な研究、開発、製造が一気に行えるのだ。
「我が国が開発し、特許も取得した新技術によって高純度の多結晶シリコンを精錬、精製が可能になりましたが、これはまあ陳腐化した技術、どの国でも出来ます」
ソフィアやマリウスの笑顔が少し揺らぐ。
もちろんその理由もクルスは理解している。
(その高純度の多結晶シリコンが、イリオスの売りだったからな。くく、そちらのお偉いさんも目を見開いているってのに。隙あらばマウントを獲りに来るのは研究者って人種なのかね。どっかの誰かさんみたいに)
この時、遠くアスガルドの学園、
「へくち」
夏休み明け、新学期の講義に出ていたとある天才がくしゃみをした。
そのことは当然この場の誰も知らない。余談である。
「現在、我が国の主力製品であるシリコンウェハ、この製造こそが肝になります。見てください、この磨き抜かれた超、超、最高な平面を! な、なんて平らなんだ! 世界で一番平らな存在だ、君は。ゆえに君こそが世界で一番美しい!」
「ごほん! ごほん! ごほん!」
自国のお偉方渾身の咳払いも何のその。研究者はガラス越しに飾られてあるサンプル品、そこへ顔を近づけこすりつけていた。
どうやらこの男、平フェチらしい。
(平坦さはシリコンウェハの肝だが、それにしてもキモ過ぎるだろ、こいつ)
肝だけに、とは誰が言ったか。
「これを私たちが見てもよろしいのでしょうか?」
ソフィアがガラス越しの恋人に夢中の研究者へ問いかけると、
「構いませんよ」
すっと向き直り彼が答えた。すまし顔で。
「真似されて怖いのは、魔導産業に多額投資が出来る大国」
「ごほ、ちょ、おま、いい加減にしろ!」
お偉いさん、キレる。
「失敬。もしくはテウクロイのように全振りできる国、です。イリオスにはそれが出来ない。だからこそ、手を繋ぐのだと我々は認識しております」
だが、研究者の中でも有望とされる者には、この国のトップですら敬意を払わねばならないのだ。それは彼らこそがこのテウクロイの心臓部であるから。
彼らこそがこの国の富を生む者たちであるから。
「その通りですわ」
「あと、真似してくださるなら本望。特許で雁字搦めにしておりますので、それもまた国益となり、ついでに世界は平面に満たされる。す、素敵やん」
「ふ、ふふふ」
何とかキショさに耐え、渾身の愛想笑いを浮かべるソフィア。すでに立派な王女である。ミラならきっとキモくて殴り倒している頃合いだろう。
いや、彼女ならマウントされた時点でやっているか――
ちなみにこの製造されたシリコンウェハが世界中の魔導製品を製造する企業へ輸出され、其処に化学反応や魔素反応などで幾層もコーティングし、其処に命令の元となる回路をこれまた幾層も削り上げ、魔導基盤が完成する。
現代の生活に欠かせぬ陰の立役者なのだ。
○
いつも通り本日の任を終え、王都を見て回ろうと思っていた矢先に、丁度交代時期が重なったヨナタンに捕まった。
そして、現在クルスは酒場にいる。
「マリウスさんが騎士団長に?」
「ああ。今回の任務に成功した暁には、ってやつだ」
「……これは」
「もちろんイリオスの騎士なら誰でも知っている、公然の秘密ってやつさ」
「……何処から漏れたんですかね、その情報」
「さあな。ま、よくあることだよ、王宮じゃ。人の口に戸は立てられないってね」
「……」
クルスにとっては初耳の情報だが、どうやら知っているのはヨナタンだけではない様子。実際、人事の話などは正式な発表を待たず、内示を受けて数日後には職場へ広まっているものだが、多少引っかかるところはある。
「なぁに、考え事してんだー、おー?」
「絡み酒はやめてくださいよ」
「先輩だぞぉ、私はぁ」
「敬って欲しいなら相応の振舞いをしてくださいよ、本当に」
「ぐ、ぐぬ。勲章持ちめぇ」
こんな憎まれ口を叩いているが、目の前で叩いてくれるだけ彼はずっとましなのだ。他の騎士は口々に褒め、素晴らしいと思ってもいないことを言うばかり。心から褒めてくれるのはマリウス、それにユルゲンくらいか。
あとはきっと、腹に一物抱えている。
まあ、彼らのことだって本当のところはわからないのだが――
「しっかしあれだなぁ、下町は寂れてんなぁ」
「何処に耳があるかわからないんですから、友好国ディスは避けてください」
「酒で流せー!」
酒飲みヨナタンだけは信じられる。何せこの男、酒が入ると普段の真面目さは抜け、本音しか飛び出ない化け物へと変貌してしまうのだ。
これが演技ならクルスは永遠に他人を信じることが出来なくなるだろう。
「なんでだろうなぁ?」
「……貧富の差が凄いらしいですよ、この国は。と言うか、魔導関連の企業に従事していない者は、まあ大体貧しい側だって話です」
「賢い! リンザールは賢い! 花丸!」
「……クソボケ」
「なんか言ったぁ?」
「いいえ。ヨナタンさんも賢くて格好いいですよ、と言いました」
「お、ヨイショが上手くなったなぁ。よし、次の店でもおごっちゃおう!」
「お金なくなりますよ」
「大丈夫大丈夫、うちはねえ、大丈夫なのら。実家の領地、小麦畑あるからぁ。イリオスじゃ勝ち組、可哀そうなのはぁ――」
「可哀そうなのは?」
「……忘れた!」
「おい」
会計を済ませ、颯爽と次の店へ向かうヨナタン。
「……」
クルスは「ここだ」とばかりに隙を見て逃げようとするも――
「はいダメぇ! 先輩からは逃げられませーん!」
「ぐっ、なんて視野だ」
酒が入ると視野が広がる化け物が行く手を阻み、四強の逃げを防ぐのだから、この男は勤務中も酒を入れた方が役に立つかもしれない。
「お試しで酒飲まない? そろそろさぁ」
「酒の強要はしないんじゃないんですか?」
「でも寂しいもの」
「……ウゼェ」
機密は絶対に漏らすリークマンと化すだろうが。まあ、こう見えて一応、話していいことしか話していない、そのことだけはヨナタン・シリーの名誉のために言及しておく、とユルゲンが困り顔でクルスにそう説明していた、らしい。
ちなみ後日、仕事を終えたクルスは酒を飲む練習をし、無事体質的に弱いことが発覚してしまう。それをミラたちに散々煽られることになるのだが、それはまた別のお話である。ちょっと後の、この厄介で入り組んだ仕事を終えた後の――
「さっきの話ですけど」
「なんの話ぃ?」
「団長の件、副団長には誰が上がるんですか?」
「そんなのユルゲンさんに決まってんじゃーん」
「何故? ヴィルマーさんも」
「あの人? ダメダメ、あの人はぁ、仕事も出来るし腕も立つけど」
(腕、立つか? 普通だとしか思わないけど)
「どっちもユルゲンさんの方が上! 何よりさ、あんまり好きじゃないんよ、俺」
「好きじゃない?」
「余所者を妬んでさ、排斥しようとするの。あの人、そういうの煽るのすげえ得意なんだ。自分にヘイトが向かわない形で。だから周りも、そういうのばかり」
「……ああ、なるほど」
余所者筆頭であるクルスにも少し思い当たる節がある。マリウスはもちろん、ユルゲン、そして彼らを慕うヨナタンとはそれなりに会話を重ね、多少世間話なども交わすようになったが、思えば彼周りとは仕事の話しかしていない。
しようとも思わなかったし、そういう空気感ではなかった。
そしてそれは構築されたものだったのだろう。見えざる指揮者によって。
「上も馬鹿じゃない。あの人は、たぶん補佐止まり」
「出世欲とかは?」
「ありありに決まってんじゃーん。普段出世したくないってのに限って、そういうのにこだわっているもんなの。興味ないぜ、って言う奴が興味津々なのと同じ!」
「……なるほど。さすが、ヨナタン先輩は本当に賢いですね」
「ヨイショの二度漬け禁止ィ!」
(今度は本物だよ、先輩)
クルスは笑みを深めた。ヨナタン・シリーは決して愚かではない。騎士学校の入学、そして御付き関連のごたごたからこの性格で微妙にモチベは低いが、準御三家志望だっただけにスペックはかなりのもの。人を見る目もある。
だから、こうしてクルスとしても有意義であるので、仲良くしている側面もあった。そんな彼の人物評、これは貴重である。
さすがに自分から聞くのは踏み込み過ぎかと思っていたが、こうして彼から素直な、彼なりの言葉が聞けたのは大きい。
飲みに付き合い続けた甲斐があった。
だから、
「最後に一つ、聞いてもいいですか?」
「なぁに?」
「――――」
クルスは最後に質問を投げかけた。
それに対し、
「んー、まあ別にいいのかなぁ? でもなぁ、んー」
少し考えこんだ後、ヨナタンはクルスの質問に答えた。
それを聞き、
「……ありがとうございます」
クルスはそう、返す。
○
深い闇の底、ネズミが跋扈する下水道にてフードを被ったルナ族が二人。その背後にはずんぐりした図体の、スコップを抱きしめながら眠る何かがいた。
そんな場所に、同じくフードを被った者がやってくる。
腰から剣を提げて――
「よく場所がわかったね」
「……匂い」
「魔障の。はは、同類の匂いを嗅ぎつけるところまで定着したか。お見事だよ、我らが友。そして何用かな?」
「調整、を」
「はは、そうか、そうだね。もう君『は』動かないといけないからね。オッケー、超特急でやろう。安心していい。ボクはね、医者でもあるのさァ」
無邪気、ゆえに恐ろしきは知的好奇心の獣、レイル・イスティナーイー。いや、ここではただのシャハル、か。
それが舌なめずりする。
「さあ、少し脳を弄るよぉ。大丈夫、傷は髪で隠れるからねェ」
調整のため、シャハルはその者のフードを外す。
其処には――
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